俺達の運動会
「いくら海が近いからって、砂浜で運動会って企画したバカはどいつだ?!」
「あそこで優雅に紅茶を飲んでいる生徒会長様だよ」
上はTシャツ、下はハーフパンツ姿の俺は隣の松田明広に食ってかかった。けど親友は冷静な言葉を返してくるだけだ。
今は九月、今年は残暑という名にふさわしい気温のため暑い。更に砂浜からの照り返しが馬鹿にならなかった。
「なんで普通に運動会をしねぇんだよ!」
『皆さんの健康を促進するためだと説明したはずですわよ』
尚も明広に詰め寄ろうとした俺は、生徒会用のテントの下から拡声器越しに割り込んできた生徒会長の沖田麗華に視線を向ける。
「こんな炎天下で運動なんぞしたらぶっ倒れるわ!」
『そうならないために、飲料水、栄養食、医療品を用意したのではありませんか』
さも当然というように沖田が返答してくる。
いやあのですね、そんなもんが必要になるくらいのことをさせること自体が間違っているんじゃないのかなぁって思っているんですよ。
「お前が私費を投じてまでやる意味があんのかよ。俺達が通っているのは普通の公立高校だぞ?」
『どこの高校に通っているのかなんて関係ありません。私は我が沖田家の家訓に従っているだけですわ』
「世間様に尽くすべし、だったか」
明広がぼそりとつぶやく。日本有数の財閥である沖田家始祖の言葉らしい。
そんな良いところのお嬢様が公立高校に通っているのが不思議だが、既に大学まで飛び級で卒業しているらしいので、今は社会勉強のために学校へ通っているそうだ。何もかもが色んな意味で俺達とはかけ離れている。
『さて、そろそろ運動会が始まりますわよ。砂浜を理由に無様な成績ですと承知しませんわよ、舎弟一号』
「誰が舎弟一号だぁ!」
ふざけたことをほざく沖田に俺は全力で叫び返した。
全力で抗議したものの、所詮しがない一般人の俺だけが騒いでも学校行事の開催は止められなかった。
俺と同じように砂浜で開催することに疑問を持つ奴はいるんだが、始まってしまうとみんな楽しそうに参加する。なんだかんだと言ってみんなお祭り好きなんだよな。
もちろん俺も悔しいが楽しんでいるひとりだ。時々最初に抗議していたことを思い出しては複雑な気分になるものの、どうせやるなら楽しまないと損だし。
「おっしゃ、行けぇ、川村ぁ!」
ということで、今は百メートル走の最中だ。クラスの友達が出ているので応援している。
それにしても砂浜は本当に動きづらい。俺もさっき百メートルを走ったが、とにかく蹴ったときの力をある程度消してしまい、かけた力ほど動けないので疲れるしもどかしい。
けど、陸上部やサッカー部などは、砂浜で走り込みの練習をすることがあるので慣れているそうだ。今走っていた川村も陸上部なので、ぶっちぎりで一位である。
「おい、明広、次に俺達が出るのはどれだ?」
「自分のくらい憶えておけよ。ビーチバレーだ」
そういえば、そんなのあったな。砂浜らしい種目も用意してあるって担任の今北も言ってたっけ。
「あれって確か四人だっけ? 俺とお前と川村と、山口だったか」
「お、珍しく憶えてんじゃん。そう、あの脳筋コンビとだ」
松田にしては微妙に棘のある言い方だが、これにはわけがある。
どんな話の流れだったかは忘れたが、松田がお気に入りのコメディ映画を二人に見せたら全然期待した反応とは違ったらしい。特に山口はドラムロールのことをシンドロームと勘違いしていたそうだ。俺もそれはどうかと思うが、ともかくそれ以来、松田は二人に少し厳しいのである。
「おーい、ビーチバレーの打ち合わせをしようぜ!」
スポーツドリンクのペットボトルを片手に山口がやってきた。角刈りに日焼けした肌という典型的なスポーツマンだ。
「いいぜ。ちょうど川村もこっちに来ているところだしな」
ゴール先からこちらへと向かってきている姿を見つけた俺は、少し早いが四人で集まって相談することにした。競技に出るまでの間はどうせ暇だしな。
ビーチバレーは全十六チームが参加した。総当たりをしている時間はないのでトーナメント方式だったわけだが、俺達はベスト四まで進んで負けた。
意外と良いところまで行けたのは、ひとえに川村と山口の脳筋コンビのおかげである。ビーチバレー経験者ということもあって、他のチームより有利だったのだ。逆に俺と松田は足を引っ張りがちで、準決勝で負けたのも俺達二人が集中して狙われたからだった。
「弱点を突くのはしょうがないけど、あれは大人げないよなぁ」
川村のぼやきに山口もうんうんと頷いている。参加者全員が子供なんだから大人げないのは当たり前ではあるが、もちろん川村の言いたいことはそういうことじゃない。
「もっと機敏に動けたらなぁ、って、あれ? 明広は?」
「あっち。次のリレーに美佳ちゃんが出るらしいぜ」
