きちょうめん小僧
目 次
第1章 壮絶! 転校の儀式
1 いけにえの序章
2 名探偵現わる
3 相次ぐ犠牲者
第2章 怪異! 白鹿村の惨劇
1 哀れ 嶺校長
2 池野教諭の反抗
3 池野教諭の魔手
4 血に染まる巌流島
5 のしかかる脅威
第3章 悪魔! その愛しき子らよ
1 時代劇主人公シリーズ・壱 破れびと公次・善人狩り
2 きちょうめん小僧登場
3 悲しきゴリラ
4 ゴリラ沈黙す
5 怪力! メガトンハヤシ
6 ならず者グルメ対決
7 時代劇主人公シリーズ・弐 縮れん坊将軍・根本
8 カプセル怪獣の意地
9 さようなら きちょうめん小僧
第1章 壮絶! 転校の儀式
1 いけにえの序章
鳴り止まぬ蝉しぐれが猛暑に一際彩りを添えている。私立嶺学園にあの忌まわしい転校生がやって来たのは、平成○年盛夏の頃だった。福田賢二、17歳。それはまさに几帳面な日々の新たな始まりを告げる日であった。
「今日はみんなに新しい友達を紹介します」
池野教諭のこの言葉に、教室の生徒達は黄色いくちばしをピーピー鳴らしてざわめいた。
「福田君、入ってきなさい」
池野教諭のこの言葉に、廊下にいる転校生は一体どんな表情を示しているのだろう。生徒達はすりガラスに映る転校生のシルエットに全神経を集中した。ところが、どうしたと言うのか、そのシルエットは返事ひとつ、身動きひとつしない。
「福田君、入ってきなさい。みんな、君を待っているんだよ。さあ」
池野教諭は再度、転校生に声をかけたが、すりガラスのシルエットは反応しない。池野教諭の呼びかけは延々1時間あまりも続いた。そのうち、坊主頭のシルエットは1センチ、2センチと教室のドアに近づき、やがてその敷居を跨いだ。しかし、上半身は未だ教室の外にのけぞったままだ。
「福田君、早くしなさい。みんな、しびれを切らしているじゃないか」
なおも、池野教諭は呼びかける。転校生がその全身を生徒達の前に晒し出したのは、それから延々1時間の後だった。彼は紹介されてから教室に入ってくるまでの2時間を一体どんな心境で過ごしたのだろうか。経験がある者なら、きっと理解できるに違いない。ドキドキ、ハラハラ……。それはもう、穴があったら入りたい、藁があったらまみれたい、石があったらかじりつきたい心持ちなのだ。この転校生が池野教諭の言葉に対して、何の反応も示さなかったとしても、仕方のない事かもしれない。それはともかく、さて40人の生徒達が固唾を呑んで見守る中、焦らしに焦らして現れた転校生。
「ギャー」
「ウェー」
「アチャー」
「ナンジャコラ」
「ホーホケキョ」
福田少年を一目見た時の生徒達の驚きは世にも驚くべきものだった。
「やかましいやい! この野郎ども」
転校生の悲しさか、誰一人味方のいない福田少年は狂犬のように吼えるしかなかった。
「みんな静かにせんかい! こいつが転校生の福田賢二だ!」
長い時の経過は池野教諭をもヒステリックにしていた。
「俺の名は福田賢二だ。しかし、この名前はどうも気に食わん。前の学校でも俺の名前を口にした奴はことごとく血祭りに上げてきた。以後気をつけてくれたまえ」
この峰学園が、廃墟と化す道を歩み始めた事をまだ誰も知らない。ただ、ただ、この気味の悪い転校生にいまだかつて味わった事のない感情を動かす者がほとんどだった。
2 名探偵現わる
「賢二君はどこから転校してきたの?」
一人の女生徒が何気なく口走った。と、その瞬間、福田少年がサッと空を切ったかと思うと、その女生徒はなんと、向かいの校舎の屋上にその身を横たえているではないか! しばらくの間、生徒達は呆然と向かいの校舎を凝視していた。事態は明らかに急変の様を呈している。しかし、生徒は言うに及ばず、池野教諭ですらこの急変を解釈できない。40人の生徒と1人の教師は延々5時間も向かいの校舎を見ていただろうか。やがて、一人の男子生徒が大声を上げて叫んだ。
「ああ! 福田さんがあんな所に飛んでった!」
「なに!! 福田が……」
池野教諭も思わず口走ってしまったから、さあたまらない。福田少年がサッと身じろぎしたかと思うと、一瞬のうちに男子生徒はさっきの女生徒と折り重なり、池野教諭は窓ガラスをぶち破り、廊下に顔面を打ちつけていた。他の生徒達に事態が著しく変化したのを解す者は、誰一人いなかった。
「あ、あんたがやったのね!!」
やがて、一人の女生徒が恐怖を振り払うかのように、福田少年を指さしながら大声で叫んだ。
「その通りだ。しかし、悪いのは俺じゃない。今、俺は確か、俺の名を呼ぶ者は血祭りに上げてきたと言ったはずだ。にも関わらず、あいつら3人は気に入らない俺の名を口にした。気の毒だとは思うが、方針に従って血祭りに上げたまでだ」
