3月のユートピア1
ずっとずっと昔、この世界は大きな戦争がおこった。そして、人類はこの世界の半分を人が住めない砂漠となった。人類はみんな反省しきって戦争を引き起こした今までの文化と科学を捨ててしまった。
最後に文明を捨ててしまう前に今あるすべての技術を使ってこの砂漠をきれいにするために7体の高性能ロボットを作ってこの仕事にあてた。
時が経ち人々が文明をすっかり忘れてしまった頃、いつしかこのロボットは砂漠にすむ7人の魔人となった。
1.バーハン
ロウトン大陸の東。パウロ領シュテンドウ公国。人の背の何倍もある壁が街をぐるっと覆い、商業で栄えた王国。カンパネラはそんな国で生まれた。
ひばりに似た鳥が空をいつものように飛び交い、にぎやかになる朝方。太陽が顔をだし、機織りの音が白漆喰でできた街に響きだす。その中、別の音。甲冑のつなぎ目をすり合わせる金属音と蹄の音が家に近づいてきた。
「おい。カンパネラ。おいていくぞ。また、遅刻したらネイブラン隊長にどやされるどころじゃ済まなくなるぞ。」
家の前で馬から降りることなく、大声で呼びかけた男はバーハンという。近衛隊をしていたころの同僚であるバーハンは、体格がよく、筋肉質で目が細く、右耳がつぶれているが、勇敢でランスの使い手では王国の中でも指折りの人物である。
「ああ、今いくよ。先の私の馬を準備してくれないか。」
「ああ、わかった。カンパネラ。お前も顔を磨いてすぐに降りてこいよ。私はそんなに気の長いほうじゃないからな。」
こうして一日は始まる。
2.ネイブラン隊長
東西南北に各2つずつある大きな壁門のうち、西側のトートーカの森につながる壁門の前で、甲冑を着た兵隊が5、6名。そのうちの一人、兜に百合の紋章を入れた男が隊長のネイブランである。
「今日はどうした?甲冑の着方でも忘れたのか。」
いつもの悪態をつき、バーハンとカンパネラ二人にその鋭い眼光を向ける。聖書を閉じ、メガネをしまい細身のその男は、少し額が後退した長髪で、年齢以上の落ち着きと慎重で信仰の熱い人物として近衛隊として信頼のおける人物である。
「我々の仕事を軽んじられても困るのだよ。王国の安泰と信頼など君のような忠誠の持たない者には不必要なものなのかもしれんがね。」
「まあまあ、隊長。今日はまだ教会の鐘も鳴り終えてませんので、遅刻をしたとは言い難いと思います。それに今回はファムゥ様のご命令ですし。」
バーハンの低いよく通る声で、調子のいい文句を告げる。
「ふん。勇者と呼ばれ、あまり調子に乗らないことだカンパネラ殿。私も日曜日のミサには出席したいのでな。さっそく出発することとしよう。」
3.マーモニカ
トートーカの森は公国から見て、西側に位置し、そちら側には国も海も存在しない不毛の砂漠がずっと広がっているらしい。しかし、時々『ガーゴイル』と呼ばれる人の四肢に獣の爪をもち、闇夜に鈍く赤く光る眼を持った怪鳥が人を襲い、連れ去ってしまうのだ。それを防ぐために、近衛隊から討伐隊を編成しガーゴイルを遠ざけていた。
「森に入る前にマーモニカ様から神託を得ることにしよう。」
ネイブラン隊長はとても信心深い人であり、すべての不幸を神が送り給うものであると心から信じている。だから、討伐隊になってから、今までずっとマーモニカという老婆からお告げを聞いている。
このマーモニカという老婆は元々王宮にいた星占い師であったが、前の王様があまり占いを好きじゃなかったので、宮廷から追い出されてしまった。だから、マーモニカは人嫌いな性格もあって、トートーカの森の入り口で一人占いをして生活している。でも、カンパネラはあまりこの老婆のことが好きじゃなかった。
