010
――うん十泊うん十日目、宿屋二階一室
気付いたら寝てた……ベッド気持ちいい……。
開いた窓に小鳥が一匹、俺を起こすために鳴いている。と思いたい。あ、でもよく見たらあの鳥目つき悪いわ。不良みたいな鳥だわ。めっちゃ睨みつけてくるじゃん怖っ!
「俺なにか悪いことしたの⁉」
叫んでも窓枠からめっちゃ睨んでくる……何、新手のツッパリなの? やっぱり不良なのか⁉
ゆっくりと起き上がって鳥の方へと近寄ってみる。
「カァァ……」
「え、何そのおっさんみたいな乾いた音……」
「ペッ」
やっぱり野生の鳥だね。近づいたら唾吐いて逃げちまったよ……通りすがりのチンピラ並みに怖ぇ……あれで鳥とかやばいでしょ……。
「それにしても」
すーっと息を吸って吐きだす。
「良い朝だなあ。こんなにもどんよりした天気の悪い日には、家の中に籠って大魔王から逃げ延びたいなあ」
まあ、大魔王はパーティーに行くらしいし、実質、夜まで粘れば俺の勝ち! 一人でバンザイしながら、今日の徴収を待っとこう。ふへへへ……ようやくあれから逃げられるかと思うとよだれが……。
俺、相当緊張してたんだろうな。久々に野原に放たれた馬のように気持ちが軽い。部屋中走り回っても疲れを知らぬわぁあ! わーいわっ……いってぇ……小指が……足の小指が柱に……泣く、泣いちゃう……ぶつけたショックで死んじゃう……。
コンコン。
「おっ、親父かな?」
とぼとぼ扉へと向かい、ドアノブに手をかける。
「うん?」
この扉、こんなに煤っぽかったかな? なんか黒いんだけど……。
目線をどんどん下に落として、扉の隙間まで視線が落ちた時――
「え……」
うわ、湯気……じゃなくてどす黒い煙がっ! 漏れてる! 大魔王の殺気漏れてるよ!
「親父だ。開けろ」
「あんたぁっ、隠す気ないでしょ!」
「何のことを言っているのか分からんが早く開けろ」
「最後! 最後が命令口調なせいで隠せてないんだよ!」
「あ、そうか……。開けなきゃ殺すますです」
「いやぁああああああああ! 本心ダダ漏れぇえ! 最後何語だよ! 殺すマスですって死ぬ前提じゃんっ!」
「ほら、親父だから開けて殺されよう、そうしよう、な?」
「はあ……どこの親父だy――」
「アイリーンの父親のバルザックに決まってんだろが! 消すぞ! 消し飛ばすぞ!」
「せめて俺の親父名乗れよ!」
「知らねえよ! モブに名前なんてねえんだよ!」
「ぬぁぁあぁああん……」
ガクンッと膝から崩れ落ちまたしても四つん這いに……涙が止まらねえ……うぐ……ひっぐ……。
あれ、そういえば俺、ここまで自分の名前呼ばれてもないし言ってもねえな……。いや、気にしちゃ負けだ。
「ゴホッゴホッ……」
黒い煙でちょっと咽せた。
「おーい、モブ。なんかガクッて聞こえた後に咽せてたけど大丈夫か?」
あ……ちょっと優しい……ゴホッ……ショックのあまり立ち上がれないまま黒いのが肺に……これあかんやつじゃない? 吸ったらあかんやつじゃない?
