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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第6章 濱舞久市の闘い
50/67

50: 負傷


『海!海!』

「何だ?どうした、煌紫?何か起こったのか?」

『何かじゃない。そろそろ、倒れろ!君は撃たれたんだぞ。』

「運転中だ。慎也を適当な病院に連れて行く。それが先だ。」

『心配するな。慎也君はもうすぐ目覚める。手ひどい打撲はあるが、傷はない。私の手当が必要なのは、君の方だ。』

「煌紫が全部、治してれるんじゃないのか?」

『手助けはするが、治しているのは君の身体自身だ。忘れたのか?それに我々、プシーは意味もなく人の身体を加工などしない。休まないと、治癒が遅れるぞ。この大事な局面で、身体の動きにハンディを負って良いのか?』

「大事な局面?さっきのゲームで、何か掴んだのか?」

『ああ、それは後で教えてやる。今は取り敢えず差し迫った事はない。だから適当な場所に車を止めて、潔く気絶しろ。後は慎也君がやってくれるさ。』



 海が次に意識を取り戻した時には、BMBは既に動き出していて、ハンドルは慎也が握っていた。

「良かった。気がついたんだね。」

「、、、今、何処に向かってる?」

「何処にって、病院に決まってるだろ。」

「病院はよせ!」

 煌紫は海に休めと言ったが、それは病院に行けという意味ではないだろう。

 病院に行って精密検査を受けるような事になれば、煌紫を隠し通すのが難しくなる。

 それでも煌紫は、なんとか潜り抜けるのだろうが、その手間の煩雑さを思うと、気が遠くなった。

 海と煌紫は、二人で一人なのだ。


「馬鹿を言うなよ、兄貴。腕を切られて、おまけに腹から血がでてる。撃たれたんだろ?」

「ああ、あの爺さんに後ろからな。大した事はない、弾は脇腹を貫通しただけだ。」

 実際には弾は貫通していない。

 普通の人体なら危ない状況下だが、海の中には煌紫がいる。

 身体の中にある弾もなんとか排出し、弾によるダメージも回復させるだろう。


「貫通したから大した事ないって、それはないだろ!内蔵を傷つけてたら、どうすんだ!」

「、、、兎に角、病院は止せ。」

「駄目だね、こればかりは、いくら兄貴の頼みでも聞けない。」

「俺は、病院に行くと、死ぬより、やばい事情があるんだよ。だから頼むよ。」

「、、、俺の街なら、闇医者は知ってるけど、ここじゃ判らねえ。、、やっぱ、駄目だ。放っておけないだろ!」

「そんなに俺が心配なら、お前がホテルで手当してくれ。」

「手当って俺は、医者じゃないんだぞ!」

「病気じゃないんだ。怪我なんだよ。手当すりゃ、直る。」

「馬鹿だよ、、。兄貴は、、。」

 慎也は海に弱かった。

 、、、惚れた弱みだ。

「判ってくれたんなら、薬局に行ってくれ、、」




 パンツだけになった海の身体を拭き上げた慎也が、手に包帯を持ったまま放心したように、海の背中を見つめている。

 ついさっき、腹の部分に包帯を巻き終わったばかりだ。

「血があんまり出てないっすね、、普通、もっとドバーッと出て、止まんないもんじゃないですか?」

「アレから時間が経ってるし、太い血管は、傷ついていないんだろう。何より、気合いだよ。止まれって念じたら止まるんだ。」

 いくら煌紫の援助を受けているからと言って、本来、出血すべきものを無理やり止めているのだから、違う部分での肉体の負担は相当ある。

 海の気分は最悪だったから、その台詞は、海の悲壮な冗談だった。


「気合いすか、、」

 慎也がたまげたように言う。

「腹が終わったら、そのホッチキスでナイフの傷口を縫い合わせてくれ。」

「チョット、、無理す。、、第一、コレ、病院で使う奴じゃないでしょ。」

「お前、それを俺にやらせたいのか?」

 慎也が泣きそうな顔をして腕の傷口を寄り合わせながらホッチキスで縫い合わせガーゼを当て包帯をまいた。

 勿論、普通なら海は100回程、気絶している。


「兄貴、弾が貫通したっての嘘でしょ?背中には穴があったけど、腹にはなかった。やっぱ病院行きましょう。何なら俺、知ってる奴に連絡入れて、ここら辺の闇医師者、全部調べさせますよ。この街なら、そういうの一人は二人、必ず見つかる筈だ。」