この福田少年の言葉に生徒達はやっと、事の重大さに目を覚ますのだった。ジリジリと照りつける太陽の下、2人の生徒が虫の息で横たわっている。女生徒はあまりの恐怖に黒髪が総白髪と化し、男子生徒は失禁し、池野教諭はトレードマークの白衣を震わせ、断末魔の如く痙攣していた。
「ギャー!! 明智先生来て、先生!」
一人の女生徒が思い出したように叫んだ。隣のクラスで英語の授業を持っていた明智教諭がこれを聞きつけて駆け込んできた。
「な、なんだ! 今の叫び声は。何かあったのかね!」
明智教諭は言うと、即座にその場の状況を見て取った。袴の袂から大学ノートを取り出すと、ぼさぼさの頭をかきむしりながら、熱心にメモを取り始めた。
3 相次ぐ犠牲者
「あの三人を血祭りに上げたのは、見たところ君のようだな。全ての状況が君の悪業を裏づけている。この私の推理に異論はないかね?」
明智教諭はメモをとりながら、福田少年をあごでしゃくった。
「あんた、推理小説の読みすぎじゃないか?」
福田少年の仕業に間違いない事を誰もが知っていた。しかし、この事をしゃべれば、今度は自分が屋上送りになる。彼らは滅多な事で福田少年の名を口にしたくはなかった。
「あんた、推理小説の読みすぎじゃないか……と」
明智教諭は福田少年の言葉をそのままメモった。
「君はそう言うが、私はどう考えても君が下手人だと感じるのだがね」
「あんた、しつこいな。嘘だと思うなら、ここにいるみんなに尋ねてみればいい」
福田少年は鷲のような鋭い目で、辺り一帯を見据えた。
「あんた、しつこいな。嘘だと思うなら、ここにいるみんなに尋ねてみればいい……と」
明智教諭は福田少年の言葉を反復すると、そのまま大学ノートに記入した。
「みんな、そう言う事だが、今、この少年の言った事に誰か異議を唱える者はいないか?」
明智教諭は鷲のような鋭い目で、辺り一帯を見据えた。しかし、誰一人として事実を語る者はいなかった。延々1時間も生徒と教師の睨み合いが続いただろうか。やがて、廊下から蚊の鳴くようなうめき声がした。
「あ、あ、明智先生……、そ、そ、そいつに騙されてはいけませ……」
池野教諭だった。彼はそこまで言うのがやっとだった。しかし、明智教諭は池野教諭の言わんとする事は痛いほどわかっていた。
「池野さん、わかったよ。あんたは声を出さんほうがいい。しばらくそこで安静にしていなさい」
池野教諭はその言葉に安心したのか、こっくりと肯くと、また体を静かに横たえた。
「こら、坊主! 被害者がああ言っていては、もう手も足も出まいが。正直に私がやりましたと言え!」
明智教諭がこう口走った刹那、彼もやはり池野教諭と折り重なり、ぼさぼさ頭をかきむしり、よだれをほと走らせていた。女生徒は福田少年の名を呼んだがために、男子生徒と池野教諭は偶然同じ苗字のその女生徒の名を呼んだがために、それぞれ血祭りに上げられた。そしてまた、明智教諭までもが……。人々を次から次へと血祭りに上げるこの福田賢二とは、一体何者なのだろうか?
第2章 怪異! 白鹿村の惨劇
1 哀れ 嶺校長
2人の生徒と2人の教師、計4人の人間は一瞬にして福田少年に投げ飛ばされてしまった。ほんの束の間の言動が福田少年の気に触った。4人は長い間のた打ち回ったあと、1人また1人と医務室に担架で運ばれたが、命に別状はなかった。この世にも奇怪な事件が勃発してから、私立峰学園にはこんな噂が絶えなかった。
「あそこには魔物が棲んでいるだ。あそこに近寄る者は、その魔物の生贄にされるだ。近寄っちゃなんねえ、近寄っちゃなんねえぞ……」
日本中の村々では、じいさま、ばあさまが口を揃えてそう言ったそうな。校長はヒマをみつけては、その村々をまわって、じいさま、ばあさまをなんとかなだめようとした。平成○年1月23日、ここ長野県白鹿村でも校長は学園の体面を取り繕っていた。
「村の衆、聞いて下さい。どうか私の言う事を信じて下さい。私は本来、この白鹿村への修学旅行には付き添わなかった身です。しかし、少しでもわが学園の潔白を信じてくれる人が増えればと、わたくし嶺武男がじきじきに出向いて参りました。皆さんは、私どもの学園に魔物が出ると思っておられるようですが、そんな事は断じてありません。だから、皆さんだけはどうか修学旅行のよしみで、私の言う事を信じて頂きたい」
嶺校長が言い終わると、村の若者達はしばらくの間考え込んでいたが、やがて、そのうちの一人が言った。
「こんな男の言う事を信じちゃいげねえ。えーい、やっちゃえ、やっちゃえ!」
この言葉に力を得た村の若者達は、手にしたスキーのストックで嶺校長に脱兎の如く躍りかかった。若者達の乱暴に嶺校長は血だらけになりながらも、必死の形相もの凄く、懸命に嘆願を続ける。
「ま、まだ、私の言う事を信じて、く、く、くれないんですか……。あれは誤解なんですよ。み、み、皆さん……」