「まあ、なんだ。モブでもキャラとして存在してるんだからいいじゃねえか」
諭すように大魔王が俺を慰めてくる。
「でも、俺モブだし……多分……」
「いや、モブって所は諦めて認めろ。勇者や俺が居る時点でお前は只の村人決定なんだから」
「やっぱりモブなんだね……多分……」
「だからもうお前には無理だから、そこは折れろ」
「……」
なんで大魔王からモブ宣告されてるんだろ……すっごい悲しい……あ、目から汗が……。
「ということで葬ってやるから開けろ」
地面から立ち上が……れないので、地べたに這いつくばったまま大魔王に問いかける。
「あのね……」
「なんだモブ」
くっそー腹立つなぁ……。
「なんであんたもっと早くここまで来なかったんだよ、あんたほぼ一ヵ月近くポーカーしかしてないよ! 一日目と二日目はともかく、それからずっとポーカーの声に苛まれてこっちはぼっち満喫させられたんだ!」
「あーそのことかー」
大魔王の興味なさそうな声が扉越しに聞こえた。
「どうなんだっ!」
「下で遊んでたら降りて来るかなーって」
「ノリ軽っ!」
「んで、今日は娘のパーティーあるからそろそろ終わらせようかな、と」
弄ばれてたぁ……親父ぃ……金返してぇ……身ぐるみ剥がされたよぉ……。
「早く行かなきゃならねえんだ、早く開けろ」
「……」
俺だって、俺だっていつまでもツッコミのままで居るわけにはいかない……。
「おーい、悲しんでいる時間が勿体ないって。早く殺られなさい。貴様は完全に包囲されている。諦めて死のう、な? 頼むから」
ぐっと拳に力を入れ、膝に手をつきながらゆらゆらと立ち上がる。
「いつまでも……」
「ん? どうしたモブ」
「いつまでもツッコミのままじゃ……」
「おい、どうしたモb――」
「モブモブ言うなこんにゃろっぉお!」
ドリャァッと勢い任せに扉にタックルをかます!
「フガッ……」
扉の金具が外れ、俺はそのまま扉の上に倒れこんだ。
「うぉお……痛ぇ……肩から肘にかけての部分が痛ぇ……やっぱり格闘家は嫌だな。二の腕痛ぇ……肩も痛ぇよ……」
ぶつけたところを優しく撫でながら扉の上を転がって廊下に軽く着地。
「ふぅ~、あれ? 大魔王はどこに?」
まさか……よくあるパターンで扉の下敷き的な……?
「そんなまさかなぁ」
目線を壊れた扉の下へ――
なんか若干扉浮いてる! 「何か」という名の大魔王が下敷きになってる!
「あのー、もしかして誰かいらっしゃいますか……?」
恐る恐る、少し距離を置いて下を覗き込む。
あー、見るんじゃなかった……。めっちゃこっち睨んでるよ大魔王っ!
「きぃさぁまぁあああああ!」
下敷きの大魔王がそのまま俺に向かって叫ぶ。目めっちゃ赤いぃぃいい!
「ひぃい! ごめんなさいぃい!」
気が付けば俺は華麗なる土下座をしていた。
「すいませっ! すいません! 下敷きにするつもりじゃなかったんです!」
目を瞑って、気持ちは閻魔様の審判を待つ気分……いや、これ確実に地獄行きですよね、はいはい。
「おい」
「ひえぇええええ……どうか、どうか命だけは助けてくださいぃい!」
怖くて顔上げられないよぉ……。
「おい、聞けっ――」
「いやぁあああ! まだ彼女も出来たことないのに死にたくないですぅうう!」
「話聞けやコラァ!」
「はいぃぃぃい!」
あれ、なんか大魔王の顔がすごく辛そう。冷や汗半端ないぞ。お腹痛いのにトイレ我慢してる時の汗の量だ。限りなく限界に近い時の顔してるぞ!
「足がつった……」
「え?」
「……だから、両足がつって立てん。俺を起こせ……」
「……え?」
大魔王も足つるの? というか今のタイミングで両足って……。
「だから、足がつって動けないから助けろって言ってんだこのモブ野郎がぁあ! アァァアアア⁉」
た、多分、最後の叫びは足の痛みだろう……声量が違ったぞ……。
ゴクリんぬ……俺の選択肢は二つある。一つはこのまま放置で逃げる。大魔王はもがいた後にパーティーに直行するだろうし俺は助かる。二つ目、このまま大魔王を蹴り飛ばす……。
つまり……どちらにせよ俺の勝ちじゃん!
俺は仁王立ちで扉の横に立ちふんぞり返った。
「ふっはっはっは! 大魔王、モブだと知って侮っていたな!」
「なんだ急に……さっさと扉をどけて助け――」
「黙れこの偽神父っ! 俺のこと散々モブモブ、モブモブ言いやがって!」
「……」
「え、無視?」
「……」
大魔王の反応が無くなったのが逆に怖いんだけど……。
応援して頂けるとすごく嬉しいです(*_ _)