薄暗く、じめじめした森の入り口で、小屋のような木を組んで作った建物の煙突から、黄色の湯気を立ち上らせている。小屋の中はもっと陰湿で埃だらけになっている上、いたるところに本や巻物が乱雑に山積みになっており、カエルやムカデ、サソリなんかの剥製や標本が至ることころに転がっている。また異臭が部屋の真ん中の大きな窯から外から見た黄色い煙がもくもくと立ち上っている。
「おい。お前さん方。こんな狭いところにずっといられたら迷惑だよ。とっとと何人か出て行ってくれないか。落ち着かないよ。」
マーモニカがとやかく言うと、ネイブラン隊長はゆっくりとうなずいて、ネイブラン以外出ていこうとしたとき、マーモニカがカンパネラを呼び止める。
「ちょいと。お待ち。あんたはここに残りな。」
マーモニカは、まるで100年は生きたカエルのように腰は曲がり、肌は垂れ下がっているのにその大きな目は黒黒としっかりしていた。
ネイブランが塩やらなんやらの食料を手渡すと、マーモニカはゆっくりと部屋の明かりを消して、カーテンを閉じた。何やら怪しい呪文のようなものを呟き始めて机の上に骨のようなものをまいた。そして、その形をみて、星座を並べ、
「今日はいいことが起きるよ。しし座の夜である今日は南東の方角が求めるもののある場所だよ。しかし、気を付けることだね。凶兆も近づいている。あまり森に長居するのはよくないことだ。」
そういい終わると、ネイブランを向いて年老いて、すかすかとなった歯を見せて笑う。
「ああ、ありがとうございます。マーモニカ様。どうか旅の安全と神のご加護をお祈りください。」
老婆に向けてネイブラン隊長は騎士の挨拶をする。カンパネラも同様にした。そしてすぐに出て行こうとすると、
「あんたには大きな決定が出ているよ。英雄オリオンとサソリ座としし座を石が示しているからね。もう逃れられない巨大な運命にいるよ。」
そういい終わると、ヒヒッと気味悪く笑う。それを見て、カンパネラは愛想笑いを返して不気味そうに家を後にした。
4.ホメロ
討伐隊は丸1日移動して、トートーカの森の南東のピアス高原に出た。平原であるここは四方八方を見渡すことができ、泉もあって休息をとるのにも向いる。夜通し歩いて着いたので、テントを張って休むことにした。
「よし。我々はここで1日休息にする。出発は日の出とともに南アルストラ山脈のふもとを移動するので、よく休むように。」
ネイブランはよく響く声で号令をとり、馬から降りる。みな1日中、移動してくたくたとなっていたので、やっと休憩かとほっとしていた。
ふとネイブランがあることに気付いた。
「おい、バーハン。カンパネラはどうした?先ほどから奴の姿が見えないのだがね。」
「ああ、あいつはきっと、森に入ってウサギ狩りでもしているのでしょう。日のあるうちに着いたから。」
バーハンは笑いながら答えた。それに対して、少しネイブランは唖然として、やや声を張り上げて、
「そんなことが許されると思っているのか!我々は遊びに来ているわけではないのだぞ。そんなことでは、いざガーゴイルと出くわしたときに役に立たないではないか!?すぐにでも呼び戻したまえバーハン。」
バーハンは相変わらずの笑顔で、
「カンパネラは普段は頼りない男ですよ。まあ、それでも弓矢の腕前はシュテンドウ一であるのは間違いないんですがね、愛馬ホメロに乗ったあいつは馬身一体であるんですよ。馬に乗っている限り、人の2倍も3倍も疲れない男でして、あるときなんか、千里の山道をけろりとして、走り抜けてしまうほどですよ。ですから、馬に乗っているほうがあいつにとっては休めるんでさ。」
バーハンが話し終えると、あきれるような目で深いため息をついたネイブランは、
「ふん。凡人にはおよそ理解のできる話ではないな。あのようなものの心配をすることが非常識ということらしいな。好きにしたまえ。ただし少しでも我々を危険にさらすことがあるようでは、私が切り捨てるのでそのつもりであることを勇者殿に伝えてくれたまえ。」