しかし、村の若者達はそれでも嶺校長を信じなかった。
「えーい、うるさい、うるさい! みんな、やっちゃえ、やっちゃえ!!」
一人が口走ると、若者達は手に手につららをかざし、嶺校長の全身をメッタ突きの刑に晒した。嶺校長は耐えた。たとえ、この身が果てようとも、手塩にかけた学園の名誉には代えられないのだ。
「み、み、みなのしゅー!!」
嶺校長は絶叫した。
「やっちゃえ、やっちゃえ!!」
若者達は殴る蹴るの暴力に名を借りたあり余るエネルギーを、嶺校長の全身に注ぎ続けた。若者達がクモの子を散らすようにして引き揚げていった後、真っ白な雪を血に染めたまま、その場に横たわっているのは、予想を裏切る事なく、嶺校長その人だった。
「わ、わ、私は負けないぞ。どんな事があっても……。わ、私は……」
校長は薄れ行く意識の中、最後の力を振り搾った。そして、やがてその身は2メートルの積雪に静かに沈んでいくのだった。
2 池野教諭の反抗
嶺校長が宿舎に帰って来たのは、彼が白鹿村の若者達に乱暴されてから、実に5時間の後だった。
「ど、どうなさったんですか、校長! その体の傷は!」
池野教諭は思わず絶叫した。それもそのはず、嶺校長の姿は見るも無残だった。背中一面にスキーのストックが突き刺さり、頭にはこれまた、刃渡り2メートルのスキーが食い込んでいた。眼鏡はそのレンズが木っ端微塵と砕け散り、全身は冷え冷えとした雪にまみれている。いつも朝礼台に立つ凛々しい姿からは全く想像もつかない状況だった。
「き、君は…?」
嶺校長は震える指で池野教諭を指し示した。
「校長、何をおっしゃっているんですか? B組の池野じゃないですか」
池野教諭はハキハキと答えた。
「い、池野君か。君じゃ頼りにならん。明智君をよんでくれたまえ。明智君を…」
嶺校長は顔面を痙攣させながら、必死の思いで言った。
「こ、校長、それはどういう意味ですか? 私では頼りにならんと言うのは…」
池野教諭は自尊心を傷つけられ、瀕死の校長にかつてない抵抗を感じた。
「ど、どういう意味だと言われても困るがね…」
嶺校長は背中のストックをガチガチ鳴らした。
「ハッキリおっしゃって下さい。ハッキリ…」
池野教諭は一歩たりとも譲らない勢いだった。
「池野君、その事はあとで説明するから、それより早く明智君を呼んでもらえんか」
嶺校長には時間がなかった。息も絶え絶えの緊急事態である事は、誰の目にも一目瞭然だった。
「ごまかさないで下さい。私にできる事ならなんでもしますよ!」
池野教諭はあくまでも己の自尊心を守りたかった。
「君、今はそれどころじゃあるまいが! 私の今の状態が理解できんのかね、君には。ええ!!」
嶺校長はやっとの思いでそこまで言うと、突然もんどり打ってその場に倒れてしまった。
「こ、校長、どうなさったんですか! しっかりして下さい!!」
池野教諭はやっと事の重大さに気づいたらしく、顔面蒼白で叫んだ。
「どうしたんですか! 何があったんですか!」
池野教諭の悲鳴に駆けつけたのは、明智教諭を先頭とした生徒達の一団だった。
3 池野教諭の魔手
「い、池野君! き、君はなんてひどい事を……」
宿舎の玄関先で血まみれになって倒れている嶺校長と、その傍に呆然と立ちすくむ池野教諭の姿を見くらべ、明智教諭は叫んだ。
「ご、誤解ですよ。明智先生……」
池野教諭の顔面は真っ青だった。しかし、彼のこの言葉を信用する者は誰一人いなかった。
「えーい、うるさい、うるさい! やっちゃえ、やっちゃえ!」
彼の教え子の一人がそう言うと同時に、たちまち池野教諭は生徒達の餌食となっていた。生徒達は正義感の強い子ばかりだった。次から次へと池野教諭に踊りかかるその姿は、まさに勇敢な若き獅子。桐の角材を池野教諭の背中に打ち据える者、鉄パイプで額を叩き割る者、たいまつで白衣に火を放つ者、果物ナイフで頭を抉る者……。生徒達は各々の愛のムチを池野教諭に喰らわせるのだった。
「アウ! アウ! い、い、痛い! 痛い! 痛い! やめてくれ!!」
池野教諭は絶叫した。
「先生、先生、もう何も言わないで!! 私達が可愛いなら黙ってて……」
一人の女生徒の言葉はやがて泣き声に変わっていった。彼女は恩師をムチ打ちながら、こみ上げる涙をこらえる事が出来なかった。二度と恩師にこんな恐ろしい事に手を染めて欲しくない……こんな純粋な願いが生徒一人一人の心に秘められていた。彼らは池野教諭を思えばこそ、彼に立ち直ってもらいたいからこそ、心を鬼にしてムチを振るうのだ。
「アウ! アウ! い、痛い! 痛い!」
池野教諭の物悲しくも、この世のものとは思えぬ唸り声は延々5時間あまりも続いただろうか、やがて明智教諭や宿の人達の手で嶺校長と池野教諭は2階の一室に運ばれたが、二人ともどうやら一命はとりとめた。
