ざまぁされる方って最初は優秀設定なのに、主人公と離れた途端に斜陽の一途を辿るよね
クリスがホグと下ネタ問答を繰り広げている頃、彼を置き去りにした兄のサムソン達はダンジョン内を彷徨っていた。
来る時にはほとんど汚れなかった衣服は、埃と泥にまみれ所々引き裂かれた跡がある。
三人とも身体も擦り傷や打撲だらけで、駆けこんだダンジョン内にある小部屋で酷い顔色をして膝をついて喘いでいた。
「な、なんで!? なんでこんなに魔物が出てくるの!? やたらとトラップもひっかかっちゃうし……来る時は全然余裕だったのに!」
息も切れ切れに床へ手をついたデボラが情けない声をあげるのを、サムソンが舌打ちしながら怒鳴る。
「デボラ! お前が早く回復しないからだろ!」
「もうMPなんてないわよ!」
憮然と言い返したデボラの言葉に、ロータスがガバっと顔を上げる。
「MPが無いって……回復の魔石はどうした!?」
「そんなのとっくに使いきったわよ。高かったのに大損だわ! サムソンがC級ダンジョンなんて余裕だって言うからついてきたのに!」
「俺もだ! 楽して稼げるっていうから来たのに話が違う!」
「うるせぇ! レッドアイは手にいれたんだから文句言うな!」
責めるようなデボラとロータスの言葉に、サムソンが苛立ち気味に言い返す。険悪なムードになる中、サムソンから視線を外したデボラがポツリと呟いた。
「アウルベアの大群を上手く躱せたと思ったのに、こんなことになるなんて運がないわ」
「躱せたっていうか、お前らが非情にも魔力無を犠牲にしただけだろ」
ロータスが侮蔑したように言い放つと、デボラが黙り込み、サムソンは不快げに表情を歪めて反論する。
「あ? 何だよ、その言い方。今更偽善者ぶるなよな。お前だって、アイツを置き去りにすること知ってたくせに!」
「ああ、そうだよ! でもなぁ、今の惨状見てみろよ! トラップには悉く引っかかるわ、来るときにはほとんど遭遇しなかった魔物にはぞろぞろ出くわすわ、騙した挙句、非戦闘員を置き去りなんかにしたバチがあたったとしか考えらんねーんだよ!」
「はっ! バチ? そんなもん迷信だ! そんなもん信じてるなんて、お前バカじゃねーの!」
「何だと! バチじゃなきゃ、何なんだよ!?」
「知らねぇよ! 元々あいつはレッドアイの封印解除魔法をやらせるためだけに、ここに連れて来て、置き去りにする計画だっただろ!」
「解除魔法か……そういやあの時、お前もデボラも息を飲んでクリスのこと見てたよな?」
訝しがるようなロータスの言葉にサムソンが目に見えてギクリと肩を揺らしたが、ロータスは考え込むように顎に手をやって呟いた。
「魔法が苦手な俺には良くわかんねーけど、あの封印魔法って相当難易度高かったんだろ? このダンジョンだってC級で王都の近くにあるのに、今まで誰もレッドアイを取れなかったのは、あの封印解除が出来なかったからなんだろ? それをいとも簡単に解除しちまうなんて、本当にクリスってお前の言うように無能なのか? なあサムソン、もしかしてお前のダンジョン制覇数がやたら多いのは、アイツがいたお陰なんじゃねーの?」
サムソンの顔にサッと朱が射し、青色の瞳に怒りが灯る。
「バカ言ってんじゃねえ! あいつはギルドに登録さえもできなかった魔力無の無能者だ! それでも魔法使いになるなんて夢見てやがるから、俺がお情けでダンジョンに連れて行ってやってただけだ! 俺のダンジョン制覇があのお荷物のお陰!? バカにすんのも大概にしろよな!」
「じゃあ、なんでそのお荷物がいなくなった途端に、こんなにピンチになってんだよ!」
「だから、それはお前らが無能だからだろ!」
「何だと!?」
「もう、やめて!」
今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうになるサムソンとロータスに、デボラが慌てて割って入り二人を宥める。
「とにかく、早く結界の魔石使って休もう! 私もサムソンも眠ってMP回復しないとマズいって! ね!? お願い!」
「くそっ! レッドアイの前報酬として国王に貰った貴重な魔石だってのに、こんなところで使うはめになるなんて」
ロータスを一睨みし、腰にぶら下げた袋から小さな石を取り出したサムソンの手元を見て、デボラが目を丸くする。
「ちょっと……! 国王から貰った魔石って、その大きさだったの!? それじゃ5時間が限度だよ!?」
「5時間!? MP回復するギリギリの睡眠時間じゃねーか! あのどケチ国王が!」
デボラの告げた時間にサムソンが激高する。
「そんな……ダンジョンの出口もわかんないし、回復の魔石も残ってないのに」
責めるように自分を見たデボラをサムソンが睨み返す。
(何でこうなった? C級ダンジョンなんて俺にしたら楽勝のはずだ。役立たずのクリスと二人の時はA級ダンジョンでさえ宝物奪取できていたのに、何でアイツより強い奴らを連れていて、こんなに苦戦しなきゃならないんだ!)
