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10.戸惑い揺れる

宜しくお願いいたします。

 夜の街は花が揺蕩う。

 魔石が集まる王都は、それを利用した街灯が通りを照らす時間になると、花の誘う声がそこここから聞こえた。


 そんな一花と戯れたロアは、面白い情報を仕入れたと何食わぬ顔で、早朝の鍛錬を終え朝食を摂っていたミトの向かいに座った。

 僅かに残る白粉の匂いに眉をしかめる。ロアのローブは防汚などの付与がしてあるのでまず臭いがつかない。自身にも浄化などの魔法をかけるのでまず臭いなど残らない。とすれば残るのは服へ相手がわざと自分の存在を残す為に、次にまた選んでもらう名残に残したのだろう。

 別にそこはいいと、そして怪我は無かったを視線で探った。

 ミトは数日前の一件以来過保護だ。約束は破っていないと何度も告げて納得もしてもらった。アソコは初心者向けの迷宮だった。初級以上は一緒に潜るが、初心者だったら大丈夫だ、と言ったのはミトだ。神殿での神明判定をしてもいいとまで言うロアに、ミトが納得するしか無かったというのもあるが。


 そんな無言の詮索をするミトへ、ほほ笑んだロアは食後の水を口に含んだ時に問いかけた。


「ミト、『影狐(スティキラー)』の由来教えてください」

「ブッ」


 何とか全てを吹き出すのをこらえたミトは、口元を拭いつつ心底嫌そうにロアを見る。


「いらない事を」

「可憐な花との話は何より貴重って教わりました」


 ニコニコとした笑みは一見純真そうに見えるが、真実悪意の方が強い気がした。

 ミトはそっと視線を逸らせた。「二つ名、っていうんですって? 面白い習慣ですね」とのんびり問いかける様子からは悪意が見えないのが逆に憎たらしい。


「知るか。つけたギルドに聞け」

「自分で名乗るんじゃないんですか?」

「そういう奴もいる」

王都(ここ)のギルドは知ってますか?」

「さあな、付けられたのは別の国のギルドだ」

「ああだから、呼び方が西方寄り何ですね」


 こくこくと頷いて納得したロアは席をたった。

 この後をミトに尋ねられて、さすがに寝ますと苦笑を返してシャワーの予約表に記入してから階段を登っていく。昨日の午前中にギルドには行ったので、これまでどおり今日は休みということらしい。

 その背中を見送りながら、ミトは眉間の皺を深くする。


 そろそろ二月が経とうとしている。


 シャワーを浴びたロアが噛み殺したあくびで僅かに滲んだ目尻を擦りつつ部屋に入ると、ベッドにミトが座っていた。


「どうしました?」

「……どうする気だ?」


 どこか焦れるような視線に、ロアは静かに微笑む。その表情は柔らかく感情を全て隠し、ミトには読めなかった。

 盛大に顔をしかめるミトの横に滑り込むように寝転がるロアに、一度立ち上がって足元の方にたたまれた上掛けをかけてやりながら、ミトは元の位置に戻った。


 別にロアはミトを求めていない訳ではない。それはミトも分かっている。必要とされて居る事も知っている。

 だがそれがどれほどかが分からない。


 こんな面倒なやつの相手は男女関係なくこれまでしたことが無いミトは、焦れるような気持ちですやすやと寝始めた顔を見下ろした。

 必要とはされている、いやされていて欲しい。そう思うのは何故か。ここ最近特にその焦燥感にも似た気持ちが増して来ていた。


 自ら伸ばす手を拒まれた事は一度も無い。


 音のするほど握り込んだ手が何も掴めず虚しく感じる。ミトはそれでも静かに立ち上がり、部屋を出る。

 そして空虚を埋めるように、近場でもっとも歯ごたえのある敵の出る迷宮(狩場)へと足を運んだ。




 昼過ぎに目を覚ましたロアはぼんやりと天井を見上げ、ミトが手配して女将が置いていってくれた水差しが反射し天井に映った模様を視線で追いかける。


(これで良いのかなぁ……)


 ロアはこれまで祖母以外は、訪れた客と長くて四日ほどしか供に過ごしたことがない。色々と知識はあるものの、血の通った人と付き合うのは初めてに近い。

 全て手探りで、しかし拠点を築くまでには必要で、そして……。


 何度も撫でられた頭に手を乗せる。

 揺らすなと言われた感情が、その度に揺れる気がしたのは気のせいか。


 薬師はひどく繊細な魔力制御を必要とする。感情はそれを乱すから、動かしてはいけないと教えられてきた。

 でも胸に滲んだ温かさはそんなに悪いものなのだろうか。


 祖母は薬師の修行が始まってから一度も自分に触れなかった。頭を撫でられた事もない。もしかしたらもっと幼い頃はあったのかも知れないが、薬師に関連すること以外は()()()()()ごとに薄くなってもう覚えていない。

