5.二人目の候補に目を付ける
宜しくお願いいたします。
「え、この王都には図書館無いんですか?」
「正確には平民が利用出来る奴がねぇってだけだが」
「祖母からは大きな街ならあるって聞いていたんですけど。残念です」
「そういや読書が趣味だったか。研究って?」
翌日、人出が納まった頃を狙って昼前に宿を出た二人は軽く街の案内含め遠回りに道を行きながら話していた。
「薬です。まだ見習いにも満たない未熟さで名乗れませんが、一応は薬師志望なので」
「は?」
ロアの返答にミトが足を止める。周囲を見ながら後ろをついていたロアは気づかずにそのまま背中に追突した。
今日はフードを被っていたロアはぶつけた額に軽く手を当てて、振り返ったミトを見上げる。
そこには訝し気な視線が向けられていた。
「薬なら薬士だろ?」
「え、薬師って言わないんですか?」
「軟膏とか丸薬作るんだろ。なら薬士だ」
「魔法水薬とかも薬士ですか?」
「……そっちは錬金術師の領分だな」
「……分かれているんですか?」
「ああ。作れるのか?」
「一応?」
互いに常識がすり合わずに見つめ合う。
「祖母のは納品先が決まっているので渡せませんが……、コレ、私が作ったので良ければ。まだ練習中ですが」
ポーチから特徴の無い、迷宮からも良く出る瓶を渡される。
「試しにどうぞ。傷用回復薬です」
「等級は?」
「私が作るものの中では、中級です」
ミトは目を細めて手の中の瓶を見下ろす。とろみのある液体が色瓶の中で揺れていた。
迷宮品と一般の錬金術師が作る回復薬とでは、呼び方は一緒でも回復量も効能も違う。
ミトはロアを連れて路地に入ると、すぐさま腰の隠しのナイフで自らの手を切った。
目を見開くロアの目の前で瓶をあけ、瓶を逆さまにした。独特の臭いがする。
そしてその効果に微かに目を瞠る。目の前で同じく驚いているロアに静かにと言い、叫びかけた言葉を呑み込ませる。
(迷宮品にちけぇ。これでまだ練習中だと?)
瞬時に頭の中に巡った考えを直ぐに放り捨て、軽く手を振って確認する。既に効果を発揮しおえたポーションの気配も臭いも消えている。
(効能もたけぇ……が、一番気になんのは)
「緑だな」
「? はい」
首を傾げた深くローブを被った姿に、ミトは一つ舌打ちをして瓶を返して促した。心配そうに手を覗き込んで来るのに、大丈夫だと示すように頬を撫でて頭にポンと乗せる。
ホッと息を吐く姿にもう大丈夫だろうと向かっていた目的地を変えて促した。
「ギルドに行く前に、薬屋によるぞ。一般のを知っておけ」
「はい」
素直に頷くロアを連れて、ギルド近くの薬屋に入る。ココは薬士の方の店だ。
そこに並べられた物を一通り見た後、ギルドを過ぎて角を曲がった薬屋に入る。コチラは錬金術師の店だった。
そして一通り見た後、ギルドに向かいながらロアは僅かに悩まし気な顔をしていた。
「その……青かったです」
「ついでにスゲェ痛ぇ」
「欠陥品では?」
「それが『普通』だ」
「……」
基本錬金術師が作る傷用回復薬は青い。迷宮産は赤い。そしてロアの造るものは緑だった。
黙り込んだロアをチラリと見下ろして、ミトはギルドの扉に手をかけ一度止まる。
「薬の卸するなら職人ギルド、店出すなら商人ギルドだが」
「出しませんよ。冒険者で」
「なら、とりあえず登録だろ?」
「はい」
今度こそ扉をあけつつ促すミトの後に続きながら考え込んでいた雰囲気を消し、どこかウキウキとした声でロアが続いた。
ミトは相変わらずの仏頂面で、ちょっと待っとけ、とロアを受付脇の壁で待たせて昨日の討伐の報告手続きに向かった。
興味深そうにその様子を見ているロアの様子を、周囲にいる冒険者や職員が見つめていた。
普段、一人でしか行動しないミトが連れて来た人物、というだけでも注目を集めるのだが、何よりもフードを被っていてすら分かる明らかに一般と違った雰囲気に視線を吸い寄せられる。
そしてさすが冒険者というか、職員や一部の上位ランクの冒険者はロアの纏うローブがかなり上級素材のものだと気配から気づいていた。
手に入れられるのは貴族か上流階級の者もしくはそれに連なる者、それでなければ素材を自ら手に入れられる上位の冒険者くらいのものだろう。
「依頼人か?」
「だろうよ」
コソコソと潜められた声が交わされていた。
視線の先では報酬を受け取ったミトが歩み寄っていた。ミト自身も依頼の選り好みをしなければ、とっくに上位ランクのトップ勢に入る実力があると言われている冒険者だ。
今までは選り好みしていたが、そろそろ年齢も落ち着いて来たので今までは選ばなかった依頼も受ける気になったのかと、職員から期待の視線が向けられていた。