そういって、ネイブランは自身のテントに戻った。
泉の近くの沢辺で、カンパネラは愛馬ホメロに乗ったまま目と閉じて滝の水の流れ落ちる音の中にあるわずかな生き物の気配に意識を研ぎ澄ます。ホメロは沢の水を一口飲むと、すっと耳をぴくぴくと動かし、その瞬間そっと歩きだす。密集した森の中に一歩、二歩、三歩と歩いて、また立ち止まる。それとほぼ同時にカンパネラは目を開けてゆっくりと弓を引き、10数メートル手前にピュッという心地よい音とともに弓を放つ。その弓はまっすぐに野兎の心臓に刺さり、野兎は「キュー」という鳴き声を1鳴き、2鳴き残して息絶えた。ゆっくりとぐったりとした野兎を回収すると、太陽のほうを見つめ、山の上のほうが赤くなるのを見て、ふっと小さく微笑んでから、
「さあ戻ろう、すぐに日が沈むよ、ホメロ。来た道は覚えているよね。ん?そうだね。明日の朝はなんだか冷え込みそうだ。よし、明日は少し早く起きて、よく藁でこすってあげるよ。」
ホメロは白い毛並みで、耳の先のほうだけが薄い茶色いオスの馬である。足は決して速くなく、体格もむしろ小柄な方である。しかし、気性は優しく誰でも背に乗せるが、誰でもカンパネラのような真似は一人もできなかった。きっとカンパネラとホメロは心からつながっているのだ。
5.ガーゴイル
明け方、深い霧の中でものの数メートル先のテントも見えない。ネイブラン隊長も霧の晴れるのを待ったが、いくら待っても晴れそうになく、もう周囲の明るさから日が昇り切ったようだったので、ネイブラン隊長は出発を決行した。
「今から出発を開始する。私が鐘を鳴らしながら、前を行くので、はぐれないように。それでは今より出発する。なにか異論のあるものはおるか?」
辺りを一式見渡し、意義がないのを確認すると、馬にまたがり、霧の中を南に向かって進みだした。
馬を進めて、1時間もしないうちにさっきまでの霧が嘘のように雲一つない快晴となった。それを確認すると、ネイブランは馬の歩みを止め、
「よし。ここで5分ほど小休憩をとる。それと、みないるか?」
部隊の一人が、
「あの、隊長。カンパネラ殿が先ほどから姿が見えないのですが。」
ネイブランは何も言わず、みなが休んでいる場所よりも少し奥の大きな岩の上に馬にまたがったまま、カンパネラは目を閉じていた。
「我々よりも少し早くから、あそこで瞑想をしてらっしゃる。まったくもって理解に苦しむよ。」
「(鷹が急降下するときのような独特の風切り音。それが途絶えることなく、ずっと響いている。それに、1匹じゃない。少なくとも3匹はいる。鷹や鳶がつるんで飛ぶことはない。十中八九ガーゴイルだ。風向きから考えると、東から大きく山脈を回り込んでくる。この部隊と遭遇するのは、あと、1時間もないぐらいか。)」
ホメロは大きな岩から飛び降り、すっとネイブランのもとへ歩み寄る。
「どうした。カンパネラ。もう出発しますよ。」
「あと、1時間もしないうちにここにガーゴイルが到着します。ここではずっと不利なので、一度、泉に戻りましょう。」
ネイブランはその話に眉を少しだけ動かして、
「何を言っているのだ。なぜそんなことがいえる!?それにあの泉に戻っても霧で何も見えまい。」
少し離れていたバーハンが真剣な顔で、隊長を見つめて、
「ここはこいつの言うとおり戻りましょう隊長。本当かどうかわかりませんが、もし本当なら森を縦横無尽に飛び交う奴ら相手にここでは不利です。それにこの中で、ガーゴイルを仕留めたことがあるのは、カンパネラただ一人です。」
ネイブランは口元に手をかざし、少し考え、声を張り上げ、部隊全員に聞こえるような大きな声で、
「全体、休憩を止め転回し、ガーゴイルの襲撃に備え、臨戦態勢維持のまま、全力でピアス高原を目指す。各自準備。1分後に出発する。」
この号令にみなきびきびと用意し、1分もしないうちに出発した。
