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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第1章 日輪、月を孕む
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9: 実地訓練


 要は根性勝負だった。

 最初の改造実験で、煌紫は確実に海の身体能力を飛躍させる事を実証出来たが、それに見合うだけの危機的状況に自らを置かなければ、その力を得ることが出来ない事も判った。

 海が本当に必要としたのは、全方位に渡る戦闘能力だった。

 復讐のターゲットになる人間達が、特別な戦闘能力を持っている訳ではなかった。

 だが彼らは、常に分厚い警護の中にいる。

 しかも一美大生程度の存在が仕掛けられる社会的な制裁や告発など、全く歯牙にもかけない社会的地位を持っている。

 その防護壁の中に侵入し、ガードをはね除け、時には逃げ、最後には確実に目標へ近付くことが出来る力が必要だったのだ。


 海はベンチに座りこんで、薄暗くなった公園の中央をほろ酔い機嫌で、隣接の駅に向かって移動しつつあるサラリーマンと思しき中年男性をマークしていた。

 その男は結構、高級そうなスーツを着ていた。

 繁華街の裏手にあるこの公園を抜けると、私鉄の駅がすぐそこにある。

 その路線上にある駅付近の住宅地は、五割以上が、俗に言う「高級住宅地」だった。

 対してこの繁華街は、夜になると結構爛れた雰囲気が強く漂う。

 まあ要するに、これから悪さをしようと企んでいる連中には、この公園を裕福な身なりで歩いている人間は、鴨がネギをしょって歩いているようなものだった。

 マンウォッチングには馴れていない海が目を付けた人物を、他の目敏い悪党どもが見逃す筈はなかった。


 どこから現れたのか、若者五人組が、このサラリーマンを取り囲んでいた。

 それぞれ奇抜な服装とヘヤースタイルをしているのに、五人が五人とも同じように見える。

 その程度の人間達だったが、暴力はどんな人間でもふるうことが出来る。

 新年会の帰りなのか、酔った勢いでサラリーマンは彼らに対して大声を上げて抗議しているが、その声が徐々に小さくなっていく。

 自分に対する彼らの目的が、はっきり理解できたようだった。


「煌紫、、出番だ。」

『また、やるのか、、。』

「人助け兼、トレーニング。全然、問題ないだろう。」

『ああいう連中は刃物を持っている可能性がある。それに半分、普段から強奪を職業にしているような手合いだぞ。』

「俺は革手袋をしてる。指紋は残さない。それにニット帽にサングラス。もしも奴らをぶちのめしてから俺の正体がばれるような事があったとしても、あのサラリーマンは俺が助けに入った事を証明してくれるさ。」

『わざと話をかみ合わないようにしてるな、海。正体がばれるかどうかの話じゃない。私は君の身体の事を心配しているんだ。』

「とぼけているのはそっちだろう、煌紫。お前が俺の身体能力をちゃんと高めてくれれば、俺はナイフごときに傷つくことなく、奴らに勝てる。」

『・・・又、新しい力を得るために、わざわざ危険に向かって特攻するのか。』

「そうだ。」


 海の思惑通り、ついに五人組がサラリーマンを円形に取り囲み、その身体をバスケットボールをパスするようにこづき、突き飛ばし始めた。

 金品だけが目当てではない。

 男達は、いたぶる事自体を楽しんでいるのだ。

「いい加減、放してやれよ。」

 公園の外灯の光の下から、皮のライダージャケットを羽織った海が現れた。

 下に着込んだスエットパーカーのフード部分でしっかり頭部を隠している。


「なんだよ、てめえ。」

 金色に染められ逆立つ髪を持った男が、定番の口調で吠える。

「そこでおっさんを手放せば悪ふざけですむかもな、おっさんにもプライドがあるから、サツに届けたりしないだろうしさ、、、」

 一応、彼らに撤退のチャンスを与えたのは、自分の能力を引き上げるために、相手を傷つける事への海の引け目だった。

 もちろん、相手がそんな忠告に従わないのも分かっている。

 グループの一人が、サラリーマンを羽交い締めにしたのを合図に、五人全員がニット帽をかぶりサングラスをかけた海の顔を擬見した。


「見かけない顔だな、通りすがりの正義の味方ってわけか、ここいらは俺達の縄張りだってこと知ってるのか?ポリの巡邏時刻も判ってるし、もしリーチがかかっても俺達は簡単に逃げおおせる。その意味判るか?バックが付いてるんだよ。舐めた口叩いってっと、お前、ボコにされるだけじゃ済まないぜ。」

 一応落ち着いた声、チームのボスらしい。


「そうなんだ。それ、つまり卑怯者の集まりってこと?」

「だぼがぁ!!」と金髪男が再び狂犬のように吠えて、海に突きかかってくる。

 この頃の海には、これをスマートにかわすような体術はまだない。

 ただ既に、飛躍的に高められている海の身体能力が、後ろに飛び下がるような動作を、彼に自然にとらせた。

 結果、海に飛びかかろうとした男の腕が空を掴み、前につんのめった。


 海は我知らず、その男の頭頂部の髪を掴んで固定し引き寄せ、その反動を使って、一旦は引いた自分の身体を前に押し出して、膝頭を高くあげた。

 海の膝頭の動きは、リードを思い切り引っ張って飼い主の思惑からそれていこうとする元気の良すぎる愚かな犬のようだった。

 海自身には相手を打ち砕こうとする強い憎しみはないのに、身体が勝手に反応する。

 男の鼻が嫌な音を立ててへし折れる。

 海は男の鼻から血が吹き出る前に、その頭を身体毎、投げ捨てている。


 これも同じだ。

 止めをさすというより、損傷した人間の頭など触っていたくないから「捨てた」だけだ。

 しかし握っていた髪の毛を離した訳ではなく、まさに投げ捨てたのだから、これも尋常ではない腕力を得た海のこと、結果は男の身体は海によって無慈悲に放りなげられたように見えるのだった。