「その話の前に、小便だ。」

 慎也が、立ち上がる海の為に肩を貸そうと身体を寄せて来た。

「一人で行けるよ。お前、トイレの中まで入って来て、俺のチンチン持ち上げてくれるのか?」

「兄貴のなら、やってもいいッスよ」

「馬鹿野郎、立つのだけ手伝え。」




「煌紫。出てきてくれ。」

 洗面台の角に手を突いて、身体を支えながら海は念じた。

『どうした海。こんな時に君から私を呼び出すのは珍しいな、、。』

「腹の傷だ。慎也が疑ってる。」

『どうしたいんだ?』

「判らない。けどお前なら、何か方法があるだろう。今すぐ俺の身体をいじってくれ。」


『わざと貫通させるのか、、、やってもいいが、こんな事をしなくては、ならないのは、君が慎也君に色々な事を隠しているからではないのか?その事の危うさを、海は判っているのか?』

「判っている。でも慎也は、巻き込みたくないんだ。最後はアイツを裏切るような事があっても、それでかまわない。こんな事に巻き込まれる人間は、俺一人で十分だ。」

『、、判った。だがその前に、腹に入った弾を緊急排出する。君に負担を掛けない形でじっくり排出するつもりで安全に保持していたが、海には意味がないようだ。、、折角、慎也君が巻いてくれた包帯だが仕方がないな。それを、ここでほどいて、トイレに行け。行ったら腹の傷口をトイレの排出口に向けろ。』


 海が便座の前に行くと、傷口の周りの肉が盛り上がって来て、血まみれになった丸いものがせり上がって来た。

「おいおい。本当に排出なんだな。でもどういう仕組みで、弾を押し出してるんだ?そこは尻の穴じゃないぜ。それに腹の中が気持ち悪い。、、なんだか畝ってるみたいだ。」

『我慢しろ。これが終わったら。反対側に穴を開ける。』

「穴って、なんだよ!」


『貫通に見せかけたいんだろう?心配するな。擬装の為の穴だ。本当に穴を繋げるつもりはない。ただし私も、宿主の身体を傷つけるのは初めてだから、浅い穴で済ませられるかどうかは自信がない。洗面所に戻れ。こんな所で倒れたくないだろう?』

 煌紫の言葉通り、背後腹部から凄まじい痛みが起こって、海は洗面台の出っ張りに捕まって、辛うじて倒れるのを堪えた。


 その時、様子がおかしいと察知して、慎也が洗面ルームに飛び込んできた。

「兄貴!?」

「、、トイレで包帯を汚してしまってさ。ここで解いたら、このざまだ。悪いが、又、巻き直してくれ。それと今度、トイレ行く時は、慎也に手伝ってらうよ。」

 それだけいい終わって、海は気絶した。

 それでも気絶しながら「今度は、新しく出来た背中の穴を、どう説明するんだ、、俺の馬鹿野郎、、」と思った。



 海はベッドに横になっている。

 ようやく煌紫が新たに作った傷の痛みが治まりかけて来た。

 他の傷も治癒が順調のようだ。

 久しぶりの安寧で、海は眠り掛けていた。

 煌紫が浮き上がってくる。

 こんな状態でも煌紫とは会話が出来る。


「あれ、凄く痛かったな。撃たれた時より、痛いってのは、なんなんだ?」

『自分で自分の肉体を傷付けていくんだ。しかも道具を使わず、己の肉自身でだ。文字通りの自傷行為だ、痛くない訳がなかろう。』

 珍しく煌紫が怒ったように言った。

 煌紫にしてみれば、擬装貫通痕を作るのは非常に不本意な行為だったのだろうと海は理解した。


「すまなかった。ありがとう、わがままを聞いてくれて。」

『わがままを聞いたのは、私だけではないぞ。慎也君は、海の背中の傷を、自分の見落としだと思いこまされているんだ。あり得ない事だが、実際、目の前に傷跡があれば、そう思い直すしかないんだ。酷い話だ。 、、まあいい、、、それより、今日の整理をして置こう。君を休ませたいところだが、事は急を要する。』

「ああ、かまわないさ。俺も聞きたかった所だ。で、皇はやっぱり現場にいたのか?』

『君が予想していた場所にいたよ。食い入るように下を見下ろしていた。その気配が強く伝わってきた。』

「人殺しの光景を見るのが、好きな寄生虫なのか。厄介な虫だ。」

『半分、当たっている。』

 煌紫が言葉を切った。

 後を続けるか、どうか躊躇っているようだ。


「どうした?」

『問題は、あの老人の方だ。』

「どういう意味だ?」

『あの老人も寄生されていた。たぶん寄生されたのは、この2・3日の内だ。君に銃口を向けた時、老人の中のユプシロンは、かなり活性化していた。』

「皇は、殺す側と殺される側の両方に、ユプシロンを寄生させたって事か、殺す側に寄生させる理由は、この前聞いた。殺される側も、それとよく似たものなのか?変な言い方だけど、殺されやすくするとか、、。」


『君の体内にいたユプシロン卵の波動と、逆のパターンを描いていたから、その可能性はある。例えば、好戦的にしておいて、その一方で、判断力や観察力を著しく低下させる。、、そうすれば殺されやすくは、なるだろうな。』

