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三件 1

 鏡子は自室で熱いお茶を啜っていた。

 もう何度読んだか分からない閻魔帳をペラペラとめくる。


 あれから閻魔大王を起こすのが大変だった。いびきはかくし、声をかけても揺すっても起きない。

 途中司録と司命を呼んで閻魔大王を起こしてもらおうとしたが、二人を呼んでもなかなか起きてはくれなかった。


 鏡子はやれやれと一人で肩をすくめる。


 一応私は閻魔大王の妻になったわけだけど……書類上の関係だけで夫婦別室でよかったのかもしれない。

 だって閻魔大王と何もなくても一緒に寝るだけで苦労しそうだもの。


 そう思いながら鏡子は再びお茶に口をつける。すると「妻よ、いるか」と声がかかる。


「はい、どうぞ」


 鏡子が返事をすると閻魔大王は珍しくしずしずと部屋に入ってきた。そしてゆっくりと頭を下げた。


「!」


 あの閻魔大王が頭を下げている!

 滅多に見ない光景というか、一生見ることの出来ない光景を見ているような……。


 閻魔大王は頭を下げながら「すまなかった」と謝る。


「え?」

「妻の布団で寝てしまったからな。しかも司録と司命によるといびきをかいてしまっていたようだしな」

「えーと。まぁ、はい」


 鏡子はどちらつかずの返答を返す。


「本当にすまなかった」

「あの、本当に大丈夫ですから。顔を上げて下さい」


 閻魔大王のしょんぼりした姿に鏡子は柄にもなく優しく言葉をかけてしまう。閻魔大王はおずおずと顔を上げて、頬をボリボリとかいた。


 閻魔大王は小声で「別室にしてよかったな」と呟く。


「え?」

「実は妻を迎え入れる前になんとしてでも夫婦別室にしろ、と司録と司命に口を酸っぱくして言われていてな」

「それは……後で司録と司命にお礼を言わないと駄目ですね」


 夫婦別室の件もそうだけど、閻魔大王を起こしにきてくれたことも。


 鏡子はフフッと思わず笑い声を漏らしてしまう。


 普段は立場が上である閻魔大王が肩を落としている。また珍しい光景を見られている。

 そう思うとやっぱり前に行った天道じゃなくて、地獄に来て正解だったのかもしれない。……多少は。


「それで妻よ。言いにくいことなんだが」

「?」

「妻の部屋に来たのは謝る為というのもあるが、実を言うと裁判に出てほしいと頼みに来たんだが」

「それって……」


 鏡子はわずかに目を細めた。


「拒否権は」

「ないな」

「ですよねー」


 閻魔大王に即座に否定され鏡子は肩を落とす。


 やっぱりさっき思ったことは取り消そう。天道に行った方がよかった。


 そんな鏡子を見かねてか「そう拗ねるな」と声をかけてくる。


「今回の裁判はそう難しいものでもない。相手は僧侶だしな」

「僧侶?」


 僧侶が罪を犯すとも思えないんだけれど。


「それでは余は先に行く」

「へ?」


 すっかり今から行く気になっていた鏡子は素っ頓狂な声を上げる。


「余は仕事をやり残したまま、妻に会いに来たからな。妻はしばらく休んでいてくれ」

「……と言われても」


 日本人の(さが)なのか、閻魔大王が仕事をしているのに休んでいるというのはどうも心が休まらない。

 気を遣われる方が逆にこちらが気を遣ってしまう。


 閻魔大王はさりげなく鏡子の頭に手を置く。


「!」

「他人の過去を体感するというのはかなり体力がいるからな。司録か司命を迎えにやるからそれまでは休んでいろ」

「……はい」


 そう言われると強くは出られない。ここは閻魔大王の好意に甘えることにしよう、と鏡子は頷いた。


 すると閻魔大王はわしゃわしゃと鏡子の頭を撫で繰り回す。


「っ!? な、何ですか」

「いや、何となく触りたくなってな」

「?」


 閻魔大王はしばらく鏡子の髪を撫でまわすと満足したのか一人頷いて、「では行ってくることにするか」と鏡子の部屋を後にした。


「……? 何だったの今の」


今回は鏡子の自室と過ごし方について。『一件 1』に部屋については詳しく書いていますが……。


鏡子の自室は至ってシンプルです。というよりも地獄は人道にあるものがほぼないので、閻魔大王の部屋も必然的にシンプルです。

真ん中に椅子と机があり、入り口に本棚。入り口と反対側には窓と寝具があるという間取りです。


テレビどころか小説もないので閻魔帳しか暇を潰せるものはありません。そんな鏡子を気遣って閻魔大王を始め、司録と司命がおしゃべりをしに自室に来てくれます。

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