021
「だから、もうちょっと絡んでくれないか?」
「え……」
何か背筋を走ったような悪寒がっ……絡む、とは……ホワイ?
「な、何とです?」
「勇者と?」
即答っ! それに大魔王様なぜに疑問形なのっ!
「どどど、どういう意味ですか……?」
「こんな感じで?」
「ひぃっ!」
大魔王様が両手を広げて襲いかかるような仕草をしてるっ!
怖いよっ……怖すぎるよっ!
「上からバサッ……的な?」
ニコッと笑う大魔王様。
「あ、あのー。勇者気絶してるわけですし、今は無理かと――」
「それが多分いいんだろが! 多分! うん、きっとそうだろう! そうに違いない!」
グガァ! と牙剥き出しにして大魔王様御乱心だよ! どんだけ娘のパーティー行きたいんだよっ⁉ というか怖っ! 子ども見たら泣く! 絶対泣く! 少なくとも俺は泣いてるよ!
「えっとですね大魔王様」
「なんだ」
「勇者一人だけじゃダメなんですか?」
「娘の部屋には二人組のやつが多かったぞ」
えー……ちょ、ほんとに本物じゃないですか……しかも勝手に娘の部屋に入るとか信じられないんですけどっ。
「あのですね……」
腕を組んで少し俯いてみる。なんて言い訳しようかな――間違えた、なんて言えば勇者だけを撮ってくれるんだろう。
「おう、どうしたモブ」
ピキッ。
「……」
どうしようかな。俺が映らないで勇者だけが撮られる方法……。
「モブ、大丈夫か?」
ピキピキッ。
「……」
あれだ、もうカメラ壊せば一番手っ取り早いかもしれな――
「どうしたんだモブ。何かいい案があるなら言ってみろよ、モブッ!」
カチンッ!
「モブなんて撮っても絵にならないでしょうが! どうせなら勇者の寝姿撮って持って行けば娘さんパーティー入れてくれると思うんですよ⁉ あのね! モブと勇者のペアなんてどこの世界でも需要無いわ! どうせ俺はモブなんじゃい……にゃぁあああ⁉」
ゴクリんぬ……。「バッキャロウ!」という最後の言葉は言っちゃいけないから「にゃぁあああ!」って叫んじゃったよっ! ちょっと恥ずかしい!
「はぁはぁ……」
「お、おう……そ、それもそうだな。ほ、ほら、飲み物飲むか? 落ち着くぞ?」
後ろポケットを触る大魔王様。飲み物が入ってる場所、なんか嫌だな……。前から見たら完全にお尻の付近から何か取り出してるよ大魔王様っ。
「お、あったあった。ほい、元気になるぞ」
手渡されたのは赤い液体の入ったビンだった。
「あ、ありがとうございます……?」
なんかこれドロっとしてて、どこかで見たような見てないような。
そうそう、今日歩いた時に見たヘドロだ! これ飲めるのか……?
「ゴクリんぬ……」
ま、まあ、もらったんだし飲んであげないと失礼だよね……。
蓋を開けて匂いを嗅いでみる。うん、確実にあれですな。
「……あ、あの、これどう考えてもあれですよね⁉ 疑う余地無いですよね⁉」
俺の質問に真顔になる大魔王様。
「え? 人間のだけど」
心が砕ける音がしました。
「あー、ですよねー。やっぱり、そういう食事もしてらっしゃるんですね!」
「そうだな」
なんて凛々しい返事なんだ……。
「あはは……」
涙が止まらないよっ。
「あっはっはっは!」
なぜか大魔王様も笑い出しちゃったよ。
「あは――」
涙が! 涙腺という名のダムが決壊しています! 恐怖です! 恐怖が目の前にっ!
「はっはっはっは!」
良い声っ! 良い声なんだけど持ち物が物騒過ぎるよぉおおおおおおおおおおっ!
「ぐすん……」
第魔王様が笑ってる今のうちに……よいしょっと蓋を閉めて……。
「すみません。喉乾いてないんでまた今度にします!」
お辞儀をしながら両手でビンを返すと、第魔王様が少し残念そうにしている。
「なんだそうだったのか。また城に来た時に飲ませてやるからな」
肩にポンと置かれた「死の宣告」という名の手が重くのしかかる!
「あ、あありがとごございましゅ、です……」
「それで、この後の展開はどうするんだ?」
ビンを手で転がしながら大魔王様がニッと口角を上げた。急に真面目な話をされた上に、片手に血液入ってるビンとか、ここはあれですか、人間の解体ショーでも始まっちゃうんですかね。
「え、えっと。明日、これ、じゃなくて勇者を連れて旅立とうと思ってましゅ」
足元に転がる勇者を指差しながら。(最後噛んじゃった。)
「ふむふむ。明日か」
うんうんと頷く大魔王様。
「何か不都合ありますか?」
なんか今更だけど、俺完全に魔王側の手下だよなぁ……。
テッテレー!
俺は「魔王の手下」に昇格した……んなアホな……俺が目指してたの勇者じゃん。でも、やってることは真逆じゃん? はぁ……最初から気付いてはいたんだけどさ……。
いやぁ、ほんとに辞めたい! なんでこんなことに手貸してるの俺ぇええ!
「――ぉぃ」
そもそも始まるタイミングが悪すぎるんだよな。起きて目が覚めたら引退した魔王と出会うわ、しかも神父の格好して勇者担ぎだすわ、話聞いたら娘は思春期だわで、ぐっだぐだだわっ! もう、これなら親父みたいな登場人物で良かったよっ!
「ぬぁぁあん……どうしてこんなことにぃ……」
「――ぉぃ」
もうやだ、おうち帰ろう。親父の家業継ぐ、こんなブラック企業辞めてやる……。
「あれ……」
部屋の中を見回してみる。
「あぁああああああ……ここ家じゃんかぁあああ……」
涙が止まらないよぉおおお……。
「おいってば!」
頭を抱えて項垂れている俺の肩に、後ろから大魔王様が優しく手を置いた。と思ったけど結構ずっしり重たかった。
「はっ!」
「聞こえてたか?」
「……あ、いえ。もう、なんだか一杯一杯で……あ、お腹以外です。頭とか心とか色々精神的にお腹一杯ですよもう。あ、違うんです、お腹は大丈夫なんです、むしろ一杯です。というかお腹空いたことないです。ああこれはもう全身が一杯一杯でございますです」
振り向いて虚ろな目で静かに訴えてみる。
肩に手を置いたまま、大魔王様がニコッとした。
「そうか。まあ、不都合とか特に無いからよろしく頼むわ」
「あ……」
俺の心配はしないんですね。知っていました、知っていましたともっ。
「おい、しっかりしろよ、そんな目じゃ勇者の世話は出来ないぞ」
……やっぱり勇者の相手するのって大変なんだな。
ポンポンと肩を叩いて大魔王様が窓へと向かっていく。
「んじゃ、また適当にマルータ港に顔出しに行くから頑張れよ」
え、来るの大魔王様……お城で待機という世界のルールはどこへ行ったの……。
「あ! そういえば、勇者の写真いいんですか?」
「ん? ああ。もう十分撮ったから戻しといて」
「ん?」
その言葉に疑問を持ちつつ、足元の勇者の様子を――
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