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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第7章 神に寄生する
62/67

62: 噤、雷雲


 香美組事務所は惨憺たる有様だった。

 彼らも拳銃を持ち出せば、なんとか荒れ狂う海に対抗できたかも知れなかったが、海のことをヘボ探偵が連れてきた只の優男と侮ったところから、事を始めたのが行けなかったのだ。


「何だよ、お前、、ここまでやる必要があるのか?それにお前を此処に連れて来たオレの立場は、どうなるんだよ。」

 事務所の床にへたり込みながら柚木が情けない声を出した。


「知るかそんな事。今まで通り適当にでっち上げてすり抜けるんだな。あんた、そうやって生きて来たんだろう。」

 海も、此処に来るまでもなく、香美組が慎也の失踪とは関係がないだろうと予測していたのだ。

 それが現場にいた全ての人間を、叩きのめす所まで行っている。

 香美組の対応にしても、ただ普通のヤクザ者としての反応をしただけで、ここまで海がエスカレートするような振る舞いではなかった。

 要は、海の八つ当たりだった。

 姉の窮地は救えながったが、それでも姉には会えている。

 今は、慎也の陥っている状況は予測できるのに、慎也には全く手が届かない、その苛立ちだった。


 柚木の目が、床に倒れていた一人の男が自分の腰にゆっくり手を伸ばすのを捉えた。

 半分めくれあがったダブルのスーツの背中から拳銃の銃把が見える。

 彼らも、とうとうその気になったようだ。


 腰が抜けている筈の柚木が、一気に立ち上がって、その場を逃げだそうとする。

 だが海の方が早かった。

 気付きも動きもだ。

 海が、男の動きを踵の蹴り落としで制し、次にその膝で男の身体を固定した。

 そして流れるように、男が拳銃を握った手ごとを握り上げ、その腕を逆関節にねじり上げた。

 骨が外れる鈍い音と、男の気絶前の絶叫が響いた。

 その声に刺激されたのか、今度は海の足元に転がっていたヤクザ者が息を吹き返し、海がその男を蹴りつけようとした時、海のスマホが鳴った。


「ち、おとなしく寝てろ。」

 海は先ほど奪い取った拳銃を、その男の頭部に投げつける。

 ゴウンと音がして、男は頭から血を出しながら再び気絶した。


「あの二人の居場所のアタリがついたわよ。」

 極夜路塔子からだった。


「何処だ?直ぐ教えてくれ」

 海が柚木の手前、口元に手を当てて小声で聞き返す。

「教えてもいいけど、その前に作戦を練らなくちゃ、今度取り逃がしたら、また手間取るわよ。」

 もっともだったが、慎也が拉致されている可能性がある海には、それがもどかしく感じられた。

 それに協力と言っても、海達とアンビュランスの目的は、「共食いの阻止」と「サンプル収集」、似ているようで違うのだ。


『焦るな。ここは我慢して彼女から情報を聞き出すんだ。』

 煌紫が突然浮かび上がってきて海にアドバイスを送った。

 煌紫は煌紫で海の精神状態を心配していたようだった。


「判った。こっちは車で移動出来る。いつでも良い。落ち合い場所を奴らの潜伏先の近くにしよう。打ち合わせはそこですればいい。潜伏先の周囲の地形的な情況も確認しながらの方がいいだろう? 」