「池野君、ひどくやられたようだが、大丈夫かね?」
その時、部屋には嶺校長と池野教諭の二人だけだった。
「……………」
「おや、何を押し黙っておるんだね? 池野君、おい! 池野君……、池野君!!」
嶺校長は遂にしびれを切らして半身を床から起こした。と、その時、突然これまたガバッと起き上がった池野教諭……。ただならぬ形相だった。死霊が憑りついたような彼のその体には、おびただしい殺気が満ち溢れていた。ワナワナと震えるその両の手は徐々に徐々に嶺校長の首筋へと伸びていくのだった。
4 血に染まる巌流島
「い、池野君!! き、君は一体何を……」
嶺校長は賢明にも素早くその場のただならぬ雰囲気を感じ取った。
「………」
池野教諭は全身に巻かれた包帯から目だけをランランと輝かせ、じりじりと嶺校長に歩み寄った。
「ま、待て!! は、話せばわかる! 話せばわかる! 池野君!!」
「…………………」
だが、しかし二人の間隔はいよいよ狭まるばかり。
「き、君とて一応教育者のはしくれだろう。つまらん気を起こせば、わしは君をクビにするぞ! クビになって教師の職をなくせば、君は一生を棒に振る事になるんだぞ! それでもかまわんのか! ええ!!」
嶺校長は必死だった。これが最後の説得だった。しかし、一向に聞き入れようとしない池野教諭に遂に、嶺校長は床の間の日本刀の鞘をはらった。
「ピシュ、ピシュ」
一太刀、二太刀……。空を切る鋭い音だった。見る見るうちに池野教諭の体からは鮮血が噴き出した。しかし、池野教諭の執念は、この場に及んでも尽きる事はなかった。悪霊に憑りつかれた者の一念とでも言おうか、少しもひるまず前進する事をやめなかった。
「い、池野君、冷静になりたまえ!! 冷静に……。な、な!!」
言いながら、嶺校長は三太刀目、四太刀目を振り下ろす。
「えーい、これでもか、これでもか!」
もう、話し合う余地などどこにもなかった。嶺校長は気が狂ったように斬りかかる。
「ドスッ、グサッ」
やがて、日本刀は嶺校長の手を離れ、池野教諭の太ももを貫通していた。しかし、時既に遅く、嶺校長の首筋には池野教諭の両手がしっかと巻きついていた。
「うっ、苦しい! や、やめたまえ、池野君……。だ、誰か来てくれえー!」
嶺校長は悲痛な一声を発すると、その意識はだんだんと薄れていった。このままでは危ない! だが、しかし、おお! 神の助けか、この時池野教諭の全身にも日本刀の激痛が回り始めた。
「アウ! アウ! アウ! アウ!」
彼もやはり、生身の人間だった。嶺校長の首から彼の手は少しづつ緩められていった。
「アウ! アウ! アウ! アウ!」
池野教諭のうめき声はなおも続いた。これを聞きつけて、明智教諭を先頭に生徒達の一団が駆けつけたのは、延々3時間の後だった。
5 のしかかる脅威
明智教諭は相次ぐ事件のためにすっかり憔悴し切っていた。幸い、嶺校長は気絶しただけで済み、池野教諭の傷も浅かったので、二人は共に一命をとりとめた。
「池野さん、あなたはどうしてこう騒動ばかり起こしてくれるんですか。少しは自分の行動に責任と自覚を持って下さい」
明智教諭は呆れていた。
「いや、あいすみません。私はどうも、すぐに羽目を外してしまう性分なもんで。いや、深く反省しています。今回の事を機に今後一切暴力は慎みます」
池野教諭はまるで何事もなかったかのような口ぶりだった。
「信じていいんでしょうね? 池野さん。正直言ってあなたの今までの行動には、我々教職員一同ほとほと手を焼いているんですよ。あなたは前にも今と同じような事をおっしゃったじゃありませんか。あれは確か去年の秋、嫌がる女生徒に抱きついた時でしたか、もうやらないと言いながら、1ヶ月も経たないうちにまたちょっかいを出されたでしょう。一体どういう神経なんですか?」
明智教諭は疑いの目を池野教諭に投げかけるのだった。
「そう言われると一言もありません。しかし、あの時は私も若かったし、時代が時代でしたからな、はっはっはっはっ!」
池野教諭の顔には反省の色は少しもなかった。それどころか彼の態度は大きくなるばかりだった。
「何が、時代が時代ですか! 去年の事じゃありませんか! いい加減にして下さいよ!! 今度こんな事が起こったら、本当にあなたを校長に頼んでクビにしてもらいますよ。わかりましたね!」
明智教諭は語気を強めると、ボリボリと頭をかきむしった。
「まあ、まあ、そう興奮なさらずに。約束しますよ。私だってクビになるのは嫌ですからな。ところで、その校長は今どこにいらっしゃるんですか?」
池野教諭は言うと、キョロキョロと室内を見回した。
「校長には先ほど学園の方に引き取ってもらいました。あなたと一緒にしておいては危険ですからね。もちろん生徒達も賛成してくれました」
