1.まだ目的地は無い
新しいの始めました。よろしくお願いします。
「今までありがとうございました」
大地に膝をつき深々と礼をする。肩から零れ落ちた数束の漆黒の髪が柔らかく頬を撫で、動作に合わせて地に落ちた。
組んだ手を胸に抱え、柔らかい風に吹かれ、若草が額を擽る。森の中にポカリと開けた空間で真上に昇った太陽の下、行われたその行為は一種神聖さを醸し出していた。周囲に咲いていない筈の花弁が青年の周囲を舞い、煌いて溶け消える。まるで別れの挨拶の様に。瞼を下ろした青年に気付かれる事無く消え、あたりには静寂が戻る。
暫くその姿勢のまま居た青年は、ゆたりと立ち上がり、また一つ頭を下げた。
それから周囲を見回し、忘れ物が無いのを確認した後顎に指を添えて少し上を向く。
「さて、これからどうしましょう?」
薄茶色の足首まであるローブを着た背の高い姿が、目的地も決めずにふらりと歩き出す。
(とりあえず……)
青年は額に手を翳し、そろそろ真上に昇る太陽を見上げ
(これから寒くなるから、南に行きますか)
一つ頷き、影が落ちる方向に足を向け、零れた薄茶色の髪を押し込みローブのフードを深く被りながら歩き出した。
木々の中に分け入る前にのんびりとした動作で一つ腰の小さなポーチから取り出した、昼食代わりの種を口に含む。
物音一つ立てず直ぐにその姿は森に紛れ見えなくなった。
青年が立ち去って暫く、太陽が真上を過ぎた頃その森の近くにある国から鎧やローブをまとった一団、冒険者と呼ばれる者たちがその場所を訪れた。
そしてポカリと開けたその場所を見て呆然とする。
「おいおいおいおい、いつの間に消えたんだ?」
「先週の情報ではあったはずです」
「ここだよな?」
「ええ、位置は間違っていません。ほら、ギルドの印があそこに」
「最上級の迷宮が消えるの初めて見た」
戸惑った会話が幾つか交わされ、その集団の中でリーダーを務める者が声を上げた。
「ねぇのは仕方ねぇ。戻るにも一日半かかんだ。昼取ったら来た道辿って、昨日の場所で泊まって、明日早々に発って、ギルドに報告に行くぞ」
まぁソレしかないか、とそれぞれ入れて来た気合が抜けた返事をして、野営の準備を始めた。
魔獣避けを周囲に撒き、焚火にもまた別種の魔獣避けをくべる。それぞれ効果がある対象が違うので、この森のココまでの深層ではどちらも必要だった。
魔法で出した水を火にかけてスープを作りながら、ポツリと誰かが零す。
「にしても、コレ、依頼未達になるんかなぁ」
「どうだろ?」
それは嫌だなぁ、とそれぞれがため息を吐いて、各自で周囲を警戒しながら昼を摂り足早にその場を青年が去ったのとは真逆の方角へと立ち去った。
ありがとうございました。