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主人公が窮地からの過去回想、で始まるお約束

「つんだ……俺、死ぬわ」


 目の前に迫った熊のような魔物、アウルベアの鈎爪に思わず目を閉じる。


 自分が異世界転生したと気づいてから苦節7年。思えば辛いことばかりありました。

 人間は死ぬ寸前に走馬燈のように、これまで生きてきた人生を思い出すという。


 振り下ろされる鈎爪の恐怖に縮こまりながら、前世で亡くなった時の記憶だけがごっそり抜けている俺の脳内は、こちらに転生してきてからの記憶がフラッシュバックした。


 ◇◇◇


 ある日、気が付いたら自分が異世界へ転生していた。


 なんてことはラノベではよくある話で、転生したらチートな魔法や体力で俺Tueeeな世界が広がっているとばかり思っていた。

 現に俺が転生した異世界では魔法はありふれていて、前世で高校生だった時の記憶が戻った自分が、狂喜乱舞したのは言うまでもない。


 高校生だが中二病を拗らせていた俺の、憧れの異世界、夢にまでみた魔法。


 喜び勇んで、とりあえず一番簡単でMP消費が少ない下位の火魔法の魔法陣を足元に描いた俺は、何の変化もない地面に首を傾げた。


「あれ? こういう時は描いた魔法陣に反して大火球が出て、慌てるもんじゃね?」


 おかしいな? と思いつつもう一度魔法陣を描いてみるが、うんともすんともいわない。


 前世で風の強い日に、今日なら出来るんじゃないかという根拠のない自信のもと、月明かりの公園の砂場でこっそり描いた魔法陣のように、他人に見られたら恥ずかしい落書きが広がっているだけである。

 そこで不意に、この世界で生きてきた記憶が俺の脳内に流れ出す。


 それは子爵家の次男として生まれたくせに、簡単な魔法さえ使用できず魔力なしと蔑まれ、両親と兄に家の恥だと疎まれてきた、苦い思い出の数々だった。

 それでも諦めずに魔導書を漁り読み耽って、魔法陣を食い入るように覚えていた俺の年齢は、この時10歳。

 ちなみにこの世界では、10歳にもなれば下位の火魔法なら多少魔法陣が歪んでいても、小さな火の玉位は出せるのが普通だ。適正のある子供なら風や雷の下位魔法も使える。

 だが、俺の魔法陣が発動したことは過去一度もなかった。


 そして今、前世を思い出した俺が描いた火の魔法陣も、何の反応も示さない。


 普通、魔法陣が正確でなくても不発なりなんなりの反応があるのに、全くの無反応。それはつまり、術者の魔力がその魔法を使うだけのMPがないということを示す。


 前世を思い出したのにこの仕打ちはないだろうと、慌てて魔法陣を確かめるが、歪んだところは見当たらない。


「あれ? もしかして魔力不足? 前世思い出したのにMPとか増えないの? 下位の火魔法ってMP5だけど? 俺のMP5すらないの? え? 嘘でしょ?」


(オ~、なんてことだいダーリン。夢にまで見た異世界転生なんだぜ? どうして魔力がないんだい? 何故って? 答えは簡単だ! 神様に会ってチート能力もらうの忘れてたからさ! ついでに言えばクリスなんてイかした名前なのに、容姿も性格も地味のままだぜ! ワォ!)


 ショック故か脳内に出現したもう一人の俺(何故か外人)とのやり取りで、俺は自分の状況を理解し、その場で脱力して叫んだのだった。


「ノォォォォォォォォォォ!!!!」


 それから7年。俺のMPはなんとか5まで成長したが、以降は全く成長しなくなった。


 この世界の設定なのか、ある程度睡眠をとるとMPは全回復するのだが、いくら眠ってもMPが最大MP以上に回復することはない。

 そして俺は下位の火魔法を放つと、決まってその日一日他の魔法は発動できなかった。

 ちなみに万全の状態でもMPを8や10使用する風や雷の下位魔法は、相変わらずの無反応だ。

 つまり俺の最大MPは5。下位の火魔法1発分だけしかないのであった。


 普通ここまでMPがなければ、魔法使いになるのは諦めて剣士や商人になるのが普通だが、俺は前世での魔法への憧れを捨てきれず、15歳の時に魔道学園に入学をした。

 入学試験に実技がなかったのが幸いして、トップ入学を果たし新入生代表挨拶をした俺だったが、入学式の後に課せられる魔力測定でMP5を計測すると、居並ぶ教師陣が顔を引き攣らせたのを覚えている。