部隊が全力で来た道を引き返している中、カンパネラだけが抜きんでて速く、あっという間に先頭になった。
「なんて速さだ。この山道で。」
隊の一人そう漏らすうちにどんどん引き離していき、ついにはカンパネラの姿は見えなくなってしまった。
部隊が出発したピアス高原に森を抜けて出た時には、霧はなく、全方位を見渡すことができた。カンパネラは開けた原の真ん中で弓を左手に持って、ネイブランが見たこともないほどの集中した顔で、東の空をにらんでいた。
それから、数分もしないうちに、東の方から、三つの点がどんどん近づき、3匹のガーゴイルが一瞬にして、目前に現れる。
「各自、戦闘態勢。迎え撃て!!」
ネイブランが命令をするよりも早く、カンパネラは飛び出し、真ん中のガーゴイルに正面から弓を引いたまま、突っ込む。3匹もそのまま、臆することなく、カンパネラに向かって突っ込んできた。その距離、100メートル、90メートルとあっという間にその距離は縮まり、部隊全員がその動向に注目し、もれなく全員が緊張していた。距離が70メートル、60メートル、・・20メートルになったとき、ガーゴイルはくびきを返し、上に大きく上がって足の大きな爪を立てて、鷹がウサギを襲うように一気にカンパネラめがけて急降下する。しかし、カンパネラはそんな動きをされても矢先はしっかりとガーゴイルに向けられ、その距離が5メートルもないぐらいで、矢は放たれ、ガーゴイルを射抜く。
射抜かれたガーゴイルは『ギャー』という大きな悲鳴のような鳴き声を上げて、空中できりもみとなって、カンパネラの横をかすめて墜落する。その瞬間、残された2匹は方向転換をして、空中へカンパネラの射程距離を離れる。すでにカンパネラも墜落したガーゴイルを無視して、別の1匹を目で追っていた。
「そっちに行くぞ!」
カンパネラからの想像もできないほどの大きな声で、みなは我に返った。
ガーゴイルは大木よりもずっと高い位置で、ハヤブサのようにぐるぐると輪を描きながら、旋回している。
「ガーゴイルを限界まで、近づけてから、胸をめがけて攻撃しろ。」
全員が槍を刀を弓を手に空を眺め、急降下してくるガーゴイルを待つ。すると、突然1匹のガーゴイルが旋回したまま、それはツバメのように地面すれすれを飛び回り、隊員の一人を体当たりで、馬から押し倒す。馬が悲鳴を上げて、よろめく。
「大丈夫か!?」
ネイブラン隊長が叫び、それに伴って、近くにいた2人の隊員が急いで近づく。しかし、まだガーゴイルの勢いは止まらず、また、別の隊員が旋回しているガーゴイルに同様に押し倒される。
「気を付けろ。奴らはこちらの機動力を削ぐ気だ。落ちたものは固まり、戦闘態勢を維持せよ。」
ネイブラン隊長は叫び続けた。冷静であったが、足元を飛び交うガーゴイルと上空を旋回しているガーゴイルのせいで、部隊の大半が混乱し、部隊の指揮系統は麻痺してしまっていた。その瞬間、ついに上空を旋回していたガーゴイルが不意を衝いて、一人の落馬した隊員に背後から襲い掛かった。その強力な爪の前では、鎧など無駄で、大きな王国の戦士でさえも、容易に持ち上げてしまうほどであった。
「うっ、うわああー。」
体が2,3メートル浮いて、ガーゴイルの固いくちばしが食いつこうとのぞかせた時、
「どりゃああ!!」
バーハンが槍を左わきに抱え込み、体当たりをするように槍をガーゴイルに叩きつけた。その槍は左羽の付け根に食い込み、『ギギャー』と叫んで、兵士を落とし、そのまま、逃げるように羽をはばたかせるが、さっきまでのすばやさはなく、ふらふらと蝶や蛾のように舞い上っている。バーハンが槍を持ち直し、手綱を引きなおして追撃の、最後の一撃を加えようと差し迫る。
もう一匹のガーゴイルが一気にバーハンに詰め寄り、爪を突き立て、そのまま、飛びかかろうとしていた。
