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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第7章 神に寄生する
55/67

55: 新しい組織の誕生


「間近で見ると、やっぱりあんた、あのお嬢ちゃんによく似てるな。」

 波照間は、しみじみと自分の目の前に座っている海の顔を見ていた。

 しかしその視線の半分以上は、職業眼での観察だった。


「親戚なんだから似てて当たり前だ。だがあまり言って欲しくないね。真希はそれを気にしてる。それにあんた、そんな事を言うために俺に会ってるのか?」

「そうだな、で今日はいくら用意してきてくれた?」

 海は紙袋に入れた100万の札束を、喫茶店のテーブルの上に置いた。


「これはこれは、前とまったく同じだな。親戚だとやる事まで似るのか?まさか金額は自己申告制だとか言うんじゃないだろうな?」

「そうだ。」

「ふっ、乗ってやるよ、その遊び。あのお嬢ちゃんみたいに、手を叩き切るなんて脅しをいれないぶんだけ、あんたの方がましみたいだしな。」


「なら始めてくれ。」

「まずは皇の件だ。警察が皇屋敷に調べに入った時、屋敷には二つの死体、、、いや一体は死体とも呼べないようなものだったが、死体があった。一人は若い妊婦だ。こちらの死因は一目でわかった。腹部への銃撃だ。もう一人の方は判らない。遺体は引き取られて科研が調べた。バラバラになったボロ切れみたいな死体は遺留品から皇であることが判った。女性の名前は、、」

「女の名前は聞きたくない。」

 今更、聞いてどうなる。

 聞けば、自分の中のハイエナ族に対するドス黒い怒りが深まるだけだと、海は思った。


「なら良かった。俺も言うつもりはなかったからな。」

「で、それからどうした?」

「それで終わりだ。」

「巫山戯てるのか?」

「いやそれで終わってしまったって事だ。DNA鑑定も含めて色々な事実が判ってきて、それらが上に報告されて行き、さあこれからって時に、捜査が突然止まった。遺体の管理も違う場所に移った。」


「違う場所?そんなものがあるのか?大学の研究室とかそんな所なのか?」

「研究室だって?、、あんたが何故そう思うのかを、今問うのはよそう。それは、この取引とは直接関係ないからな。そう。違う場所とは、大学の研究室にとてもよく似たものだ。もちろん似てるだけで大学の研究室なんかじゃない。」

 持って回った言い方だった。


「その時は、それなりのざわついた雰囲気が現場にはあったらしい。特に女性死体の解剖が始まって、その身体の異常な点が次々と見つかっていて、これは単なる殺人事件ではないのではないかと考えられはじめた頃に、急な召し上げがあったからな。これは皇の死体でも同じだったらしいぞ。死体が俺たちの手元にあった最後辺りで皇の死体につけられた渾名は、ゾンビのボロ雑巾だ。それに皇には、人間の身体に普通にある筈の内臓の類が無かった。回収されていなかったんじゃなくて、元からなかったんだ。その代わりに得体の知れないものがボロ雑巾の中に一杯混じっていた。さあここまでで、20万ほど貰ういいな。」

「、、判った、いいだろう。」


「その他、他にはまったく漏れていない情報も沢山ある。例えば皇屋敷を襲った襲撃者の情報だ。これは、この事件より少し前に起こった別の事件の捜査の中からつながった。濱舞久市には管公明っていう穀潰しの爺さんがいてな、やってる事がえげつないんでコイツが入り浸ってる闇の泥棒市に摘発が入った時に、思い切ってこの爺さんを締め上げる事にしたそうだ。その際にこの爺さん、逆ギレして自分はこの前襲撃されて死にそうになったのに警察は何もしなかったとか、有力者に手をまわしてお前らを干してやるとか息巻いたらしい。で実際、裏から圧力が掛かって、爺さんは解放され、それどこかお詫び代わりって事で、その襲撃事件まで警察がわざわざ調べるハメになったらしい。お笑いだが、警察の実態ってのはそんなもんなんだよ。」

 波照間はここで言葉を切って煙草を吸い付けた。

「だから俺は警察に見切りを付けてこんなにやさぐれたとでも言いたそうだが、そんな事はどうでもいい。続きだ。」

 波照間が苦笑する。


「襲撃騒動の捜査は簡単だった。現場から逃げ去るBMBとかナンバーとか、おおよそ襲撃した奴らは腕は立つが、ど素人だ。で、どんどん調べていくと面白い事に、こいつらが皇に繋がった。だが面白かったのはそこまでだ。皇に繋がった途端に、死体回収とは別のルートからシャットダウンを喰らった。こっちの理由は単純だ。仮面ライダーゲームだよ。あれは死んだ等々力でさえ手を焼いた代物だ、あんた判るよな?さあここで区切って20万。いいな。残りは一つで60万、全部で、その一袋だ。」


「それでもいいが、その前に答えてくれ。今話してくれた全ての件は、あんたが真希に話した仮面ライダーゲームと、全部地続きだと思っているのか。あんたの考えを聞かせてくれ。」

「思ってるよ。まったく、まったく丸ごとそうだ。上からストップが掛かるまでに、捜査陣が全力で調べたところによると、仮面ライダーゲームに関わった人間の一端が少し判ったそうだ。ほんの一端だ。皇は恐ろしい記憶力の持ち主で、ゲームに関する情報を全て自分の頭で記憶管理していたらしいが、それでもこの世の中だ。いくら頑張っても、何処かに足跡くらいは残るって事だな。それと、その爺さんへの襲撃前後に、用心深い皇にしては、その動きがやけに荒くなって、色々と毛色の変わった人間とも接触をとってたみたいだな。」


 毛色の変わった人間?に海は引っかかった。

 波照間は襲撃者を海達と断定しているようだから、毛色の変わった人間は海達の事ではない。

 もちろん、仮面ライダーゲームの参加者は、セレブ層である事を彼は元から知っているから、それも「毛色の変わった人間」から除外される。

 では「毛色のカワッタ人間」とは一体誰の事だ?


