4.手探りに伺う
宜しくお願いいたします
男に案内されて来たのは、時間貸しの部屋のついた雑多な感を受ける食堂だった。
「部屋、一枠」
「あいよ。食事は?」
カウンターに居た恰幅のいい親父の問いに、男は青年を見る。青年はお任せします、と微笑めば
「適当に酒とつまみで」
男はそういって、料金を天板の上に載せた。こういう場所では基本前払いだ。
渡された鍵を受け取り、青年を促して脇の階段を上がる。ギシリとなる音に足元を見下ろして、青年は後を追った。
物珍しそうに周囲を見ながらついて来る様子は、こう言った場所が初めてなのだと如実に周囲に知らせていた。
余りに似合わない姿に、その場に居た人たちが二人の背を視線で追っていた。
部屋に入った男は、部屋に置かれた椅子に座る。
部屋の中には寝台が一つでほぼ一杯で、隙間に押し込んだように小さな机と椅子が一脚ある。
顎で示されて寝台に腰掛けて暫く、店員が酒とつまみを数皿持って来て、机と壁に折りたたまれていたカウンターを出してソコに置いて行った。
それを追いかけて男が鍵をしめると、同時に部屋に防音の結界が張られた。ピクリと一瞬肩を強張らせ、害意の無い結界だと確認してから振り返る。
(魔法師か?)
結界を張った本人を見れば微笑み返される。
改めて椅子に座った男が何か言おうとしたのを先んじて、青年が口を開いた。
「料金、半分出しますよ?」
「いらねぇよ」
出鼻をくじかれた男は入っていた身体の力を抜いて返す。
視線の先で、では遠慮なく、と並べられたつまみに指を伸ばす様子に男は目を細めた。
何気ない仕草にすら優雅とすら評されそうな気品がある。指先まで整えられていて、あんな場所で水浴びするような人物には到底見えなかった。
「質問」
「あ?」
「あるんでしょう?」
ペロリと唇についた塩を舐め取る仕草に、急に婀娜っぽさがのる。チラリと向けられた視線はどこか挑戦的なようでいて、じゃれつく仔猫のような無邪気な横柄さも見えた。
先ほどまでスラリと伸ばされていた背筋の力を抜き、ゆっくりと揃えられた膝の横、ベッドの縁に片手を置いて上半身を屈め、上目遣いで覗き込んで来る様は、高級娼婦に似た艶を感じさせた。
ほんの僅かに先ほどまでと変わった抑揚と、視線の向け方で意識を吸い取られる。
問いかけを無言で促す様は、威圧されている訳も無いのに飲み込まれる雰囲気を持っていた。
「てめぇそっちが本性か?」
「さあ? 状況に応じて態度を変えるのは普通の事でしょう?」
ニコリと笑い身体を起こした時には先ほどの雰囲気は消えうせ、目の前の皿のものを摘まみ「これ、美味しいです」などと呑み込んでいう様はまるで無邪気な子供のようだ。
その背はピンと伸びて食べ方の割に行儀の良さを見せて来る。
面倒なやつに関わったかも、と眉間の皺を深くして、男は置かれた酒を一つ口にした。
出鼻をくじかれた所為できこうとした事が上手くまとまらない。膝を睨んで考えを纏めようとした時
「自己紹介」
ポツリと落とされた声に視線を上げれば、ニコリと微笑みが向けられていた。
「しましょうか? お互いに」
睨みつける男に、青年は手に持った皿に盛られた物から木の実を差し出した。
「名前、職業、あとは簡単に趣味とか? でしょうか。スキルとかでも良いですよ」
「スキルっていきなり聞くもんじゃねぇが」
「性格、出るでしょう?」
落とされた木の実を咄嗟に手を差し出して受け取りながら警戒を込めて睨むが、一向に気にした風が無かった。
クスリと笑う姿は、明らかに部屋から浮いていた。
「ミト、冒険者、Cランク、趣味……なんだ、戦闘? スキルは特にねぇ」
「気付いて無いだけでは?」
「お前は」
コンプレックスを刺激される言葉に更に顔を険しくしながらも、抑えた声で問いかければ、特に躊躇う様子もなく答えられた。
「ロア、無職、冒険者希望、趣味は採取と研究と読書、スキルは補助魔法系だと他は秘密です」
クスクスと笑う姿に目を細める。
実際の所、互いの名前は先ほどの書類のサインで知っていた。まぁ、互いに本名では無いだろうが。少なくともミトは偽名では無かった。ロアの方は本名にかすりもしないが、コチラも偽名では無かった。
スキルは何かで把握するものではなく、実際に何かがきっかけで発動して把握するものだ。時に修練で獲得するものもある。さきほど結界を張ったことでバレているスキルを告げただけか、他にも把握しているものがあるのか。無いと言わないあたりには正直さが伺える。
もっとも他人のスキルは冒険者ではなくともデリケートなことが多いので、問わないことがマナーだ。よっぽど親しい間柄でないと。
問いかけるという事は、そういう間柄になりたいと捉えられても仕方ない。
目の前の青年が理解しているとは思えなかった。雰囲気的にも、立場としても。貴族や上流階級の奴らは裏付けとして相手の情報を収集するのは当たり前のことだからだ。今まで問えば答えが返ってきた立場で暮らしていたなら、この質問が不躾なのだと知らない可能性もある。
(単なる世間知らずか)
ミトはこれならば聞いても大丈夫だろう、とポーチから今朝放り渡された物を取り出した。
掌に納まる小さな宝石にも見える真球。一定以上の脅威と見做される魔獣、若しくは魔物から取れる魔石だ。下位の魔獣からでは歪なものしか取れない。
「これ、何の魔石だ?」
「桜火竜です」
「あ゛?」
「その上着の強化には適当かと思いまして」
その言葉にミトは目を細める。
(鑑定持ちか?)
