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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第6章 濱舞久市の闘い
52/67

52: 追跡の果てに


 海が頭を上げて振り返って見るとドアは開けっ放しになっていて、床には血の後が繋がっていた。

 海は素早く、拳銃の弾倉を入れ直すと、血の後を追った。

 先ほど皇に打たれたらしい腕の痺れは収まっている。

 決死の反撃というのではなく、自分の逃走の為の打突だったのだろう。


「煌紫、奴はなんで生きてる?俺は、お前の言う通りにやったぞ?」

『済まなかった。私がわざとやった。彼が死ぬ寸前まで追い込んで、逃亡するしかない状態を作ったんだ。』

「わざと逃がした!?何のために!?」


『皇は、ギリギリまで追い詰められたら、きっと彼の一番大切なものの所に行く筈だからだ。』

「大切な物?」

『女王ユプシロンだよ。残念ながら彼女の居場所は、私には探り当てられなかった。皇にやらせるしかなかった。』


「馬鹿を言うな。そんなの皇を倒してから、ゆっくり探せば良いじゃないか?」

『海、、私は、女王ユプシロンを一刻も早く助け出したいんだよ。あんな風に卵を調整するには、皇が母体に相当強く干渉してるからだとしか思えない。ならば、女王は相当弱っている筈だ。』


「、、、わかった。このまま血の後を追う。このやり方でいいんだな。」

『ああ、だが気を付けろ。皇はただ逃げるだけとは限らないぞ。』

「あんなにダメージを喰らって、まだ反撃するってか?」

『宿主の身体は、もうすぐ使い物にならなくなる。奴は、次の身体に乗り移ろうと、するかも知れない。君だよ、奴は、君の中に私がいる事を知らない。』

「待てよ。ハイエナは、宿主との相性があるんじゃなかったのか?」


『相性が合わなくても、最低、半日は、宿主の身体を無理矢理操ることが出来る。それに用心人深い皇の事だ。近隣に存在する自分への適合者のリストを用意してる可能性もある。その場合、君は繋ぎだ。』

「俺に、取り付けなかったら、どうするんだ?」


『奴は必死だ。手近な小動物を見つけてでも、生き延びようとするだろう、、。』

「まるまると肥え太った鼠とかか?この先には沢山いそうだな。」

 海は屋敷の地下室に向かっていた。

 この道筋は、皇が最初に自分のヘルメットコレクションを見せる為に海達を案内した順路だ、と海は思った。


「ちっ、方向は合ってるけど、目的はあの兜部屋じゃないな。この地下どんだけ、広いんだ。」

 時間的に考えてもうヘルメットがあった部屋についている筈だが、まだ地中に下る通路に血の跡が続いていた。

 狭い通路には、壁に埋め込まれた裸電球が所々にあるだけだ。

 暗さは海の行動を妨げないが、心理的な圧迫感は充分あった。


 相手は既に死んでしまった人間の身体を無理矢理動かしていて、追っ手である海は超人的な運動能力に加えて拳銃まで持っている。

 圧倒的に有利な立場の筈だが、何故か、海の心の底では怯えがあった。

 得体の知れない生き物に寄生される。

 乗っ取られるかも知れない、という恐怖感だ。

 すでに煌紫という知的パラシートゥスに寄生されているというのに、その恐怖は、拭えなかった。


「煌紫。」

『なんだ?今、君は集中すべき時だぞ!』

「集中してるさ。皇は女王ユプシロンをどうする、つもりなんだ?」

 もちろん海の集中力は半減している。

 それよりも海は、今、自分自身に取り憑きそうになる恐怖心を紛らわす事のほうが重要だった。

『私が皇なら最後の卵を取り出して母胎は始末する。その卵で新しい女王ユプシロンを作るんだ。自分も新しい身体に変えて全ての仕切り直しをする。今回得た教訓を元にね。』

「そんな簡単に、女王ユプシロンが、作れるのか?」

『おとなしいユプシロンがやれば無理だろうが、悪知恵の働くファイ種ならやるだろう。多くの人間が使う飲料水用の貯水タンクに卵を入れて様子を監察して、、、!海!』


 皇が襲ってきた!


 皇は、下り坂の曲がり角にあった天井の闇に四肢を伸ばし張り付いていたのだ。

 海が振り向きざま、空中に浮かんでいる黒い物に向かって拳銃を撃った。

 何発撃ったか判らないが、引き金がロックして発砲を続けられなくなった。


『もういい。、、、ファイは死んだよ。』

 海は引きつる手に握られている拳銃に目を落とした。

 弾が突っ込みを起こしている。

 海が引き金を引くスピードが速すぎたのだ。

 手が震えている。

 目の下の床には、何か得体の知れない物が散らばっていた。


『行こう。多分、女王ユプシロンはこの先にいる。』

「、、、どうして、皇の気配が判らなかった、、。俺は、乗っ取られる所だったんだぞ!」

『落ち着け海。君は大丈夫だ。君の中には、この私がいるんだぞ、忘れたのか?』

「、、、。」

 何故か海は、その答えになかなか納得しなかった。

 煌紫は、さっきから自分を煌紫の思うように操っているのではないか?

 そんな気がしたからだ。


『気配が判らなかったのは、皇がそれを消したからだ。いくら知見の差があっても、私があれだけ触手を伸ばして彼を探ってきたんだ。彼も、同属のもう一つの存在に気付くだろう。』

「、、済まなかった。お前も闘っていたんだったな。みっともない所を見せてしまった。」

『いいさ。それより、先を急ごう。』



 地下に設けられた牢獄の中に、女王ユプシロンはいた。

 それは無惨に陵辱された若い妊婦だった。

 牢獄の中には、様々な拷問道具が散らばっていた。

 妊婦が死に掛けているのは一目で判った。


「なんてこった。くそっ!くそ!くそーl」

 海が吠えた。

 その妊婦の姿に、あの時の姉・遊の姿が重なったからだ。


『海。彼女を楽にさせてやってくれ。私ではもう助けられない。腹だ。臍が見えてるだろう。その腹の上を狙えば、彼女は楽にいける。この苦役から解放されるんだ。』

 海は乱暴に、拳銃の突っ込みをガチャガチャとやって直した。

 暴発する危険性があった。

 かまわなかった。

 そんな事を懸念する気持ちにさえなれなかった。

 海は狙いを付けて、女王ユプシロンを、いや妊婦を撃った。





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