 供に過ごした事のある者たちは確に温もりを分けてくれたが、どちらかといえばこちらも師匠という感じだろう。元から祖母の客人だ。祖母の薬が出来上がるまでの時間つぶしに、祖母に言われ自分へ教授してくれた。


 幼い頃に与えられ一緒に暮らしていた人形も、既に空の核しか存在しない。それだって祖母の人形の様に中身が入っていたわけでは無かったから、温もりも感情も持っていなかった。


 街に来て視線一つむければ擦り寄って来て一夜交わる温もりは客人たちの残した肌よりも尚早く熱を失う。

 艶花たちとの触れ合いは、これまでは客人たちが来た時しか出来なかった採取代わりにも丁度良かった。当人たちの許可も勿論もらっている。これまで手に入らなかった素材も手に入って、気持ちも良くて効率的だ。

 そろそろこの街で見かけた種族すべての物が揃うだろうか。今まで取り扱った事の無い種族の素材も手に入れられた。


 祖母の家から出て、いや居た時から含めて誰かと触れ合った時間は祖母よりも客人や花たちの方が長いだろう。一緒に居た時間はどんなに長くても、祖母の感触で思い出せるのは既に動かず固く冷たくなった指先だけだ。それも人形に与えられた方が長い。

 触れられた人の中でもしかしたら一番短いのがミトだ。

 その割にほんの数秒の温もりが胸に残り続けている。 


 思い出しただけで僅かに胸に熱を散らす温もりは、悪いものなのだろうか。

 必要だから、ではなく、ただ手に入れたい、では駄目なのだろうか。

 こうしてモゾリと何か落ち着かない感覚を覚える相手は、対象から外した方が良いのか。


 それならば離れなければいけないけれど。


 自問に答えはでない。


 揺らしてはいけないと習ったが、悪いものだとならっただろうか。

 そこもよく分からない。思い出せ無いのは遠いからか軽いからかどちらだろうか。

 

 だが守ってくれる人は必要だ。出来れば自ら守ってくれる人だとありがたい。それを手に入れる方法はあっているはずだ。教えて貰った通りに最初は出来ていた。


 出会った時から数度、薄く視線に魔力を込めて暗示をした。


 魔力の高い者や魔道具で対策しているとしてもすり抜けるように、きちんと教えられ訓練された通りの方法で淡く仄かだが確実に根付くように重ねた。


 けれど……最近、それを止めてしまっていた。暗示など無くても自ら守ってくれたら良いのに、とそう思ってしまった。

 教えられた通り、きちんと護衛としてついてくれるようになるまで続けなくてはいけないのに。止めるなら繋いでからだと言われたのに。


(なんで止めてしまうんでしょう)

 

 人の動かし方も接し方も皆、祖母の客人たちからも教えられている。どれだけ人が気持ちがうつろいやすく信じきれないかも。

 だけれど……。


 そろそろ暗示も解ける頃。解けても居てくれるのかそれとも離れるのか。解けた後にどこまで見せるかも、それともかけ直すかも決まらない。


 瞼の裏に残るのは消える祖母の指先を大切そうに掬い上げた人形の掌。浮かべた微笑み。多くいた人形の中で最後まで残った一体のあまりに幸せそうな笑みが崩れていくさま。


 その人形は唯一自ら祖母に侍った者では無かっただろうか。遠い昔に聞いた話は対象が確かかを危うくする。そうであって欲しいという願望に近い。


 のそりと起き上がったロアは、背をまっすぐ伸ばして窓の外へと視線を向ける。

 見える街並みの上の晴れた天空の色。その色は現在もっとも傍にある男の瞳に咲く色だ。


 薬師になるにはどうしても自主採取が必要になる。そうした素材で無ければ作れない物も多い。必要とされるのはそう言った薬が多い。

 今程度のなら問題無いが、今後の採取ではどうしても護衛が居る。死に掛けたら蘇生薬を掛けて引きずり戻して貰う必要があるからだ。薬師は回数を重ねるごとにより流れやすくなる。故に優秀な護衛が必要なのだ。分かっている。


(だけど)


 無意識に掛布を握り締めた手。ロアは覚えた頭痛に眉間に皺を寄せる。その顔に普段の笑みは無い。


 そういえば年齢を知らないとふと気づく。


(まだ随分と若いのでしょうね。百歳は超えているでしょうが)


