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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第7章 神に寄生する
56/67

56: 進化するファイ


 街はいつもの様な賑わいを見せている。

 海は空を見上げる、晴れていた。

 道行く人々も平穏な顔をしている。

 海は、少しだけ救われたような気持ちになった。


 喫茶店から、駅前にある広場公園の方へ歩き始めると、先ほど別れた波照間の姿が遠くに見えた。

 公園のベンチ近くで、一人の男となにやら話し込んでいるようだった。

 この距離なら、まだ波照間は自分の事を気付いていないだろうと海は思った。

 海の視力だから波照間が捉えられるのであって、波照間からは海は見えない筈だ。

 海は進む方向を変えようとした。

 もうこれ以上、波照間とは関わりたくなかったからだ。


『海!奴だ!奴がいる!』

「奴って?」

『講演会会場の電源を落として逃げたファイ種だ!』 

 どういう事だ!偶然か?

 確かにここは、この都市の中でも乗降者数の多い駅前だ。

 偶然は、あり得ないことではないが、此処には自分と波照間がいる。

 それと何か関係があるのか?

 海は、先ほどの会話の中で波照間が口にした警察が捜し当てたという「毛色の変わった人間」の事を瞬間的に思いだした。


「どこだ?どこにいる?」

『まだ判らない。気配だけしか判らない。ただファイ種は、誰かを注視してるようだ。』

「って事は、その相手は俺達じゃないんだな、、やっぱり、波照間だ!」

 海は周囲に目立たぬギリギリの早足で、先ほど背を向けた波照間がいる方向に進み始めた。


『海は、ファイ種があの刑事を狙っていると思っているのか?』

「波照間はどうやら、相当色々な事を知ってるみたいだ。講堂から逃げたハイエナが、既に皇にコンタクトを取り始めていたって筋書きはどうだ?そしてその事を、波照間が嗅ぎつけていたとしたら?それはハイエナの関心を強く引くことにならないか?」

『、、確かに、あの刑事が、そうともとれる話をしていた事は確かだが。』

「色々な背景を知っている波照間の自分への追跡を断ち切る。あるいは、逆に波照間を監視することによって様々な情報を得る。ハイエナが波照間をつけ回す動機はずいぶんありそうだぜ。」


 最初、見つけた時の波照間との距離は随分、詰まっていた。

 海は波照間の周辺を見渡す。

 これといった人間はいない。

 もちろん、寄生されていても共食いで壊れかけた比留間が見せたような変調がなければ、普通の人間とファイ種が宿った人間の見分けは、煌紫以外には誰も付けられない。


「どうだ?少しは近くなったぞ」

『判らない。波動は感じるんだが、、、逃げ出したファイ種は、そういった己を隠す訓練をしたのかも知れない。比留間や皇の末路を知っているなら、波動を隠す術を覚えようとしても不思議ではないな、、。我々のことを知っているかどうかは別にして、自分たちが今までのような透明の存在じゃないという自覚はあるだろう。』


 海はもう一度、波照間の周辺を注意深く眺めた。

 波照間に近寄ってくるのは、学校帰りの女子高生二人組だけだ。

 色の白いいかにもお嬢様風といった長身の女子高生と、日焼けして髪の毛を栗色に染めたヤンキーぽい女子高生、まるで漫画に登場するような組み合わせだったが、意識してそういう事を演出して楽しむ若者がいてもおかしくない、今はそういう世の中だった。

