009
「なんだモブ」
「後ろを見てください!」
「うん?」
大魔王がこちらを向いたまま首を傾げる。
「後ろですって!」
「いや、だから後ろ見てんじゃん」
違う違う違う! そうじゃない!
「僕の後ろじゃなくって大魔王様を中心として後ろです!」
「ああ、そうか。すまんな」
娘が娘なら父親も父親で天然かいっ!
大魔王がぼーっとしつつ振り返る。さっきまでの勢いどこっ! お茶目かいっ! お茶目なのかいっ!
だがしかし……チャンスだ! 一気にこのまま上まで戻るぞ!
よいしょ、よいしょ……登るのって結構難しいのね……開脚する必要無くなったけど窓ガラス無いから登りにくい……。
「おい、モブ、何もないではないか! 私を騙したな!」
窓の奥から声が聞こえるが一足先に逃げる!
「降りるの楽だったのに登るのぢんどいよぉお……。
「おい! こら! 戻ってこい!」
うわっ! 窓から顔出してる! 下からこっち超見てる怖っ!
「このモブ如きがぁあああああ!」
手に生成した火の玉を投げてっきゃぁああああ! いやぁあああああああ!
「あんっ……!」
ゴロン……ベタンッ!
二階の窓に無理矢理飛び込んだら変な声出た……。
「ふぅ……ギリギリセーf――って熱っ! ケツがっ! ケツが焼ける!」
炎がお尻をギリギリ捉えていたらしく、俺のケツは小さく燃え上がっていた。
「いやっ、いやぁあああああああ!」
ゴロゴロバタバタとお尻についた火種は地べたを何回も転がってようやく消せた。
すっと立ち上がりパンパンッと、服に付いたホコリを紳士のように払い、窓から下をのぞき込む。
「貴様ぁあああ! もう一度降りて来い! 今度こそ消し炭にしてくれるわぁああ!」
「……」
形勢逆転した以上、目線も立ち位置も、上から目線で大魔王を見下ろした。ムフフ……。
「何か喋らんか! このモブが! やーいモブー、怖くて口も開けないのかー?」
ムカッ!
「モブモブ言うな!」
くっそー、上から目線で馬鹿にしてやろうと思ったのになんだあの大魔王、モブのところだけやたらと強調してくるあたり多分嫌な奴だ!
「へっ! 誰が降りるか馬鹿っ! 悔しかったらこっちまでこいよー、ほーれほーれ」
子ども同士の喧嘩みたいになっているが、そんなことはどうでもいい! あの野郎、モブモブ言いやがってっ! 絶対許さねぇ!
「……」
しゅんと黙ったまま動かない大魔王。
うん? 大魔王が俺の言葉に怖気づいた……なわけないか。どうしたんだろう。
「え、あのー、大魔王さん? ちょっと言いすぎたかもしれないです。ごめんなさ――」
窓から顔を出していた大魔王が再び顔を引っ込めた。なんか小さな声が聞こえる。俺は窓から少しだけ身を乗り出して聞き耳を立ててみた。
「……もしもし、魔王の、間違えた。元魔王のヘッドリア・バルザックです」
誰かと会話してる⁉ しかも超丁寧っ!
「あ、お母さ……あ、いやいや、ごめんよアリス……いや、お母さんって呼んだからってそこまで怒らなくても……え、お仕置き? いや、いやいやちょっと待って……」
あんなに怖いのに妻にはたじたじなのか……というかどうやって会話してるんだろう。
「え? 明日アイリーンがお城でパーティーするの? 行きたい!」
お城の情報村人と勇者に筒抜けなんですけどっ! というか大魔王ノリ軽いなおい!
「明日の晩には帰るようにするね! じゃあねーアリスゥー」
うわー、めっちゃ声がデレデレじゃん……聞くだけで不愉快だわ……。
「きも……」
おっと、感極まって口が開いてしま――
「誰がきもいじゃこの虫けらがあ!」
「ヒエェエァアアア!」
窓から顔を出してきたものすごい剣幕の大魔王に対して、布団の中まで逃げ込んだ。
我ながら情けない&恥ずかしい……まあ、開脚してたのを勇者にも大魔王にも見られた時点で人としても男としても終わっちゃったんだけどね。あははは……。
「はぁ……泣ける」
「やーい、このモブー、お前残金140Gらしいな! 明日の昼が楽しみだ! わっはっはっは! ぬわっはっはっは!」
「はへっ⁉ ちょい待ちっ!」
布団からバサッと上半身を勢いよく起こして窓まで駆け寄る。
「なんで知ってんの⁉」
「モブには教えてやらん! 娘のパーティーのオードブルにしてくれるわ!」
あかん……料理される……!
大魔王が言い終えるとまた親父とポーカーを始めたらしく、すごく楽しそうな声が下から聞こえてくる。帰る気ゼロですやん……。
静まり返る宿屋の一室から空を見上げ……やっぱりきたねぇなおいっ。
「……」
あのくそ勇者め……あいつがあそこで窓を割らなきゃ上手くいってたじゃんか。お腹もまだちょっと痛いし……こっこれはっ⁉
服とズボンの間にコインが挟まってる!
「10G……あの勇者、まさかこれを見越して⁉」
ただの縛りプレイ大好き勇者じゃなかったみたいだ! さすが勇者! 村人を助けるために自分の所持金を減らしてまで……サンキューです!
「ひゃっ……」
助かると思ったら腰抜けた……。
ふらふらと魂が抜けそうな体でベッドに寝転んで、明日まで命が繋がったことに感謝ぁ……マジ感謝ァ!
ふぅ……なんか今日はいつも以上に疲れたな。いや、そもそも始まりがおかしいんだけども。いや、始まってすらないよこれ。
まあ、助かったんだ。これから先のことを考え――
「勇者、なんで俺にコインを……助けるための伏線?」
いや、そもそもあそこで勇者が何もしていなければ、窓を割らなきゃ――
「俺脱獄出来てたじゃん! プリズンブレイクオッケーだったじゃん!」
俺このままだと大魔王の食事会に食材として御呼ばれしちゃうじゃないか!
「キィーッ!」
布団を噛みながら込み上げてくる怒りを抑える。
「あいつ絶対許さない! 修行でもなんでもして強くなってやる!」
大魔王には勝てなくてもあの勇者くらいは天国に道連れだ。いや、天国に一緒に来たら地獄に突き落としてやろう。いや、そんなことよりも……。
明日親父に宿代を払ったら俺どうなるの…………
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