101話 ハイン一同、街へと向かう
翌日、特級クラスの面々が集合場所へと集まった。
「よし、皆ちゃんと時間通りに集まったね。それじゃ現地に向かうとしようか」
そう言ってムシック教官ともう一人の教官を先頭に今回の依頼先へと向かう。施設からは二日ほどで辿り着くとの事だった。
「街に着いたら改めて魔獣の出現場所や被害内容を街の代表から聞いて貰う形になる。それを聞いた後は各自目的達成のために動いて貰って構わない。チーム内で徒党を組んで動くもよし、個人技に走ってもらってもオーケーだ。何かあったら私か彼に報告しておくれ。我々も監視はするが、基本的には君たちの判断に一任するからね」
そう言って隣を歩く教官を指差す。あまり見ない顔であるが雰囲気からしてかなりの手練れというのは分かる。勇者クラスの教官ではないため、おそらく別クラスの教官なのだろう。
(……ムシックの姐さんに着いてくるって事はかなりの確率で厄介ごとも受け入れられるタイプの人間なんだろうな。わざわざこんなクエストに同行する酔狂な教官がいるのが驚きだ)
ムシック教官の振る舞いは隊士だけではなく、教官に対しても例外ではない。教官の配置換えで勇者クラスになった教官連中からは嘆きの声や配置転換を願い出る者がいるくらいなのだ。
そして、その声を上げた者に満面の笑みでまた無理難題をふっかけるのが彼女という存在である。
(本当、『女帝』という言葉がこれほど似合う人もいねぇよな。昔を思い出すぜ)
彼女は自分が才能を見出した者へは容赦なく課題や試練を与える。それを乗り越える過程を眺めるのが彼女の至福の楽しみなのだ。当時の自分はもちろん、テートやコーガもその対象に選ばれ、施設を出るまでの間にどれだけの課題を与えられたことか。
卒業までに与えられた数々の難題を思い出すと今でも身震いする。だが、それらを全て乗り越えたからこそ自分たちは首席、あるいは首席候補まで上り詰めるだけの実力を身に付ける事が出来たのだ。自分が勇者としての責務を果たせたのもこの時代の鍛錬があってこそだったと思う。
『私はね、ただ単に無理難題を押し付ける訳じゃない。試練を与えた相手がその試練を乗り越えられるかどうかの見極めは出来ているつもりだよ?』
かつて何度も言われた彼女の言葉が脳裏によぎる。確かに、彼女に目を掛けられた面子は揃ってトップクラスの地位にまで駆け上がった。だからこそ自分もその中に収まる様に奮闘した。
(……ま、今回もそうなるかの保証はないけどな。とにかく、今の自分にやれる事をやるだけだ)
そんな事を思いながら道中を過ごした。予期せぬ魔物の襲来やトラブルもなく、無事に目的の街へと辿り着いた。
「よし。無事予定通りに到着したね。じゃあ街の人から話を聞くことにしようか」
到着して早々にムシック教官が自分たちに告げる。荷物を降ろして一息ついたばかりの状態だったため一部の隊士からは不満の声が小さく上がるものの、自分はそうなるだろうと思っていたためすぐに話を聞く体勢に入る。ほどなくして初老の男性が自分たちの前に立ち口を開いた。
「……皆様、今回は我々の願いを聞き届けていただきありがとうございます。奴らが現れてからというものの、漁には出れず、街の者たちの犠牲者を増やす毎日で……どうか、奴らの殲滅をよろしくお願いいたします」
悲痛な表情で話す男の声が現状の被害を物語っている。男性の訴えに皆の表情も険しくなっていく。そのまま小一時間ほど男性から被害状況と魔獣の出没地域の詳細を聞く。
「……以上が魔獣の出没場所と被害状況になります。どうか皆様よろしくお願いいたします」
男性が話し終えて一息つく。ムシック教官が会話を引き継ぐ形で話し出す。
「ありがとうございます。皆、今聞いた通りだ。今日は用意して貰った施設で休んで明日から任務に取り組んで貰いたい。チーム内でどう動くか相談しても良いし、あくまで個人技に走るならそれも自由だ。夜遊びも黙認するが程々にしておいて欲しい。じゃ、今日はこれで解散」
ムシック教官のその一声に皆立ち上がり、早々に施設に向かう者、被害を逃れ営業を続けている酒場や店に向かう者、明日に備えて話し合いを行う者たち等に分かれた。話し合いをするグループの中にいるテートを横目に部屋を後にする。
(……テートと一緒のグループだったら俺もあそこにいたんだろうけどな。こっちのチームの半数はコーガに従う面子みたいだし、ひとまずは個人技で何とかするしかねぇな)
そう思いながら軽く酒場に寄って施設に向かおうとした時、一人の子供がこちらに駆け寄ってきた。
「お兄さんたち……あいつらをやっつけに来たんだよね?」
そう言って自分を見つめる子供。その目には涙が溜まっている。それを見て只事では無いと思い、歩みを止めてその場でしゃがみ込んで話を聞く事にした。
「……うん、そうだよ。早く皆が普通に外で遊べるようにするからね」
そう言ってその子の頭を撫でる。懐にあった飴玉を渡そうとしていると、その子が泣きながら話を続ける。
「……お願い。パパとママを殺したあいつらを倒して。あの『赤い』蛇のお化けを。パパとママの敵を取って」
……ヒュドラやワームに赤い種族は見たことがない。つまり、どちらにしても亜種や変異種の可能性がある。少なくともこの子の親を殺した魔獣は自分としても初見の魔獣になるだろう。
(……ま、どちらにしてもこの子の無念を晴らす事が最優先だよな)
「もちろんだよ。きっと君のお父さんとお母さんの敵を取るからね」
そう子供に言った自分の後ろをたまたま通りがかったコーガが通り過ぎる際に吐き捨てるように言う。
「はっ。『成り上がり』組が軽々しくそんな事言えるのか?どうせ聞き流すんだろ?」
コーガのその言葉に反射的に言い返す。
「……この子の叫びを無視するようなら、俺は勇者になんか一生なれねぇよ」
自分の言葉に怒気を孕んでいたのが伝わったのか、一瞬だけ間を置いてコーガが言葉を返す。
「……そうかよ。じゃ、結果でそれを示してみろよ」
言われるまでもない。この子のためにも、……そしてお前にもな、と思いながら立ち去るコーガの背中を睨みつけた。




