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ギャグ要素が強い場合はピンチでも乳繰り合う

 ギルドのA級とS級は結構な隔たりがある。

 A級までは努力次第で何とかなれるが、S級以上は運や天性の強さといった神がかり的な能力がなければ到達できない。

 同じように魔物のランクもA級とS級ではかなりの隔たりがあるらしく、S級魔物は一匹でも相当に強いため、討伐報酬は破格の値段だ。


 今、俺の前にいるホワイトグリフォンは、明敏そうな鷹の頭部と猛々しい獅子の下半身を持ち、巨大な翼で空を駆けるS級魔物である。

 鷹と獅子の姿、いわば羽毛と毛皮というわけで、それはつまり俺達が触っていたのは、横たわっていたそいつの背中だったわけだ。


 そういえば広間に入ってすぐに『探索』で、恐ろしい何かに気づいたはずなのに、アウルベアから逃れられた安心感から、すっかり失念していたと青くなる。

 だが反省する余裕などなく、俺達を視界に捉えたホワイトグリフォンは、すかさず烈風を飛ばしてきた。


 フィアが急いで弓をつがえて連射するが、ホワイトグリフォンはせせら笑うかのように両翼を羽ばたかせると、ゴオオオっという凄まじい旋風が巻き起こり、アウルベアたちを一矢で昇天させていた矢は、全て叩き落とされてしまう。

 その風圧でふっ飛ばされた彼女を庇って、地面に背中から叩きつけられた俺の手を、フィアが泣きながら握り締めた。


「クリス様! クリス様!」

「フィア、逃げ……ろ!」


 ホワイトグリフォンの起こした風圧で、広間の彫像が破壊され土煙が舞い上がる中、俺の言葉にブンブンと首を横に振ったフィアが、俺に覆いかぶさるように抱き着いてくる。


 柔らかい彼女の感触に、アウルベアの大群に囲まれた時は絶望と後悔しかなかったのに、何だか今なら気持ちよく死ねそうだ、なんてこんな状況なのに思ってしまう。

 でもフィアだけは逃がしてあげたい。それなのに、情けないことに身体は全くいうことをきかないし、彼女を逃がす手立ても思いつかない。


「不甲斐ない婚約者でごめんな」

「そんなことないです!」

「フィアだけでも逃げてほしいけど……」

「いやです!」

「そう言うと思った……本当にごめん」


 俺の言葉に泣きながら笑うという器用な表情をした彼女を、優しく包んであげたいのに、痛みで軋む言うことをきかない身体がもどかしい。


「くそっ! 転生者なのに魔力がほとんど無くて無能扱いされたけど、俺の婚約者は控えめに言って最高なんだ! そんな俺の婚約者に、フィアに手をかけたこと、末代まで祟ってやるからな!」


 悔しさで土煙の向こうのホワイトグリフォンに叫んだ俺の胸元を、ぎゅっと掴んで頬を寄せたフィアだったが、突然パッと顔を上げるとコクリと喉を鳴らした。


「クリス様は無能じゃないです。私の大切な大好きな婚約者です。だから、その……死ぬ前に……私のお願い、聞いてくれますか?」


 フィアの言葉に目を瞬く。

 そういえば、このダンジョンへ来たきっかけは、彼女の願いを叶えてあげたかったからだったと思い出す。結果、騙されてたわけだけど、土壇場で彼女の本当の願いを叶えてあげられるなら本願成就だ。


「あと数秒で、できることなら何でも」


 力なく笑った俺に、しかしフィアは超ド級の微笑みの爆弾を落としてきた。


「……キス……してほしいです」


(あ、これ、絶対死ぬやつだわ。フラグも俺の息子もビンビンに立ったわ。絶体絶命でも立つものは勃つんだね。

 なるほど。俺を不憫に思った神様が、死ぬ前に最高のご褒美をくださるわけですか? では遠慮なくいただきます。え? 躊躇なんてしないよ? どうせ死ぬんだもん。童貞卒業は無理でもキス位したいわ)


 全身打撲で動かない身体の、首だけに全神経を集中させてなんとか顔を上げると、フィアの綺麗な顔が俺の顔に近づいてきて、唇に触れた。


(うわ、やわらかい。気持ちいい)


