109話 ハイン一同、赤ヒュドラと戦闘開始
「赤い……ヒュドラ……だと?」
動揺を隠しきれない様子でコーガが口を開く。
「……どうやら、こいつがあの子の言っていた『赤い蛇』で間違いないな。たまたま近くにいたところにさっきの戦闘でこちらの気配を感じて出てきたってところだろうな」
言いながら赤いヒュドラの様子を確認する。先程仕留めたヒュドラもかなりの大物であったが、こいつはそれを更に上回るサイズだ。
(首の数は、六つ……いや、七つか。しかも……でかい。通常のヒュドラだったとしても特大サイズの警戒クラスだな)
六つ首以上のヒュドラはほぼ例外なく毒液やブレスを吐ける首を持つため、手練れの冒険者でも要警戒レベルの魔物である。
(とはいえ、まだこいつがどんな行動パターンをとるかは分からねぇ。まずはこちらから仕掛けてみないとだよな)
そう思って剣を構え、皆に声をかける。
「まずは俺が仕掛けてみる。皆は様子を見ていてくれ」
コーガ以外の皆が頷く。コーガが口を開く。
「……先手を仕掛けるんなら、二人以上の方が良いだろ?何でお前だけで行く?」
コーガの問いに、ヒュドラから目を離さずに答える。
「さっきのヒュドラと戦って分かったと思うが、首の多いヒュドラは大抵毒液を吐く首がある。今回のあいつの首は七つ。毒液だけじゃない攻撃手段を持っている可能性が高い。加えてあいつのあの色だ。どう見ても普通のヒュドラじゃねぇ。どう見ても今までの奴とは違うのは分かるだろう?」
自分の言葉に無言のままのコーガ。それを肯定と捉えそのまま会話を続ける。
「お前の言う通り、奴に対して標的を増やすのも戦略としてはアリだが、最初は様子を見るためにも一人の方がこの場合は都合がいい。他の皆が後方で状況を判断しやすいから対策も練れるからな。先制でいきなり仕留める事が出来るタイプの魔物や魔獣ならお前の言う通り初手から複数で仕掛けるのも選択に加えたさ。だがあいつがそうもいかねぇのは分かるだろ?」
そう自分が言うと、理解はしたものの納得がいかないようにコーガが小さくつぶやくように言う。
「……俺に、『見』に回れっていうのかよ」
そう口にしたコーガに対して答える。
「強制は出来ねぇよ。ただ、この面子でヒュドラの毒液にも牙での攻撃にも咄嗟に対応出来るのは俺だけだろ?」
そう言うと痛いところを突かれたのかコーガがぐっ、と言葉を飲んで押し黙る。そこまで言ってからカミラの横に立っている未だ名前すら尋ねていなかった隊士の方に声をかける。
「あんたはどうだい?聞く暇もなかったが、防御や補助魔法の類いは使えるか?」
急に会話を振られ、驚いたような表情を浮かべながらもこちらに答える。
「いや……使えない。むしろ、あれを相手にしたら情けないが俺は足手纏いにしかならないと思う」
心底申し訳なさげにそうつぶやく彼を見る。己の力量を自覚出来ている時点で下手に見栄を張る類の連中よりも見込みがあると思った。
「オーケー。気にしなくていい。なら無理に戦闘に加わるよりも回避に専念してくれ。予期せぬ攻撃もあるかもしれないから一定の距離を保つように意識して欲しい」
自分の言葉に彼が頷いたのを確認してから改めてコーガに声をかける。
「ま、仕掛けるならせめて俺と時間差で仕掛けてくれや。お前さん程の腕なら大丈夫だと思うけど、無茶だけはしないでくれ」
コーガにそこまで言ったところでヒュドラがこちらに向かって威嚇の構えを取ったのが分かったため、会話を打ち切り仕掛ける事にする。
「じゃ……行くぜっ!」
攻守どちらにも転じられるようにヒュドラに向かう。それを感知したヒュドラがこちらに向かってくる。
(……威嚇の構えをしている首が……三つ。こっちに攻撃をしようとしているのは……四つ!)
鎌首をもたげて首の一つがこちらに襲いかかってくる。それを避けながらその隣の首を狩らんと剣を構えたその瞬間、その横のヒュドラが自分に向けて口を開いた瞬間、炎のブレスが吐き出された。
(……毒液じゃなく、炎のブレスだと!?まずいっ!)
次の瞬間、眼前にヒュドラの吐く炎が迫る。咄嗟に魔法を唱える。
「……『瞬間回避』!」
反射的に唱えた魔法により、すんでのところでブレスを回避する。避けるのに必死で思わず地面に倒れ込んでしまう。その隙を逃さんとばかりに別の首が自分を喰らわんと飛びかかってきた。
「くっ……!」
慌てて『防御障壁』の詠唱に入ろうとしたその時、後ろからコーガの声が響く。
「『軋み』っ!」
振動音と共にコーガの剣から放たれた風の衝撃波がヒュドラの横っ面を叩く様に弾く。仕留めるまではいかないものの、その衝撃でヒュドラの首が自分から離れたためその隙を付いて体勢を整え首の攻撃範囲から即座に飛び退いて離れる。それを見届けたコーガが口を開く。
「……これ以上、借りを増やしたくねぇからな」
ヒュドラから視線を外さぬままコーガが言う。
「……別に、貸しを作ったつもりはねぇんだがな。だけど助かったぜ。ありがとよ、コーガ」
自分の言葉にふん、と鼻を鳴らしながらコーガが再び口を開く。
「礼なんかいらねぇよ。……だが、毒液の代わりに炎を吐くってのは厄介だな。まずはあの首をどうするか……」
コーガがそこまで言ったその瞬間、ヒュドラの首のうち二つがコーガに向かって大きく口を開いたと同時に毒液を勢い良く吐き出した。
「なっ……!」
左右から放たれた毒液に一瞬反応が遅れるコーガ。瞬時にコーガの前に立ち詠唱を唱える態勢に入るその瞬間、カミラが駆け出してきたのが視界に入った。後方から状況を即座に把握していてくれたのだろう。直ちに魔法を発動する。
『『防御障壁!!』』
自分とカミラの声が同時に響き渡ると同時、防御結界がコーガを挟む形で発動され毒液を弾く。ヒュドラの首が後ろに下がるのを確認して自分たちも後ろへ飛び退き、一定の距離を保つ事に成功する。
「……マジかよ。七つの首のうち、三つが噛みつき以外の攻撃、しかもそのうち一つはブレス持ちだと?……これ、俺たちだけでやれんのか?」
ザガーモがこちらに駆け寄ると同時につぶやく。無理もない。ただでさえヒュドラとまともに戦うのが自分以外は初めてなのだ。ましてや今目の前にいるヒュドラは自分ですら初めて目にする亜種、もしくは変異種なのだ。不安になるのも無理もないだろう。
「……やるしかねぇだろうが。今から救援要請をしたところで間に合わねぇ。それに、今ここでこいつを見逃したら次にまた見つけられる保証はねぇんだ」
剣を握りしめながらコーガが言う。その通りだ。このヒュドラをここで逃してしまえば街の被害はより一層拡大するのは間違いない。何としてでもここでこいつを仕留める必要がある。
「……その通りだ。皆、覚悟を決めろよ。こいつはここで絶対俺たちで……倒すんだ」
七つの首を一斉にこちらに向け、威嚇の構えを取るヒュドラを睨み返すように見つめてそうつぶやいた。