 魔力測定時の周囲の反応で、兄や両親のようにここでも嘲られて過ごすんだろうなと、うんざりした俺の溜息は、しかしそのすぐ後に異例のMP0を叩きだした人物によって掻き消された。


 魔道学園に入学したのにMPが0の人物、彼女の名前はフィアツェーン。

 古代語で14なんて安直な名前をつけられた彼女だが、れっきとしたこの国の14番目の王女様である。


 母親が流浪の踊り子だったという黒目黒髪の美貌の王女が出したMP0という数字に、俺以上に好奇と揶揄、侮蔑といった悪意の視線が投げつけられる。

 だが彼女は臆するふうでも恥ずかしがるわけでもなく、ただ淡々と教師との会話を終えると、何事も無かったかのように教室へ歩いていったのだった。

 俺はその凛とした姿が、何故か目に焼き付いて離れなかった。

 

 それが俺と婚約者フィアツェーンとの出会いだ。


 しかしいくらMP0とはいえ何故、下位の子爵家の息子、しかも次男である俺が、王女様の婚約者に選ばれたか?


 フィアツェーンの父である国王には、王子を含めると30人もの子供がいる。

 国的には王太子1人とスペア2人がいれば安泰なので、語弊があるが後は所謂いらない子だ。

 絶倫節操なしといわれる国王が、考えなしに愛妾を囲っては腰を振り続けた結果、大量に量産された王子王女たちは諸外国と婚姻を結んでも余りあり、国内の貴族に打診しまくって大半は捌けたものの、フィアツェーンのMP0を聞いた高位貴族はどの家も難色を示したらしく、同じく魔力がほとんどない俺に白羽の矢が立ったのである。

 婚約当時は身分違いの婚約に首を捻る者が多数だったが、事情を知る者はせせら笑っていた。

 要は彼女は、半ば押し付け半ば揶揄をこめて俺の婚約者にさせられたのだ。


 その話を聞いた時、俺は仮にも王女を貧乏下位貴族で、嫡男でもない男と婚約させるなんて酷い話だと思ったが、気づけば彼女を目で追うようになっていた。


 フィアツェーンは魔力無と蔑まれていても、平然と魔道学園へ通い続けている変わった子だ。

 まぁ、俺もMP5のくせに通っているので、人のことは言えないが……。

 魔力はないがペーパーテストだけなら、学年主席の俺に次いで成績がいい。

 女子生徒から地味だと揶揄される黒目黒髪の容姿だが、MP0という侮蔑と大半がやっかみなのだと思う。

 何故ならフィアツェーンの顔は前世のアイドル級に可愛いし、踊り子だった母親のおかげか、地味な制服で隠されたスタイルが、実はボンキュッボンの悩殺ボディだったりもする。

 黒目黒髪だって地味どころか、元日本人の俺からしたら望郷を誘いどこか安心する色合いである。

 

 そんなフィアツェーンは、婚約が決められてから積極的にボッチの俺に話しかけてきてくれるようになった。


 いきなり下位貴族と婚約を結ばれ、さぞ立腹しているだろうなと思っていたのに、嫌悪する様子や傲慢さは欠片も無く、フィアと愛称で呼ぶと嬉しそうに返事をし、ちょっと天然で、俺に懐いてくれる可愛い女の子なんて、……そりゃ惚れてまうやろ~! というわけで、今ではすっかりベタぼれだ。

 俺達が仲良くしていると魔力がない者同士の傷のなめ合いだとか言われたが、そんな悪口など気にならない位に人生初(前世含めて)の恋人(婚約者だしこう呼んでも差支えないはず?)は可愛くて、俺は完全に浮かれていた。


 だから卒業が迫ったある日、兄にフィアツェーンが『レッドアイ』と呼ばれる宝石を欲しがっていると聞かされた俺は、ダンジョンへ赴くことを決意したのだった。


『レッドアイ』--それは王都近くの森の中にある、C級ダンジョンの奥底に眠る宝石のことである。

 比較的難易度が低めのダンジョンということもあり、今まで何度か冒険者が手に入れようと試みたが、宝石を守護する台座の封印解除魔法陣が複雑らしく、誰も手にした者はいなかった。


 MP5しかない魔法使いの俺にとって、たとえ難易度低でもダンジョン攻略など自殺行為でしかないのだが、普段あまり物欲がない婚約者の喜ぶ顔が見たくて気張ることにしたのだ。

 過去に何度か兄に連れられてダンジョンに出入りしたことはあったし、個人スキルとして『探索』を持っているので何とかなるだろう、と甘く考えていた結果が冒頭の「つんだ」発言になるとは、この時の俺は思ってもみなかったのである。


本日、あと3話UPします。

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