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6.まだまだ手探り

宜しくお願いいたします

 窓からさし込む朝陽から逃げるように毛布に潜り込むロアの部屋のドアが開く。

 鍵がかかっていない事が最初から分かっていた、遠慮のない足取りでそのままベッドの脇に立った男はそのまま、枕の脇に座った。

 僅かに覗く柔らかい茶色の髪を指に取る。


 一度触れてから、何となく癖になったように機会があれば指を伸ばしている事に本人は気づいていない。


「ロア」

「ん」


 呼ばれてモゾリと頭が覗くが、顔は毛布の中だ。起きようとする理性と、眠って居たい本能との狭間で戦っている。見た目にはただ丸まりが緩くなっただけだが。


 覗いた頭と毛布の間に手を突っ込み、形の良い丸まりを掌が少し不器用に撫でていく。

 くぐもった声が毛布の中から聞こえた。


「初依頼受けに行くんだろ?」

「早く無いですか?」

「遅ぇ位だ」


 本来、新人冒険者は朝陽がさすか射さないかの内に良い依頼を受け、明るい内に戻ってこようと動き出す。こんなに明るくなってからは、まず遅い。


「先に行ってくれて良いんですよ」

「今日は戦力把握だって言ったろ」

「……そうでした」


 むくりと起き上がった。


 気づけば登録してからそろそろ二週間になる。別に期限は無いが、さりとてあまり受けないというのも問題視されると最初の説明で受けている。一応、既に持っている物で常設の納品依頼は幾つかこなしているが、依頼を受けて出かける事はまだしていない。


 ロアは登録の手続きまで手伝って貰ったので、後は自由で、と言ったが三月の契約期間があるから、とミトは面倒見の良さを発揮して、その期間の手引きを自ら言い出して請け負った。


 まだ頭が働いていない動きで顔を洗い、ロアはそのそと寝巻のボタンを外し始める。

 ソレにため息を零して、ミトが手を伸ばして手伝ってやる。ロアはなれてでもいるようにその手を受け止めていた。

 ミトは既に外で鍛錬してきて、シャワーも浴びて来ていた。


「慣れてますね」

「まぁな」


 そのままこの期間に用意した冒険者らしい服装に着替える。この冒険者の装備が揃わなかったから、ミトがロアに討伐系の依頼を受けさせなかったという話もある。ロアは気づいていないが。

 ミトもロアも最上級といえる素材で作られた装備を身に纏う。

 一見、ちょっとかっちりした装飾を外した騎士の正装にも似ているが、元が幻獣の鱗だったり、髭だったり、魔核だったりと、普通ならまず手が出ない素材が使われている。

 ロアが最初から纏っていたローブを一番外側に羽織る。何気にコレが一番優秀な装備だったりする。

 ミトはこの期間でロアからアドバイスを受け自分の持っている物だったり、狩ったり、買い取ったりした素材で数段グレードの上がった装備になっていた。


 軽く手を握り、指先の空いた手袋を見下ろす。僅かに覚えていた違和感が無くなった装備は、戦闘により有利になった。覆われていない指先まで効果があることは既に試して知っている。

 ロアの依頼を熟せば、更なるグレードアップは確実だ。


 最後に剣を吊るして軽く位置を整え、行くかと声を掛けて階下に降りて、朝食を向き合って摂てから宿を出た。


「そういや、神殿、行って来たのか?」

「ああ、ええ、いや……」

「なんだそれは」


 どうにも歯切れの悪い答えに視線をやれば、苦笑したロアは


「あの神殿新しく建てられた物らしくて、旧神殿のあった場所に行ってきました」


そう答えた。

 一昨日予定を聞いた時に、行くと言っていたので興味の無かったミトは、昨日は一人で近場の迷宮に出かけていた。

 ロアの必要とする物が今の神殿には無かったのだ。


「へぇ……」


 チラリと上を見れば、城とは違う方向に僅かに覗く尖塔がある。かつて王都内に乱立していた様々な神を祀る場所を一か所に纏めたその神殿は、既に風雨の名残を刻み美しい外観ながらも随分歴史を垣間見せて聳えていた。