「そうでしたか。詫びなければならないと思っていたが、そういったわけでは仕方ありませんな。また、日を改めることにしましょう。しかし、学校にはあの福田賢二がいるんですよ。校長が彼の餌食にならなければいいんですが……」
池野教諭の意味ありげな言葉に、明智教諭の不安は募った。言われてみればその通りである。これまでの一連の事件は、元をただせばみんなあの不気味な転校生に端を発しているのである。
第3章 悪魔! その愛しき子らよ
1 時代劇主人公シリーズ・壱 破れびと公次・善人狩り
「てめえらぁ、人間じゃねえ!! たたっ斬ってやる!」
その頃、私立嶺学園は荒れていた。2年D組で日本刀を頭上高く振りかざす無法者がいた。立見公次、17歳。彼は福田賢二の存在に闘志を燃やし、今ここに立ち上がったのだ。
「誰でもいい。この教室へあのふざけた野郎を連れて来い。この俺が退治してやる!!」
立見少年は怒り狂っていた。目は血走り、武者振るいはマグニチュード7に達し、その身体は殺気に満ち溢れていた。
「しかし、立見さん。そんな事をすれば、あなたは罪人となり果て、警察に捕われてしまいますよ」
一人の生徒が言い放った。立見公次につく側近の者だった。
「つべこべぬかすな! きさまは俺の言う通りに動けばそれでいいんだ! えーい、こうしてくれる!」
立見少年はかけ声一発、問答無用の一太刀を振り下ろしていた。
「グァーッ!!」
世にも醜悪な叫び声だった。と同時にはや、その生徒は虫の息だった。この光景を目撃した他の生徒達の驚きは、いまさら書き記す必要もなかろう。
「ギャー」
「ウェー」
「アチャー」
「ナンジャコラ」
「ホーホケキョ」
何が立見少年の気に触ったのか、彼の機嫌はかなり傾いていた。
「俺にたてつく奴は、生かしちゃおかねえぞ! 今の今までおとなしかった俺がこんな無法者になり果てたというのも、みんなあの福田賢二とか名乗る生意気な奴のせいだ。俺はこう見えても、昔は少年院じゃ札付きのワルだったのよ。誰でもいい、早くここへあの野郎を連れて来い!!」
なんと言う事だろう! 福田少年の転校を待つまでもなく、嶺学園にこんな悪党がいたとは。立見公次……彼は一体何者なのだろう?
2 きちょうめん小僧登場
「俺を呼んだのはおまえか?」
突然2年D組に不気味な声が轟いた。忘れもしない福田賢二だった。
「き、きさまは……」
立見少年は二の句が告げなかった。一瞬にして全身がひや汗にまみれた。それもそのはずである。見よ! 福田少年のその姿を! どす黒いカッターシャツにチェックの半ズボン、目はトロンと虚ろに見開かれ、トラ刈りの頭は薄暗い光を放ち、身体からは鼻をつく異様な悪臭がたちこめている。およそこの世のものとも思えぬ恰好だった。
「福田賢二転じて、きちょうめん小僧!!」
「な、なに!! きちょうめん小僧だと! えーい、地獄に落ちろ!」
血の気の多い立見少年はすかさず斬りかかる。だが、しかし……。
「カキン!」
鋭い金属音だった。紛れもなく日本刀はきちょうめん小僧の頭に命中していた。
「い、いったい、これはどうしたことだ!?」
立見少年は驚きのあまり、痩せこけていた。
「はっはっはっ、びっくりしたか。実を言うと俺は人間ではない。妖怪、宇宙人と同じ、人間以外の生物だ!」
その場に居合わせ、この言葉を聞いた女生徒達はみな泣き叫んだ。男子生徒ですら目頭を押さえているのだから、無理からぬところだ。彼らのデリケートな神経はかなり参っていた。
「…………」
立見少年は呆然と日本刀を握り締めていた。
「キチョウメンフラッシュ!」
コンマ1秒の逆襲だった。きちょうめん小僧の両手が重なり合ったかと思うと、指先から発射された怪しい光……。
「…………?」
全ての生徒達は事の異変をすぐに呑み込む事が出来なかった。ふと見れば、教室の中央に不思議な物体が横たわっている。
「ナンジャコリャ?」
一人の男子生徒が何気なく手を触れた。と、バラバラと崩れるその物体は、キチョウメンフラッシュの餌食となった立見公次その人だった。一命こそとりとめたが、福田少年征伐を豪語した破れびとの面目は丸つぶれとなった。
3 悲しきゴリラ
「みんなは何も見なかった。そうだな……」
きちょうめん小僧は虚ろな眼差しを周りの生徒達に投げかけた。不気味な暗示だった。
「僕達は何も見ませんでした。何も見ませんでした」
生徒達は一部始終を目撃していたにも関わらず、そんな事を言い放った。事実、教室の中央には丸こげの立見少年が横たわっている。にも関わらず、生徒達はきちょうめん小僧の暗示に逆らう事はできなかった。
「なんだ、なんだ!! 今の光は! 早く図面を製図板に貼りなさいよ!」