「歯切れが悪いな。他に何かあるのか?、、、。あっ!皇は、俺達にユプシロンを飲ましたと思いこんでる!まさか、皇の目的ってのは、人間同士の闘いじゃなくて、寄生虫同士の闘いを見たかったって事じゃないよな?」

 煌紫は、そんな海に直ぐには答えず、気持ちの悪い間を置いた。


『、、ユプシロン同士は同族殺しをしない。、、普通の状態ではね。』

「まさか皇がやっているのは、比留間達の悪食の変形なのか?!」

 共食い、、を観戦する。

 それが皇の目的、、。

『おそらくは、、。だがまだ皇は、本当の共食いの味を覚えていない。皇は今のところ、我々共通のタブーが働いているようだ。しかしあの味に近いものは知っている。皇が、仮面ライダーゲームを仕組んだのは、人間に寄生して活性化したユプシロン種同士の殺し合いの時に立ち上る波動、殺される時の苦痛の波動、それを味わう為だったんだろうと思う。』


「そんな事の為に、あんなに入り組んだ仮面ライダーゲームを仕組んで来たのか?」

『海は忘れたのか?皇は既に人間ではない。そして比留間達の事を思い出せ。彼らには、人間の存在など眼中にはない。そして彼らの食欲や嗜好の重要度は、何よりも高い、何よりもね。彼らのやる事を、人間の尺度で推し量るな。良くも悪くも人間の価値体系に、価値を見いだしているのは、我々、プシー種と、マンイーター達、つまりキー種だけだ。』


「、、比留間達ならまだ判る。奴らは自分の命をかけて相手を襲った。野生動物みたいなもんだ。でも今度のはゲームだぞ。皇は人間なら、自分の人生を棒に振るかも知れない程の危険を冒して、罠をはり、計画をし、人を誑かして、それをわざわざやっているんだ。執念深くて、しつこい!」

 海は吐き捨てるように言った。


『それも人間としての見方だろう。なら言い換えてあげよう。人間は、主食でもないのに、ワインやウィスキー・日本酒など手間暇と技術をかけて作るじゃないか。ある種の人間は、それに人生さえかける、それと同じだよ。』

「くそ、あの虫野郎!本気でぶっ潰してやる!」


『私が気にしているのは、このままでは、いずれ皇は比留間達と同じように、共食いに目覚めるだろうと言うことだ。今の内に芽を摘んでおかなければならない。』

「確かに、共食いの発生源が、ここでまた一つ増えたら、いよいよ手が回らなくなるからな。比留間の件だって、あれで本当に連鎖が止まったのか全然見当も付かないんだし、、。」


『比留間に付いては、それともう一つある。あの襲撃の時にいた別の協力者だ。その人物はまだ捕まっていない。』

「あの時、照明を消した奴が、ハイエナだと思っているのか?」

『たしかに香川杏子を憎んでいる人間をそそのかしてという事も考えられるが、あの頃の比留間たちは、誰が見ても狂人に近い。普通の人間なら近寄りもしないだろう。それに警察の追跡からも逃げおおせている。比留間に声を掛けられてたファイ種だと考えた方がいいように思う。ただし、まだ直接、共食いはしていないだろう。共食いを既に経験しているなら、現場から遠く離れた場所での役割など引き受けはしないだろうからな。共食いを経験しているなら、一緒に壇上への攻撃を仕掛けていた筈だ。』


「えっ?煌紫はもしかして、そいつが皇だって思ってるのか?」

『それはない。時期が前後してるからね。あの協力者が皇なら、仮面ライダーゲームなどで、我慢が出来る筈がない。ただあの人物と皇は、いずれ結び付くのではないか?そう思う。、、両者とも腹を空かせた上に、飛び切り美味いご馳走の匂いを知っているんだ。比留間の協力者は、その在り処を知っていて、皇は食べ物の料理の仕方や段取りに精通している。二者が組んで共食いをやったら、大規模なものになるだろう。余波も大きく伝わる。多くのファイ種が同時に共食いに目覚めたら、、それが核になってさらに波動が広がり、全ての種が影響を受ける。結果的に、いつの日か地球の主な生命系は滅びるだろう。二者が出会う可能性が高かろうが低かろうが、その可能性自体を潰す必要が、絶対にある。』


 海はこの煌紫の言葉に納得していた。

 彼らの世界は想像以上に広大で、同時に想像以上に狭いのだ。

 その矛盾した関係は、彼らの共感力と個体数の相関関係によって生まれる。

 そして運命の力。

 その歯車は、既に動き始めている。


「煌紫は、共食いについては、徹底してるな、、。」

『それが私の責任だ。』

「判った。皇を潰しに行こう。俺はこれ以上、人間の犠牲者を出させない為に、煌紫は煌紫の責任を果たすために。二人は、二人で一人だ。文字通りにな。でも今度は、絶対、慎也は抜きだ。これは奴が関わるような事じゃない。」

『もちろんだ。』




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