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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第6章 濱舞久市の闘い
49/67

49: ゲーム開始


「しかし、まいったな兄貴。まさかゲームの相手が、あのアンティークショップの爺だとは。」

 二日後、皇が連絡を寄越し、そこでターゲットとして名を上げたのが闇の金融業者・管公明、つまり、海達が初めてこの街に来て強奪品を売り込みに行ったアンティークショップの老主人だった。

 二人は、今、管公明を襲撃するべく指定されたポイントの下見に来ていた。


 襲撃時間は夜明け前、闇が一番深くなり、この不夜城都市が一瞬だけ、うとうととした眠りに付く瞬間だった。

 皇の計画によると、管公明が月に2度開かれる闇の泥棒市から、商売を終えて帰って来るその道すがらを狙うという。

 ボディガードは二人、腕利きが付いているが、君たち二人の実力なら油断をしなければ大丈夫だと皇は言った。

 やはり皇は、この街にやって来た後の海達の暴れ振りを、つぶさに情報収集していたようである。


「あとの始末は私がするから安心してゲームをしたまえ。ボディーガードは殺してても殺さなくてもかまわない、そちらの始末も私がする。当然、ゲームの主催者たる私は観戦させて貰うよ。いい展開を期待してる。」

 ・・とまで皇は言った。

 海は襲撃ポイントの下見をしながらも、どちらかと言うと襲撃の仕方よりも、この場所の何処で皇がゲームの観戦をしようとするのかに興味があった。


「俺が見た感じじゃ、あの爺、偏屈だけど、そんなに悪い奴には見えなかったんだけどな、、。」

 慎也が不服そうに言う。

「ああ、それは俺もそう思う。だが、あの爺さんのせいで陰で泣いている人間が山ほどいるだろうってのは容易に想像が出来るな。直接自分の手は汚さなくても、極悪非道の行いってのは、可能だろう?悪党はだいたい他人への想像力を、悪事に利用する。本能みたいにな。」


