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6.街のショッピングモールで

 年間降雨量が多い雨根村といっても、夏になれば、天気のよい日が多くなる。


 今日の天気は、青空が広がり、丈が伸びた田んぼの稲の向こうには、緑の山の上に積乱雲がふくらんでいた。


 終業式のこの日、学校は午前中で終わって、さくらとみちお、そして知美の3人は、学校前のこの道をつれだって歩いていた。


 みちおが、さくらを、ショッピングモールに誘ったのである。


 さくらは、二人きりだと、緊張しちゃうということで、知美も誘ったのだった。さくらは知美がみちおに好意を抱いていることを知っていた。


 案の定、いつもみたいに知美は「あたし、勉強があるから」と見栄を張って断らずに、付いてきた。


「高校生のくせにで日がさなんてずるい、あたしも」


 さくらは、涼しそうな表情でかさの日陰に入っている知美にくっついた。


「えーっ、さくらちゃんだけ東京の試験受ける方がずるいよ!」


 知美は口を尖らせると、さくらを追いだそうとして、軽く体を押し付けてきた。


 東京の試験は、学年で1番成績がよく、学校が品行方正と認めて推薦した生徒しか受験できない。


 こうしないと、高校生の誰もが「とりあえず」と試験を受けて、人数が増えすぎるからであった。


「でも、わたしを押しのけて受験するからには、絶対に合格してきてよね、そしたら、来年わたしが受験できるから」


 みちおは二人がキャーキャー言い合うのを、すこし前を歩きながら楽しそうに聞いていた。


 旧雨根村駅の前にあるバス停でみちおは足を止めて、自分の腕時計を見た。知美とのおしゃべりに夢中で、なんとなくみちおに着いてきただけのさくらは、ふとあたりを見回して、


「あれ、村のショッピングモールへ行くんじゃないの?」


「うーん、せっかくだから、バスで1時間かかるけど、ふもとのせんだいまで行こうと思って、あ、バス代ならおれが出すから心配しないで」


 みちおは、胸ポケットから自分のマイナンバーカードをだして、ひらひらさせた。


 さくらはお金の心配をしていたのではなく、帰りの時間が気になっていた。

 あまり遅くなると、家でひとりでいるお母さんが心配だ。


 ほどなくして、バスがやってきた。乗客はさくらたち3人だけだった。


 バスの中はエアコンが効いてひんやりしていた。さくらと知美が隣同士になり、みちおはその前にすわる。知美はこんなときにも、英単語の参考書を読んで勉強に励んでいた。


 しばらくして、アナウンスがあって、ドアがバタンと閉まり、ディーゼルエンジンをうならせながら、ゆっくりと発進した。


 走りはじめてから15分ほどで、雨根村のはずれあたりまでやってくる。この先は果てしない山が続く。


 並走してきた鉄道の廃線後とはここで別れる。線路は山の谷間の天生峠へ入って行き、バスはというと、すぐ先の長大トンネルの入口へと向かっていく。


 さくらが3月の終わりに、ここへ帰ってきた時も、通ったトンネルだった。


 不意に景色が、コンクリートの壁になった。さくらは目を前方に移した。


 バスの正面には、橙色のナトリウムランプに照らされて、まっすぐなトンネルが果てしなく続いていた。

 対面通行だったけど、すれ違う車は生活物資を運ぶ荷台に車輪がついた自動運転トラックだけだった。


 さくらは肩に温かい重みを感じた。視線を落とすと、知美がさくらの肩に寄り掛かり、寝息を立てていた。

 参考書は知美のひざの上で不安定に揺れていた。前の席のみちおも、窓にもたれて寝てしまっていた。


 自分から誘っておいてと、さくらは窓に反射しているみちおの寝顔をみてわらってしまった。

 

 トンネルの長さは、トンネルの入口に表示された看板によれば、31㎞もある。


 さくらはそっと目を閉じて、脳内情報処理装置から、バスのコンピュータへアクセスする。トンネルはあと30㎞、通過まで残り30分とわかった。


 知美のひざの上においてあった、英単語の参考書がパタンと床に落ちたので、さくらはそれを拾って、そっと元に戻してあげた。


 トンネルを抜けると、せんだいの町並みが一望できた。

 もっとも、そのほとんどは廃墟で、誰も住んでいないし、店舗は営業していない。


 中心部のせんだい駅周辺だけが、人間の活動している地域である。そして、今日みちおが誘ったショッピングモールも、せんだい駅のすぐ側にあるのだった。


 トンネルを抜けて明るくなったからか、みちおと知美は目をさました。みちおは両手を上げて背中を伸ばしていた。知美は、


「あれ、わたし寝ちゃってた? さくらちゃん、ごめんね」


 とあたりをきょろきょろし始めた。さくらはそんな知美を見て、生まれてから、雨根村を出たことがない知美にとっては、この町並みがめずらしいのかもしれないと思った。


 ショッピングモールは、雨根村にあるそれよりも大きくて、施設も揃っており、人も多かった。といっても、前世代のようなアリの行列のような混雑はなく、それに比べたら人はまばらで、空間はひろびろとして快適だった。


 せんだいの高校も今日は終業式だったのだろう。いろんな高校の制服が歩いていた。

 