『キヤー』という叫び声とともにバーハンに襲い掛かるガーゴイル。その進行方向を覆い隠すようにホメロが、『ヒヒーン』と威嚇しながら、立ちふさがった。突然の出現に面を食らったガーゴイルは一瞬、立ちおののいたがすぐに方向を修正して、ホメロの左側から駆け抜ける。
『ドスッ。』
短剣がガーゴイルの首と胴体のつなぎ目に食い込み突き刺さる音。ガーゴイルのよける方向を予想して、カンパネラが飛びつき、一撃で仕留めた音。あまりの出来事に、みなは静まり返った。やられたガーゴイルも一言も漏らさずに、動かなくなる。その静寂を破ったのは、やはり同じような金属音であった。
『ドスッ。』
バーハンによるガーゴイルへのとどめを刺す音によって、みなは歓声を上げた。ちょうど日が昇り切り、あたりはすべてを嘘にしてしまうかのようなほど、のどかな陽気なひばりに似た鳥の鳴き声が響いていた。
7.ラッチャー・パウロ2世
その後2日間ほど、捜索を続けたが、ガーゴイルについには出会うことはなかった。彼らは仕留めた3匹のガーゴイルの首を持って、凱旋することにした。先頭はネイブラン隊長が胸を張って歩いている。
王国を出発して6日目にして、彼は一人も欠くことなくついには帰国することができたのだ。
夕暮れ時の日が沈む前、商業で栄えているこの国では人の出入りが極端に減り、特に西側の門はどこの国とも接していないため、めったなことがないと開かない。今日のここの門番は大あくびをしながら、今日も何もなかったなと振り返りながらぼうっとしていた。日が暮れる少し前、今日の最後の仕事にと門番はじっと遠目で見ていると、夕日を背景にゆっくりとこちらに近づいてくる一団があった。多少身構えていると、百合の紋章を掲げた旗を持っているのだ。その姿をやっと確認できるころには、それが討伐隊のネイブラン隊長であると確信したので、あわてて門番の一人は王宮に伝令に走ったのだった。
彼らが意気揚々と門に到着するころにはすでに王様の使い2、3人が兵隊と一緒に待っていた。ネイブランが馬から降りて膝を地面に着け、頭を下げ、最上系の礼を尽くすと、みなも同じように礼を尽くした。待っていたかのように使者はゆっくりと文を取り出し、王様からの招待状を声にだし、読み上げる。一通り読み上げると、こちらの返事を待たずして行ってしまった。ネイブランは使者の姿の見えなくなるまでずっと礼をしていたので、カンパネラはもう足がしびれてきて、早く終わらないかと思っていた。
あたりは夜の暗さのまま、いつもならまだ寝ている頃なのだが、王様から呼び出されているので、仕方なくカンパネラは起きてパンを口に含み牛乳で一気に流し込んだ。ホメロに乗って右手にはランタンを持って道を照らしながら星以外で明るい大きな王宮に向かってとぼとぼと歩いて行った。
「どうしたカンパネラ。とぼとぼと力なく歩いて。勲章の授与だな、きっと。それよりもお前、なんでそんな恰好なんだ。」
後ろから元気のある声で、駆け寄ってきたのは、いつもの鎧姿ではなく入隊式で支給された礼服に身を包んだバーハンだった。
「バーハン。僕がその服を着るわけにいかないだろ。もう近衛隊じゃないし。普段着じゃあまりに失礼だから。そうしたら、この格好になったんだよ。」
「はは。お前らしいな。だが、間違いなくまた、ネイブラン隊長にどやされるな。こうも相性が良くないのは珍しいな。」
「う~ん。あの人のことは嫌いじゃないんだけどな。でも、あの人は僕のことを毛嫌いしているからね。」
「まあ、ネイブラン隊長は信仰心と忠義の塊のような人だ。その道徳的柱によって形成された精神がお前の存在を喜ばしく思えないのだろうな。」
かがり火を持った門番が二人。堅固な門がどんどんとその大きさを露わにしてきた。
「さあ、着いた。今日は祝いの席だ。楽しもう。」