ロアにはミトを雇われる気になるとはどれだけの金銭を積み立てたのかと、依頼人として良い取引相手になるのでは、どこの子息だ、という視線が向けられた。
「行くぞ」
「はい」
僅かに覗く艶やかな口元が笑みをのせるのが、何故か印象に残る。
それに目を細めつつミトは受付カウンターの中でも一番端へと足を向けた。
ミトがわざわざ椅子を引く様子に周囲がざわつく中、自然な動作でそこに座ったロアはゆっくりとフードを外す。
柔らかな髪が揺れ、白い頬にかかる姿にゴクリと唾を飲んだのは誰か。一瞬、ギルド内の時間が止まった気すら漂わせた。
「ご依頼ですか? それともギルド長への面会でしょうか?」
感情が制御されているカウンターにいる人の中でも特に反応を見せなかった職員が淡々と問いかけて来る。
ギルドの受付は常に冷静になることが必要とされていて、王都では緊急時の対応も必要とされる。故にカウンター席にはある程度の感情制御の魔法陣が敷かれていた。
「登録をお願いします」
「……商人ギルドは目の前の通りを城の方へ上がって」
「新人登録だ」
職員の説明をぶった切ってミトがそう言うと、ザワリと周囲が騒いだ。
「……」
職員がジトリとミトを見上げ、それからロアへと視線を下ろす。
「冒険者は下のランクの仕事でしたら雑用もありますが基本、戦闘を生業にする職業です」
「はい」
ニコリと頷く様子は酷く嫋やかで、明らかに男と分かりつつも戦闘、暴力を得意とする者には見えない。
ぱっと見そういう外見の者も、やはり冒険者になる者たちには一種独特の雰囲気という物がある。それが目の前の青年からは伺えず、真意をただすようにまたミトへと視線を上げた。
「さっさとしろよ」
言われて不快そうに目を細め、また目の前の青年を見る。変わらず穏やかに微笑む姿に、ついに眉間を寄せた。
「本当にご登録されるのですね?」
「はい」
コクリと頷く様子にため息を零し、登録用紙を差し出し立ち上がる。
基本冒険者は誰でもなれる。貴族商人平民貧民関係無く。但し登録料もそれなりにし、またランクごとに決まりもある。
高価な為に必要時以外は後ろに置いてある登録用の魔道具を持って来て、設定作業をしつつギルドの説明をすれば、青年は素直に頷いて聞いていた。
記入された用紙が魔道具に吸い込まれる様子をロアは興味深そうに見ていた。その瞳の奥が僅かに魔力を帯びて揺らめき、魔道具に展開する魔法陣を読み取っていく。
(へぇ……)
興味深そうに解析しつつ促され、針へと指を置く。
「もし痛いのが嫌でしたら、唾液等をコチラの」
一応、商人ギルドなどで使われる傷つくのが嫌な人用の棒があり、その先の吸収綿に唾液を含ませて器具に差し込むものを差し出す前に、ロアの指は深く針へと突き刺さった。
僅かな飛沫さえ飛ぶほどのあまりの躊躇の無さに、職員は言葉を切った。
その間もロアは展開していく魔法陣へと視線を走らせ、順次変化し下に置かれたカードへと作用していく様子を見る。
(個人認証。魔力と魂に紐づけた読み取りと記録。この辺りは系譜行程と似てますね。面白い)
口元に笑みをのせたまま解析した事を分析していると、おい、とミトから声がかけられた。
「終わってる」
「あ、もう良いんですね」
ロアは痛みなど感じていない様子で指を引き抜き、口に咥えようとしてミトに手をさらわれた。いつの間にかポーチから取り出していたタオルで指を拭いつつ
「癒し出来ねぇのか?」
「出来ますよ」
「かけろ」
「この程度、舐めれば」
「似合わねぇ。かけろ」
再度促されて軽く肩を竦めたロアは間を置くことなく
「もう大丈夫です」
と言った。言われてタオルをどければ既に傷痕も消えている。僅かに乾いて残った血を身体を屈め、ミトが舐め取った後、また拭いて清める。
自然とそれを受け止めたロアは礼を言って職員へと向き直った。
そんな様子に周囲がざわつく中、そこだけ切り取られたように淡々とした三人が手続きを進めていた。
ロアは職員からカードを受け取ると、興味深そうに見下ろした。長方形の魔樹から造られた軽い板は、その材質が元は樹だとは知らなければ分からないだろう不思議な感触のものになっていた。固くも柔らかくも無いそれに、彫り込まれるように文字が並ぶ。
名前と現在の所属と最低ランク示すだけのシンプルな標記だ。討伐や迷宮の入退出などをすると後ろにその情報が並ぶ。ギルドに報告すると消えるが、ギルドのデータベースには残り職員ならいつでも閲覧ができる。
ギルド内にある魔道具を使えば本人や本人が許可をした相手でも見る事が出来るらしい。
「再発行には倍の金額がかかりますので、紛失にはご注意下さい」
「はい。ありがとうございます」
「更に詳しい説明は必要ですか?」
「そうですね」
