7.別の依頼も完遂
宜しくお願いいたします。
初依頼から数日後、やはり普通の依頼受付よりも少し遅い時間、ロアの姿がギルドにあった。
早朝にミトは一人で狩りの依頼を受けて既に王都を出ている。
「本当にこの依頼受けるんですか?」
「お願いします」
ジッと見上げてくるユアンに頷いた。
その手元には、以前受けようとした地下墓地の清掃。先日はペット探しを受けていたし、昨日は建築資材運搬も受けていた。
運搬は無理だろうと言えば、空間魔法のかかったポーチを持っていると示されて、高級品を持っている事にやはり上流階級の人なのかと思ったものだ。もっとも冒険者も上級になればそれなりに持っている人も増える。迷宮品であったり、店売りだったりと入手方法は様々だが、少なくとも初心者はまずもっていない。
冒険者がどの依頼を受けるのかは自由だが、適性が無いと見れば一応の忠告をするのも職員の仕事だ。失敗すれば違約金が発生し揉める事も多々あるので、リスク回避は必須だ。
しかし掃除というものにどう言えば良いのか。
貴方の雰囲気に合わないから、などとは言えない。コレが討伐なら、技量に合わないと言えるのだが。
渋々と言った様子でユアンは手続きをして、依頼用紙をロアに差し出した。
「墓守に見せれば入場許可と道具の場所を教えて貰える筈です」
「ありがとうございます」
向けられる微笑みに何とも言い難い感覚を覚えながら、お気をつけて、と送り出す。墓地は時折面倒な魔物が湧いて来る事がある。
動きも緩慢で対処を知っていれば、それこそ一般人でも討伐が可能なのだが、なにせ外見やら臭いやらで誰もが忌避する。
特に気負う事無くゆたりとした様子で離れていく背中を、僅かに眉間に皺を寄せてユアンはその姿が見えなくなるまで見送った。
乗り合いの馬車を使い、普段はあまり向かわない方へと来たロアはかしこまった様子の御者にお礼を言って馬車を降りた。
王都は広い、とはいえ無限に広がるわけでは無い。故に中級以下の人の墓は土地の節約込めて地下に作られている。
墓守に挨拶をして、道具の場所を教えて貰い、一応それを手にしつつロアは地下へと向かった。
(聞いていた感じですと、ココにありそうですけど……)
以前、王都の旧神殿で挨拶をした時に知った情報を元に、対象になりそうなココに来てみたのだが、とロアは階段を下る。降りついた脇に掃除道具を下ろして、真っすぐ奥へと向かった。
何層にも分かれ、独特の臭いを持つ空間をランタンを翳して進む。わざと足音をたて、その音に魔力をのせ遅延発動型の編んだ魔術を置いていく。
魔法で光を出す事も出来るが、今は適切では無い。自らにかけている術も今は解き、漆黒の髪が歩く度にふわりとゆれる。暗闇の中迷うことなく足を進める。
ただ歩き過ぎる場所を起点に数秒後仄かな白い光が湧きたち、背後に向けて隅々まで広がっていくとともに埃や蜘蛛の巣といった物が消失し、巣を失った蜘蛛が床に落ち、戸惑ったように這いまわり壁を上る様子が見受けられた。同時にシュルリと白銀の蔓が伸び、乱雑に置かれていた壺が整然と整えらていく動きに隙間に隠れていたネズミやイタチなどが驚いて逃げれば、虫も僅かにざわつく。
染み付いた汚れは幾らか残るものの、綺麗に片付いた端から光はまた足跡を基点に静かに収縮し消えていった。
上階では火葬した後の壷が並べられるが、幾つか階を下りまだ使われていない部屋をいくつか過ぎれば、場所の確保の為に砕き捨てる為の部屋に変わる。埃と変わらないそれは、部屋の前をロアが通り過ぎると浄化され灰色がかった白い灰へと戻り、部屋の隅へと片づけられた。
求めるものにはここでは不十分だった。
(思ったより深いですね)
既に土に混ざった骨の纏められた階に来た。上の階はある程度レンガなどで整えられていたが、この階層まで来るとむき出しの洞窟と変わりない。ただ想定よりも天井も階ごとの床の厚みもあり、かなり深くまで続いていた。設置する魔術へ残す魔力の配分を変えつつロアは更に足をすすめた。
墓守に見せて貰った簡易の地図では、あと二階層ほどで突き当たりとなる。この階層は下水の近くなのか、通路の一部でどこかから臭気と水の気配が漂っていた。
(これは一番奥かな)
この位の土になると丁度良い、と採取も兼ねて袋に貰っていく。思念の消えた骨を混まぜ安置され、自然と土と混じった物は特定の性質をもった植物などの肥料に向く。
