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第五話 マリアンヌ・エルバ

 

(最近、やっぱり何かおかしいぞ)


 ローライト公爵家に雇われている、二級魔術師のマリアンヌ・エルバは、豪華な屋敷の廊下を歩きながら頭を捻る。

 

 彼女が公爵家の長男の家庭教師として雇われてから、そろそろ7年が経つ。

 エルフの国での評価も高い、カイダイセ王国の魔術学院にて魔術の研究をする傍ら、冒険者としても名を馳せていたマリアンヌは、その二級魔術師にまで至った自分の実力に自信と、わずかな劣等感を抱いていた。


 エルフとして生まれ、種族として適性のある魔術を生涯の生業とするも、一級魔術師には未だ届かず。

 

 魔術協会が定める一級魔術師は、現在王国内にも6人しかいないほどの達人である。

 エルフの中ではまだまだ若いマリアンヌがそこに含まれていないのは当然とも言え、むしろ王国内に30人もいない二級魔術師になれるだけで賞賛されるべき腕だ。

 しかし、幼い頃から魔術の腕を誉められ、そこに誇りを持っていたマリアンヌは、自分よりも圧倒的に魔術センスのある存在を素直に認めることができず、そんな一級魔術師に対して敵愾心を燃やしていた。

 しかも、一級魔術師6人のうち4人は、魔術適正においてエルフに劣る普通人種である。


 マリアンヌが二級魔術師になってもうすぐ15年になる。

 それなのに、いまだに一級魔術師の席が見えてこない。

 いつかみた一級魔術師の実力には遠く及ばない。


 そんな事実が、自分でもわかるほどに彼女を焦らせていた。


 焦りは視界を狭め、周囲に向ける注意は最小限になる。


 それでも、なにか違和感を覚える。


 自らが家庭教師として指導している少年のことだ。

 あえて成長できないように指導している自分に懐く、愚かで哀れな少年。


 (なにが違う? やっている内容は前から変わっていないはずなのに)







 **********






  「そういえば先生って、どこで魔術を学んだの?」


 マリアンヌが研究についての論文を書いていたら、生徒のベリオルドが話しかけてきた。

 会話に付き合うのは正直面倒だが、この仕事はもう少し続けたい。

 

 雇われている最中は公爵家がスポンサーになって莫大な研究費を彼女に出してくれているし、依頼を完遂すれば、さらに今後数十年は研究費に困らなくなる。


 依頼とは、生徒のベリオルドの魔術を決して上達させないこと。

 依頼主はベリオルドの義母である公爵夫人だ。


 公爵夫人は、すでに死んだ公爵前夫人の息子であるベリオルドではなく、自分の血の繋がった息子であるダリオルドに公爵を継がせたいのか、公爵には内緒でそんな依頼をしてきた。


 ダリオルドが無事公爵になれば、彼が公爵でいる間はずっとマリアンヌを支援し続け、さらに、魔術協会に一級魔術師の推薦状を書いてくれるという契約をした。


 マリアンヌにとって、後者は特に重要である。

 すでに二級魔術師である彼女にとって、金は正直頑張ればどうとでもなるが、権力者による推薦は自力では困難なものがある。

 

 魔術協会は政治とは無関係に権力はあるが、完全に政治と切り離されているわけがないとマリアンヌは考えていた。

 

 依頼は、ベリオルドの魔術を上達させないことなので、しっかりと信頼関係を築かねばならない。

 魔術は、適切な鍛錬を積めば必ずある程度までは上達する。

 そして、その適切な鍛錬の方法に出会うのは難しいことではない。


 マリアンヌがベリオルドに信頼されていることで、たとえ彼が適切な鍛錬法を何処かで見聞きするようなことがあっても、それをさせずにマリアンヌの説く誤った鍛錬法を続けさせることができる。


 ゆえに、たとえどれだけ面倒でもベリオルドの信頼を損ねるような雑な対応をしてはいけないのだ。



「私は、故郷で師から教えを受けました。が、それは基礎的な部分だけで、独学で学んだ部分の方が多いかもしれませんね」


 ベリオルドはどこか納得したかのように頷くと、さらに質問を続けた。


「故郷ってことは師匠はエルフだよね。 独学にしたってことは師匠の腕が信用できなかったってこと?」


「いえ、師の腕は一流でしたよ。一級魔術師ですからね。独学になったのは、まあ、私は才能があったので、師があとは一人でやっていけるだろうと。そんな感じですね。」


今度は少し変な顔をしたベリオルドは、さらに続けた。


「一級魔術師ってめっちゃすごいじゃん人じゃん!! そんな人から教えを受けてたんだね。なんというか、少し意外かも!」


 ベリオルドが少し笑って放った言葉に、マリアンヌは違和感を覚えた。

(意外...? そうか...? 私の師が一級魔術師ということにかなり驚いているようだが...)



「ええ、私はまだ二級魔術師ですから、いつか一級魔術師になって追いつけるように日々精進しているのです」


 自分の二級魔術師でもベリオルドにすごいと言われたくなったプライドの高いマリアンヌは、謙遜するようにそう言った。



「えぇ!? 先生が二級魔術師なの!? 」


 困惑するベリオルドの様子から、自分の才能が伝わったことに気分を良くするマリアンヌ。


 ベリオルドは、ひとしきり首を捻ったあと、半笑いで、こう言った。

 

「まあ、一級魔術師は実力主義だって聞くしかなり厳しいだろうけど、頑張ってね。応援してるよ」


 「......」


(まるで私に実力がないかのような言い方が気になるが、まあいいだろう)


「ありがとうございます。ただ私はもう一級魔術師になる道は見えてますので、ベリオルド様も自分の鍛錬に集中しましょう」

 

 上から目線のベリオルドの発言に少しムッとしたマリアンヌは、そう言って会話を切り上げた。



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