 色々な人種や存在が集まるこの国は、特に国教を定めていない上に何でも受け入れる気質がある為かつては王都に神殿や社が溢れていたらしい。

 だが何代か前の王が一度区画整理をする為に、法律で神を祀る為の神殿区域を定めた。それならばと区画一杯に一つの大きな神殿を建て、中に幾つもの神像だったり祀る対象をおさめたのが今の神殿だった。

 一応人が身軽に参りに行ける小さな教会や分社は、其々の決められた地区にもある。大きさの制限などがあるらしい。


「どっか信仰してんのか?」

「いえ、特には」


 ギルドで直ぐ近くの平原で受けられる討伐の初心者依頼を受けて、街を出る。


 門の所で世話になった衛兵に挨拶をしたロアに、ミトはため息を零しながら、ちゃんと冒険者になれたのかと笑顔で肩を叩かれるロアを見守った。


 門を出て暫くして、チラリとミトは隣を歩くロアを見下ろす。


「街ん中では足音わざわざ立ててんのか?」

「その方が、警戒されないでしょう?」


 ニコリと見上げるロアは、門から離れて暫くして急に気配が薄くなった。草を踏み分けていた音も消えている。

 ミトは初対面時にロアを見失ったのはこれが原因だと推測していた。

 

「あ、居ましたね」

 

 初心者では見つけるのも手間取る標的をアッサリと見つけたロアが口にする。しかし直ぐに戦闘に入る様子は見せず、そのまま周囲を探るように首を巡らせる。

 そして一つ頷くと、見つけたと意識を向けた方角とは別に歩き出した。

 ミトは特に気にせずにその後ろをついていく。


「ここで待っていて下さい」

「あんまり離れんなよ」

「勿論」


 ニコリとローブの下から覗く口元に笑みを乗せたロアは、静かに少し離れた位置に行きポーチから幾つかのモノを取り出して仕掛けていく。

 ミトの隣に戻って来たロアは、それじゃあ、と言ってポーチから新たに真球の何かを取り出した。


「それは?」

「特定の魔物が好きな匂いを調合したものです」


 真球の素材は硝子では無いのは、持った形に歪む事から分かるが、ミトにはそれが何かは分からなかった。

 ロアは特に気負う様子も無く、さきほど仕掛けを施した場所にポイっとそれを投げる。

 無造作に投げたそれは正確に仕掛けの真ん中に落ちて破裂し、中の液体を広げた。


 それと同時にロアが魔法を使い風で臭いを拡散させる。

 暫くして周囲から集まって来る気配にミトが剣に手をかけるが、ロアはニコニコと変わらない笑みで仕掛けを見ていた。その様子に警戒しつつも留まって居れば、二人など目に入らないと言った様子で、今回の依頼対象が飛び出して来た。


 飛び出して来たのは緑と茶色でまだらなウサギ。大きさは大きい者は膝ほどもあり、小さいものは足の甲に届くかという程に小さい。


 それらが先を争って仕掛けの中に自ら飛び込んでいく。そして繰り広げられる光景に、ミトは思わず喉の奥で呻いた。初めて敵に同情を覚えた。


「……えげつねぇ」

「お肉も売れるんですよね?」

「食べれんのか?」

「人には無害ですよ」

「あの量捌くのか?」

「お残しは勿体無いですから」

「手伝いは?」

「警戒をお願いします」


 まるで気にしていない様子で問いかけて来る姿を見下ろして、ミトは少しロアに対する印象を改めた。

 暫くしてもう充分と、ロアが新たに似たような真球を投げると、少ししてウサギは飛び込んで来なくなり、ミトの気配に怯えるように逃げて行った。また集まり過ぎて罠に入り切らなかったウサギも、逃げて行く。


「アレは」

「消臭剤です」


 答えたロアはすたすたと罠に近寄る。その後ろを警戒しながらミトも追いかけた。

 折り重なって綺麗に詰められたウサギを、上から掴んで持ち上げ選別しては止めを刺し、依頼対象としては小さすぎるものは遠くへ投げ飛ばして解放していた。途中からは手渡されたミトが投げ飛ばす。

