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三件 3

 辺りが光に包まれる。

 その光の眩しさに鏡子は瞬きをすると、景色が変わっていた。


 目の前には天野 正、隣には閻魔大王がいる。


「それで、鏡子ちゃん、判決は?」

「……うん」


 司命の言葉に鏡子は曖昧な返事を返した。鏡子には曖昧に返事をすることしか出来なかった。


 だって――。この人はとても素晴らしい人だった。それなのにこんなちょっとしたことで――。


 正は真っすぐに閻魔大王と鏡子を見ている。

 鏡子はその視線に耐えられず、唇を噛んで俯く。


「妻よ、大丈夫か」


 閻魔大王の手が鏡子の髪に触れる。鏡子は微かに首を横に振った。


 駄目だ。私には判決は下せない――。


「妻よ」


 閻魔大王は真っすぐに鏡子を見つめていた。


「自身の心に惑わされてはいけない」

「!」


 鏡子はハッとして顔を上げる。


 今の言葉、どこかで聞いたような。


 鏡子も閻魔大王を見つめ返した。だが閻魔大王の鏡子を見る目は暗く恐ろしいものだった。


 鏡子はゴクリと唾を飲みこんでから口を開く。


「隣の家の木の枝が伸びても所有者に無断で切ってはいけないんです。ですから有罪になってしまいます」

「えーっ!!! 鏡子ちゃん本気?」


 司命の言葉に鏡子は視線を下に向けた。


 正直これ以上問い詰めないでほしい。それでも……判決を下さなきゃ。


 鏡子は手を震わせながら冷静を装って言葉を紡ぐ。


「それが現代の法律ですから」

「……」

「……」


 裁判所がシンと重い空気に包まれる。

 そんな中、閻魔大王がゆっくりと椅子から立ち上がる。


「そういうわけだ。司命、天野 正を連れていけ」


 閻魔大王の声に司命は「ハーイ」と間延びした返事をして、強引に正の腕を引っ張って外へ連れ出そうとする。


「ちょっと待って下さい! 私が何をしたって言うんですか!」

「お隣サンの枝を切っちゃいけないんだって」

「あれは仕方ないじゃないですか。こちらだって相手に頼んで、それでも駄目で」


 司命は正を見下ろしながら扉を開けて外へ引きずり出す。


「何故ですか! 何故っ!」

「っ!」


 正が外を出ても悲痛な叫びは裁判所に届いていた。


「何故ですか!!!」


 もうやめて!!!


 鏡子は正の叫びに耐えられず、耳を両手で塞いでしゃがみ込んだ。




 そこからどうやって戻ったのか、鏡子は覚えていない。気が付いたら布団にくるまっていた。


「妻よ、入るぞ」と閻魔大王の声でやっと鏡子は布団から顔を出す。


 閻魔大王は鏡子の返事を待つことなく、部屋に入ってくる。閻魔大王の片手にはいつものように酒があった。


「飲むか」


 閻魔大王の問いかけに鏡子は首を振る。


 今は何もする気が起きない。


 鏡子は再び布団にくるまる。


「すみません。今日はもう帰って下さい」

「……そうか」


 閻魔大王がコトンと酒を机に置いた音がして、足音が鏡子の方へ近づいてくる。そして布団の上から鏡子のおでこに手を置いた。


「今日はよく頑張った」


 そう言うと閻魔大王は部屋から出ていった。


「……」


 普段だったら閻魔大王の行動に顔を赤くしてしまうが、今の鏡子にはそんな力がなかった。


 ただただ元の世界に帰りたかった。


今回は民法233条1項から。「隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる」からです。「切除させることができる」なので勝手に切ったらダメなんですよねー。

もし相手が切ってくれそうになかったら自分が切っていいというような同意書を書いてもらうのが一番いい手かなーと思います。

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