ついたのは、日が昇る前であったのに、すでに日が昇って窓からの日差しは随分と高くなっていた。ネイブランを除く討伐隊の全員が王宮のわきにある待合室に入って、カンパネラは壁にもたれ掛ったまま眠りにつき、それ以外の人々もすでに話すこともなく、各々時間を静かに待っていた。
バーハンがしびれを切らして、
「一体、いつまで待たせる気だ。すでに日も登り切っているじゃないか。」
突然、ドアが開き、一人の従者が入り込んできた。
「皆様、国王様がお待ちです。付いてきてください。」
王宮の正門はずっと大きく、全員が見上げていた。従者が見た目からは想像もできない大きな声を上げると、門の内側からドラの音が何度も響いてゆっくり門が開いた。中が見えるようになると同時に音楽隊のたたえる音楽が響きだした。目を見張るほど豪華で巨大なガラス細工のシャンデリアと装飾を施した立派な大理石の柱が大きなホールを支えている。見渡す限りの貴族の拍手とその迫力が討伐隊に向けられていることに気付いた時、カンパネラを除いて、彼らは雰囲気に飲み込まれてしまった。
従者がゆっくりと一歩ずつドラに合わせて中心のカーペットの上を進むと、みんなもそのようにした。カンパネラだけが、大きな欠伸をした。
カーペットの先、階段が3,4段上ったところに王様、ラッチャー・パウロ2世がいた。パウロ2世は、体格がよく、ずっと座っているからかお腹が出ている。目は奥二重で口元に大きなしわがあって鼻も高いので、ずっと威厳がある。口元の堂々としたひげをなでながらこちらを笑顔で見ていた。
この王様は、前の王様の弟の三男であるにもかかわらず、卓越した政治手腕で王様になりあがったほどの偉大な人物だ。とんでもない合理的な人物で占いや迷信なんかは信じないのは当たり前。隣国のずっと馴染みある王様が相手でもこの国に利益がなければ平気で同盟を破棄することだってあった。でも、国民はパウロ2世という類まれな才覚を持った王様のおかげで大きく発展した国の事実から絶大に信頼されていた。
その前で、従者がかしずくと、みなも倣ってそうした。ドラの音が最高潮になり、ジャーンの余韻がなくなるころに、会場は静寂に包まれパウロ2世がそのなか、席を立ちあがり、
「諸君、英雄の生還を歓迎し、この国のさらなる発展を祝し給え。今宵、ここにいるものに階級を1つずつ上げよ。そして、ネイブラン隊長に子爵の位を授ける。」
その号令とともに後ろの門から、ネイブラン隊長が神官の着るような礼服に身を包み、登場した。音楽隊のたたえる音楽もどこか神楽的なものに変わり、階段を上って王の前にかしずいた。すると、パウロ2世は剣を取り出し、ネイブラン隊長の頭の上に向けると、
「ここに新たな院名を刻み、そのものの御霊が永遠に神の下僕であることをここに誓うか。」
王様の問いかけに眉一つ動かさず、ネイブランは目を閉じたまま、
「誓います。」
王様は続ける。
「権力におぼれ、我のままに欲をむさぼり、国益をないがしろにしないことをここに誓うか。」
「誓います。」
「国民の隷属であることを自覚し、常に耳を傾け、友愛をもって奉仕することを誓うか。」
「誓います。」
「誓いを放棄し偽りである時、その身を煉獄の炎に焼かれることを承知するか。」
ネイブランは静かにうなずく。
王様は刀を頭の上から、天井に剣先を向けると、
「今、ここにネイブラン・ヴォルテン・ネイキスは死んだ。そして新たにネイブラン・コーチス・ネイキス子爵が誕生したことを宣言する。」
その一言にあたりは喝采の拍手に包まれた。そして、いよいよ王様はこちらに目を向けて、
「そして、親愛なるわが騎士団にも褒美を差し上げよう。順次、前へ。」
一人ずつ、従者が名前を呼びその都度盾やら剣やらを受け取っていた。とうとうカンパネラがもらうことはなかった。従者が最後にカンパネラの名前を呼び出し王様の前へ導くと、王様はそのままの姿勢で、
