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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第7章 神に寄生する
67/67

67: 再び


 海は波照間にアンビュランス入りを「考えておく」とは言ったが、一番の相談相手である煌紫がいなかった。

 慎也の捜索も、煌紫がいなくなった今、海には虫の気配すら掴めないのだ。

 そんなある日、海は柚木に車を返しに行く決心をした。

 何時までもマンション近くの空き地に、中古外車を止めておく訳にはいかないからだ。

 海は、再び慎也を失っている。

 同じように慎也を探し求めている柚木の顔を見るのは辛かったが、仕方がなかった。


 その日、柚木は海を飲みに誘った。

 柚木が通っている馴染みのバーだという。

 柚木とは違って、重厚な木製のドアを持つ、落ち着いたバーだった。

 二人がバーに入ったのは、開店直後だったようだ。


「俺はレイモンド・チャンドラーのある一節が好きでね。」

 カウンター席に落ち着いた柚木がそう渋く呟いたのだが、海は『似合わないなこの男』と思いながら、波照間の事を思い出した。

 波照間こそ、レイモンド・チャンドラーの世界の人物に近いのだろうが、波照間自身はそんな事をまったく自覚していないだろう。


「ボクは店を開けたばかりのバーが好きなんだ。店の中の空気がまだ綺麗で、冷たくて、何もかもピカピカに光っていて、バーテンがその晩の最初の一杯をふって、きれいなマットの上におき、折りたたんだ小さなナプキンをそえる。それをゆっくり味わう。静かなバーでの最初の静かな一杯――こんなすばらしい一杯はないぜ、、」

 そう唱えながら柚木は、最初の一杯目を、もう水のように飲み干している。


「『長いお別れ』の第4章だね?全部、憶えてるんだ。」

 海がそう反応してやると、柚木は嬉しそうに笑う。

 笑い顔は普通に愛嬌がある。

 それが出来るのなら、普通に生きれば良いのにと海は思う。

「同じく第2章に、『飲むのなら自尊心を忘れないようにして飲みたまえ』って台詞もあるけど?」

 海はそう言ってみたが、柚木には響かないようだ。

 柚木は黙々と酒を飲み続ける。


「なあハンサム君、、、この世には、酔わないと出来ない事もあるんだよ。」 

 海は柚木に、一枚の写真を見せられた。

 年季の入った黒革の手帳に挟み込んであったそれを抜き出す柚木のポーズに、海は苦笑する。

 同じように、渋めの口調で、これは慎也が「店」で働いている時の写真だと告げられた。


 そこには真行寺真希によく似た笑い顔の可愛らしい女性が柚木の側に座っていた。

 海の中で、今まで慎也と過ごした日々の中で感じた、ささやかだがけして不快ではない数々の疑問が氷解した。

 そして海は突然、遊の言葉を思い出して涙を流した。


「カイくんに友達が少ないのは、なんでも全力でやらないからだよ。だからみんな警戒するの、、本当はもっと出来るのに自分たちの前ではその姿をみせない、、きっと何か別の事を考えている奴なんだって。」

 煌紫に寄生されてから、それこそ全力で生きてきた。

 だからなのだろうか、遊が言ったように、自分を慕ってくれる慎也のような存在を得た。

 いや慎也の場合はそれとはちょっと違うかも知れないが、お互いを思い合って、一緒に死線を潜り抜けたのは確かだ。

 極夜路も仲間といえば仲間だった。

 海の頬に、冷たいものが流れ落ちた。


「畜生、、。あんた、格好良い男は、泣いてる姿までかっこいいな。慎也が惚れるわけだ。」

 柚木が海につられてか、テーブルに突っ伏して、男泣きをし始めた。

 きっと慎也の事を思い出して、堪えきれなくなったのだろう。


 海が手に持った写真を、柚木が突っ伏しているカウンターにそっと戻した時、久しぶりのアノ感覚が戻ってきた。

 煌紫が海の意識に浮かび上がって来たのだ。

『海、聞いているか!?ツグミが我々に伝言を寄越してきたぞ!』

「煌紫!煌紫じゃないか!そんな事よりお前、今まで何処に行ってたんだ?!」


『えっ?海?、、泣いてるのか?』

 煌紫は「内」側から、海の頬に光る涙を見つけた。

 海には、慎也の正体といい、忙しすぎる日だった。

 今度、海は慎也ではなく、煌紫の為に泣いている。


「泣くのは理屈じゃないんだよ!お前、大丈夫なのか?今まで、何やってたんだ!?」

『、、、済まなかった。今まで、ずっとネットワークの審問を受けていたんだ。』

「、、あのこと、ついにバレたのか、、、。」


『ああ、私は上手くやっていたつもりだが、斉彬の件で全てが露見した。斉彬はあの燃え尽きる瞬間でさえも、ネットワークに反逆を試みていたようだ。そこから逆に辿られて、後は芋づる式に、というわけだ。』

「、、で、煌紫も俺も姉貴もこれで終わりか。」


『いや。オメガ登場のせいで全ての状況が変わった。オメガに、共食いにアンビュランス、、全ては繋がっている。今や我がプシー種は臨戦態勢だ。中でもオメガだ。オメガは神なんかじない。我々、知的パラシートゥスにとっての最大の厄災だ。私の処置は、人間で言うところの執行猶予だ。代わりにオメガと闘う為の先兵になれと言われた。』

「、、これからお前達は、お前たちの神と喧嘩するのか?」

『そうだ。、、いや、オメガは神ではない。オメガは君達人間の神に寄生した超越知見の知的パラシートゥスだ。』

「、、はは、相変わらず理屈ぽいな。で?ツグミはなんて言ってきた?慎也の事は言ってたか?」


『それより先に、その男を介抱してやった方が良さそうだぞ。彼、寝ながらゲロ、吐いてる。』

 珍しく煌紫が上機嫌で言った。

 「このヘボ探偵!」

 海は慌てて、柚木の口から流れ出した吐瀉物に濡れそうになっている慎也の写真をテーブルから摘み上げた。


 その動きは神速だった。





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