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危険な場所に置き去りって立派な犯罪じゃないの? なんて日本の刑法がこの世界で通じるわけもなく……

 周囲を警戒しながら広間の中央へ駆け寄ると、仰々しい台座に拳大ほどの大きさの赤く光る石--レッドアイ--を発見する。

 台座の周りには正方形の透明なシールドがかかっており、試しにロータスが剣で斬つけてみたがかすり傷一つけられないようだった。

 不服そうな顔をしたロータスにサムソンが苦笑する。


「ムリムリ。封印は解除魔法じゃないと解けないって。そのためにコイツをここまで連れてきてやったんだから」

「え~、弟君がやるの~? 大丈夫~?」

「コイツこういう魔法だけは得意なんだよ。もっとも封印解除の魔法陣なんて、MP3しか消費しないからってのもあるけど」

「だが確か、クリスの最大MPは5じゃなかったか?」


 眉を顰めたロータスの肩をサムソンが軽く叩き、デボラへ流し目を送る。


「そ。だから封印が1つで良かったぜ。俺がやってもいいんだけど、そしたらこの役立たずがマジで役立たずになっちまうだろ」

「まぁね。でもMP5って本当なの? それ、魔道学園の制服でしょ?」


 デボラの指摘に、俺は「はぁ、そうです」と気のない相槌を打つ。


 魔道学園の生徒は、私用で外出時する時も制服着用が義務付けられている。

 品行方正を謳っているため悪事をさせない戒めみたいなものだが、あまり守っている生徒はいないのが実情だ。

 だが両親に疎まれ、中々服を買ってもらえない俺にはありがたい規則で、入学以来常に着用させてもらっていた。当然、今も着ている。

 そんな俺に、ロータスが嘲るような視線を向けてきた。


「MP5で魔道学園に入学するなんて、前代未聞だって噂になったもんな。剣士の俺でさえMP30あるから、下位の火魔法と風魔法位なら数発撃てるぜ?」

「ロータスの魔法陣は正確さとは無縁だから、不発ばっかりでしょ」

「だから剣士になったんだよ! でもそんな俺よりMP低いって、魔法使いとしてどうなの?」

「そうよねぇ~」


 笑い合うロータスとデボラに「まったくだ」と言ったサムソンが俺を見て、早くやれと言わんばかりに顎をしゃくる。


 いつもこうだ。自分でやればいいものを、面倒くさいと言って俺にやらせる。

 でも本当は複雑だと言われる解除魔法を、サムソンが正確に描けないのを俺は知っている。

 今まで制覇したダンジョンでも、封印解除の類をやったのは俺である。

 見た目は確かにイケメンの部類に入るだろうし、ダンジョン制覇数が多いからB級冒険者に認定されているが、それ半分以上俺のおかげじゃね? と思うのは、俺の僻みなのかもしれない。

 とはいえ、今回は俺の我儘に付き合ってくれたわけだから、解除位は喜んでやらせてもらうつもりだ。


(それにさっさと済ませて、この広間を出た方がいい)


 今は動きがないようだが、恐ろしい何かがこの広間の隅にいるのを、俺の『探索』スキルが告げているのだ。

 かなり広い空間なので目視はできないが、たぶん対象が深く眠っているから『探索』の反応が薄いだけで、起きたら危険極まりないと俺のアラームが鳴り響いている。

 そのため、早々に台座の正面に回り込み、紋様を確認することにした。


「何でこれ今まで誰も解除できなかったんだ? そんなに複雑な魔法陣じゃないんだけどな?」


 紋様を確認してコンマ1秒。

 思わず呟いた俺の言葉に、台座を覗いていたサムソンとデボラが息を飲んだ音がしたが、構わず解除の魔法陣を描いてゆく。


 封印解除の魔法陣は、封印を施した魔法陣とそっくり逆に魔法陣をなぞればいいだけだ。

 もちろん書き順や大きさ、線の太さなどどれか一つでも間違えればアウトで、同じ術者はその封印に置いては二度と解除魔法陣を発動できない仕組みになっている。

 つまり一発勝負ということなのだが、ずっと魔法についてガリ勉をしていた俺にとっては、この程度の解除魔法陣など造作もないことだった。


 手早く解除魔法陣を描けば、パンっとシールドが破けた音が広間に響き渡る。

 これでフィアの喜ぶ顔が見れると、俺がレッドアイへ手を伸ばそうとした時、スッと音がして背後からきた腕に先を越されてしまった。


「ご苦労さん。レッドアイは俺がもらう」

「え?」


 呆然とする俺を尻目に、サムソンがレッドアイを悠々と自分の革袋に収めている光景に混乱をきたす。


「ああ、お前の婚約者がレッドアイを欲しがってたって話? アレ嘘だから。レッドアイを欲しがってるのは王女じゃなくて国王の方。台座の封印解除魔法が複雑だって聞いたから、お前をここに連れて来る口実にしたってワケ」