一癖ありげな男が廊下を駆けて来た。薄汚い白衣に下品極まりないゴリラ面、建築科の形山教諭だった。
「早く図面貼りなさいよ!!」
彼は2年D組の敷居を跨ぐと、馬鹿の一つ覚えか、このセリフを延々30回も繰り返すのだった。
「早く図面貼りなさいよ!!」
やがて、彼の声は泣き声に変わっていった。誰も図面を貼ってくれないからだ。しかし、彼はそれでもなお、生徒達に図面貼りを要求した。
「もういい。みんな覚えていなさいよ!!」
彼が何度呼びかけても、誰一人返答しない。怒って教室を立ち去ろうとした、その時だった。
「ありゃ、なんじゃ? 誰だ、教室の中で物を燃やす奴は!」
やっとの事で、いぶかしげに首をかしげる形山教諭だった。
「先生、なんでもありませんよ。どうぞ、お引取り下さい」
きちょうめん小僧はゴリラをあやすように言った。
「誰だ、教室の中で物を燃やす奴は!」
例によって、馬鹿の一つ覚えだった。要領を得ぬ形山教諭の間抜けぶりである。沈黙は形山教諭の肩を抱いて包んで降り注いでいた。
4 ゴリラ沈黙す
「あんた確か、カタヤマとかいう教師じゃねえか?」
きちょうめん小僧は形山教諭の顔を凝視しながら質問した。
「いかにも私は形山先生、いや形山大先生なのですよ。そういうおまえは誰なのか?」
形山教諭、いや形山大教諭は、鼻の穴の大きな間抜け面を突き出しながら聞き返した。
「俺か、俺は人呼んできちょうめん小僧。500年程昔、インドの未踏峰・コリャタカイワに住んでいた仙人の生まれかわりが、この俺だとお告げがあった。だから俺は人間ではない。凡人には考え及ばんだろうが、超能力を持って生まれた仙人の落とし子なのだ。わかったか。わかったら、とっととこの場から立ち去れ!」
きちょうめん小僧の名の由来は、意外なところにあった。なるほど、これで彼がキチョウメンフラッシュの使い手である理由がわかった。
「はっはっはっ!! おまえは寝ぼけとるのと違うか? いまどき、仙人なんかがこの世にいるはずないでしょう。それに超能力のブームは一昔前の事だろうが。はっはっはっ!」
形山教諭は無邪気にも、ゴリラの形相そのままに笑うのだった。きちょうめん小僧がこの侮辱を許すはずはなかった。
「キチョウメンビーム!!」
コンマ1秒の猛襲だった。きちょうめん小僧の両手が額で十字に交差したかと思うと、突然そこから飛び出した真っ赤な光線……。
「…………?」
全ての生徒達は事の異変をすぐに呑み込む事が出来なかった。ふと見れば、教室の中央で一頭のゴリラが床のたうち回っている。
「ナンジャコリャ?」
一人の女生徒が何気なく蹴飛ばした。とその時!
「ガオーッ! アウ、アウ!」
と吠え立てるのは、ゴリラと見えた形山教諭。
「早く……図面…は、貼りなさい……よ…」
ゴリラ、いや形山教諭の断末魔は見るも無残なものだった。キチョウメンビームの貫通した腹部からは白い煙がモクモクと立ちこめ、全身は激痛のためにワナワナと痙攣していた。
「みんなは何も見なかった。そうだな……」
きちょうめん小僧の虚ろな眼差しに、生徒達は目頭を押さえて立ちすくんでいた。
5 怪力! メガトンハヤシ
「京料理味暦か……。ふっふっふっ、うまそうだな」
2年F組の教室で一人の男がくつろいでいた。林正彦、17歳。転じてメガトンハヤシと噂されるのは彼だった。去年の3月、嶺学園2年F組に転校して来た彼は、何の変哲もない16歳の少年だった。薄汚いウインドブレーカーを着てはいたものの、いたっておとなしく問題ひとつ起こさず、人望もたいそう厚かった。だが、しかし、彼は他の生徒を全て追い出し、ただ一人F組の教室を占領してしまうと、さも嬉しげに京料理のパンフレットを眺めていた。彼がこんな、まるで牢名主のような態度を取り始めたのは、福田賢二が転校早々羽振りをきかせていたからだった。福田賢二のこれみよがしの横暴振りがメガトンハヤシの癪にさわった。そして、堪忍袋の緒が切れたある日、林正彦はそのおどろおどろしき正体を全生徒の前に現したのだった。メガトンハヤシ……隆々たる筋肉はモリモリと波打ち、天然パーマの頭髪を中央で分け、手に持った球形分銅は優に80キロはあろうか。
「た、た、大変です! 破れびと公次がやられました!」
突然教室へ駆け込むメガトンハヤシ側近の者。
「な、な、なに!! 破れびとがやられただと!! い、一体誰に……」
メガトンハヤシは怒りに震えた。あの破れびとはメガトンハヤシの部下だったのだ。
「2年B組のきちょうめん小僧とか言う者の仕業です!」
「きちょうめん小僧? そりゃなんだ!?」
メガトンハヤシは福田賢二の正体をまだ知らなかった。やがて、側近の者がその旨語って聞かせると、メガトンハヤシの鉄のような怒りは頂点に達した。
「ガシャーン! メリメリ! ズドドドーン! バシャーン! バリバリ!」