忌々し気に眉間に眉を寄せるサムソンに、ロータスが不機嫌も顕わに溜息を吐く。
「とにかくMPがない魔法使いなんて足手まといなだけだから、さっさと魔石使って回復してくれ」
「俺に命令すんな!」
そう言いつつも今魔物に襲われたら完全にアウトなので、サムソンは渋々結界の魔石を使用する。
空中に放り投げられた魔石は弱々しい光を放つと、三人がギリギリ入る位の空間を遮断して消えていった。
「なんか……この結界弱くない? それに狭い」
不満を言いながらもサムソンに擦り寄ってくるデボラに苛々が募る。
いつもはいい香りだと思っていた彼女の香水が、今は汗と血が入り混じって吐き気を催してくる臭さになっていた。
「文句言うなよ! それより飯! 睡眠時間ギリギリなんだから早く用意しろよ!」
「え? サムソンが携帯食持ってくる約束じゃなかったの?」
「はぁ? 何で俺が?」
ポカンとするデボラに、サムソンが素っ頓狂な声をあげる。
しかしデボラを擁護するように、ロータスが口を挟んでくる。
「いや、確かに言ってた。お前がダンジョン慣れしてるから、準備は任せろって言ってたの俺も聞いた」
そう言われてサムソンはハッとする。
そういえば準備はいつもクリスにやらせていて、荷物も全て奴に持たせていたのだ。当然食料などもクリス持ちだ。
自分は戦闘を受け持つのだから雑用はクリス、それが当然の習慣になっていた。
こんなことならクリスの荷物を奪ってから置き去りにすればよかったと後悔するが、時既に遅しだ。
「そ、そんなの覚えてねーよ! とにかく何か食い物ねーのかよ!?」
誤魔化すように怒鳴りつけると、ロータスが呆れたように革袋からチョコレートを取り出した。
「俺の持ち合わせはこれしかない。だが俺は前線で戦う剣士で体力が資本だから、悪いがこれはやれない」
「は?」
「ちょ、ちょっと、ロータス!」
唖然とするサムソンと焦るデボラを他所に、ロータスは取り出したチョコを口に放り込む。
「早く寝た方がいい。この結界の魔石ではMP回復時間がギリギリなんだろ?」
「デボラ! こいつには絶対回復魔法なんてかけなくていいからな!」
「え? でも……」
敵意剥きだしで怒鳴りつけるサムソンに戸惑うデボラへ、ロータスは袋からもう一つのチョコレートを取り出すと彼女に向けて差し出した。
「そっか、それは困るな。なら、デボラお前には少しだけわけてやるよ」
途端にデボラはサムソンを押しのけロータスに擦り寄る。
「ロータス! ありがと~」
デボラの肩を抱いたロータスの勝ち誇った顔にサムソンはマジ切れしそうだったが、素手で争っても剣士には敵わないし、とにかくMPを回復することが先決だと、心の中で悪態を吐きながらその場で横になった。
(くっそ! 忌々しい奴らだぜ。もう絶対こいつらとはパーティーなんて組んでやらねえからな! クリスと来た時にはトラップなんか一度もひっかかったことないのに、こいつら運悪すぎなんじゃないか? やっぱりC級なんてレベルが低い奴は早々に切り捨てるべきだな。いざとなればこいつらにはクリス同様、俺のような優秀な魔法使いが生き残るための犠牲になってもらう)
固く冷たい床の上でサムソンは横になると、このダンジョンから無事に自分だけ脱出する構想を頭に描いていたのだった。