「じゃ、最後に行こう。今度は警察内部の人事の話だ。」

 波照間は煙草を自前の灰皿に擦り込むようにねじ入れて蓋を閉めた。

 しかし元からここは禁煙の店だ。


「極夜路塔子っていう腕のいい女刑事が退職した。そう、あんたの親戚のお嬢ちゃんが身を挺して守ってやった女刑事だよ。刑事のくせに民間のボディーガードに助けられたのを恥じて警察を止めた。って話になってるが、彼女はそんなタマじゃない。彼女がやってきた事を他の並の刑事がやってたら三日も持ってないだろう。なんせ腕が立つ上に、極夜路塔子には執念があったからな。あんた日本平悠木って知ってるよな。彼女、その日本平悠木の姪だ。小さい頃、随分可愛がって貰っていたようだ。彼女、あんたの所にも行ったんじゃないのか?」

「よく知っているな、その通りだ。彼女は俺が日本平悠木を殺したと疑っていたようだ。お笑いだよ。でそれが60万のネタなのか?今度は無理だな。俺はお前の手をぶった切る獲物はないが、ここに今の会話を録音してるICレコーダーがある。」

 海は胸ポケットの薄い膨らみをなぞって見せた。


「そんなの端らから判ってるよ。さあホントに最後だ。もっと色々情報があるが、それらは些末な事だ。警察を辞めた極夜路塔子は、再就職をした。その就職先が、皇や妊婦の死体を警察から取り上げた大学の研究所みたいな所なんだよ。正式名称は故あって教えられない。実を言うと、この俺もそこからリクルートがかかってる。これ、あんたに取っちゃ、でかい話だろ?これで全部だ。60万だ。いいな。」

 波照間はそう言うと席をたった。

 紙袋には手を付けない。


「持って行かないのか?」

「それは俺のだ。だがその金はあんたにやるよ。挨拶代わりだ。あんたにゃ、これから色々お世話になりそうだからな。色々な。」

 波照間は店から出て行った。

 少しだけ左脚を引きずるように歩く、その後ろ姿の背中は広かった。



「煌紫、俺と波照間との話、聞いていたか?」

『ああ、海がその話を録音するって言っていたから気になって聞いていた。』


「極夜路塔子の就職先の話、どう思う?」

『信憑性は、あるだろうな。私の警察内のネットワークもそれらしい情報を掴んでる。』

「その組織は、今ある警察より上位の対寄生虫組織と考えていいのか?」

『私は、そうは思っていない。単純に、人間の世界から我々を排除する為だけに作られた組織ではないだろうと思う。確かに我々は、人間界の重要人物の多くに潜り込んでいるから、パニックを引き起こすような荒療治は出来ないだろうが、かといってあの刑事が言ったような、殊更に隠密を必要とする秘密組織を作る必要もない筈だ。なにせ我々は、人間にすれば、只の寄生虫にしか過ぎないのだから、。人間は、我々用の虫下しを開発して、それを該当者に与えれば良い。何人かは、それを受け付けないだろうが、何人かは成功する。その組織は人道団体ではないのだから、大儀の元に、それくらいの割り切った行動は可能だろう。死に至る伝染病においては、それを克服するまでは確実に何人かは死ぬんだからね。なら組織は、大きく公明で強靱な方が良い。』


「確かに、波照間にリクルートをかけてる組織にはそんな感じがないな、、。」

『人間の何人かが、我々の存在を知ったのは確かだろう。だが人間は貪欲な生き物だ。我々を知れば知る程、我々の力を欲しがる、、その為の組織の立ち上げなら納得するよ。我々を全滅させるかどうかは、それらを手に入れてからの次の判断なのだろうな。』


 海は神領一太郎の事を思い出した。

 知的パラシートゥスの力を使えば「不治の病」も、なんなく治せる。

 ただし知的寄生虫からもぎ取った力が、波照間の言う組織によって公正に使われる保証は何処にもないし、その前に、知的寄生虫達の生存権は奪われるだろう。

 非情に考えれば、海には関係のない話だが、知的寄生虫達にとっては「共食い」に次いで、又、新たな脅威が一つ増えた事になる。


「この話を、香川杏子に聞かせてやりたいよ。」

 海はそれを皮肉のつもりで言った。

『海は、どうするんだ?』

「どうするって何を?」


『あの刑事は、その新しい組織に、君を誘ったように見えるがね。君はその組織から見ると、歴戦の勇士だ。なぜか知的寄生虫達と戦っている謎に包まれた若き寄生虫ハンターってところだ。』

「煌紫、お前とは、戦いたくない。」

『では、私の種とは?ちなみに言っておくが、私は他の種を憎んでいる訳ではないぞ。』

 海は言葉に詰まった。

 煌紫とはお互いの成り行きで共闘関係になっているが、煌紫は別に寄生虫全体に反旗を翻している訳ではないのだ。


「この話は、又にしないか?逃げてる訳じゃない。俺も煌紫もお互いからは逃げられないんだし。それに今は共食いの連鎖を止める、それが一番だろ?」

『、、ああ、そうしよう。』

 この煌紫との会話は長いように思えたが、実際はいつもの様に数分の脳内会話だった。

 海は陰鬱な気分で、喫茶店の外に出た。



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