怒りの分銅に触れる物は何もかも破壊された。
「破れびと公次よ! おまえの仇は必ずこの俺がとってやる!!」
6 ならず者グルメ対決
「きさまがきちょうめん小僧か!」
メガトンハヤシは2年B組の敷居を跨ぐと同時に、きちょうめん小僧をしかと睨み据えた。
「おお、いい所へ来た。あんたもひとつどうだね。なかなかいけるよ」
ちょうど、きちょうめん小僧は小僧寿司をおいしそうにほうばっていた。
「…………」
食い物に目のないメガトンハヤシにとって、このきちょうめん小僧のすすめる小僧寿司の甘い香りは、この上ない魅力を宿していた。
「どうしたんだね? さあ食べなさい」
きちょうめん小僧はさらにすすめるのだった。
「…………」
憎しみ募れど食いたさ百倍。メガトンハヤシはあぶら汗を流して立ち尽くすばかり。
「江戸っ子だってね。寿司食いねえ」
きちょうめん小僧は手を変え、品を変えてメガトンハヤシを口説くのだった。
「…………」
メガトンハヤシは目の前に並べられた何種類もの小僧寿司に、今にも幻惑されそうな様子だった。手はワナワナと震え、目は見開かれ、全身からは徐々に力が抜けていく。
「さあ、さあ。遠慮はいらない。たんと召し上がれ」
きちょうめん小僧はメガトンハヤシの弱点を完全に見抜いている。
「…………」
メガトンハヤシは何も言えなかった。彼はいまさらながら、浅ましくも卑しい自分の性格を呪った。そんな彼に一瞬の隙が生じた。
「今だ! キチョウメンサンダー!!」
コンマ1秒の不意打ちだった。きちょうめん小僧の両手が頭上高くかざされたかと思うと、いずこからともなく轟く雷鳴……。
「はっはっはっはっ!!」
突如、傍若無人に爆笑するメガトンハヤシ。
「ありがとう、きちょうめん小僧君。君のおかげで私は迷いから目覚める事ができたよ」
メガトンハヤシの不気味な笑い声。きちょうめん小僧は次第に焦りの色を濃くしていった。
7 時代劇主人公シリーズ・弐 縮れん坊将軍・根本
「踊れ、踊れ!」
メガトンハヤシの振り回す80キロを超す大分銅は、きちょうめん小僧にとって避けるのがやっとだった。
「お、お、俺のキチョウメンサンダーが敗れた……」
初めての敗北だった。こんなはずはない、こんなはずはない! 心の中でいくら打ち消しても、彼が敗れたのは紛れもない事実だった。きちょうめん小僧は熱病病みのような顔色をしている。足はもつれ、意識はだんだんと薄れていった。
「ほら、ほら、どうした。はっはっはっはっ!」
メガトンハヤシの胸ひとつだった。彼はきちょうめん小僧をひと思いに殺そうとすれば、できぬ事はない。しかし、残酷な彼は無抵抗な蝶々から羽根をもぎとるようにじりじりと迫った。
「さあ、お遊びはこれくらいでおしまいだ。そろそろとどめを刺すとするか。ふふふ」
最大のピンチだった。きちょうめん小僧の最期である。メガトンハヤシは笑い終わると恐るべき大分銅を振り上げた。
「破れびと公次の仇だ。地獄へ落ちろ!」
もはやこれまで! 誰もが信じて疑わなかった。だが、しかし……。
「アリャーッ!」
コンマ1秒の素早さだった。きちょうめん小僧は懐から何やらカプセルのような物を取り出すと、目にも止まらぬ速さで蓋を開いた。と、どうだ!! そこから飛び出したる不可思議な物体。
「ご主人様、何か御用でございますか?」
おお、なんと言う事だろう!! それはまるでアラジンのランプから出てきた大男のように、忠実なきちょうめん小僧のしもべだった。
「こ、こいつは……」
メガトンハヤシは肝を冷やし、われとわが目を疑った。
「ふふふ、驚いたかね。メガトンハヤシ君。私はこんな事もあろうかと、いつもカプセル怪獣と言うものを携帯しているのだよ。人呼んで、縮れん坊将軍・根本! ゆけ、根本! メガトンハヤシをやっつけろ!」
縮れん坊将軍・根本はきちょうめん小僧の命令に、行動を開始せんと身構えた。
8 カプセル怪獣の意地
きちょうめん小僧の切り札、カプセル怪獣、縮れん坊将軍・根本。髪の毛がメガトンハヤシをはるかに上回る天然パーマで縮れまくっていた。
「てめえらぁ、この俺様がただじゃおかねえ!!」
縮れん坊将軍は大声で叫ぶと、着物のたもとから白馬を取り出しおもむろに跨った。
「な、なにをしようと言うんだ!」
メガトンハヤシは完全に怖気づいていた。その声は恐怖にうわずり、紫色の顔面はみるみる蒼白へと変わっていった。
「なあに、おまえさんのその丸々と太った美味そうな肉を料理するのはこれからだ。ふふふ……」
縮れん坊将軍は不気味な微笑みを浮かべた。白馬にムチを入れると、峰学園の校庭狭しと駆け回った。愛馬・チヂレンオーは勝ち名乗りを上げるかのようにいななき、ひずめの音を高々と響かせた。恐るべし、縮れん坊将軍・根本!
