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3.実践は初めて

宜しくお願い致します

 その日のお昼を過ぎた頃、王都の北門で青年と衛兵が困り果てていた。



「身分証も出生証も無いの? 村でも町でも村の長か、担当の教会から貰うでしょ?」


「いえ、その祖母と二人で森の中で暮らして居て、そういった物は知らなくて申し訳ありません」


「い、いやぁ、そんな丁寧に謝られても。そのおばあさんから何か身分を示すものとか、職業を示すものとか渡されなかった?」


「いえ、ただ街を目指して冒険者になりなさい、と。なのでここで冒険者という職につきに来たのですけれど、どうすれば良いでしょう?」


「え゛? ん、んんんん? え、キミ、冒険者になりたいの? え、いや、俺に止める権利は無いけど、え、ちょっと待って。うん、とりあえず、詰め所行こうか。ちょっと詳しく話聞かせて」


「え、あの……、はい……」



 言われるままにフードを外し、意気消沈といった様子を隠さず見せる青年を、衛兵はどうにもやり難い気持で交替の人を頼みながら促す。



 チラリと背後を見れば、視線が合って困った感情をのせた笑みを返されて、思わずへらりと衛兵も返して前を向き直る。



 どこから来たか知らないが、森から歩いて来たにしては身綺麗な格好で、この短い間でも感じ取れるほどに所作が綺麗で丁寧、更に物腰の柔らかい青年が平民とはどうにも思えなかった。


 実際すれ違った交換要員も、詰め所に入って来た青年を見た周囲も、そわりと居心地の悪そうな雰囲気を一気に持った。



 こんな汚い詰め所に招いて良い人では無いと誰もが感じたのだ。



 促されて礼を言いつつ、音も無く椅子を引きゆたりとした動作で腰掛ける動きに何故か視線が引き付けられる。



「キミ、親御さんは?」


「祖母からは両親そろって冒険者をしているとしか。私は一度も会った事がありませんので、詳しくは……すみません」


「あ、いや、いいんだ」



 その返事を聞いた全員は



(嘘だろ)



と心の中で叫んでいた。明らかに貴族か上流階級に所属する人だ、と確信していた。



 そこから聞き取るが、中々身分や出身を特定する情報が無く、困っていた。いた場所にしても北の森、としか分からないらしい。



「半月も歩いて来たって?」



 特に青年が嘘を言っているようには思えないが、明らかに身綺麗な状態でどうやって半月も森の中を歩いて来たというのか。困ったように微笑み傾げられた頬を滑る髪は、するりと柔らかそうで汗や汚れとは無縁に見える。



「誰か知り合い、いないの?」



 見かねて周囲からも問いかける声が飛ぶ。


 問いかけられる度にしっかりとそちらへと顔を向けて、視線を合わせ丁寧に答える姿は酷く真摯で嘘を言っているようには見えなかった。



「はい。祖母のお客様とはお会いした事がありますが、住所を交わすほどの親交も無くて。ただお客様のお一人が、南方にお住まいがあると伺っていたので、そろそろ毎年仕入れにいらっしゃる頃のなので、祖母の訃報の報せとともに託された最後の品を、納品に伺えたらと思ってはおりました」