「勇者カンパネラよ。そなたの活躍は国中に鳴り渡り、怪物ガーゴイルをも制圧するほどの勇猛ぶり。そのオリオンの如くの輝きを祝し、ここに王紋のマントと銀の杯を授ける。」
真っ赤な王家の紋章の入ったマントを羽織わされ、銀の杯を手渡された。「して、勇者カンパネラにお願いがあるのだが、聞いてくれるか?」
このように言われて断れる雰囲気でも場でもないのは周知の事実だった。
「国王のお願いであるのであれば、断れるはずもありません。そのお願いというのは?」
「ふむ。願いというのは、お前にガーゴイルの殲滅作戦を遂行してもらいたい。そのためにお前にはトートーカの森を抜け、あ奴らの巣を焼き払い、殲滅するのだ。できるなカンパネラ。」
王様は何もわかっていない。ガーゴイルの凶暴さもその強さも。カンパネラは現れるまで回避不可能な天災の一つに数えられていたほどの怪物である。このことは王宮住まいである王様が知るわけがないのだ。その合理的な判断から、カンパネラがこの任に適任であってさらに今後カンパネラのようなことができるものが現われる確証もないといった算段ゆえの人選であった。選ばれたものはたまったもんじゃない。それはカンパネラにしても誰にしても事実上の死刑宣告に他ならなかった。ガーゴイルの全滅どころかトートーカの森を抜けて生きて帰ったものいない。元近衛隊であり、この国を隅々まで知っているカンパネラがそのことをわからないわけがなかったのだが、
「この命に代えても。」
カンパネラは下を向き、何も見ることなくただか細くそのように言うしかないのだから。
8.ジャルフック
教会の鐘の音がいつものように鳴り渡り、朝の到来を告げる。眠そうに布団からはい出るとカンパネラは桶から一杯の水をくみだし陶器製のコップに注いだ。固くなった食べかけのライ麦パンを一口ほおばり、パンを水につけると、それをくわえたまま納屋に向かって、ホメロの藁を用意して、カンパネラもその場でパンを口に詰め込んだ。今日は出発の日だ。先週の王様の謁見後、金貨を20枚ほど旅の準備にと支給されていた。それを半分ほど必要な食料や薬に使って、残りの半分は今から街の鍛冶屋に頼んでいた矢じりをとりに行くために残していた。
カンパネラが街に行こうと玄関を出ると、そこにはすでにたくさんの人ごみになっていて、みな口々に最後になるかもしれない英雄を見に来たのだ。中には隣国の吟遊詩人のような語り部のようなものまでいた。生来そういうものに無頓着なカンパネラは馬に股がったまま、簡単な会釈とあいさつをして颯爽と街のほうに駆けて行った。
鍛冶屋は街の東部に位置していて、そこには多くの作業場が隣接している。機織りの音や鉄をたたく音、その中を子供たちのはしゃぐ音も響いていてそれはとても心地よい音を出していた。晴れ渡った空にいくつもの煙が混ざることなく幾筋の線を空に伸ばしていた。そんなたたら場の一つ。『ジャルフック』という看板のかかった通り沿いの小さな作業場にカンパネラは入っていった。
一歩中に入ると息に詰まるほどの熱風が吹きつけてくる。大きな窯が家の真ん中にあって、真っ赤な色をのぞかせていた。2,3人の弟子職人が金づちで一心不乱に真っ赤に焼けた鉄を打ち込んでいた。その中の一人、まだ幼さが残った弟子の一人が汗だくのままカンパネラに気付いて歩み寄ってくると、
「カンパネラさん。おはようございます。師匠は今奥間で鉄ムラを見ているところでして。案内させていただいても?」
こちらの返事を待たずにさっと歩き出してしまったので、カンパネラはうもすもなく後ろをついていくことにした。
