63: 打ち合わせに現れた男
赤い屋根のファミリーレストランからは、大きな交差点を挟んで斜め前に聖ヨセフ教会教会がよく見えた。
その窓際の席で、海と極夜路塔子は落ち合っていた。
時刻は午後と言ってもまだ日が高く、穏やかな陽射しに満ちた街の光景は、平和そのものだった。
極夜路塔子がテーブルの上に比較的大きな紙袋を置いて、海に向けて押し出した。
「これ進呈するわ。でも中から出さないで中身を確認してね。いえ、一つは出しても問題ないかな。それにすぐ使うし」
海は言われた通りに、紙袋の口を開け中身をのぞき込んだ。
一つは、小振りの拳銃の様なもの。
もう一つは半分ネックバンドの様で、耳に掛ける部分が極端に小さいヘッドセットのようなものが見えた。
海はヘッドセットの方を、紙袋から取り出して、それを目の前で確認した。
「両方共、本社が用意したものよ。無線の方は切り替えで、会話だけじゃなく自分の周囲の音を大きく仲間に伝える事ができる。状況判断に便利だよね。映像も欲しいところだけど、まだそこまで小さくするのは無理みたいね。あと、その銃見たいに見えるのは、麻酔発射器、、、って、思い切り麻酔銃だよね。ただし、人間用じゃないわ。」
「虫に効く?」
「本社の今までの研究の成果だそうよ。でも効くかどうかは生きている実物で試した事がないから分からないそうよ。馬鹿みたいね。ああそれと、馬鹿みたいな事がもう一つ。もうすぐ捕獲部隊の責任者が此処に来るわ。前にも言ったけど、捕獲部隊の中身は津久見警備総合会社。過去、虫に関わった経験と実績がかわれたらしいわ。私としては、早く本社に自前の軍隊を作って欲しいけど。」
極夜路塔子は、今にも知的寄生虫たちとの戦争を始めそうな口調で言った。
だがそれは、もし知的寄生虫達と人間との関係が公になったり、緊張が高まれば、あながち先の話ではないような気もした。
「・・それなら、先に言っておく必要があるかな?貴方に、お願いしたい事があるんだけど。」
「何、それ?」
海は正直に、皇事件で一緒に行動を共にしていた真行寺慎也という青年が行方不明になっている事、彼が女子高校生二人組に浚われた可能性が否めない事を極夜路塔子に伝えた。
この事を、知的寄生虫捕獲の直前になって聞いた極夜路がどう判断するか、海にはまったく予測が付かなかった。
「私の任務は、今のところ虫のサンプルを取ることだけ、他には何も含まれていないわ。だから逆に言えば、その任務遂行の妨げにならない限り、私は他人がやる事を邪魔しようとは思わない。それにあなたの思いは、まっとうだと思う。でも、プランを出して。お願いだけじゃ聞けないわ。それで検討しましょう。無理なら私の協力は諦めて。」
「ありがとう、感謝します。この事は真希にも言っておきます。俺がお世話になったって」
「あの馬鹿女は関係ないわ。さあ、プランを教えて、まさか何もないなんて事はないでしょうね。」
「俺の役割が、捕獲時の貴方の戦力だって事は判っている。だから最初に、俺が単独で教会に忍び込んで、慎也を救出した後で、貴方に合図を送る。その後、俺は貴方と一緒に闘う、それじゃ駄目ですか?」
「貴方が単独行動で、その青年を助け出せるって保証は何処にあるの?その動きの中で、奴らが逃げ出したり、あるいは反撃の準備を終えるって事もあり得るわ。でしょ?論外ね。」
「じゃ、一緒に突入して、その後、俺が勝手に慎也を救出する行動に出ても良いんですね。俺は間違いなくそうする。ここを教えてくれたのは貴方だ。それには感謝してる。でも貴方が、ここを発見していなくても、いずれ俺は慎也の元に辿り着いていた筈だし、その時は、一人で行動してた筈だ。」
「、、貴方は、呆れるくらい交渉下手ね。、、いいわ。こうしましょう。教会には、同時に別ルートで入る。私達は私達のプランで、あなたはあなたのプランで。中で協力し合いましょう。その為のインカムなのよ、判る?貴方が、その青年の救出の為に時間が欲しいなら、そう仰い。私達は出来る限りの事をする。出来る限りの事をね。貴方は、貴方で、私達が奴らの確保に動き出している事を常に頭にいれて行動して。もしやれるなら、側面的に私達が有利に動けるような工夫をしてちょうだい、抜け駆けは駄目よ。いい?現実的に考えて、このケースでは、貴方だけが成功して、私達だけが失敗するという確率は極めて低いと思う。判った?」
「ふう。さすが刑事さんだ。」
「間違ってる、元、刑事よ。そう、それも忘れないで。イザとなったら私は貴方を簡単に切る。そうならないようにお互いベストを尽くしましょう。」
二人の話の大筋が合意して、細かなケースバイケースを検討してる間に、極夜路が言う「馬鹿みたいな事」がやって来た。
津久見警備総合会社がアンビュランスに派遣した精鋭チームの現場責任者だ。
その人物は、海が津久見警備総合会社の名前を聞いた時にまさかと思い顔を出した男、猪飼統九郎だった。
猪飼統九郎も、海の顔を見て驚いたようだった。
「ほう!噂には聞いていたが、真希ちゃんとそっくりだな!男にしとくのは勿体ない。」
「猪飼さん。口を謹んで頂戴。貴方は今、私の部下なのよ、それを忘れないで。彼は私の協力者なの、それを弁えてね。」
猪飼は、肩をすくめてテーブルについた。
「よろしく、神領海です。いとこの黛真希が大変お世話になりました。」
海は握手の為の手を差し出し、猪飼はその手をしっかり握った。
「ふーむ、どう見ても男の手だ。真希ちゃんのとは違う。」
もちろん猪飼は過去に黛真希の手を握ったことは一度もない。
猪飼のフェイントだった。
今までの人間達との接触で、海と真希の関係がばれたことはない。
皆、最初はもしかして同一人物ではと疑問に感じるのだが、結局、よく似ているが「よく似たいとこ同士の男と女」で納得する。
それがどうも、この猪飼には、その「納得」が起こらないようだ。
「猪飼さんは、僕が真希の方が良かったみたいですね?」
海が爽やかに言ってみせる。
猪飼が何かを思いついたように口の端を吊り上げ、喋り出そうとした時、「貴方たち、此処に何しに来てるの?」と極夜路が言った。
香川杏子の女王ぶりとは、比べものにならないが、それでも極夜路には、この年代の女性には絶対にない迫力があった。
「もうすぐ礼拝の時間が終わる。サンプル採取はその直後に実行します。もうあまり時間がないわ。今からあの教会の内部見取り図をスマホに送るから、二人ともそれをよく見て。」
「実行?ぇえ?そんなの聞いてませんよ。確かに部下は連れてはきたが、今回は下見だと、、。」
「貴方の親会社では、要員にフル装備させて下見させるの?」
「、、へいへい、玉兎チームの無駄遣いにならなきゃいいんですけどね。」
猪飼は、まだ減らず口を叩いている。
香川の下についていた頃とは、まるで違う。
そして、どうやら、この作戦はぶっつけ本番らしい。
猪飼は不満そうだったが、海は正解だと思った。
知的寄生虫相手に、綿密な計画など立てようがないのだ。
ファイ種と二度闘っている極夜路塔子には、それがよく判っているようだった。