「了解、それで行くわ。5分後に又、連絡する。こっちは本社に連絡を入れて指示を仰いでおく。」


 極夜路塔子の単独采配ではないのか?厄介だなと思ったが、考えてみれば、それは当たり前の事だった。

 一刑事が、勤務外で自分の思いを遂げようとしていた昔とは違うのだ。

 そして厄介な存在が、此処にもう一人いた。

 柚木だった。

 この会話も柚木はさっきから聞き耳を立てて聞いている。

 絵に描いたように臆病なのに、何事にも抜け目がない。


「あんたさ、さっき、こいつらへの申し開きが難しいとか言ってたよな?俺が今からあんたのアリバイを作ってやるよ。」

 柚木はカンが鋭い。

 海がこれから自分にしようとする事が判ったようで、その場から逃げだそうとした。

 もちろん、普通の人間が海から逃げられるわけがない。

 海は、外傷は派手に見えるが、ダメージはそれ程でもない顔面への打撃で、柚木を昏倒させた。

 そして柚木のポケットから、彼の車のキーを抜き出した。


 ・・・・・・・・・


 映画のワイドスクリーンのような外車のフロントグラス上部一杯に、雷雲が広がっている。

 海には、雷に対する一般的な恐怖心があまりない。

 故郷の空には雷雲がよく発生したし、少年の海はその度に、立ち上がる黒雲の中で光輝き周りを一瞬明るく照らす雷を魅入られたように観察していた。

 特に夜半、実家の間近で、発生する雷雲の中でスパークする光に照らし出された変幻する雲や雷の形が好きだった。

 圧倒的な力。

 見ていると確かに不安を感じるのだが、それは単純な恐怖からではなく、何か超自然的な存在の「怒り」を感じさせたからだ。

 そして今も、その雷が青白く周囲の分厚い雲の肌を照らしながら、地上に落ちていた。

 海は暫く、運転をしながら、その雷の姿に見惚れていた。


 そして、まだ音を出さない雷の代わりに音を出してやったというように、スマホの着信音がした。

 海は外車の馬鹿でかく細いハンドルに片手をかけながら、スマホに耳を傾けた。

 極夜路塔子からだった。


「色々聞いて回ってみて、久世ナオミのナオミがクリスチャンネームの残骸だって事に気づかされた時には驚いたわ。でもそれで、もしやと思ったのよ。それにある一人の女の子が、もしかしてそのツグミって人、パトロンとかそういうのじゃないんじゃないかって言ってたのよ。だったら、なんだと思うって聞いたら、それは分かんないけどナオミは誤解されやすい人間だから、勝手に不純異性行為コースで、周りにでっち上げられてるだけじゃないかと言ってたわ。で、ツグミって人物の名前と関係してる教会を片っ端から洗っていたの。いたわ、三宅の聖ヨセフ教会に噤って名前の神父さんがね。キンはつぐむって意味よ。これってスゴイ偶然って思わない?」

「それで聖ヨセフ教会を突き止めたんですか、、?」


「たぶん、彼女たちはその教会に身を寄せている筈だわ。警察だとこんな推定レベルじゃ動けないけど、私の調査会社じゃ逆ね。これで直ぐに動けなきゃ、意味ないわ。」

「上は、なんと言ってました?」

「正式な専門チームじゃないけど、虫用の捕獲部隊を用意したから、それに合流しろって。指揮は私が任されたわ。その捕獲部隊って知ってる?本社がそれ用に契約した警備会社って、あの馬鹿女が所属してた津久見警備総合会社よ。少しでも虫に詳しい方が良い、って判断らしいわ。」


 ややこしい事が幾つも折り重なっている。

 そして奴らは一体、慎也を、どう使うつもりなんだ。

 慎也を、盾として有効に使えるのは、海に対してだけだ。

 ならば海ではなく、捕獲部隊が突入する方が、慎也を救出出来る可能性が高いのではないか?

 いやそもそも、慎也の拉致は、対神領海用の人質とは限っていないのではないか?

 ・・まさか奴ら、慎也に虫を寄生させて、俺と戦わせるなんて事を考えているのか?

 あの二人は、海の本当の正体を理解できていないだろうが、ツグミという人物の存在が気になった。

 彼女たちは、力押しだけでなく撤退もしてみせた。

 煌紫もあれはファイ種のやる事ではないと言って、何かを考え込んでいた。

 ・・ツグミだ!

 ツグミを司令塔にして、奴らは組織的な動きをしているのかも知れない。

 それなら戦力アップの為に、奴らは慎也に適合するファイ種の仲間を見つけてくるくらいの事をやる可能性もある。


『そうだ。海、彼らは間違いなく進化しているぞ。ツグミがキーマンだ。今までのような訳には行かない。』

「どうすればいいんだ?俺は慎也を失いたくない。」

『思い切って極夜路塔子に、慎也君が捕まっている可能性がある事を話してみろ。今の彼女なら逆に協力してくれるかも知れないぞ。』

 人間外の生命体が、人間を信用しろと言った事に、海は衝撃を感じた。

 そして海は思わず、その「不思議」に、深く感謝した。






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