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7.東京適正試験

 さくらは、テキストをパタッと閉じた。


 そして、机にあった置き時計を見ると、午後4時を指していた。もうそろそろ出発しないと、今日中に東京へは到着できなくなる。


 さくらはいつも使うリュックサックを改めて開いた。


 着替えの下着やその他の小物。筆記用具はもちろん、一番大切なのは、カード型受験票。これを忘れると、東京駅の改札を出ることができないのだった。


 それから、お守りがわりに、使い古したまとめノートを一冊入れておいた。


 そして服装は、面接試験もあるので、無難にいつもの高校の制服を着て行くことにした。


 姿見の前で、あらためて上から下までチェックをした。そして、仕上げのために、両耳にさくらんぼのイアリングをはめた。

 

「お母さん、そろそろ出ます」


 さくらはそっと部屋の仕切りになっているカーテンを開いた。


 お母さんは、体調が悪いのかふとんで横になっていたが、ゆっくりと起き上がろうとしたので、さくらはそれを制止するように、お母さんのもとへ駆け寄った。


「こんなことしかできないけど」


 とさくらの手にそっと、手作りのお守りを握らせた。


「あなたはきっと合格するよ、がんばって」

 

 そして、また体を横たえた。さくらは、お守りをギュッとにぎりしめて、


「行ってくるね」


 と涙をこぼしながら、言った。

 

 さくらは、リュックサックに下げたさっきのお守りを揺らしながら温泉街を歩いていた。


 そして、さくらのアルバイト先の旅館の前で、建物に向かってぺこりと頭を下げた。


 温泉街の入口の交差点を抜けて、高校の前の田んぼの道を歩いていく。


 山奥の村は、まだ4時半前なのに、もう日が陰っていた。陰になって暗くなった山の向こうには、太陽の光があふれていた。


 すこしゆっくり歩いたせいもあるのか、旧雨根村のバス停についた頃には、4時40分になっていた。


 この時間から雨根村の外へ向かうのは、さくらだけだった。周囲では蝉の声が鳴り響いて、帰って静けさを強調していた。


 すこし休もうと駅舎の中へ入ると、誰かが座っていてちょっとびっくりした。よくみると、それはみちおくんだった。



「あれ、どうしたの?」


 さくらはみちおの横に越しかけて、傍らにリュックを下ろして一息ついた。


「東京へいっちゃうんだ」


 みちおは深刻な顔をして、さくらを見つめた。


 さくらもびっくりした。今まで、みちおからそんな言葉を聞いたことがなかったからだ。応援してくれているものだと、思っていた。


「うん、でも合格できるかどうか、わからないよ。それに試験だけだから、すぐに帰ってくるよ」


 さくらは、両手をもじもじさせて答えた。


「さみしくなるね」


「そんな、リニアもあるし、2時間くらいですぐじゃない」


「まあ、そうだけど、住んでいる場所が離れると、なかなか会えなくなる」


「ちょくちょく戻ってくるよ、それに合格するかどうかもわからないのに」


「明日の試験、がんばってね」


 駅舎の窓から漏れていた光で、さくらはみちおの瞳が潤んでいるように見えた。


 そして、駅舎を出ると雨根村の方へ走っていった。さくらは駅舎を飛び出して、みちおの後ろ姿を追いかけるようにして叫んだ。


「なんなの、あたしのやる気に水を差さないでよ…」


 みちおはそんなさくらの声が聞こえたのかどうか、後ろ姿ままで手を振っていた。

 

しばらくして、夕焼けで照らされた道の向こうから、せんだい行きの最終バスがディーゼルエンジンの音をさせながらやってきた。

 

 いつもの長いトンネルを抜けると、せんだい市の街の明かりが目に飛び込んできた。


 こんな夜にこのバスでここを通ることは初めてだったからこんなにもきれいな景色は初めてだった。


 さくらは、駅について、すぐにバスを下りた。乗り継ぎは30分ほどあった。


 それでも、先週みちおたちと十分にせんだいの街を楽しんだので、今日は得に用事はなかった。


 先週予習したとおり、まっすぐにリニアのホームに向かう。せんだい駅のそれは、東京とは違って地上に作られていた。


 せんだい駅から500メートルほど歩いたところへ、リニアの改札口があった。


 ホームに上がると、目的の列車が止まっていたので、さくらは乗り込んだ。 

 

 やがて、列車が地面をすべるように発車して、せんだいの夜景が窓に映ったかと思ったら、すぐにトンネルになった。


 さくらはうとうとしながら、東京への到着時間を告げるアナウンスを聞いたのを最後に、深い眠りについた。

 

 東京についたさくらは、ドキドキしながら、改札にカード型受験票をかざした。


 すんなりと改札が開いた。感動して、しばらく立ち止まっていると、「早くいってよ」と後ろの若いOL風の女性から押されてしまい、前によろめいた。


 それで、あわてて前に向かって走りだした。

 

