壁を繋げてみれば
ある研究所にて、助手と思わしき男が博士を呼び止めた。
「博士。このSNSにてブロック機能があることはご存じですよね」
「私はもうすぐ七十歳になるが、気持ちはまだまだ若いつもりだよ。気に入らない者、迷惑な者を遮断するものだろう」
博士は得意げに、立派にたくわえた白髭を捻り尖らせる。
「その通りです。昨日ふと、このブロック機能を“壁”と捉えてみたらどうかと思ったんです」
「壁、かね?」
「はい。ブロック機能とは、いわゆる外敵を防ぐための塁壁、目隠しのための塀、滑落を防ぐための擁壁と考えてみたのです」
なるほど、頷いたものの、博士は助手の意図が掴めなかった。
いったいそれが何だと言うのか。
そう言いたげな目を見た助手は、両手を広げてみせた。
「人が作り出す壁。これを繋げてみれば、いったいどのような世界が作られるのでしょう」
「なに……?」
「インターネットは無限の大海原に例えられますが、その海にどのような世界を作ったのか、調べられるかと思ったのです」
面白い、と博士は感嘆し、白髭を撫でた。
「是非やってみたまえ、ここの設備をすべて使っても構わない」
「ありがとうございます! これから取りかかってみます!」
この研究所は人知れない山奥にあるが、設備だけは最新型だった。
舌が噛みそうな名前がついているものの、研究員たちは一貫して“調査機”と呼ぶ。
この調査機は、ひとたび入力すれば、衛生や地下ケーブル、果ては各家庭のパソコンなど――ありとあらゆる手段を通じて、世界各国からの情報をもたらすものだ。
ここはある国の諜報局なのである。表向きは、民間の調査会社を名乗っている。
助手はこの日から、調査機の前で情報を集め始めた。
仲間たちも協力してくれている。特に大きな事件も出来事がないため、全員暇なのだった。
約三ヶ月の時を経て、ようやく一つのモデルが完成した。
……のだが、助手は難しい顔でそれを眺めている。
「やあ。完成したと聞いたが」
そこに話を聞いた博士が、白髭を揺らしながら歩いてきた。
助手は「それなのですが……」と歯切れの悪い言葉と紡ぐのみ。博士は片眉をあげた。
「思うような結果が出なかったのかね?」
ええ、と助手がモデルに目を向けた。
そこには、どこかの街を模したようなジオラマがあった。
「迷惑な存在を隔離・遮断し、己にとって都合のいい空間を作る――この現実とまるっきり同じ世界が出来ていました」