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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第1章 日輪、月を孕む
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7: 記憶の再生

 海がマンションに引き籠もって、もう3日経っている。

「そうか、、あれは植物みたいな生き物なんだな、、。」

 海は窓辺に飾ってあるエアプランツを眺めながら、遊の残した「皮」の正体に彼なりの推理をしている。

 その「皮」は、自前の衣服を整理して縦長の空間を丸ごと一つ空にしたクローゼットに、もう一つのボンデージと一緒につるしてある。


 ボンデージの方は、ゆっくり監察できたが、姉の遺骸でもある「皮」の方は、無理だった。

 それでも「皮」に触れずに済むわけもなく、「皮」自体が中身を失ってもまるで生きた人間の皮膚のようであり、その裏側が細かい襞状の「何か」で一面が覆われている事ぐらいまでは判った。

 決して気持ちの良い見栄えではない「襞」は、「皮」の脊髄にそった縦の切れ目から覗けて見えていた。


 それは肉襦袢といった薄い平面的なものではなく、「人皮」という形状をした一つの独立した生き物のように思えた。

 煌紫は眠りに付く前に、『あれは我々が緊急待避時、別の人間になりすます必要がある時に使われる技術で、普段は実行されず褒められた行為でもない。しかしあの時は、姉を失い掛けていた君に何かをしてやりたくなって思わずあの形見を作ったのだ』と説明した。

 そして『あれはあくまで視覚上の君の思い出の為のもので、本物の遊は、私の中に格納されている』とも言った。


 つまり煌紫は、「皮」の事を、怪談話に登場するようなスピリチュアルな物ではないと言いたかったのだろう。

 海が最後にこの「皮」を触った時、姉を誘拐し辱めたと思われる人間達の顔や名前が、彼の頭の中に流れ込んできた。

 その記憶は「皮に残された残留思念」のようなオカルト的な物ではなく、「皮」に触れた時の刺激が引き金になり、海の中にいる煌紫、、と言うよりも煌紫の中に折りたたまれている遊の記憶が反応し、海と煌紫を繋ぐ回路を辿って逆流したのだろうと思われる。

 それだけ、あの「人の皮の形をした疑似植物生命体」は、それを着用する人間との親和力が強いという事なのかも知れない。

 兎に角、海はそのお陰で、煌紫を通じることなく、自分の姉を死に追いやった人間達の情報を、おぼろげながら得ることが出来たのである。


 犯人は複数名いたようだが、「皮」が引き出してくれた遊の記憶で、具体像を特定出来たのは一人だけだった。

 その男の名は、等々力寛治と言った。

 壮年の屈強そうな男だった。

 ネットで調べると素性が直ぐに判った。

 警察庁次長警視監である。

 姉の遊と、どういう関係を持っていたかは判らない。

 それにあの別荘は、等々力寛治のものではなかった。

 かなり苦労して所有者を調べ上げたのだが、別荘はおおよそ警察庁次長という世界とは関連性のない人物のものだった。


 海は、考えあぐねていた。

 TVニュース等のマスコミ報道では、真行寺真希殺害や遊の失踪などは、まったく伝えられていない。

 海が屋敷を脱出した後、犯人、つまり等々力寛治が、全ての事を上手く処理したのだろう。

 自分自身が警察権力そのものである訳だから、それ自体はわけもない作業だったに違いない。

 遊達の所属事務所に連絡を入れても、まだ遊達の失踪届は出さないという。

 もし何か別の理由で行方をくらまし、再び事務所に帰ってきたら、その間の出来事は不問にし、そのままモデル業を続けさせたいと言う。

 失踪届を出してしまえば、隠せるものもスキャンダルになってしまうと言うのだ。

 特に事務所にとって神領遊は、これから先を最も有望視される金の卵だった。


 海は真行寺真希の家族に連絡をとろうかと一度は考えたが、それは止めた。

 真実を知る海が、何一つ動きが取れないでいるのだ。

 真希の家族に連絡をしても、混乱を招くだけだろう。

 それに、これからやろうとしている事で、真行寺真希の家族をトラブルに巻き込みたくなかった。


 それは「復讐」だった。

 もちろん海にしても、彼が今まで通りの只の美大生なら、こういった性急で危険な結論に直ぐに辿り着くことはなかっただろう。

 相手は、一つの事件を闇に葬ってしまえるような警察の実力者なのだ。

 ただ海は、人間の身体を自在に操作できる虫に寄生されていた。

 そして海は、この虫が「自分が寄生する宿主の身体を守る」本能と力がある事を知っていたのだ。



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