 東京駅は、雨根村はもちろん、せんだい駅よりもずっと人で混んでいて、また内部も入り組んでいたので、脳内情報処理装置の案内で出口の方角はわかっていたけれど、そこまで行くのに苦労した。

 

 やっとのことで、駅の外へ出ると、緑の木々と、その間に光り輝くビル街があった。そして街を歩く人たちは、誰もが生き生きとして、きれいでハンサムで幸せそうに見えた。

 

 よくネット動画で見るオシャレなカフェがあった。テラスにはテーブルが配置されていて、美男美女な人たちが楽しそうにおしゃべりをしていた。

 

 さくらも知美と一緒に、行きたいと思っていた、有名なアイスクリームのお店もあった。人気のお店だけど、人口が計画的に制御されたこの東京では、行列などという不快なものはないみたいだった。


 これが、あたしがずっと憧れていた東京なんだ。きっと試験に合格しよう。そして、お母さんも呼び寄せて、いい病院に入れて、幸せに暮らすんだ。


 さくらは、あらためて決意した。でも、別れ際のみちおのことがすこし心に引っ掛かっていた。


 緑がいっぱいで、オシャレな建物に、きれいでハンサムな人々。


 さくらはそんな東京を探検してみたかったけど、夜も遅かったし、知らない街でもあったので、まっすぐに予約してあったホテルに飛び込んだ。

 そして、明日に備えて、早めに眠ることにした。疲れていたのか、さくらはイアリングを外し忘れていた。




 私は、人の気配がしたので、目を覚ました。体を起こすと、部屋のなかに人影が見える。枕元のナイトライトをつけると、そこにいたのは、病院で会った愛子さんだった。


 あの時と同じ、制服姿でこちらを見つめて立っていた。


 私は、胸元を布団で隠しながら、上体を起こした。すこしびっくりしていた。


 ドアの鍵を閉め忘れたのだろうか。いや、このホテルはオートロックだ。そんなはずはない。


「愛子さん、あなた一体、何者? どうやってこの部屋にはいったの?」


「うふふ、うまくやってるじゃない。まずは第一段階突破ね」


 愛子は笑いながら近づいてきて、ベッドに越しかけた。そして顔を近づけてきて、ニヤッとして白い歯を見せると、


「明日の試験もがんばってね。期待してるよ」


 と私の鼻先を、人差し指でちょいと突いた。愛子のきれいに並んだ白い歯が、なめくじのように、てかっていた。愛子はかわいい顔をしているだけに、余計に不気味に見える。


「でもだいじょうぶ? ちゃんと東京の人たちをめちゃくちゃにしたい気持ちは残ってる? 最近、幸せそうだから、少し心配しているの」


 私は病院での、愛子との契約を少しずつ思い出していた。つまり、私は愛子に体を拾われて、今の体は愛子のもの。


 私の頭のなかには、小型核融合爆弾が埋め込まれていて、それを東京の中心で炸裂させなければならない、ということだった。


「なんだか、今はあまりそう思っていません。みんな幸せそうだし。このままずっとさくらとして生きていきたいです」


 私がそういうと、愛子は楽しそうに笑った。


「そう、困ったなぁー、あはは、でもね、今まであなたがされてきたことを思い出しなよ、今ははちょうどお腹いっぱいの状態なんだよ。またすぐに誰もかれも、殺したくなるよ。一緒にがんばろう」


「ところで、東京の中心はどこなのですか?」


 私は気になっていたことを尋ねてみた。東京の中心とは、東京駅なのか。でもそうではないだろう。もし東京駅なら、ずっと前に病院から帰るときに作動させておけばよかったのだから。


 私の質問に、愛子の顔から笑顔が消えて、真剣な表情になった。


「東京全体を制御しているコンピュータがどこかにあるの。それはどこかの地下深く安全な場所に埋まっているらしいの。それを破壊すれば、東京の制御は失われる。つまり電気、ガス、水道、通信、物流、交通などすべてのインフラが制御不能になり、人々は混乱と飢餓のなかで、本性を剥き出しにして、互いに資源を奪い合って憎しみあい、殺しあい、そして悲しみ、そして死んでいくの。今までたっぷりの資源と最高の環境に囲まれて幸せに暮らしていた奴らがだよ、いい気味だと思わない?」


 愛子が途中からニヤニヤして話すので、私はその様子にゾッとしていた。


 でも、私も同じようなことを時々思ってしまうことがあった。

 でも、それはいけないこととわかっていたので、愛子みたいに、人に話したりはしない。ましてやこんなに楽しそうに。


「愛子さんは、その制御しているコンピュータがどこにあるのかわかっているの?」


愛子は首を振って、


「わからないの。だから、あなたも東京に来て、ゆっくり探してほしいの。ね」


愛子はそう言うと、さてと、と立ち上がり、


「じゃあね、おやすみなさい、さくらさん。これからもよろしくね」


 と部屋を出て行った。しばらくして、廊下から漏れていた明かりが途切れて、ガチャンとドアが閉じる音がした。

 