スキルとして持っている者と経験から能力として持ち得た者といるが目の前の存在はどちらか。
「あ、ちゃんと自分で採取したものですよ? 祖母の遺品ではありません」
無言になったミトの様子に慌てたように的外れの訂正を告げる姿に、思わず脱力した。
(そこじゃねぇ)
つっこみを口にする事は無く別の事を口にした。
「遺品?」
「はい。一緒に暮らしてた祖母が亡くなりましたので、冒険者をしようと」
「戦えんのか?」
「罠とかで」
「ああ」
明らかに剣などの重量武器を振り回す身体では無い、と妙な納得をする。
「コレも?」
「ええ、お約束した報酬のものも」
「なるほど」
実際の所、この大きさの魔石を持つ竜を罠で捕らえたとは信じられ無いが、世の中には自分の把握出来ない事が良く起こる。冒険者として迷宮に潜って居れば、大抵の事は納得するしかない。
「で?」
「?」
ミトの促しにロアは首を傾げる。
仕草に対して浮かべられた静かな微笑みは、問いの内容を推察しているようではあった。
「ほんとのとこ、何者だ?」
「嘘は一つも無いですよ?」
「分かってる」
どこか困ったように笑いながら、ロアは言った。しかしその瞳にはまるで誘うような、挑戦を受け入れるような色がある。
「依頼、終わる時に機会があればもう少し詳しくお教えします」
「チッ」
盛大に舌打ちして視線を背ける様はどこか不貞腐れているようにも、愉快そうにも見えた。
それからため息を零したミトは口にする。
(ああ、くそ)
産まれは別として孤児院育ち、というのもありどうにも見捨てられない自分の性質に嫌気がさす。
それでもこれまではここまで育った奴を気にかけることなどなかったのだが、どうにも危なっかしくて仕方ない。
「三月だ」
「そんなに良いんですか?」
「正当な報酬だ。怪しい依頼人て事も含めてな」
「酷いです」
全く酷いと思っていない微笑みでそう答えて、話しの間に食べきった皿を重ねて机の上に置く。
互いに一口残したグラスを軽く掲げて軽く打ち合わせて飲み干し、依頼の了承を示した。
食堂を出て歩き出しながら、ミトは僅かに抱く高揚に珍しく口元に笑みを浮かべていた。本人は全く意識をしていなかったが。
背後からロアは目を細めてミトの状態を確認してから、笑みを浮かべて隣に並ぶ。
「宿は、俺と一緒の所で良いか? そっちの方が面倒くさく無いだろ」
「良い宿ですか?」
「飯は美味い。ソコソコ静かだ」
「ぜひ、お願いします。ミトさん」
「呼び捨てろ。気持ち悪い」
「ミト?」
呼べばくしゃりと頭を掻き混ぜられて、擽ったそうにロアは笑った。
それにミトも僅かに瞳を緩める。顔は仏頂面のままだったが。
「ギルドとかは明日以降で良いだろ」
「そこは任せます」
大股でさっさと歩くミトに身長差はそのまま足の長さという感じで距離をあけられて、駆け寄った青年をチラリと横目で見ろし、珍しく僅かに口元を緩めた。
「報酬、忘れんなよ、ロア」
名を呼ばれたロアは一瞬足を止め、それから嬉しそうに微笑みまた肩を並べた。
ありがとうございました。