002
「はあ……出来るわけないじゃん。宿屋の息子と魔王の娘さんとのカップリングなんてどこの世界も望んでないよ……」
魔王の娘さんへの気持ちも、仕方なく、渋々……いつか叶うその日まで諦めておこう。
いくら体を捻っても壁にもたれながら逆立ちしても俺は多分村人A的な存在でしかないんだよなぁ。
――最後の希望、限りなくゼロに近い可能性。実は俺が勇者の子ども説!
親父に俺の出生の秘密を聞くだろ、親父がそれに対して、「実はお前は勇者の息子で、母はお前を生んだ時、魔王に……実は私はただの宿屋の店主でお前の本当の父親ではないんだ」的な展開になるとするだろう。そうすれば魔王を倒しに行くことになるから、戦闘入る前に魔王の娘さんに告白、最高のハッピーエンドを迎える。世界は平和で三代目の可愛い勇者魔王チルドレンが出来る。
「完璧じゃんっ!」
きっと何もかも上手くいく。親父に気持ちよく「この人とお付き合いしています!」って挨拶もできる。勇者(仮)と魔王の娘さんが付き合うとか世界平和待ったなしだな。俺、世界救ってくるわ。
「よーし!」
俺が勇者だということを聞きに、じゃなくて、母のことを聞くために部屋を出て一階に降りよう。
木製の扉からゆっくりと部屋の外へと踏み出してきしむ板の上を階段の方へと向かって歩く。結構急な階段の段差に怯えながら、右手にある手すりの隙間からカウンターの方をちらりと覗き見てみた。
「親父寝てるのかよ……」
カウンターで三日前から棒立ちの親父は依然として棒立ちしていた。
そうして今、「INN」と書かれた宿屋の中でバーカウンター越しでの親子対決が始まりました。
「こら! 人の話はしっかり聞けよ! あんた俺の親父だろ! もしかしたら義理の親父で、俺は勇者の息子だった、的なノリがあるかもしれないけど!」
不満と希望が混ざりながら親父へと怒鳴る。
「ようこそ、カナート村へ」
聞き慣れたはずの親父の声に生気は無く、淡々と返ってくるゲームのようなセリフ。
「ね、ねえ親父。ほんとにちゃんと答えてくれないと俺泣いちゃうよ?」
「ようこそ、カナート村――」
「にゃああああぁあああぁああああああ!」
既に今ので23回目。ゲームの世界で宿屋の主人がよく言うようなセリフをどんだけ吐けば気が済むんだっ!
嫌だ、認めない……絶対に認めない!
「俺がただのモブだなんて絶対認めないんだからね!」
「ようこそ、カナート村へ」
俺の叫び声に反応して親父が24回目のそれを口にする。
「もういい。遊びは終わりだ。真剣に話を――」
「ようこそ、カナート村へ」
「なあ、親父、目が生きてないんだけど⁉ 俺の知ってる親父はどこに!? 100回目のカナート村宣言したら何か変わるの!? あれか、101回目か! 101回目なのか!?」
三日前に目が覚めたのはいいけど警戒して近づかなかったんだよね。だから正直言うと話すの今日が初めてだったのにまさかの塩対応で泣きそう。塩通り越して虚無対応だよこれ。
「ようこそ、カナート村へ。宿代は150Gになります」
〈はい/いいえ〉
「息子に宿提供しちゃったよこの人! しかも選択肢まで付いてるっ!」
「ようこそカナー――」
「いやぁああああああああああ! こんな家出てってやるっ!」
「ようこそ、カナー――」
バタンッと勢いよく扉を閉めてそのままへたり込んだ。
家兼宿屋の入口から勢いで出てきてしまった……。
「うわあ、空の色三日前から変わってねー……あ、あの雲昨日もあったな……」
虚ろな目で、禍々しい黒い紫色の雲を見つめる。
こっから先俺どうすんの。金なんてあんまり無いし親父は壊れてるし「勇者かも?」という希望も断たれたっぽいし、魔王の娘さんと結婚出来そうにないし……。
俺は小一時間ほど、宿屋の前でしょんぼりしていた。前を歩く人をじーっと見つめる。なんだろう、さっきから歩き方ぎこちないし、同じ場所一定の間隔でぐるぐる回ってるし。
「はあ……」
この世界の雰囲気、目の前を歩いている人の感じ。これはどう考えても。
「あの人、親父の繰り返しのセリフ。それに俺の立ち位置……」
宿屋の入口を壁にしたまま、どす黒い空を見上げた。今分かる、分かりたくない、理解したくない真実。
俺モブだよなこれ。しかもド田舎。勇者来そうに無いよここ。詰んだぁあああああ!
自分の手を、汚い空にかざしながら今後の人生を考える。俺の手の方が泥で汚れてた。汚いとか言ってごめんね……。
宿屋で親父の後を継ぐ? 正直、こんな客の来ない店に親父のように立ちっぱなしで「仕事しろ(客を待って棒立ちしろ)」とか言われても断るわ。
「勇者の道は絶たれたしどうしよう。勇者に付いて行、け、ば――っ!」
バリバリと俺の頭に電流が走った。空は曇ったまま汚い色をこちらに見せているけど、俺の頭の中は快晴の空がさっと広がっていく。なんて清々しい気分なんだ。
「勇者に付いて行くとか俺は天才なんじゃないか!」
勇者に付いて行けば、というか、勇者様ってもしかして俺みたいなタイプなんじゃないのか? 親父みたいなのとか、目の前のロボットっぽい奴じゃなく。宿屋にだって泊りにくるわけだし、武器や防具だって店の人に話しかけないと買えないだろうし。
「ふふ……」
目がギラリと光り、俺は悪魔のような微笑を浮かべた。
「ふっはは、はっはっは! 親父! 俺は勇者様に付いて行くぜ!」
話し相手が出来るじゃないか! 投げたボールを相手がキャッチしてこっちに投げ返してくれる。それだけで生きてるって実感できる!
俺は壁当てを一生一人でするほど屈強な精神してないもん!
あれ……勇者と旅をするってことは色んな人たちに会えるってことだろ。女の子に会える! この村とは違ってお付き合いする確率がぐーんと上がるじゃないか!
「ふふ……むふふ……」
汚い空の下に汚い顔が一つ、体操座りのまま、両手を広げて笑っている。見る人が見ればただの変人だが、それを言う人は今はいない。前髪をサラッと梳いてみる。俺も悪に染まっちまったようだぜ、親父。
「あれ、ちょっと待てよ……」
これって、いつ勇者様来るんだろう。村の名前的に(完全なる偏見だが)、立ち寄るのは序盤のような気がしないでもない。でも勇者様がずかずかストーリー進めていくタイプで、この村に足を運ばなかったら詰んでないか? 俺の「勇者様との旅」に早くも難関が……。
応援して頂けるとすごく嬉しいです(*_ _)