 私は、愛子の去った暗闇をぼうぜんと見つめていた。カーテンを閉めていたけど、窓から漏れる街のあかりが部屋を青白く照らしていた。




 いよいよ試験の日。さくらはしっかり準備を整えて、鏡の前に立って、笑顔を作ってみた。さくらんぼのイアリングもちゃんとつけて。


 試験会場は、ホテルから歩いて15分のところにある、東京都立清風高校だった。試験は朝の9時からであったが、入場受付は8時30分からだった。


 さくらはすこし早めの15分には到着したが、もう入口にはたくさんの高校生の男女がいた。


 入口に集まっている高校生の制服はさまざまであった。

 誰もがその町の高校のよりすぐりのエリートなのだろうと思った。


 さくらの高校の生徒数が少ないのに比べて、彼らはさくらよりも、もっと熾烈な高校内部の競争を勝ち抜いてきた生徒たちなのだ。


 時折、清風高校の在校生らしき人が、校舎のなかへ入っていく。その制服は、前に病院で出会った愛子が着ていたのと同じだった。だとしたら、愛子はこの学校の生徒なのだろうか。


 グラウンドでは、体操着を来た生徒が、部活動の朝練に勤しんでいた。ときおり掛け声がする。


 そんな様子を眺めているうちに、8時30分になったて、待っている生徒が一斉に校舎に入りはじめたので、さくらもそれに付いていくように、校舎に入って行った。


 さくらの受験する教室は校舎の3階のとある教室だった。


 バラバラと生徒が入ってくるので、さくらも受験標カードを頭に当てて、席を確認する。


 視界のなかに矢印が移り、それが窓側の机を指していた。そこが、今日のさくらの席だった。

 

 さくらは席に越しかけて、リュックサックを机のフックにかけ、筆記用具を広げて、受験票を右上に置いた。

 前の電子黒板には、9:00~10:50 国語 と表示されている。


 さくらはそっと目を閉じて、脳内情報処理装置にアクセスしてみた。でも、それからは何の返事も帰ってこなかった。テスト中はもちろん、脳内処理装置はネットにはアクセス禁止なのだ。

 そうしなければカンニングし放題になってしまう。


 自分の脳細胞に刻み込んだ記憶と思考力で勝負しなければならないのだった。


 やがて清風高校の先生らしき人がきた。さくらには、前原先生よりずっと怖そうに見えた。その先生は、試験の案内をしたあと、問題と答案用紙を配布した。


 そして9:00になって、さくらの長い一日始まったのだった。


 最後の試験が終わったのは、18時50分だった。


 明日の面接試験の説明があり、それが終わると、バラバラと席を立って受験生たちは帰りはじめた。


 さくらも、背筋をうーんと伸ばして、窓の外を見た。外はすっかり真っ暗になっていた。街並の向こうに、ぼんやりと夕焼けの名残の橙色が残っていた。




 校舎を出ると、8月だけど、涼しくて心地好い夕方の空気が頬を撫でた。そして、


”試験どうだった? また帰ってきたら、いろいろ聞かせてね。来年は私が受けるんだから”


 と、知美からのメールが届いていた。


 届いたメールはさくらの視界に、四角形の半透明の領域のなかに表示させることができる。さくらはそっと目を閉じて、メールに返信した。


”了解しました。あと、知美が東京へ来たときのために、おいしいアイスクリーム店も教えてあげる”、と。




 翌日の面接試験は、朝9時からだった。


 面接試験は、政治経済に対する見解を問うものや普段の学校生活、家庭環境に関する質問などであった。


 さくらは、そのすべてに笑顔ではきはきと答えられた。面接官は男性と女性一人ずつだったが、終始和やかな雰囲気であった。


 でも、きっとこの部屋のどこかで、自分の脳内をスキャンしているのだろう、いやいけない、こんなことを考えていることも、相手にわかってしまうんだ。冷静に、冷静に。


 さくらは胸に手を当てて、自分にそう言い聞かせた。


 そして、最後に失礼しますとドアを閉め終えると、さくらはホッと胸を撫で下ろした。


 廊下で待っていた次の受験生にお辞儀をして(こういうマナーもひそかにチェックされているものだからという前原先生の助言)、さくらは廊下を歩いていった。




 面接試験が終わると、さくらはまっすぐ東京駅に向かった。


 さくらはせんだいまでの切符のデータが入った、自身のマイナンバーカードを改札にかざして東京駅構内に入場した。


 もう、試験に合格しない限りは、東京駅の外に戻ることはできない


 いつも通り、駅ナカのスイーツをお母さんのお土産に買っていく。もっとも半分は自分も食べたいからであった。


 せんだい行きのリニアがホームに止まっていた。電光掲示板が15分後の発車を告げている。


  この場所までくると、さくらは安心する。この列車に乗れば、あとは座っているだけで、せんだいまで連れていってくれる。

 だから、もう帰ってきたような気になるのだった。


 リニアに乗り込んで、自分の座席に腰を埋めると、試験の疲れもあってか、、さくらはすぐにすやすやと眠りについた。


(つづく)

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