018
「勇者を連れて世界中旅すればどこででも装備は手に入るだろうし……ここで買わなくていいでしょう!」
高いお値段の武器屋と、あってはならない引き戸とお別れして、俺は軽く村を探索することにした。
「さーてと!」
汚い空とヘドロの流れる川、吸うと喉が変な感じになる空気以外、すごく新鮮だなー。一人で出歩いたのって思えば初めてなんだよね。
今まであの宿でずっと引きこもってたと思うと軽くホラーだよね。世にも奇妙な宿屋のお話始まっちゃうわ。
「……」
え、もしかして始まってる?
「いや、大丈夫、まだそうと決まったわけじゃない。大丈夫だ……気をしっかり持つんだ俺……」
溢れ出しそうな水滴を上を向いて歩くことで目の中に戻していく……空が相変わらず汚ねぇ……。
「……しかぁあああああし! ムッフッフー!」
今の俺は自由人! 勇者さえどうにかすればこの世界で自由に暮らせる唯一のモブ(仮)。世界旅行も出来ちゃう圧倒的モブ(仮)!
「あっ、そうだ。武器と防具は値段的に無理だったけど、道具くらいは買えるでしょ!」
道中の回復は必須! 俺や勇者が怪我したら絆創膏とかじゃ済まないからね! 魔物と戦うにはポーションとか必要だし買いに行こう! 場所は確か宿屋の正面だったはずっ!
「先に立ち寄れば良かった……俺のばかっ……」
膝から崩れ落ちるとはこのことなんだね……この短期間で何回俺は膝から崩れ落ちたんだろう……ガクってなったよガクッって。
思えば道具屋に行けば魔よけの鈴とか、最寄りの村にワープできる魔法の杖とかで道中どうにでもなるんじゃないか?
「ていうか俺の名前が未だに出てこねぇなぁ……」
三週間以上経ってるのに俺の名前一切出ない……これじゃ、名無しの権化だよ。この世に顕現しちゃったよ名無しさん。住所固定の無職だよ!
名無しの権兵衛には名前があるんだ! どんべえでもゴンベでもボンベでもない、「ごんべえ」っていう名前があるんだよ!
「俺は名前無いんだよぉおおぉおおお! うわぁぁあぁあぁぁん……」
何この世界、名前くれよ。俺って誰……宿屋の息子か。でも、名前が「宿屋の息子」なわけないじゃん。「モブ」は論外!
「ハッ!」
外国の言葉でならいけるのでは⁉
「イン・サン……」
ちょっとカッコいいじゃないか……その多少のカッコよさに腹立つわ! でも、翻訳したらただの「宿屋の息子」じゃん! ふつうを通り過ぎてださいわ!
俺ショックで四つん這いの状態から立ち上がれないよ……ヘルプミーだよ。キャンユーヘルプミーだよ。いや、ユーシュッドヘルプミーだよ。
「……」
呼んだところで誰も来ないんだけどね。家に親父居るけど立ってるだけだし、気持ち的にはホームアローンだよ……宿アローンだよ……。
「……ちくしょう」
重くのしかかる世界(名前)の重圧に立ち上がれないまま、川の方へとはいはいしながら行く。
「アハハ、スゴクキレイナオミズガナガレテルー」
機械のような声が自分の喉から出た。
「まあいい。これを飲んで楽になるのなら本望さ!」
飲んでやろうと人差し指が水に触れた瞬間――
「きったねえ! 飲む飲まない以前に触るのもダメなやつだ! 死ぬ前に死ねるタイプのやつだよこれ! うわぁ、どろっとしてるしやだあぁあああ!」
イヤァー! と手に付着した水の形状をした何かを服で(・)拭く(・・)!
「プフ……ククク……」
い、いや、親父ギャグに反応したわけじゃないもん。「服で拭く」とかいう高度なセンスに吹いただけだし。
シュゥウウ……。
「うん?」
聞き慣れない音が服から聞こえて――
「ニャァアアアアン!」
拭いた箇所の布が溶け始めてるっ!
「溶け、溶け始めちゃ……ヒャァ⁉ ヘッホヘェ……⁉」
手が溶けちゃう! 大切な手がぁ! 手が消えたら武器持ったり盾握ったり、好きな子と……その、手繋いだりとか(照)……できなくなっちゃうじゃないか!
「ハッ! じゃなくてっ、そんなことよりも手は、手はどこっ!」
長袖に隠れていた手がひょっこりと顔を出した!