「何、言ってんだ……?」

「ごめんね~、弟君」

「でも騙される方が悪いんだぜ?」


 流石に笑えない冗談だと顔を引き攣らせた俺に、笑い含みの声でデボラとロータスが話しかけてきて、可笑しそうに肩を震わせている。

 その発言と態度から自分が騙されたことと、自分以外全員グルだったと気づいた俺に、サムソンが馬鹿にしたように留めを刺した。


「そもそも魔力無のお前には、ダンジョンに入ってレッドアイをとってくるなんて土台無理な話なんだよ! いい夢見させてやったんだから感謝しろって! な?」

「きゃははは! サムソン最低~!」

「それ、弟にする仕打ちかよ~」


 愉快そうに笑い転げた三人は、悔しさで拳を握りしめた俺に一瞥もせず、足取りも軽く広間の出口を目指し始める。

 恋する男の純情を利用しやがったコイツらを、出来ることなら今すぐ殴り飛ばしてやりたいが、自分の身体能力ではそれも敵わない。奴らと別行動をとりたいが、戦う術を持たない俺ではダンジョンから出ない限り、それも自殺行為なのはわかっている。


 自分の無能さに忸怩たる思いで、奴らを追いかけようと足を動かした刹那、台座の周りから陽炎のようにユラユラと、梟の顔をした巨大な熊の魔物の大群が現れた。


「アウルベア!?」


 突如湧きだしたA級魔物の群れに思わず叫ぶ。


「嘘! A級魔物がこんなに現れるなんて聞いてない!」

「ふ、封印を解除したからか!?」


 俺の声に、こちらを振り返ったデボラとロータスが悲鳴をあげ、先を歩くサムソンも驚愕の表情を浮かべると、一目散で広間の出口目指して駆けていく。

 それを見た俺も、慌ててサムソン達の後を追う。


 A級魔物の群れなんてギルドA級以上が、複数人いなければ対峙できない危険度合だ。

 B級1人にC級2人、おまけに戦力外1人の今の俺達のパーティでは確実に全滅するので、ここは三十六計逃げずに如かずである。

 無我夢中で出口へ走っていると、先行していたサムソンが広間の出口を抜けた途端に、デボラと共に土の下位魔法を描いたのが見えた。

 出口を塞ぐように放たれた二つの土魔法は、下位とはいっても大人一人を通れなくするには十分な土の障壁となる。

 塞がれた出口を叩く俺の耳に、障壁の向こうから嘲るようなサムソンの声が聞こえた。


「レッドアイは俺がもらっていく! お前はこれから世界を股にかける冒険者になる俺達の、尊い犠牲になれ!」

「は?」

「本当は、もう少し出口に近いところで殺るつもりだったんだが仕方ない。どうせお前のことは、端からここに置き去りにするつもりだったから教えてやるよ。

 お前をこのダンジョンに連れ出したのは、封印解除魔法の他に国王にお前の始末を頼まれたからだ。お前の婚約者フィアツェーンは、他国の成金商人と婚約させることにしたから、お前が邪魔なんだと。ただ一方的な婚約破棄は王家といえども外聞が悪い。が、相手が死んじまえば問題ないだろ?

 それに俺もさぁ、お前のことずっと邪魔だったんだよね。魔力無の弟なんて恥ずかしくて。既にお前の死亡届も受理されてるから安心して死ね! 恨むなら魔力無で生まれた自分を恨むんだな! アハハハハ!」


 早口でそう言うなり、殴られたかのような衝撃を受けた俺を置いて、笑いながらバタバタと駆け去る音がする。

 そんな俺の後ろから、アウルベア達の迫る足音がすぐ側まで迫ってくる。

 置き去りにされたのだと落胆している暇はなく、俺は閉ざされた出口の前で震える手を叱咤して、火の下位魔法陣を描いた。


 しかし俺の最大MPは5だ。

 しかも先程レッドアイの封印解除のためにMP3を使用してしまったわけで……だから当然、描いた魔法陣から火の玉が出てくることはなかった。

 せめて俺が通れるくらいだけでも障壁を壊せればと思ったのだが、完全に無駄な足掻きだったようだ。


 迫りくるアウルベアたちも、獲物が置き去りにされ抵抗する術を持たないことが解ったのか、ゆっくりと円陣を組んで、こちらへやってくる。

 ジリジリと円陣が狭められ、とうとう俺の正面にいたアウルベアが動き出す。

 こうして俺は冒頭の「つんだ」発言に至るわけである。


「フィアが俺以外と婚約? 安心して死ね? って、意味わかんねー」


 渇いた声で呟いた言葉が、俺の心を絶望に染める。

 だが怒涛のように恐怖と後悔が押し寄せる中、脳裏に浮かんできたのは、黒髪を靡かせて笑う婚約者フィアツェーンの笑顔だった。

 魔力がない俺が魔法の勉強をしてもバカにしなかったのは、思えば彼女だけだった。


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