手に入れるのは中々に難しい代物だ。自然界だとよほど動物も人も入らない洞窟に限られるが、そう言った場所はほぼ無い。大抵、巣穴などに使われて荒らされてしまうのだ。
迷宮内なら尚更、死骸などは迷宮に吸収されるため、そういう風につくられた場所でしか手に入らない。
明らかに数十年ではきかない期間放置されたこの場所は採取にはうってつけだった。
どうせ古い場所は浄化していい、と言われたのだからと遠慮なく貰っていく。うっかりと浄化してしまわないように、階層の端まで来るまでは魔術を切るのも忘れない。
(いっそ、こういった街の地下に住処を作るのも良いかも)
割ととんでもない事を考えながらロアは採取の為に最初よりもゆっくりと、ついでにより手の入りにくい場所だからと丁寧に浄化と清掃をしつつ足を進める。
やがて最後の階へと到達して、漂って来た独特の臭いに微かに苦笑し思わず掌で鼻を覆う。
暫くすればなれる物だと知っているが、積極的に嗅ぎたい臭いでもない。
(ここが使われていた頃にはまだ土葬だったのでしょうか。それとも概念で纏うのかも)
ランタンに照らされた範囲に奥からベショリと音を交えてその存在が出て来た。
(人型しかいないかな? 動物のも出来れば欲しいのだけれど……まぁまだ顕現していない程度なのですから仕方ないのでしょうか)
そう苦笑を浮かべてロアはその存在に足を踏み出した。奥からは夥しい程の音が、侵入者に向けて動き出す音がしていた。停滞し澱んでいた空気と共に留まっていたものが、外部からの刺激で一気に形をもち動き出したのだ。この反応を引き出す為にわざわざ魔術を解除して、フードを外して来たのだ。
想定通りになって良かったと安堵しながらランタンを床に置くと、ポーチに手を伸ばして必要な物を取り出していく。
(結構いい採取になりそう……ですね)
気配から量をおおよそ推察してニコリと笑う。それは臭気の漂うその場所に似合わない明るいものだった。
そろそろ夕方になる頃、地下墓地の入口では墓守がそわそわと行ったり来たりを繰り返していた。
一応道具を借りるが、魔法を使い掃除するので、出来れば出入りを控えて欲しいと言われていた。勿論仕事ならどうぞ、とも。
墓守も大体三階ほどまでしか管理していない。数年に一回、場所を空ける為に順繰りに部屋ごと骨をそれより下の階の捨てる用の部屋に捨てに行く以外は、上階の見回りと簡単な清掃、無くなった人へ花を捧げにくる人の案内、そして数日後に捧げられた花の処分の為に入る位だ。墓守ですら中のひっそり重い空気は、時折恐怖を齎す。一応、墓守も掃除はしているがあまり深い場所はしていない。
それはまれにだが魔物が発生してしまう事も原因だ。一応簡易の撃退魔道具は国から支給されていて、もし出くわしたらソレを向けて一目散に地上に出て、管理局へ知らせるのも墓守の仕事だ。
魔法が使えるから、とその魔道具は持って行かなかったというのもあるが、明らかに上流階級の人に任せていい仕事では無い。冒険者というのも三度見、四度見して確認した。商人と言われた方がよほど納得がいく。
不敬にならないか、うっかり何かあって自分の首が物理で飛ばないか、と不安に右往左往する。
地下墓所はとても広く墓守では不意の魔物に対処が出来ない。だから専門である冒険者ギルドに定期的な掃除を魔物がいないかの見回りを兼ねてお願いしているのだ。しかしあまり人気は無く、討伐の依頼が出た時くらいしか来ては貰えず、掃除の行き届かない場所は増えていた。
そしてここ十数年魔物の発生も増えている。それだけ澱みが増えているということだ。
夜の方が墓の中の気配は悍ましさを増す。
迎えに行った方が良いと思うが、来るなと言われいるし、言いつけを守らず罰せられるかも、と背中を丸めて右に行っては左に帰る。
こんな嫌われ職務の汚れた自分にも柔らかい笑みを向け、丁寧に話してくれた貴き身分らしき人。
ついに夕暮れ始まる時間になって踏み出そうとして
「おい」
背後から掛けられた声に飛びあがった。
どもりながら返事をしつつ振り返った墓守は、凶悪なほどに迫力ある視線に睨み下ろされて腰を抜かしてその場に尻もちをつく。
「アイツ、まだ出て来ねぇのか?」
凶悪な顔の持ち主ミトはそう別に本人的には睨んでいる訳では無い顔で問いかける。ただロアが戻っていない事に対して無自覚に顔が顰められているだけだ。