山口の視線を追いかけてみると、確かにいた。
「美佳ぁ! 落ち着いてバトンを受け取るんだぞぉ!」
ここまで聞こえる大声で明広は妹の応援をしているが、まだ競技は始まっていない。
「安定のシスコンっぷりだな」
川村の一言に、俺と山口は深く頷いた。
普段は冷静な明広だが、こと妹の美佳ちゃんのことになると文字通り人が変わる。周囲のことなんぞお構いなしに暴走してしまうのだ。そんな明広を美佳ちゃんは嫌っているのだが、あいつはそれに全く気付いていない。
「あーあ。美佳ちゃん下向いて震えているな」
山口の言葉に釣られて美佳ちゃんを見てみると、どうも友達に慰められているっぽい。
「普通に接してりゃ、あんなに嫌われることもないのになぁ」
始まった競技を見ながらぼんやりと俺は呟く。実に惜しい兄貴である。
美佳ちゃんのチームは、アンカーである美佳ちゃんにバトンが手渡された時点で二位だった。一位とは少し離されている。
「美佳ああぁぁぁ!」
「うわ、あいつシャウト決めやがった」
さすがに俺達もどん引きだ。かわいそうに走っている美佳ちゃんは涙目である。そりゃ泣きたくなるよなぁ。
明広が妹に狂っていることは学校で有名な話だから、みんなもう大っぴらには何も言わない。しかし、美佳ちゃんにとっては実に迷惑な話だろう。
そして、リレーは美佳ちゃんが逆転一位となって終わる。
「おおお、美佳ああぁぁぁ!」
感極まった明広は、飛び出してゴール直後の美佳ちゃんに抱きつこうと飛びかかる。
「こぉんのバカ兄貴ぃぃ!!」
しかしこうなることを予測していたらしい美佳ちゃんは、カウンター気味にボディブローを全力で打ち込む。衝撃で明広は吹き飛び、派手に転がってぐったりとした。
「うわ、こりゃまた派手に吹き飛んだなぁ」
「最近の美佳ちゃんボクシングを始めたって聞いたことあるぞ」
川村の言葉に山口があちゃぁという顔をする。道理で鋭い一撃だったわけだ。
「さて、明広を回収しに行くか」
いつも通り妹に吹き飛ばされた親友を医務室に運ぶべく、俺は川村と山口を誘って歩き始めた。
そんな無茶苦茶な運動会ではあったが、終わってみるとやって良かったと思えるから不思議だ。結局、俺も楽しんだということなのだろう。
クラス担任の今北が整列するように呼びかけている。この教師は現国の教師なのだが、日本語の感性を磨くためにと和歌を作らせたり、熟語を作る能力を身につけるためにと漢文を作らせたりする変わり種だ。日々の宿題やテストを乗り切るために勉強している俺達からすると、とても困った先生である。
ともかく、最後のお勤めという気分で整列すると、生徒会長の沖田がマイク越しに生徒へと語り始めた。
『皆さん、本日は生徒会が企画しました運動会に参加してもらいまして、ありがとうございます。不幸にも若干名が医務室のお世話になってしまいましたが、それ以外の方々は何事もなく運動会を終えられて、我々としましても大変嬉しく思います』
明日は筋肉痛確定だけどなー、なんて思いながら話を聞き流している。大体校長のする話と内容は似たような感じなので、真剣に聞く必要はないだろう。
『ということで、私からのお話は以上です。が、微妙に活躍しきれなかった舎弟一号は、この後すぐに私のところへと来るように』
「だから、誰が舎弟一号だぁ!」
面白みのない話で終わるかと思っていたのに、あいつは最後の最後でかましてきやがった!
『あなたのことですよ、沖谷直樹。何度も言いますが、小さい頃の約束を忘れたとは言わせませんよ』
「んなもん、いつまでも憶えてんじゃねぇ!」
幼い頃に沖田と一度だけ遊んだことがあったんだが、そのときの別れ際に約束したんだよな。どうしてそんな馬鹿な約束をしたのかと言えば、単純にあのときの俺は舎弟なんて言葉の意味を知らなかったんだ。それをあいつはことある毎に持ち出してきやがって。詐欺じゃねぇか。
「いい加減諦めろよ。それに、ここでお前と沖田が言い争うと片付けの時間が遅くなるだけだ」
「お前だって妹相手にシャウト決めてただろ!」
親友の思わぬ裏切りに俺は突っ込んだ。こいつ、普段は本当に冷静なんだよな!
『では、これにて運動会を終了します。皆さん、片付けをしてから解散してください』
「ちょ、待て沖田!」
こっちの事情なんてお構いなしに場を進行させる沖田に抗議するも無視された。そしてあいつは悠然と生徒会用のテントへと戻ってゆく。
「くっそ、ちょっと行ってくる!」
「あーあ」
「結局行ってんじゃん」
川村と山口が笑っているが後回しだ。
「おい、沖田! 人を呼びつけておきながら無視すんな!」
山口の言う通り沖田の思惑にはまっているような気もするが、もうこの際仕方がない。
俺はいつものように舎弟一号の汚名を取り消させるために、生徒会用のテントへと乗り込んでいった。