 この様子を見ていた男達は、二つの感情に支配された。

 恐怖と怒りだった。

 中年男を羽交い締めにしている男を除いて、3人が、各々の武器を手に取った。

 二人はナイフ、一人はブラストナックルだった。


「起きてるか煌紫、始まるぞ!」

 二人は広がり、残る一人が海の後ろに回り込む。

 彼らは、何度かこういう陣形で、集団による暴力の実践を重ねていたに違いなかった。

 その陣形を使う相手は、襲ったはいいものの意外に骨のある男性や、いたぶること自体が興奮に繋がる女性だったのだろう。


『海の身体を、これ以上変える必要はない。それとも、刺されてもすぐに傷口が治る驚異の再生能力が欲しいのか?あまりにも身体をいじると、君の意識自体にも影響がでて来るぞ、心と体は別物ではない。』

「再生能力か、、、、それも、欲しいな。」

 海がそんな会話を煌紫と頭の中で交わしている最中に、男達三人の形成する輪が同時に縮まった。

 海はどこにも逃げられない。

 真正面にいるボス格の男の武器はブラストナックルだった。

 ナイフとやりあうよりましか、、このボス格に向かっての正面突破が、被害としては一番少ないように見えた。

 海の脚が前に出ようとする為に、少し力を貯めた。


 ブラストナックルを填めた男は、そんな海を見て取ってにやりと笑った。

 彼はボクサー崩れだった。

 この罠にかかった、この男は俺の一撃で沈む、と彼は思ったのだ。

 だが次の瞬間、ニット帽を被った男は、こちらに突進してこず、その場で垂直に飛び上がった。

 男の目には、その動きがあまりにも予想外で、しかも異常に強力だった為に、男の姿が瞬間的だが、消えたように見えた。

 その動きはナイフを持った他の二人にも同じように見えた筈だ。

 実際には、海は垂直に飛び上がった訳ではなく、ナックル男に向かってやや前方に、特段の反動も付けずに、緩い脚の屈伸だけで2メートル近く独楽が回転するようにジャンプしたのだ。

 そして身体が足先から落下する際に、ナックル男の頭部をけりつけている。


 その様子は、海の背後からナイフを突き出そうとしていた男からは、海がナックル男の身体をステップ台がわりに使い、最後に男の頭をけって虚空の夜空に飛び上がろうとするように見えた。

 もちろん男達は、虚をつかれたから、そう見えただけの話だ。

 海は超人ではない。

 人並みはずれた身体能力を得た今でも、空をとべはしない。

 それどころか、人の頭を蹴るという不自然なアクションをジャンプの途中に挟んだ為に、海はその超人の域にある運動能力を持ってしても、着地に失敗し、地面に尻餅を付いていたのだ。

 ぶざまにも尻餅を付いて座り込んでいる海の側に、拳に光る金種の輪を填めた男が泡を吹いて倒れている様は、その鮮やかな戦闘の結果としては、実に奇妙な光景だった。


 一番最初に我に帰ったのは、海を側面からナイフで狙うことになった男だった。

 男は雄叫びをあげながら、ようやく起きあがろうとする海にナイフを突き出していた。

 タイミング的には、いくら反応速度が上げられた海といえど、そのナイフの切っ先から逃れる事は、不可能と言えた。

 海は自分の頭部に突き入れられて来るナイフに対して、上腕をあげて本能的にそれを庇った。

 ナイフが海の上腕の筋肉に突き刺さる。

 男には馴染みの感覚だった。

 たとえそれで頭部がカバー出来ても、腕に与えた傷と痛みは、相手に大きなダメージとして残る。

 後は間髪を入れず、次の攻撃を連続してしかける事だ。

 そう思って、ナイフを引き抜こうとしたが、そのナイフが海の上腕ある筋肉に挟まったまま動かない。

 しかも、海の皮のジャケットの裂け目からは、血が流れ出てくる気配がない。


 「何か、この男は普通の人間とは違う、、」・・ぞくりと男の背中に悪寒が走った瞬間、強烈な衝撃が腹部で爆発した。

 立ち上がった海の膝蹴りが、男の腹部にたたき込まれたのだ。

 その場で崩れ落ちる男を見向きもせず、海は自分の腕にささったナイフを引き抜き、それを外灯のほうに晒して見る。

 そして満足したような笑みを浮かべると、自分の身体から引き抜いたナイフをぶらさげたまま、これらの様子を呆然と眺めている、もう一人のナイフ男に近付いていく。

 この時点で、この男は既に戦意を喪失していた。

 手に持ったナイフを白旗代わりにその場に投げ捨てると、闇の中に逃げ去っていった。


 残ったのは、サラリーマンと彼を羽交い締めにしていた男だった。

 その方向に向き直った海が近付いていくと、暫く、男はサラリーマンを自分の楯代わりにしていたのだが、その愚に気づいて、サラリーマンを海の方に突き飛ばし、その場から遁走した。


 最後に残されたサラリーマンは、公園の地面にへたりこんだまま、さも恐ろしげに海を見つめて震えていた。

 海は、このサラリーマンに声を掛けようとして辞めた。

 自分に対して怯えている男への声かけに、なんの意味もないことに気が付いた事もあったが、それ以外に、公園の周囲になにやら騒がしい気配が立ちこめ始めたからだった。

 誰かが、この騒動を目撃し、警察に通報か何かをしたのだろう。

 地面に血だらけで転がっているのは数人の男達であり、海ではなかった。

 おまけに自分が助け出した筈のサラリーマンは、海を見てすっかりおびえている。

 ここは退散するしかなかった。






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