 その手際に迷いは無く、同時に進める血抜きの作業もまたミトは見た事が無い手順ながら素早かった。心持ち恐る恐ると言った様子で背後に近づくが、先ほど次から次へとウサギを捕まえては何かを突き刺して神経毒で動きを止め、籠の中に詰めていた何かは出て来なかった。

 植物系の魔物の素材から作った罠だとは聞いた。


 目の前ではにゅるりとした何かが、ロアが止めをさした傷口から次々にウサギの中に侵入しては出てくることを繰り返している。ある程度膨張すると、ロアの置いた壷の中に血を吐き出して作業に戻っていく。生きているように見えるが、生きてはいないらしい。


「ブラッドスライムの魔核を利用した血抜き魔道具です。テイム出来れば良かったんですが、()はテイムにはセンスが無くて。うーん、時間かかりますね。まだ改良の余地がありますね」


 苦笑しつつ零すロアは普段よりも口調が緩かった。

 後頭部を見下ろすミトは気づかない振りをした。だがその口元には微かな笑みが乗る。

 この二週間で時折だが、二人きりの時にロアの警戒が薄れるのが分かった。きっと本人も気づいていないのだろう。

 

(まぁ、コイツならふりって可能性も消せねぇが)


 普段の完璧っぷりから、気が抜けていると装っている、という可能性が捨てきれないのがロアだった。


 ロアは遅いというが、十分に早い血抜きと、選別が終わると先に血抜きしたものから解体していく様子を見守る。

 今回は一切手を出さないと約束したので、ただ見るだけだ。一応、解体くらいはと声を掛けたが必要無いと言われてしまった。

 サクサクと作業して、仕掛け含め全てをポーチに納めたロアが立ち上がる。


 その後幾つか互いに確認して、遅めに出たのに昼前には依頼を余分量含めてこなしてギルドに帰還した二人へ、周囲からは色々な感情を込めた視線が向けられた。


 今回も周囲から促されてまるで担当とでもいうように手続きを済ませたユアンは、カードに残る記録に目を通した。

 表情は変わらないが内心では全てロアが討伐したと記されている事に感心していた。提出されている以上に異常なほど並ぶ討伐記録に少し顔が引きつりそうになったが。


 また先ほど裏で現物を受け取った際に確認した処理も、コレまでのミトとは違い丁寧でかつ綺麗であることからロアがした事が推測出来て、そこもまた感心していた。


(まぁ、今は居ないお付きがやった可能性はあるか)


 そう疑りつつも淡々と作業を進める。別に貴族の冒険者では、止めだけを本人がして狩りの殆どを登録していないお付きにさせる事は珍しくない。そういった人たちは、やがて高ランクになると手に負えずに取り返しのつかない事になる事も良くある。

 もっとも冒険者は自己責任なので、ギルドは結果に関与しないが。


 チラリとミトを見上げれば、片眉を上げられた。


(案外、面倒見が良かったのか?)


 直ぐに手元に視線を戻して、手続きを済ませた。


 報酬を渡せば、手早いですね、と声を掛けられる。良く出来ました、とばかりに微笑まれて、僅かに浮き立つ心を自分でもよく分からずに見上げる。ローブの下から覗く柔らか笑みを湛えた瞳がまるで頭の奥に焼き付くような感覚を覚えた。


 ギルドの受付に立つには、対人特化型の訓練を受ける。時に騒ぐ冒険者を抑える必要があるからだ。

 このギルド内でも上から数えた方が早い実力のユアンは、ある程度相手の技量が分かる。

 ロアはそれほど戦闘に向いていない。自分よりも弱い。それが分かるのに、まるで強者に認められたようなくすぐったいような心持になるのは何故なのか。

 小さく「いえ」と返した時にはもう背中を向けられて、少しだけ涼しい風が胸の中に吹いたような感覚になるのはなんなのか。


 ふと見下ろすのは書類作成の為にペンを握った手元。

 先ほどカードを返した際に見えた、整った指先を思い出す。


(触れてみたい……)


 ハッキリとでは無い。ぼんやりと抱いたその欲を自覚することなく一つ瞬いて、ユアンは作業に戻った。




 

ありがとうございました。

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