57: 煌紫の推理
ファイが飛び去った丘からマンションに戻った海は、部屋に放り出していた竜と虎のヘルメットを、人皮スーツや赤と黒のボンデージが仕舞ってあるクローゼットに戻した。
最後にこの扉には、自分で後付した隠し錠をかけるつもりだった。
出来れば、これらはもう使いたくない。
「煌紫、いるか?」
『どうした、海?』
「今日の波照間との話の事だよ」
『ああ、海がその話を録音するって言っていたからね、気になって最初から興味深く聞いていたよ。』
「波照間の言った極夜路塔子の就職先の話、ほんと、どう思う?」
『信憑性はあるだろうな。我々プシーが構築する警察内のネットワークもそれらしい情報を掴んでる。今日の波照間の話で、それが具体的に繋がった。その組織のコードネームはCall 119、あるいは単にアンビュランスと呼ばれているらしい。皮肉なネーミングセンスだな。』
「昼間の続きになるけど、そのアンビュランスってのは、今ある警察より上位の対寄生虫組織と考えていいのか?」
『先にも言っただろう、私はそうは思っていない。今の所、非公式の半官半民の組織だろう。、、社会で権力を握っている誰かが、我々の存在を知った。人間は貪欲な生き物だ。我々の力を欲しがる、、その為の組織の立ち上げなら納得する。なにせ我々は人間にすれば、只の頭の良い寄生虫にしか過ぎない。』
海は義理の弟の死を又、考えた。
あの時、自分は、煌紫の力を強烈に望んだ。
知的パラシートゥス達は、人間の身体について知り尽くし関与の仕方も知っている。
彼らの能力を搾取すれば、人間が克服出来なかった多くの病を克服し、それ以上のものも手に入れられるだろう。
それが分かったら人間はトコトンやる。
慈善的な展開には、決してならない。
海は自分が人間だから、それが充分理解できた。
海はクローゼットの扉を閉める前に、もう一度、中の物を見た。
それらは姉・遊の死から端を発し、海の元に集まってきたものばかりだ。
海は姉の皮膚を身につけ、香山杏子から送られたボンデージを着込んで、頭部に龍のヘルメットを被った自分の姿を想像してみた。
それは、もはや人間ではなく、何か得体の知れない怪物だった。
「それともう一つ、あの女子高校生たちの事だ。俺は彼女達は皇と接触してると思うんだが、煌紫はどう思う?波照間が言ってた毛色の変わった人間って言葉が気になってるんだ。こういう犯罪がらみの話で、刑事が、毛色の変わった人間って表現する対象に、女子高生はぴったりなんじゃないか?」
『難しいところだな。今日の話でも、波照間刑事が直接、皇事件の担当だった訳じゃないのは判ってる。つまり又聞きだ。ファイ種がその程度で、彼の命を狙うか?だが、こうも考えられる。普通の刑事なら、我々、知的パラシートゥスの事など知りもしないだろうし、興味もないはずだ。女子高校生の事なんか大した問題にはしないだろう。その点、波照間刑事は、遅かれ早かれ、そこらあたりを嗅ぎ回る。嗅ぎ回れては困るから、先に殺そうとした。そういう推理は、あり得ると言えば、あり得る。だが今日、彼らと対峙してみて思ったんだが、彼らは確かに進化はしているが、そこまで物事を深く見据えて行動するようなタイプには思えないんだよ。』
煌紫の同属に対する感知能力は、警察犬が見せるような単純なものではない。
自らをネットワーク的存在と規定するだけあって、それはテレパシーに近い感覚なのだ。
その煌紫が、今日の女子高校生二人の姿をしたファイ種にそういった判断を下している限りは、海の推理以上の何かが、まだそこにあるのだろうと思った。
「うーん、煌紫らしくなく、煮え切らないな。でも皇と彼女たちが関係してないなら、なんで彼女たちは、波照間をおそうんだ?俺達の知らない別件でってことか?でも波照間は、今のところ只の悪徳刑事だぜ。煌紫の言うとおり、ハイエナの標的にされる程とは思えないんだが。」
『、、まあいいじゃないか、あのファイ種を追っていけば、いずれそこの所も明るみにでる。とにかくあのファイ種は講堂にいた。私には、それで充分だ。彼らを追おう。そして共食いの連鎖を絶つんだ。』
丘の上の公園から取り逃がした女子高生二人を追うためには、煌紫の視覚記憶が役に立った。
煌紫のビデオ映像並の精度を持つ記憶から判った二人の制服で、彼女らが通う高校が割り出せたからだ。
更に、彼女たちの在住が他府県ではなかった事、二人が着ていた「バブル時代を生き残ったDCブランド系譜の制服」という特異性と、煌紫のネットワークの効き目が幸いした。
ただしファイ種が今も女子高校生として普通の生活を偽装しているのか、そうでないのかまでは解らなかった。
それによって、今後の展開はずいぶん変わってくる。
海たちの目的は「共食い」の連鎖を止める事にあるから、少しでもその可能性のある芽は摘んでおかなければならかった。
だが相手が普通に人間としての生活を偽装している限り、人間社会から見れば、海たちの行為は、殺人行為に他ならないのだ。
彼女達が、地下に潜るような生活をしている方が対処はしやすかった。
海たちは今、女子高生・白、つまり後藤田美雨の自宅が監視できる公園にいる。
もちろん普通の人間の視力では、幾重にも折り重なった建物群の隙間から見えるその瀟洒な一戸建ての玄関は確認できないだろう。
つまり誰も海が後藤田家を監視しているとは思わない。
周囲からは怪しまれる事なく監視が出来るのだ。
それでも海はこの監視場所に不自由を感じていた。
「もう少し、あの家の近くに行かないか?ここからだと、周りの建物が邪魔をして玄関付近しか見えない。」
『それは無理だな、この公園のベンチにしたって、平日の夕刻時に君のような若い男がじっとしてるような場所じゃないんだぞ。』
「だったな、、、車もここらの高級自由街では、路上に止めてるだけで怪しまれるんだからな、、。なら直接、会ったらどうだ?俺なら同級生は無理でも、卒業生くらいは名乗れるぜ。訪問の理由は、なんとかでっち上げるさ。」
『だめだ、今回も最終的にはファイを処理することになる可能性が大きいんだ、つまり君は、人間界では殺人を犯す事になる。そこら中に、君の犯罪者としての証拠を残して回りたいのかね?何時も何時も、警察が事件を隠蔽して回るとは限らないんだよ。』
海は自分が忘れていた、いや忘れようとしていた事を、煌紫に思い出さされて苦い思いになった。
殺人知的パラシートゥスを狩っていても、その行為自体は、殺人なのだ。
姉の仇と思って手を掛けた等々力寛治の事を思い出してさえ、未だに気が重いのだ。
いっそ皇の時のように、反撃されれば食うか食われるかの割り切りが出来るのだが、、、。
そう海が思った時、後藤田家の玄関先に一人の女性が訪れるのが見えた。
「極夜路塔子だ!」
『行こう!彼女はきっと何かを掴んで出てくる。それを彼女から聞き出すんだ!』
「しかし、、」
『前とは、情況が違うんだ。彼女は、もう警察の人間じゃない。彼女はアンビュランスのメンバーなんだぞ。』