 二人とも芸能スカウトが声を掛けそうな容姿をしていたらから、尚更、そういった見栄えを考えていたのかも知れない。

 二人は仲良く途切れる事なく、時折、笑い声を上げながら喋り続けている。

 そう言えば、丁度、今は定期試験の頃で、学生は早帰りが出来るなと、奇妙に場違いな事を海は思った。


『判った!彼女達だ!』

「えっ?相手は二人だぞ!?」

 海の顔は青ざめた。

 そうなのだ。

 あの講演会会場から逃げ出したのは、一人とは限っていない。

 何故か自分は、一人だと勝手に思いこんでいたのだ。

 よしんばあの時、一人であったもしても、ハイエナは通常数人で行動する、あとでパートナーを見つける事だって充分あり得るのだ。


 海は走った。

 今度は全速だ。

 しかし女子高生二人組も、突然走り出した。

 もちろん、その先には波照間達がいる。

 波照間は血相を変えて、物凄いスピードで駆け寄ってくる男の気配に気づいて、話し相手からその顔を男の方に向けた。

 海は、後ろを振り向けと、波照間に手振りで示してやるのだが、海の移動スピードが速すぎて、波照間にはその意味が判らないようだ。


 女子高生達がどんどん波照間達との距離を詰めている。

 そのスピードは海と互角だ。

 だが、元の波照間との距離が違った。

 女子高生達の方が、かなり波照間に近い。


 波照間が、自分に突進して来る男が海だという事に気付いて、怪訝な表情をその顔に浮かべた瞬間、色白の女子高校生が彼に飛びかかった。

 当然、人間が見せる跳躍ではない。

 日焼けした女子高生は、波照間の話相手の方に襲いかかっている。

 見事なコンビネーションだった。

 数秒の事だったが、ようやく海が波照間の側に辿り着いた時には、二人の男達は喉を噛み千切られようとしていた。

 もし彼らが、なんの訓練も受けていない一般人であったなら、即死だったろう。

 海は、波照間に組み付いている女子高生を蹴り飛ばそうとした。

 引きはがすなどといった悠長な事はしていられない。

 もう一人の男は、喉を噛まれて瀕死の重傷を負いつつある。


 海のキックからは、誰も逃げられない筈だった。

 しかしこの女子高生は、何を察知したのか、直ぐに波照間の身体から飛び退き、海の攻撃をかわした。

 驚くべき事に、もう一人の女子高生も、即座に獲物を口から離し立ち上がった。

 女子高生二人は、一瞬お互いの顔を見合わすと直ぐに駆けだし始めた。 


『海!追え!』

「駄目だ!この二人を助けるのが先だ!」

『ここは公園のど真ん中だぞ!君がやらなくても誰かがやる!あの二人は君しか追えない、追うんだ!』

 海が、一度は波照間に屈み込もうとした顔を再び上げて、猛然と走り出した。


 もしここが草原なら、海は直ぐに女子高生二人に引き離されていただろう。

 走力が互角なら、先に逃げた方が、逃げ切れる。

 だがここは大都会だった。

 目の前には色々な障害物が現れる。

 道行く人、交差点、車、信号、思わぬ曲がり角、そういった物への対応時間の差が出てくる。


 先を行く女子高生二人は走力に自信があるのか、あるいは怖いものしらずなのか、歩行者信号の赤にもお構いなく交差点に突っ込んで行く。

 車は通常ではないスピードで目の前を横切っていく女子高生に、ブレーキも踏めずぶつかりそうになるが、二人はそれを辛うじて避けていく。

 そして今度は未だ止まらぬ車のボンネットの上を、海がジャンプボード代わりにして駆け抜けていく、そんな追跡劇だった。

 一度ならず、海が交差歩道橋の上から、斜め下の幹線道路に走りながら飛び降りるという場面もあった。

 そうやって海は、女子高生二人との距離を縮めつつあった。


 いつの間にか彼らは、都市の中心部近くにある小高い丘に登り詰めていた。

 海が彼女たちをこの丘に追い込んだのか、彼女たちが海をこの丘に誘い込んだのか、それは判らなかった。

 街が眼下に広がる展望台の柵を背後にして、とうとう二人の女子高校生は、その動きを止めた。

 海はただ、彼女達を睨み付けている。

 かける言葉など何もなかった。

 ここで、共食いの連鎖の可能性を断ち切る、その思いだけだった。


『やれるか?相手は二人だぞ。』

「ああ、やってやるさ。たとえ返り討ちにあっても、俺はお前の宿題から逃げられる。俺は宿題が嫌いなんだよ。」

『また、海の自殺願望か、、それは克服したんじゃなかったのか?』

「うるさい!いくぜ!死なば、もろともだ。俺も煌紫も、姉さんもな!」

 海が脚にバネを入れようと腰を落とした瞬間に、目の前の女子高生二人の上半身が倍に膨れ上がった。

 見るとその背中から、メリメリと羽根をむしり終えた手羽先のような物が制服を破って突き出して来た。

 二人の女子高生は海に顔を突き出し、歯をむき出しにして猫のように威嚇を始める。


「なんの真似だ!」

 海が地面を蹴る。

 海が飛び上がり、落ちるスピードに乗せて、その足先を女子高生の顔面に蹴り入れる。

 だが、そこに女子高生の身体はなかった。

 彼女たちは、背後の崖に向かって飛び出したのだ。

 身体を入れ替える形になった海は、辛うじて崖からの墜落を免れ、展望台の縁に留まった。


 二人は身体を大の字に開いて落ちている。

 背中の羽根がドンドン大きくなっていく。

 落下が途中で止まった。

 止まる所か、今度は上昇気流に乗って浮上し始めた。

 二人の女子高生の背中には大きな羽根が既に生えそろっていた。

 彼女たちは、眼下に広がる街の方向に飛び去って行き、やがてその姿が見えなくなった。


『人の身体に羽根を付けても鳥のように飛び続けられはしないよ。グライダーに毛が生えた程度の飛翔力だ。それでも、ここから逃げるのには充分だがね。しかし、ああいう細工をするには、飛翔する為の遺伝子を身体に取り込む必要がある。あのファイ種はそれをやった。それに、敢えて奴らは此処での決着を付けようとしなかった。ファイ種にしては珍しい、、。後先を考えているんだ。皇もそうだったがね。奴らも、又、ここに来て心身共に急激な進歩を遂げつつあるという事なのだろう、、。』

「その進化の原動力が、共食いなのか?」

『そうだろうな。』

「やってられないな、、。」

 海は羽根の生えたファイ種が飛び去った都会の上空を見つめて、深いため息をついた。








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