106話 ハイン、ヒュドラ討伐を開始する
「……で、どのタイミングで仕掛ける?」
声をひそめてヒュドラの動きを観察しながらザガーモが自分に尋ねる。
「今は食事の真っ最中だからな。……首が下に下がっている段階で出来れば二つ、最低でも一つは今のうちに首を落としたい。首を全て刎ねることが出来ればほぼ確実にあいつらを絶命させられるからな」
そう自分が言うと、カミラがそれに答える。
「了解。じゃあ僕は二人のサポートに回るからハイン君とザガーモは攻めに専念して。防御面は僕に任せて欲しい」
大剣を構えるカミラの横で、鞘から双剣を引き抜いてザガーモが言う。
「じゃ、まず仕掛けるのは俺かハインだな。どうする?俺はどっちでも大丈夫だぜ?」
ザガーモの言葉に自分が立ち上がる。
「よし。じゃあ俺が先陣を切らせてもらう。ザガーモは追撃を頼むぜ」
二人が頷くのを確認し、剣に魔力を込める。
「風よ、剣に宿れ」
剣に風の魔力を纏わせ、攻撃の準備に入る。
「……へぇ。見事なもんだな。よくそんな瞬時に魔力を込められるな。俺なら倍以上の時間がかかっちまうぜ」
「うん。凄く自然な流れで武器に魔力以降が出来てる。流石だね」
口々に言う二人に対し、剣を構えながら言葉を返す。
「ありがとよ。だが褒めてくれるのは無事あいつを仕留めてからにして貰うさ」
そう言ってヒュドラの方へ視線を向ける。ヒュドラの首が再びワームの屍肉に喰らい付こうと首を下に降ろす瞬間を待つ。やがて首の一つがワームを捕食しようと首を降ろした。
「そんじゃ……行くぜっ!」
即座に駆け出し、ヒュドラの前に立つ。ヒュドラが反応するよりも早く、剣を振りかざして叫ぶ。
「風よ、舞い上がれっ!」
あえてヒュドラの首ではなく、その若干上に風の斬撃を放つ。風圧により首を下の位置に留めるためだ。狙い通り風圧によって首が上げられない状態のヒュドラの首に向かい、本来の一撃を放つ。
「『轟風斬』!」
風の衝撃波が唸りを上げてヒュドラに襲いかかる。次の瞬間、自分の放った一撃がヒュドラの首を弾き飛ばした。
(よし!狙い通りだ!)
そう思った次の瞬間、首を一つ落とされたヒュドラが痛みと怒りのためか咆哮する。間髪入れずにザガーモが追撃を仕掛ける。
「流石だな!こっちも続かせて貰うぜっ!」
そう言い放つと双剣をヒュドラの首に向かって振りかざして叫ぶ。
「『双牙斬』っ!」
両手に構えた双剣で初撃と追撃をほぼ同時のタイミングでヒュドラの首に斬撃に叩き込み、見事ヒュドラの首を刎ね飛ばす。だが至近距離での攻撃だったため、ヒュドラの返り血をもろに全身に浴びてしまうザガーモ。
(まずい!確かに首は落としたがあの量の返り血が目や口に入ったらまずい!すぐに解毒を……!)
そう自分が思ったその時、カミラの声が響く。
「癒しの精霊よ、汝の祈りで穢れを祓え!『解毒』!」
淡い光にザガーモが包まれ、即座に解毒が完了する。それを分かっていたかのように跳躍してザガーモが他の首からの追撃を回避する。それを見て残り二つとなった首の一つがザガーモから自分に標的を変更して襲い掛かってくる。
(……早い!だが、反応出来ない速度じゃねぇ!)
反撃すべくヒュドラの攻撃に備えて剣を構えて身構える。だが、それより早くカミラが大剣を構えて自分とヒュドラの間に入って叫ぶ。
「『防御障壁』!」
カミラの両手に構えた大剣を中心に防御結界が発動し、ヒュドラの攻撃を弾く。攻撃を弾かれ体勢を崩した先には再び双剣を構えたザガーモが待ち受けていた。
「なるほどな。近接戦は避けた方が良いみてぇだな。……なら、こいつはどうだ?『双流水牙』っ!」
ザガーモの双剣から水の刃が放たれ、ヒュドラの首を切り裂く。残り一つとなった首が痛みに耐え切れずに口を大きく開く。そのチャンスを逃さず剣を構える。
「風の化身よ、螺旋を描け!『螺旋斬』!」
ヒュドラの口内目掛けて螺旋状の風の刃が突き刺さる。次の瞬間、ヒュドラの最後の首を内側から突き破り、全ての首を失ったヒュドラがその場に崩れ落ちた。
「……よし。初戦にしては上出来だな」
自分に言い聞かせるように口にする。事実、ザガーモとカミラの実力と連携は自分の想像以上であった。
「だな。ていうかお前、やっぱりすげぇよ。初手を仕掛けるタイミングといい最後の一撃といい、流石としか言いようがないぜ」
「うん、凄くサポートしやすかったよ。お陰で僕も自由に動けたしね」
二人にそう言われ、過去に初めて共にパーティーへ加わりクエストへ出た時にも二人に同じような事を言われたなと思い出しながらも言葉を返す。
「ありがとよ。二人の立ち回りも完璧だったよ。これならこいつよりも大型のヒュドラが相手でも問題なさそうだな」
そう言ってヒュドラの亡骸に目を向ける。個体値的に今のヒュドラはせいぜい中型サイズだろう。だがこの二人と一緒ならもっと巨大なサイズでも問題なく立ち回れると確信する。
「だな。流石に群れになれば話は別だが二頭同時ぐらいまでなら余裕で戦えそうだな」
ザガーモの言葉に頷き、次の出没場所に向かうべく小休止を取り三人で支度を整える。
「あぁ。それじゃあ少し落ち着いたら次の場所に向かうとしようぜ」
その後、何ヶ所かの出没場所を巡り三人で何体かのヒュドラを仕留めるものの、肝心の赤いヒュドラは姿を見せなかった。
「……うーん。こいつも違ったな。お前の話を疑う訳じゃねぇが、本当に赤いヒュドラなんているのかねぇ」
双剣に付いたヒュドラの返り血を布で拭きながらザガーモが言う。
「今はあの子の言う言葉を俺は信じようぜ。さ、次に行こう」
そう言って再び次の出没場所へと向かった。
「……お、どうやらここは先を越されたみたいだな。ちょっと様子を見て他の所に行くとするか」
ザガーモの言葉に頷き、このスポットのヒュドラと戦っている面子の様子を確認してから移動しようとしたその時だった。ヒュドラと戦闘を繰り広げているのは間違いないのだが、様子がおかしい。近付くたびに興奮したヒュドラの咆哮が聞こえてくる。
「……様子がおかしいな。劣勢なのかヒュドラに対処出来ていないのかは分からねぇがひとまず確認しよう」
自分の言葉にザガーモもカミラも頷き、即座に三人で声の方へと駆け出す。程なくしてその場へ辿り着いたその瞬間、即座に状況を把握すると同時に雄叫びが辺りに響いた。
「……うぉおおおっ!」
そこには、地面に倒れた隊士を庇うようにヒュドラの猛攻をかろうじて防ぐコーガの姿があった。