 粉塵塗れのファーストキスは、まさに天にも昇る気持ちよさで、こんな状況だと言うのに堪能している自分がいて、笑ってしまう。

 しかしキスだけでこの気持ちよさなら、それ以上って何なんだよと思う。

 もっとしたい……キスだけで終わりたくない。


 薄目を開けて見てみれば、フィアは頬を赤らめてはいるが嫌がってはなさそうだ。このまま先に進みたい。

 だが初めては、やはりベッドの上がいい。こんな瓦礫の上じゃ、フィアに痛い思いをさせてしまう。


(いえね、結局痛くはするんだけれどもね! げへへ。そういや、俺達って今、死に際なんだっけ? このまま見逃してくれないかなぁ?)


 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて何とやら、とかいう諺だってあるんだしさぁ~、などと考えるが、そんな虫のいい願いが叶うわけもなく、俺達に向かってホワイトグリフォンがその鋭い前足を振り下ろす。

 死への恐怖に思わず彼女の口の中に舌を刺しこんでしまうと、フィアから「んっ」という甘い声が聞こえた。


(うわ、何、その声。可愛い過ぎる!)


 ホワイトグリフォンの鋭い爪が生えた前足が振り下ろされる風圧に襲われるが、俺の心は恐怖よりも欲望と怒りで染まる。


(ふざけんなよ! 今、いい所なんだよ! TPOを考えろって! 邪魔! すげー邪魔!!!)


 どうせこのまま死ぬのなら、最期に複数の上位魔法陣を描いてみようと利き手の指を動かす。

 描く魔法陣が複雑で、学園の教師はおろかギルドのS級でも使用が難しい上位魔法陣、それを複数同時に描いてゆく。完璧に覚えた自信はあるのに、MPが全く伴っていないため何度やっても発動しなかったが、どうせ最期なんだ。


 火と炎と雷と風の上位魔法陣を同時に描き、ついでに仲間全体を全回復する上位回復魔法陣も描く。


(全部、全部、必死で魔法陣を覚えて、改良して、研鑽したんだ!

 10指全てが寸分の狂いもないように、どんな状況下でも発動できるように研鑽して……それなのに大切な婚約者も守れないなんて、やってられないだろ! ちくしょう!

 せめて最期くらいフィアとのキスを堪能したまま、魔法使いとして死んでやる!)


 そう思いながら俺達の頭上にホワイトグリフォンの前足が届く刹那、俺は指先から魔法陣を発動し瞳を閉じた。



 普通、魔法陣は地面に描くが俺のは違う。指先だけで描くのだ。

 指先だけで完了するので、5本の指を違う動きにすれば、それぞれ違う魔法陣を同時に描くことが可能だ。理屈からいえば両手の指が自在に動いてMPさえあれば、10個の魔法を同時に発動可能ってわけ。ただし魔法陣というものは正確に描いても、陣が小さくなるに伴い威力も小さくなってしまう。

 だが俺は前にも述べた通り、威力はそのままに極小の魔法陣で放てる陣形を発見していた。憧れの異世界で只管魔法を勉強し研究を重ね、練習した賜物である。MPがないため全く活かしきれなかったが……。


(そういや唯一出来る下位の火魔法を、学園の教師達の前で指先から放った時には、インチキだと言われたっけな)


 苦い思い出が蘇り、今度は水と氷と土と木、おまけに岩の上位魔法陣を素早く描いて発動させる。


(あの時もフィアだけが、インチキじゃないって猛抗議してくれたんだよな)


 そんな愛しい婚約者を死なせてしまう自分の不甲斐なさに自嘲しながらも、ちょっとディープなキスを堪能していた俺の耳に、フィアの困ったような声が聞こえた。


「んっ……、あの……ク……さま!」


 先程の甘い声とはちょっと違うフィアの声音に嫌々ながら唇を離せば、何故か目の前の彼女が驚愕の表情になっている。

 やっぱり、いきなりディープなのはダメだったか? と青褪める。しかし両思いなんだし、ここは素直に感想を言って、あわよくばワンチャン狙わないと! と思い直し、フィアの頬を優しく撫でる。


「気持ちよかった」

「はい、私も……って、そうじゃなくて!」

「フィア、もう1回してもいい?」(ワンチャン! ワンチャン! ワンチャン!)

