冒険者ギルドのお役所仕事 〜老兵と鉱石蟲〜
一月半ぶりの投稿となります第十話。
お楽しみいただけましたら幸いです。
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
「何故ワシがこの依頼を受けられぬのじゃ! ワシは第五階位! 資格は十分なはずじゃ!」
「いや、でも、もう随分なお歳ですよね……」
冒険者オルドの剣幕に、ギルド職員のコリグはたじたじとなる。
オルドの顔には深い皺が刻まれ、頭頂部は大きく素肌をさらし、残った髪も白に染まっている。
誰が見ても老人と呼ぶであろうその姿で、オルドはなおも吠える。
「受注の条件は『第五階位以上』『一週間以内に達成できる事』としか書いておらんではないか! 歳で断る理由があるのか!? うん!?」
「いや、でも鉱石蟲の討伐は危険も伴いますし……」
鉱石蟲。
地中で土や岩石、鉱石を食べながら移動する蟲。
摂取した鉱石が、頑健な甲殻を形成している。
筒状の身体は口から消化管、排泄口まで一直線。
成体となると、その口は馬でも丸呑みにする。
その性質からしばしば鉱山や鉱脈に被害をもたらす。
「これまでに何度も鉱石蟲の討伐はしてきたわ! 口の中に飛び込み、溶かされる前に心臓部を破壊! そのまま脱出すれば良い! 何を心配する!」
「いや、お若い時なら大丈夫でしょうけど、そのお歳ですから万が一腰や膝が動かなくなったら……」
コリグの脳裏を、これまでの事故の記録がよぎる。
鉱石蟲は絶命すると、身体が弛緩する。
つまり消化液を帯びた筒状の身体が、鉱石の重みを持ってのしかかってくるのだ。
様々な対策で以前よりは事故も減ってはいるが、痛ましい事故はその記録を読むだけでも、身震いがするほどだ。
「えぇい! プリムの旦那を呼べ! 旦那ならワシに依頼を寄越すはずじゃ!」
「……プリム先輩……」
「伺いましょう」
異動してきた職員・ノビスに書類仕事を教えていたプリムが、受付へと向かう。
プリムとの時間を満喫していたノビスは、恨めしい視線をコリグとオルドに送った。
「鉱石蟲の討伐ですね。おっしゃる通り受注要件は満たしていますので、書類上問題はありません」
「がっはっは! やはり旦那は話がわかる!」
「……先輩」
「しかし」
プリムの眼鏡がきらりと光る。
「オルドさんは八年前の火炎蜥蜴討伐以降、第三階位相当かそれ以下の依頼しか受けておられませんね」
「うっ……。そ、それが何じゃ」
「内訳は第三階位以上の依頼を六十八回、第二階位以上の依頼を九十八回、第一階位からでも受けられる依頼が二百五十二回で合計四百十八回」
「……」
「プ、プリム先輩……。相変わらずすごい……」
オルドが言葉を失い、コリグが感嘆の声を上げる中、プリムは眼鏡を押し上げる。
「これだけの間、下位依頼しか受けていない状態で、第五階位の依頼を受けるのは危険だというコリグの判断にも一定の正当性があります」
「だ、大丈夫じゃ! 禁止する法はないし、冒険者の依頼の成否は冒険者の自己責任、そうじゃろ!?」
「ではお伺いいたします。冒険者の負傷も、生死さえも自己責任であると定めたギルドに、法があるのは何故だと思いますか?」
表情は変わらないプリム。
しかしオルドと、隣にいるコリグは凄まじい圧力を感じていた。
絶句するオルドに、プリムが続ける。
「それは冒険者の安心と安全のためです。冒険者と依頼人を繋ぐ事で成り立つギルドにおいて、あなた方冒険者が無事である事、迷いなく働ける事が何より大事なのです」
「……旦那」
「ですから今回鉱石蟲を討伐したい理由をお聞かせください。その理由によっては、私の持つ権限の範囲内で協力いたします」
強く優しい言葉に、頑なだったオルドの心がほぐれた。
「ワシは、この歳になって怖くなったんじゃ……。このまま無為に老いて、子や孫からただのジジイとして見られる事に……」
「オルドさん、それは……」
「わかっとるよコリグ。ワシの妄想じゃ。だがどうにも消せん。じゃから華々しく戦いたい。鉱石蟲ならよしんば腹から出られんでも討ち取る事はできるでの」
「馬鹿っ!」
叫び声と共にノビスが立ち上がり、駆け寄ると両手で力いっぱいカウンターを叩いた。
「はっ? えっ?」
呆然とするオルドの襟首を掴んで、涙目のノビスが怒鳴りつける。
「何ふざけた事言ってるのよ! 格好良く死んだおじいちゃんと、格好良くなくても生きてるおじいちゃん、どっちが良いかなんて決まってるでしょ!?」
「……う……」
「自分の考えが妄想だってわかってるんでしょ!? そんなもんに振り回されてる暇があったら、残される家族の気持ち考えなさいよ!」
「な、何じゃ! 小娘のくせに生意気な!」
「私が生意気ならあんたは大馬鹿よ!」
「何ぃ!」
「二人とも落ち着いてください」
怒鳴り合う二人がプリムの静かな制止に言葉を失った。
「オルドさん、申し訳ありません。職員の暴言、心より謝罪申し上げます」
「お、おう! よっく言い聞かせてやってくれ!」
「ですが」
プリムの眼鏡の奥の瞳がオルドを貫く。
「私もノビスと同じ気持ちです」
「うっ……」
「プリムさん……」
「先輩……」
「何があっても生きて帰る覚悟のない方に、協力する事はできません」
プリムは依頼書をオルドに返す。
「きちんと生きて帰る算段が付きましたら、もう一度お越しください」
「……」
オルドは無言で依頼書を受け取ると、ギルドを出て行った。
「……先輩、オルドさん、どうするんでしょう?」
「わかりません。しかし我々の思いは伝わったと思います。自棄になる事はないでしょう」
コリグの問いにそう答えると、プリムはノビスに振り向いた。
「さてノビス。ギルド職員たる者、常に冷静でなくてはなりません」
「……はい、申し訳ありません……」
「同じ事柄を伝えるのでも、冷静に伝えるのと感情的に伝えるのでは、受け止め方が異なります」
「……はい……」
「思いは正しいのですから、次からは冷静に伝えるよう心がけてくださいね」
「え、あ、はい!」
顔を明るくするノビス。
「全く、プリム先輩の言う通りだぞ? ギルド職員があんな冷静さを失っちゃダメだぜ?」
「……ピカップさんの時に大見得切った先輩の影響じゃないですかぁ?」
「んなっ!? てめぇ!」
「ほーらすぐに熱くなるー!」
ぎゃーぎゃー言い合う二人を尻目に、プリムは冒険者のリストに目を走らせていた。
若くて体力や素早さはあるものの、まだ経験の浅い冒険者を記憶しながら……。
読了ありがとうございます。
久々に書くと楽しいですね。
ノビスのキャラを忘れかけてて、最初はカウンター越しにオルドをぶん殴らせたりしたのは内緒。
次はそんな風になる前に書いていこうと思いますので、よろしくお願いいたします。