「よかった……あったよぉおお……」
深呼吸、深呼吸をするんだ。心を落ち着かせるんだ。エネルギー……フォースを使うんだ。
大丈夫、俺は出来る子だ。こんな水を触ったくらいで死んじゃうような貧弱な奴じゃない。ましてや彼女も出来ないまま死ぬとか死後の世界でもコンプレックスになっちゃうわ。
「そう、こんな所でゲームオーバーになるわけにはいかないもん!」
しょげてる場合じゃないっ。走って行けば気分良く道具屋まで行ける気がする! 走ってやるぜ! 彼女居ない歴=年齢を終わらせるためにも頑張る!
「どぉおぉおりゃあぁあああ!」
へっ、村の中走るくらいどうってことねぇやいっ! 小さい頃はよく……よく走ってたでしょっ⁉(不明)
「うぉおおおおおおおおおお!」
ふん、中々の距離じゃねぇか……俺の体力が先に無くなるか俺が道具屋に着くのが先か。
そう言えば武器屋まで地味に距離があったような――
「――ああぁ……はあはあ……しんどっ……無理……もうお腹の横痛い……」
本気で走っても砂煙のようなものは立たず、体力も切れたので途中から歩いた。
まず体力つけないとこれダメっぽいな……。
――道具屋入り口前(宿屋の目の前)
「はぁはぁ……ほんとに、地味に村の中広いのやめて……」
息を軽く整えてと……ようやく道具屋の前に辿り着いた。
服は一部溶けて汗はだらだらだけど問題ないか。気にしちゃダメだ!
取っ手を握ろうとした時、小さい木の板がぶら下がっていることに気が付いた。木の板に書かれていた言葉――
『おやすみなさい』
え、『開店』とか『閉店』なら分かるけど、『おやすみなさい』って何……。
取っ手を握って開けようと試みる。
ガンガン……バンバンッ! コン、ココココココン!
「誰か居ませんかー!」
「……」
ココココン! ココココン! コンコォオオン!
「これ……閉まってるじゃん……閉店って書けよ! ばーか! ばかばーか!」
はぁ……結局何も変えず仕舞いじゃないか……。
「ん?」
よく見れば『おやすみなさい』の下に何か書いてあるぞ。
「なになに……。店主は大魔王からのお呼ばれで暫くおやすみします」
え、いやいや、その、あの、あのさ……。
「大魔王様何してんのっ! なんで道具屋の店主連れ去ってくれてんの⁉ 村で最初にすることの初歩潰してるじゃん! てかなんで道具屋の店主連れてったんだよっ! お呼ばれって何⁉ おやすみなさいってそっち⁉ 召されに行くタイプの方なのか⁉」
やっぱり大魔王様は頭が良くないみたいだな。俺でもレベル上げたら勝てる気がしてきた。もう勇者無しで俺が主人公で始めてもいいんじゃないかな。
「……そもそも俺にレベルってあるのか?」
ごほん。
とまあ、冗談はさておき。
「武器は高いわ道具は手に入らないわで村から出れないじゃん……出たくないじゃん……」
くっそぅ、開始早々ほとんど良い事起きてねぇ……いや皆無だよ皆無。目覚めてから一度もこの世に楽しいことなんて一つも無かったわ。強いて言えば武器屋に入った瞬間が最高潮だったわ。俺の人生安いなっ!
はあ、走り疲れてる分、心身共に疲労が溜まってる……。
「このまま帰っても勇者で一人芝居するだけだしなあ。あいつ何も喋らないから一人で色々と考えを汲み取ってたけど、辛いなあ。あいつと関わりたくないなあ……」
大魔王様と会話してる方がよっぽど楽しい。というか店の金奪った奴と一緒に居たくねぇな……ちくしょう……。
でもやらなきゃ殺られる……倍返しじゃんっ⁉ いや、倍どころで済まされてないよっ!
「いやぁ……頑張るかぁ……うん……」
そうだ、楽しいことを考えよう。それがいい。宿屋に向かう道中まで楽しいことを考えればその後の気苦労も耐えられるってもんだ。ほら、宿屋に向かう足が軽いぞ。
「うんうん」
これから俺は旅に出て、勇者と長い旅をするとして……。
必然的にパーティーに女性が加わる。勇者とその人が良い関係になる。夕暮れ時、海辺で佇む微笑ましい二人の姿を、俺ともう一人の屈強な戦士が笑顔で眺めて――
「いやいやいやっ! カップル出来たけど俺寄れてねえ! しかも、俺の妄想に必ず出てくるこの戦士誰なのっ⁉」
屈強なムキムキ坊主の傭兵みたいなおっさんは誰なんだ! 大魔王か⁉ 武器屋のおっちゃんか⁉
「……」
歩いてうん十歩、宿屋着いちゃった……。
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