「クリス様……はい。って、お、お待ちください!」

「なんで?」


 まさかキスが、あれほど気持ちいいとは想定外だった。

 柔らかくて~、プニプニで~、なんかいい匂いがして~、と思い返していたのに「待て」と言われて「何故に!?」と狼狽えると、フィアが戸惑った顔をしながら、俺が魔法陣を放った方向を指差した。


「だって……」

「?」


 フィアが差した方向に目をやった俺の瞳に映ったのは、フカフカモコモコのベッド、もといホワイトグリフォンが横たわる姿だった。


「へ? 何で?」


 結論から言えば、俺の指先魔法陣は、全て発動していたらしい。

 そういえば中々衝撃はこないし、やけに轟々と喧しい音が聞こえるなとは思っていた。

 しかし人間死ぬ間際には、周囲がスローモーションのようにみえるとか聞いたことがあるし、もしかしたら不憫な俺に、フィアとのキスを堪能する時間を神様がくれたのかと思っていたが、違ったようだ。


「え? 俺の魔法陣発動したの?」

「覚えていないのですか? あのホワイトグリフォンさんは、クリス様が指先から放った魔法で倒したんですよ!」

「マジか?」

「はい! すごかったです! 火と炎と雷と風の上位魔法がいっせいに指先から迸ったかと思ったら、すぐに水、氷、土、木、岩の上位魔法まで発動して、あっという間にホワイトグリフォンさんを直撃したんです!」

「へえ~、そっか~。……あれ? フィア、何で事細かに知ってんの? キスしたとき目ぇ閉じてなかった?」

「あぅっ! そ、それは!」

「ん?」


 何故か真っ赤なトマトのように、顔を赤らめたフィアに俺は首を傾げる。

 キスの最中、俺が薄目を開けた時にはフィアは目を閉じていたはずなので、単純な疑問だったのだが、この後の彼女の答えに心臓を撃ち抜かれる。


「だって、キスしてる時のクリス様の顔、見たかったんですもん……」


(ぐはあっ! ゴル○サーティーン並の狙撃きたーーーー!!!

 何、何なの!? その可愛い理由!!! 最強じゃねーか! しかも言った後、恥ずかしがってるって、俺にそんな嗜好はないが、ちょっと加虐趣味になりそうなんだけど! ちょっと意地悪言ってもいいですかー!? いいですよねー!?)


 心中で悶えつつも顔は平静を装って、ちょっと意地悪な質問をしてみる。


「ふーん、いつまで経っても敵の攻撃がこないから、目を開けてみたとかじゃないんだ?」

「うっ、クリス様、意地悪です」


(赤い顔がもっと赤くなっちゃったよ。あ~可愛い。マジで可愛い。何この可愛い生物。あ、俺の婚約者だったわ。リア充最高~!)


 フィアは俺に少しだけ恨めしそうな視線を向けると、俺の背に手を入れて上体を起こしてくれながら質問してきた。


「そ、そういえば、クリス様ったらいつの間にMPが増えたのですか?」

「それは俺も聞きたい。さっきはどうせ最期だしフィアとのキスも邪魔すんなと思って、やけくそで魔法陣描いてみただけなんだよな。あれ? そういや、身体の調子もいい。さっきまで身体中痛んで動かせなかったのに、傷も治ってる? そっか、回復魔法も発動成功してたんだ。でもそれだけじゃなくて、ずっとガス欠だったところに、やっとガソリン供給されたみたいなかんじなんだよなぁ?」


 自分の身体を確認して、ちょっと驚く。何だろう? このしっくりくるかんじは?

 手をグーパーグーパーと閉じて開いてしている俺の隣では、フィアが胸元へ手をあて大きく深呼吸をしている。


「そういえば私も、妙にすっきりした気分です。胸やけがとれたような」

「胸やけ? 食べ過ぎたの?」

「もう、違います! 幼い頃から、いつも胸に何かつかえていたような気がしていたんです。でも今はすっきりしてます」

「へえ~」


 不思議だね、とフィアと歓談していると、横たわっていたホワイトグリフォンがみるみるうちに収縮してゆく。

 あっという間に俺の掌サイズ位に縮んだ、まん丸い白い毛玉のようなそれは、小さくプルプルと震えた。


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