「ヒエーッ!」
メガトンハヤシは目頭を押さえていた。今にも泣き出しそうな様子である。
「た、助けてください!」
メガトンハヤシはもう勝ち目がないと諦めたのか、両手を合わせて命乞いをした。
「いまさら何を言っているんだ。俺にした事を思い出してみろ」
メガトンハヤシには返す言葉もなかった。
「あ、謝る! 許してくれるんなら、なんだってします。こえだめの中で泳げと言うなら、喜んで泳ぐ。こえを喰らえと言うなら、しこたま喰らおうじゃないか。なっ、だ、だから命だけは!!」
メガトンハヤシは溢れる大粒の涙を堪える事ができなかった。死に物狂いの嘆願である。
「えーい、やかましい!!」
しかし、きちょうめん小僧と縮れん坊将軍・根本は、この祈りを完全に無視した。縮れん坊将軍の一言がハヤシの心を抉る。
「思う存分、縮れるがいい、ふふふふふ」
縮れん坊将軍の皮肉な言葉の裏には、邪悪な殺意が満ち溢れていた。
9 さようなら きちょうめん小僧
「や、やめてくれー!」
迫り来る縮れん坊将軍・根本。メガトンハヤシの恐怖は頂点に達した。もう涙も枯れ果てていた。
「えーい、やかましい!!」
馬鹿のひとつ覚えか、縮れん坊将軍はなおも叫んだ。
「根本、もう焦らすのはそれくらいにして、そろそろとどめを刺せ!!」
傍若無人なきちょうめん小僧の最期の命令だった。
「わかりました、ご主人様!! オリャーッ!!」
縮れん坊将軍は言いざま、恐るべき素早さでメガトンハヤシに踊りかかっていった。
「グエ………」
一瞬、この世から音という音が全て消失したかのような静寂。一体何があったと言うのだろう。縮れん坊将軍もメガトンハヤシも見動きひとつしない。
「…………………………」
延々5時間も同じ状態が続いただろうか、やがて……。
「ドタ! ゴロ、ゴロ」
床転げ回る縮れた物体。それは紛れもなく縮れん坊将軍・根本その人であった。驚愕に顔を歪めるきちょうめん小僧。頼みの綱が断ち切られてしまった。縮れん坊将軍・根本がやられた。
「あ、謝る! 許してくれるんなら、なんだってします。こえだめの中で深呼吸しろと言うなら、喜んで深呼吸する。こえを喰らえと言うなら、しこたま喰らおうじゃないか。なっ、だ、だから命だけは!」
しかし、何もかも遅過ぎた。見よ! メガトンハヤシ決死の覚悟! やがて……。
「ガシャーン!! メリメリ!! ズドドドーン!! バシャーン!! メリメリ!!」
メガトンハヤシは100万トンの爆弾だった。人間の奥に潜む底知れぬ闇……。その闇が生み出した怪物達の闘争は、こうして幕を閉じた。
最後に(読者の皆様へ)
高校時代、福田は先生の雑な板書を、活字顔負けのキレイな字でゆっくりゆっくりノートを取っていました。無論、雑な板書が次から次へと書きかえられるのは世の常です。黒板のスペースは限られているからです。当然、どの科目においても福田ノートが完成する事はただの一度もありませんでした。いや、完成する訳がありません! しかも、延々3年間です!
入学間もない頃から、その全く無意味な行為はクラスメートからの激しいツッコミの標的となり、福田には大馬鹿者&愚か者の烙印が押されました。しかし、私は「更生」の期待と若干の親しみを込め、福田に「几帳面小僧」の名を贈りました。元々、この作品の原題は『几帳面小僧 ~狼は生きろ、豚は死ね~』でした。
福田的にはキレイな字こそ、何ものにも代え難い生命であり、それを無意味と斬って捨てるクラスメートは豚だったのです。そう、この『きちょうめん小僧』は福田の心象風景そのもの、鬱積した心理の想像図だったのです。最期までお読み頂き、ありがとうございました。