 選ばれなければその内自分を置いていく命だ。分かっているが、さりとて傍に誰もいないのは何やら胸が空虚だ。祖母を失って目を覚まして、家を追い出されるまでの数日。

 それだけでもどこか胸の裡が涼しかった。彼が離れていくと思うと同じように涼しさを覚えて、僅かに息苦しい。


 今までの客人と同じように、一時傍にいて過ぎ去っていくのが()()人だ。いやそれはいずれ拠点を手に入れた後の、内の人でも変わらないか、と苦笑を溢す。

 世界はどこも弱肉強食だと言ったのは誰だったか。


 ふとサイドテーブルに積まれた、幾冊かの本へと視線を落とす。

 外に出て初めて出会った娯楽本というもの。初めて見た装丁も無い本は非常に珍しく感じたものだ。そこにあった恋や愛、友情といった感情を語る物語はどこか遠く現実味が無かった。面白さはともかく、興味深くはあった。

 自分には無いもの。それが物語の登場人物に対してさえ持っている事が少し羨ましい。

 それはどんなものなのか。興味があるが、自分が持てるとは思えなかった。 


 水を一杯飲んでから、パタリとまたベッドに転がり天井を見上げる。

 不安定な心情を表すように、揺れる水面に反射された模様も揺れ動いていた。


「乱してはいけない。私は捧げられる者。薬師なのだから……」


 呟くその頭には、どうする、というミトの質問が回っていて、出せない答えに迷っていた。

 いままで全ての指示を出していた祖母はもういない。

 ロアに未練など無いと言う様子で流れて行ってしまった。


 昨夜戯れの会話で初めて知った彼の情報に、僅かに抱いたもやりとした感情は何なのか。揶揄う事でながしたけれど、それが何かもロアには分からなかった。

 全てが初めてで戸惑うばかり。祖母の元で勉強していた外の知識が、かなり昔のものだったり違っていたりすることも多くて、困惑することばかり。


 口にも態度にも出さないが横になると毎日のように覚える頭痛。倦怠感に、時折込み上げる吐き気。

 ただでさえ拠点などの設備を使わずに、必要な薬を作る為に無理をしている。寝る前に密かに呑む薬ですら回復しきれない程に身体の中は傷ついている。このまま続けば予定よりも早く回を重ねる事になってしまう。その為にはまた拠点が必要になるが、現在妥当な場所が見つけられていない。

 常に抱える不安と焦燥。祖母だっていつも通りに起きると思っていたのが、終わってしまった時の呆然とした事が不意に思い出される。

 悲しむ余裕も無く、放り出される前にと引き込まれて回を重ね流し込まれた。その身体に馴染む前に祖母の家から出なくてはいけないと分かっていたから片付けに追われ、外に放り出されて、現実逃避をしながらも家を求めて流れて、ここに来た。

 

(――――っ)


 心があげる声をロアは自身で自覚出来ていなかった。

 常に祖母の下で守られ抑えつけられて、何も知らずに来たから。

 自分の現状を分からずに、ただ教えられたまま必要と思える事をやっていた。


 それだけで精一杯の毎日だった。


 故に、ミトに頭を撫でられると、たまに意味も無く泣き出してしまいたくなる。

 今まで夢など殆ど見なかったのに、最近はうなされて飛び起きる事も多い。


 そうなる自分を不思議に思えど、その原因を考えはしない。そういうものは隠して抑え込めとならったから。


 それを誰かに見せないように表面に出さない術も、昔誰かから教わっていた。上手に隠せているかもよく分からないけれど。

 無表情が向いていないと言われる程度には無理だったから覚えた笑顔の仮面と、感情を抑えて話す丁寧な言葉。装うのが下手だから普段から崩さない事と言われた。

 一挙手一投足、呼吸の仕方から視線の投げ方、歩く速度に食事の仕方、着替え方に着替えさせられる介助のされ方、座り方、全て決められた通りに出来るまで、薬師の修行とともに教えられ、固められた。

 一度崩れたら直し方など知らない。だから全てを抑え込む。弱音は許されなかった。


けれど外に出て実感する。練習と実践は全く違うと。時折痛む胃は己の薬を使っても中々鎮まる事が無い。元より耐性も高いのだけれど。

 

「どうしましょう……ね……」


 ため息とともに瞼を下ろし、遅い二度寝へと落ちていく。誰かの手を真似るように一度目元を抑え、額から頭へ辿った手がベッドに落ちてポスリと鳴った。

 無意識に救いを求めるように呟いた短い名前を本人は自覚していなかった。

ありがとうございました。


書き溜めたココまでなので続きはのんびり更新です。

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