ジャルフックは街でも有名な鍛冶屋でずっとこの町で鉄を打ってきた家系である。代々職人気質な体質で、気に入った人間のものしか打たないほどだ。もう60を過ぎて、顔のあちこちは深いしわでいっぱいで、ごつごつしている。頭頂部のほうが産毛のように禿げている。杖を突かないと歩けないほどであるにも関わらず、いざたたら場に立てばその覇気は老人のそれではなく、名工のそれである。自身はもう何年も前から、リュウマチのおかげで打てなくなってからもたくさんの弟子を抱えていて、その出来をすべて自分の目で確認している徹底ぶりである。王様の謁見でも普段着で臨むようなカンパネラでさえ、自分の短剣や弓矢の矢じりにはジャルフックを利用しているほどであるのだから、その凄味は合わせてよくわかる。
「出来のいいものは水によって決まる。」
こちらを振り向くことなく、矢じりを見つめながら、言った。
「水?それは何ともよくわからないな。鉄の質や窯の温度で決まるんじゃないのか?」
カンパネラは狐を包まれたような顔で、答えたのに対してちらりとジャルフックは目を見つめ、
「私には鉄の良し悪しなどわからんさ。目的にあっているかどうかはわかるがね。そうしていたら窯の温度なんかは経験さえ積めば誰にでもわかるさ。だが、水はごまかせない。何がよいかなどね。だから私には水が大切なのだと思うのだよ。」
もくもくと作業をするジャルフックの言葉に何も言わずに、カンパネラは立ち尽くした。すると、見計らったようにジャルフックは席を立ちながら、言った。
「さあ、とてもよくできるよ。持っていきな。これは私の選別だ。お代は結構だよ。」
矢じりをぶっきらぼうに手渡すと、カンパネラは静かにうなずいた。『寂しくなるな。』ジャルフックは聞こえないくらいの声で小さくそう呟いた。
9.カンパネラ
ジャルフックのお店を出て、ホメロは王宮のほうを見つめていた。家に戻る途中小さな工房で、砂糖菓子をいくらか買って後ろからついてくる子供たちに配った。それでも金貨は余ってしまったのでどうしようか悩んでいた。
正午。荷物をホメロにまとめると、家を後にした。朝の人だかりはいつの間にか3倍以上に膨れ上がっていて通りは人でいっぱいになっていた。その中をかいくぐるように3人の赤い帽子をかぶった近衛隊が来て王の勅令と感謝の念を読み上げると群衆をかき分け道を作り西門までの道を作り、その道をカンパネラは前を歩く近衛隊に合わせてゆっくりと闊歩した。
西門に近づくにつれ人だかりの姿はなくなり、そこには近衛隊といくつかの大臣がいたその中にはバーハンも貴族となったネイブラン子爵もいたが王様の姿はなかった。
バーハンのその眼がカンパネラに対して哀愁を帯びて、だからカンパネラは微笑んで見せた。ネイブランは何も言わない。
この二人だけは知っていたのだ。もう帰らないことを。
事実カンパネラはもう帰らなかった。
10.ジョバンニ
二人の神父が祈りをささげる。ネイブランもその信仰心から祈る。バーハンは祈りというより黙祷のそれに近かった。
それが終わると人垣を押しのけるように何かがやってくる。ホメロがそのことに気付いてぷいっと顔を向けた。栗毛の髪の毛。大きなブラウンの瞳。まだ元服前の少年は、穢れもないその眼を輝かせ、身の丈よりも大きい荷物を背負いそれを誇りといわんばかりにリュックの綱を強く握っていた。
「初めまして、カンパネラ様。」
まだ声変わりもしていない独特の甲高い声。また一つ少年を幼くする。
「今回、旅を同行させていただきますジョバンニです。どうぞよろしくお願いします。」
カンパネラは大きく一つ心の中でため息をついた。ホメロもくしゃみともとれる咳をして身をぶるると一回震わせた。足手まといを抱えて、生きる算段がまた一つ減ったからだ。
ジョバンニはずっと輝くその眼をカンパネラに送り続け、最後の門を抜けていく。二人と一頭の長い長い旅が始まる。
めでたしめでたしって残酷な一言であると思う。
それだけですべての続きは終わって、考える事さえもできなくなるから。