「その客の名前は分かるか? あと取り扱ってる商品見せられる?」


「あ、はい。……っ――」



 頷いて唇を開いた青年はソコで口を閉じてしまった。



「どうした?」



 問いかけに眉尻を落とし、心底困ったという表情で首を傾げる。



「そのお客様の事を口にするのは憚れます。取引先は決して漏らすな、と祖母にいわれてますので」



 弱り切った声にまるで酷く悪い事を聞いてしまった気分にその場に居た者はさせられた。


 ここは言わせるべきなのだが、どうにも雰囲気に押されて強要出来ない。



「どうするよ?」


「怪しさは……あるけど、犯罪者じゃねぇのは確かなんだし、入街税だけ払って貰って通しても良いんじゃねぇか?」


「規則だしなぁ。せめて保証人になってくれる奴でも居れば」



 衛兵たちが悩んでいるのは、結局の所ソコだった。


 指名手配のついているかどうかは門の所で確認しているし、話しながら確認していた現在捜索の出されている貴族や商人のリストにも無かった。


 念の為に周囲の盗賊などの犯罪者の目撃情報なども確認したが、目の前の青年のような容姿のものは無かった。


 精神的悪意を測れるという、危険人物の目安にする為の魔道具でも悪意は全く検出されなかった。もっともこれは目安というだけで、喧嘩でもしている時に触れれば悪意が検出されるし、貴族や商人に触れさせれば大抵は検出されてしまうようなものなので信用し過ぎも出来ないのだが、悪意が無いという方向では信用できる代物だった。


 青年からは悪意の一つも検出されなかったので、現時点で犯罪者ではあり得ないだろう、という程度の目安はつく。



 せめて商品だけ見せて、と言われ了承した青年がポーチへと指を伸ばした時、詰め所の門側の入り口が開いた。



 また誰か来たのか、と交代には早すぎる時間なので皆が視線を向けるとそこには、背の高い青年でも屈まずに通れた入口を僅かに屈んで入って来る朝に森で会った男が居た。


 男はジロリと青年を睨んでから、詰め所の中をグルリと見回して奥に座っていた衛兵長へと向けた。



「俺が保証人になろう」


「いいのか?」


「いい」



 頷く様子に、青年がキョトリと瞬いて男を見上げていた。



「貰い過ぎだ」



 言葉に青年は困ったように小首を傾げる。その幼い動作がやけに似合っていて、気まずそうに男は視線を逸らす。



「救って頂いたのと、取って頂いたのと、情報のお礼としては安いかと」


「アレは俺のミスだった。危険に晒した侘びだ。情報料だけにしては多い、が手放すには惜しい。迷惑か?」


「いいえ、とてもありがたいです」



 顔を戻して親の仇でも見るように睨みつける男に、青年はニコリと笑う。


 その視線がチラリと男の背後へと向いた。



「狐人だったんですね。先ほどは尻尾が無くて気づきませんでした」



 悪気なく言った青年の声に、男はチッと盛大に舌打ちをして顔を逸らし無視をした。男の纏う気配が重くなる。


 その様子に青年は続けようとした言葉を呑み込んだ。


 睨んでいるような鋭い目。その瞳の青の花を咲かせたような金色の瞳。現在は出している大きな耳と豊かな尻尾はどちらも漆黒で、服装と相まって真っ黒だ。尻尾の先の白色がやけに鮮やかに見える。微かにその姿が意識の端に掛かるが青年は今は必要無いと目を背けた。


 その容姿の整った事と相まって、青年には男が不機嫌になる理由は皆目見当がつかなかったが、人のコンプレックスはそれぞれなので突っ込む事でも無い。


 暫くして書類にサインをして、税金を支払い街に入った青年は先を行く背中に声をかける。


「ありがとうございました」


 礼を言われた男は振り向く事もせずに軽く肩をすくめた。


「お世話になりついでに良い宿と、冒険者ギルド、あと……この街の事を教えて頂けるとありがたいです」


 無邪気に続けられた台詞に顔を顰めながら足を止めて振り向く。


「急に厚かましいな」

「受けて頂けるなら」


 男の鋭い視線など気にした素振りも無く距離を詰めた青年は、コレまでの人生の中で珍しく自分よりも身長のある相手に対して背伸びをし、その耳元に届かないと知りつつ距離を詰めて囁いた。獣人ならこの位置でも余裕で聞き取るだろう。


 ピクリと男の肩が震え、頬に柔らかい髪の感触を残して直ぐに一歩下がったその微笑む顔を睨みつける。暫く視線を合わせた後、苛立ったように視線を逸らし舌打ちをして背を向けた。


「コッチだ」


 どうやら話を聞いてくれるらしい、と青年は微笑み、一瞬揺れた黒い尻尾のその先を眺めながら黒い背中を追いかけた。

ありがとうございました。

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