 さくらたちは、村のモールにはない女の子向けブランドの服を眺めたり、試着したりして過ごした。


 みちおは今日のデートにそなえて予習してあったのか、女の子向けブランドに詳しくて、さくらの選択した服に対して、あれこれ口をだしてきた。


 みちおの言う通りにすると、大人っぽくてかっこいい女性になるが、さくらの年相応、という雰囲気ではなかった。


 もっとはっきり言うと、イケてるアラフォー女性のような服だった。


「そんなことわかってるよ、あたしの好きなのはこれなの! ほら、知美さんがこっち見てるよ」


 とさくらは鏡に向かって、両手で服を自分に当てながら、顔を知美の方へふって、みちおを促した。

 みちおは同じように服を試着していた知美と目が合うと、同じようにアドバイスを始めた。知美はみちおを見つめながら、嬉しそうに服やアクセサリーを交換したり、試着していた。


 みちおを見つめる知美の瞳は、店内の照明できらきら輝いているのが、さくらにはわかって胸が痛くなった。そしてさくらは決心した。


「お待たせ」


 村のモールにあるものと比べると何倍もの広さのフードコートで、さくらが知美とのおしゃべりに夢中になっていると、3人分のハンバーガーとポテト、そして飲み物載せたお盆を持ったみちおが、マクドナルドから戻ってきた。


 ハンバーガーを頬張るみちおと知美を眺めながら、さくらはさきほどの決意を実行に移すことにした。それは、


「ねえ、これからバスの時間まで別行動にしない? あたし、来週にそなえて、せんだい駅を散歩しておきたいんだ」


 さくらが提案すると、知美がハンバーガーを持ちながら、


「えっ、別にネットで確認しておけばいいじゃない、せっかく3人でここまで来たのに」


 脳内情報処理装置を使えば、雨根村に帰ってから、実際にそこにいるかのように、仮想空間の中の人がいないせんだい駅を歩き回ることができた。


 知美は乗り換えのホームの確認ならそれで十分じゃないかと言っていた。


「うん、でも、実際に見ておきたいんだ。知美ちゃん、お願い、あたしのわがままを聞いて」


 知美やうーんといった表情をした。みちおと二人きりになるのがわかって、恥ずかしくてためらっているのだろう。


「みちおくん、知美さんのエスコート、おねがいね」


 みちおはすこし戸惑ったように見えたが、やがて、


「わかった、なら18時のバスで帰るから、それまでにバス停に戻ってきて」


「わかった」


 さくらはみちおにウインクして、自分のトレーをもって席を立ち、去り際に知美のかたをポンと叩いて、がんばってねと心のなかでつぶやいた。


 後ろ姿の知美は、耳の先まで真っ赤になっていた。


 さくらは、せんだい駅へ行こうとモールのなかを歩きはじめたけれど、途中でめんどくさくなってきた。

 知美の言う通りにしようと、みちおたちに見つからないような目立たない場所にあるベンチに越しかけて、目を閉じた。そして、脳内情報処理装置にアクセスした。


 さくらは体が揺れるのを感じた。


 ハッとしてあたりを見回すと、ショッピングモールのソファーに座っていた。顔をあげると、知美が困った表情で、さくらを見つめていた。


「もう、起きてよ、もうすぐ最終のバスがいっちゃうよ」


その後ろでは、みちおがこちらを見つめて立っていた。


 帰り道、バスがトンネルに入った頃、静かになったと思ったら、みちおと知美がいつのまにか眠っていた。

 さくらも寝ようと思った。どうせバスのなかは、自分たち3人だけで、なにかをされるという心配もないのだ。でも、モールで寝ていたさくらは、眠たくならなかった。


 知美とみちおは、楽しい思いでを作れたのだろうか。二人の関係はすこし前進したのかな。


 さくらは心配しつつも、仲良く寝ている二人を見ていると、自分でもどうしてだかわからないがけど、かすかに胸が痛むのを感じた。


 さくらは、寝ている二人をバスの後方に残して、自分は、前方の景色が見える一番前の席に座り直した。景色といっても、いつもの長いトンネルの中である。


 橙色のランプが照らすトンネルの先を、さくらはじっと見つめていた。

 

 雨根村のバス停に到着した頃には、もう夜の7時を過ぎていた。さくらたちは、家に向かっていつもの田んぼに囲まれた道を歩きはじめた。


 ところどころに配置された街路灯が、寂しく道を照らしている。


 街中から帰ってきたばかりなので、さくらは、いつもより余計に寂しく思えた。


 それは他の二人も一緒だったかもしれない。虫の鳴き声だけが、雨根村の星空に聞こえていた。


 さくらと、みちおたちは、いつもの温泉街の入口の交差点の前にやってきた。



「わたし、こっちだから、それじゃあね」


 さくらは、赤信号の横断歩道の前で立ち止まった。知美はさくらの手を両手で握って、


「来週の、東京適性試験、がんばってね!」


 と、自分が受験するのかというくらい力を込めて言うので、さくらは思わずわらって、


「ありがとう。きっとがんばる!」


 そしてさくらは、みちおの方を見て、


「知美さんのことよろしくね」


 それは、家までちゃんと送ってあげてね、という意味だった。


 さくらは、みちおの表情がすこし曇ったように思えた。それは一瞬のことで、さくらの気のせいだったのかもしれない。


「…うん、それじゃあ、ね」


 とみちおは手をあげて、知美と一緒に、雨根村の中心街にある自分たちの家へ帰っていった。


 夜の7時を過ぎていたが、この時間は町中よりも、むしろ温泉街の方が賑やかだった。


 とおりの旅館からは明かりが漏れて、浴衣姿のカップルや外国人が通りを散歩して、雨根村の涼しい夏の夜を満喫していた。


 家にたどり着いたさくらは、玄関の鍵を開けて、お母さんのいるリビングへ向かう。

 閉じられたドアの向こうから、声がする。


「さくら? 帰ってきたの」


さくらはドアをあけて、お母さんの側にすわって、


「ただいま」


と買ってきたせんだいのスイーツのお土産を差し出した。


(つづく)

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