言葉が出ずにパクパクと口を開閉させながら何とか、目の前の怖い人が言うアイツが依頼を受けた冒険者と名乗る貴き人の事だと思い至った墓守は、まるで猛獣に追い立てられる圧迫感の中、必死に何度も頷いた。
「そうか」
返して、一歩足をすすめたミトはソコで止まる。
ゆっくりと階段を上がる音がして、入り口として設けられた扉の片方が開き、雨水を侵入させないための敷居を超えて来る姿が見えた。
片手に持ったランタンの蝋燭はすっかり短くなり、消えそうなほどである。フードを目深にかぶった隠者のような姿にビクリと震えた墓守は、しかし直ぐにフードを下ろして現れたやらかい笑みに肩の力を抜いた。
「お迎えに来てくれたんですか?」
「心配する奴が煩くてな」
「?」
首を傾げる様子にミトはため息を零す。
ロアはその足元に転がる墓守を見つけて微笑みかけた。
「遅くなってすみませんでした。お掃除、終わりました。確認お願いしても良いですか?」
「は、はは、はははははい」
視線を感じて見上げれば、夕暮れもあいまって迫力を増したミトが見下ろして来ていて声が震える。
夕焼けにそまる薄茶色の髪を揺らし近づいて来たロアが柔らかく笑いかけ、土に汚れた手を取り立ち上がらせた。その様子にピクリとミトの眉が跳ねた。
思わず頬を染める墓守にニコリと笑いかけ、ロアは足元に一度置いた掃除道具とランタンを手に持ち直す。
「用具とランタン片づけて来ますね」
そう言いながら、墓守に明かりの魔法を付与して、歩く僅かばかり先に灯る光を与え確認をお願いしてロアは墓守の家へと向かう。
ミトは墓守をギロリと今度は故意に睨み怯えさせてから、無言でロアの後ろをついていく。
「心配症ですね」
苦笑をむけられてミトは視線をそらせる。そしてふと僅かに鼻に届いた独特の臭いに顔を顰めて視線を戻した。
墓守の家の外に設けられた場所に用具をしまう背中を見る。
「怪我は?」
「何も問題はありませんでしたよ」
振り返って向けられる笑みに舌打ちをする。独特の臭いの中に交じる血の香りが、対象かそれともロア本人のものかは分からない。だが少なくとも、その匂いを消す労力を面倒になる程度には消耗しているのだろう。
扉を開けた時、僅かに硬直したのはそこにミトがいると気付いていなかったからだ。
「君が来ると分かっていれば、出て来る前に消臭剤を使ったんですけどね」
浮かべた苦笑を隠さずに振り向いたロアは、ミトの背後に墓守が居ない事を確認してポーチから瓶を取り出し頭からかぶる。
かかった筈なのに濡れる事も無く消えたそれは、かかった部分からロアの全身を淡く照らして消えた。
それだけで纏った臭いは全て消えた。
コレはギルドに戻った時に心配する人への配慮だろう。
ロアはあまり人前で特殊な薬を使いたがらず、魔法ですませている。本人は魔法は得意では無いといってそちらもあまり人前では使わないが。
その魔法も一般の魔法師と違い独特なのだが。冒険者の魔法師の数が少ないのと、魔法師はついた師匠や学んだ方法によって使い方がまるで違う事も少なく無いので、分かる人もおらず目立っては居ない。
「で、この依頼何で受けたんだ?」
「採取の為に」
ミトの視線に微笑んだロアは何でもない事のように返した。
「冥属性に区分される植物は、こう言った場所の土が最適だったので」
「育ててんのか?」
「苗を持っているだけです。まだ拠点がありませんので」
「そうか。持ってる事も黙っとけ」
「分かりました」
時折、ロアは常識外れの事を口にする。今回の冥属性の植物もそうだ。一般には所持する事すら出来ない筈だ。特定の迷宮の特定の場所にしか生息しないはずの植物。ついでにいえば、あるのは大抵凶悪と呼べる難易度の迷宮だ。この近くでは、北にあった最上級の迷宮の下層で確認されていた。つい先月に消失したと連絡があった。
神妙に頷いたロアは墓所の入口へと戻る。
下から駆けあがって来る音がした。
戻って来た墓守はミトの存在に怯えつつも、すごく綺麗にして貰ってありがとう、と依頼書にサインをした。
追加の報酬まで貰い、ほくほくとした笑顔でロアは依頼を遂げた。
墓守が依頼書を手渡す時、盛大に舌打ちしたミトは彼を怯えさせて、ギルドに戻るロアの横を歩いた。
ありがとうございました。