カードをしまいチラリとミトを見上げれば、お好きにと肩を竦められる。
それに微笑みのみで礼を伝えて、お願いします、と説明を頼んだ。
長くなりそうだと、脇の壁に背中を付けて寄りかかり腕を組んで、待つ姿勢を見せるミトにまた周囲がざわつく。
普段、誰の指示も受けないミトが素直に従う姿は、見慣れない。
一通りの説明を受け、礼を言いつつロアは立ち上がりつつ、ふと問いかけた。
「職員さんのお名前、聞いても良いですか?」
「ユアンです」
「丁寧な説明、ありがとうございました。またお話聞きに来ても良いですか?」
「ギルドに関する事の疑問に答えるのも業務ですから」
単調な声にふわりとロアは微笑む。
「優秀な職員さんがいて、王都は安心ですね。ありがとうございます、ユアンさん」
ゆったりと穏やかな声に「いえ」と答えるユアンの返事は、揺れないはずの感情を揺らされ一拍の時間を要した。
カウンターから離れるロアについて行きながら、ミトが僅かに不機嫌そうに潜めた声を出す。
「気に入ったのか?」
「優秀な方は皆、好きですよ」
「……そうかよ」
不貞腐れたような声にクスクスと小さくロアが笑う。声だけは不貞腐れつつも、表情が変わらないミトに器用だなと思いつつ、先ほど説明された依頼ボードを見る。
ランク分けされたソレを見、
「ミトはお好きなのを。低ランクではつまらないでしょう?」
「この時間はランク関係無く、ろくなのが残ってねぇよ」
そう言いながら自分のランク以上のボードへも視線を走らせていく。一応ランク分けされているが、それはギルド側が分けた、というだけでランク外をのを受けるのも自由だった。ただし責任は受けた側にあり、失敗すればそのランクに応じた金額を払わなければならない。
(ペット探し、店の片づけ、倉庫整理……下水掃除、地下墓地の清掃……)
上からゆっくりと見ていき、下の方に溜まった依頼を見ていく。最下級ながら常時以来の討伐が並ぶ上と違って、用紙の色が変わるほどに放置された依頼を見る為に手を添える度、周囲は顔を青ざめさせた。
ボードの近くで文字が読めない人の為に、読み上げのお小遣い稼ぎで居る少年は止めるかどうしようかと視線をウロウロとさせていた。
最後まで一通り見たロアが悩んだ末に下の方にあった依頼に手を伸ばそうとした時
「おい」
ミトが声をかけた。顔を上げたロアにミトが告げる。
「先に街、案内したほうが良いだろ」
「それもそうですね」
こくりと頷いて身を起こし、その背中を追った。扉の所で振り返るとその背を見つめていたユアンに軽く目を細めて手を振って出て行った。
その途端、ギルドの中で幾つものため息が聞こえた。
「き、緊張した」
「ああ、何か分かんないけど、緊張した」
職員、冒険者関係無くそんな事を呟いたり頷いたりしていた。
「ど、どうしましょう。コレ、外しときますか?」
ロアが手を伸ばしかけた『地下墓地の清掃』の依頼を持って、少年がカウンターを振り返るが、職員たちは悩みながらもただ一人の為に依頼を取り下げる訳にもいかずに首を振る。
もちろん受けると言えば断る事も出来ない。どうしよう、という困惑した雰囲気を漂わせるギルドの様子など知る事無く、ギルドを出た二人は通りを歩いていた。
特に身体の大きいミトは一人でも目を引くが、その隣に背の高いロアが並ぶと更に人の目をひいた。
「そういえばミトは王都に詳しいんですか?」
「いや、それほどでもない。コッチに来てまだ一年経たないからな」
「なるほど」
「お前はどっか、他の街とか」
「あ、私、街は王都が初めてです」
「あん?」
「町? 村? も来る前に立ち寄った所が初めてでした」
ニコニコと世間知らずっぷりを告白している姿に、ミトは本当にこいつはどっから来たのか、と目を細めた。
「街の地図とかありますかね?」
「あーおっきな街なら観光案内所に分かりやすいのが大抵置かれてる」
「じゃあ、それ貰いに行きましょう」
「こっちだ」
街の入口へと向かう背中を追いかけて並ぶと肩を引き寄せられた。
小さな舌打ちがして、視線を向ければ少し汚れた上着を羽織り、目深に防止を被った背の低い男が横を通り過ぎて行った。
昼にさしかかり人通りが多くなってきていた通りは、人ごみに慣れていないロアには歩きにくい。
ぶつかったりおされたりしてながされ離れていくロアに気付いたミトがその手首をとった。
「すみません」
それに返す事無く、自らが防波堤となって先を行きロアを促して歩く。
「お昼、何食べましょう」
「肉でも良いか?」
「美味しいなら、是非」
掴まれるのが手首から腕になったり手になったりしつつ、それから約三日をかけてロアは一通り王都の街を歩き回った。
ありがとうございました。