「確かに、、。でも、兄貴、本当にやるのか?」

「ギリギリの所までな、、このゲームが、どれだけの奥行きがあるのか、まだ何も判っちゃいない。皇はお前の問いに、女のプレイヤーもいたと答えたぞ、、。」

 慎也の顔が曇る。

 真行寺真希は既に、違う人間に殺されている。

 又、嘘を付いた。

 海の心が痛んだが、今度は煌紫の方が、このゲームの裏側を知りたがっていた。


 襲撃ポイントに指定された通路は、表通りからL字型になって内へ入り込み、その両脇を建物で囲まれた形になっている。

 そこを暫く進み抜けると、初めにあのウェイトレスが教えてくれた大通りに出て、管公明のアンティークショップに至る。

 周囲を歩いてみたが、確かにその経路は近道ではあるが、人目のある大通りだけを使って店の近くまで行けない事はない。

 二人のボディガードを伴っているのに、それでも用心を重ねるのはコストの無駄だと、あのケチな老人なら考えそうだと思った。


 問題のL字型の出入り口は、皇が責任をもって封鎖するという。

 確かに、あの場所なら大型トラックを壁際にべったり駐車してしまえば、特に人間を配置しなくても、大雑把な封鎖は出来る。

 車の下や、屋根を使って、無理をすれ乗り越えられない事もないだろうが、元から逃げ道を塞ぐための措置だ。

 相手が逃亡に手間取っている間に、こちらが追いつくだろう。


 海は考えてみた。

 例えば、もしその車の配車などを皇自身がやるとしたら、彼は何処でゲームを観戦するのだろう。

 海は両側に迫った建物の壁を見上げる。

 幾つか窓がある。

 封鎖側の両側にある建物はアパートだ。

 最上階からなら、この路地の様子は一目で見渡せる。

 俺なら、トラックを止めてから急いでその部屋まで移動するが、、。

 いや、心配しなくても、その時が来れば煌紫が皇を見つけるだろう。

「で、兄貴。兄貴。聞いてる?」

「あっ、ああ聞いてるさ。」

「で、最後はどうやって、あのセンセイを誤魔化すのさ。今更、怖くなりましたとは言えないぜ。」

「考えてない。出たとこ勝負だ。心配するな、絶対に俺達は殺しをしない。」

 海は、本当に何も考えていなかった。


「それより一旦、ホテルに戻ろう。腹ごしらえをして、少し休憩だ。その後、出直して、ここらで時間待ちをする。」

「だったら飯はホテルのじゃなくて、外のレストランにしようよ。俺良い店調べてあるんだよ。」

「お前は、神経が太いのか、細いのか、、よく判らんな。」

「だって、これが最後なんだから、もう直ぐ、この街とはお別れなんだぜ。楽しまなくっちゃ。」

 これが最後か、、慎也は、このゲームが自分の姉の失踪とは関係ないと完全に見切っているようだった。

 要するに、今は、海に付き合っているだけなのだ。

 早く、終わらせたいと、海も思った。

 最低限、真行寺慎也はこの件から切り離してやるべきだと。



 海は夜目が利く。

 しかも今夜は月の光が強い。

 ビルの谷間になった襲撃ポイントは、銅版で刷り上げたような世界になっている。

 路地の奥から、前後に二人の屈強な男を従えた管老人がステッキを突きながら、海達が潜んでいる方向に歩いてくるのが見えた。

 老人は脚が悪いようだ。

 近道をするもの頷ける。

 ましてボディガードと一緒なのだ。


 慎也は銀色の虎のヘルメットを付けた姿で、いつでも走り出せる体制になっている。

 背中からはいつでも長ドスの柄が抜き出せるように、柄頭が外に出ていた。

 海は無意識に脇の下につるした拳銃の銃把を指でなぞっている。

 拳銃には既にサイレンサーがねじ込んである。

 こんな場面では意外に拳銃の方が良いかもしれないと海は思っていた。

 海の能力なら、狙いを外す事はない。

 つまり相手の行動を、素早く遠くから制止させる事が出来る。

 脚の筋肉を狙えば、相手を大きく傷つけないで倒せるのだ。

 殺しを回避するための時間が稼げる。

 だが、この闘いは皇が見ている。

 下手な芝居は出来ない、やはり接近した肉弾戦に持ち込んで、その闘いの中で、何か工夫するしかいないのか。

 難しい所だったが、もう迷っている暇もなかった。


 海が意を決して一歩踏み出そうとした時、先に慎也が飛び出した。

 月の光に銀色の狼ヘルメットがギラリと残光を残す。

 さすがにボディガードが直ぐに対応した。

 慎也が長ドスを走りながら背中から抜き出したので、彼らは特殊警棒のようなモノをするりとその袖から降り出し、ジャキンと伸ばした。

 助かった。と海は思った。

 拳銃で対抗されたら、難しい事になった筈だ。


 海が走った。

 あっという間に慎也に追いつく。

 追い抜きざまに、海は慎也の手から長ドスをもぎ取って、慎也と老人の前にいたボディガードの間の間合いに入り込んだ。

 海は、回転しながら丸く相手の懐に入って、逆手に持った長ドスの柄をボディガードの鳩尾に叩き込む。

 次の瞬間には、老人の後ろにいたボディガードに向かっていた。


 慎也は何が起こったのか暫く理解できなかったに違いない。

 自分が襲いかかって、最初の一撃の峰打ちで、相手を昏倒させようと思った所が、急に目の前に黒い影が現れ、その後、その相手の身体がぐらりと揺らいだからだ。

 後ろから自分を追いかけて来た海が、追いついて、それをやれるタイミングではなかった筈だ。

 慎也は走ってきた勢いが殺せず、ぐらりとよろけたボディガードと絡まるように地面に倒れ込んだ。


 惚けた表情をして突っ立っている老人を弾き飛ばして、海が二人目のボディガードの前に立った時には、さすがに相手も闘争の為の体制が整っていたようだ。

 男の片手には長く伸びた警備棒と、反対の手には大振りのナイフが握られていた。

 こんな緊迫した場面でもナイフを持つ手が柔らかい。

 どうやら本来は、ナイフ使いのようだ。

 こいつ、かなり出来る。と思いながら、同時にこれで助かったと海は思った。

 海が長ドスを振り下ろす。

 警備棒がそれを止めて、攻撃で開いた海の腹をナイフが横なぎにかすめていく。

 海は後ろに飛び退く。


「良いぞ。こいつとなら闘いが互角に見える。」

 そう思った瞬間、海は後ろから撃たれた。

 全く、ノーマークだった。

 地面にへたり込んだ老人が隠し持っていた拳銃を撃ったのだ。

 海が後ろを振り返ろうとしたその瞬間、今度はボディガードのナイフが襲ってきた。

 海は辛うじて長ドスでその一撃をしのいだものの、ナイフは海の腕に長い切り口を残した。

 慎也の方を見れば、気を取りもどしたボディガーと上になったり下になったりして揉み合っている。

 獲物がなければ、いくら慎也が喧嘩慣れしていても、そのスレンダーな身体では、身体の分厚いプロのボディーガードには敵わないだろう。


「潮時だ!これでいい!」

 背中から脇腹を打たれ、右手を切り裂かれても、海にはまだ余裕があった。

 痛みと出血は、煌紫が遮断しているからだ。


「煌紫!もういいな?引くぞ!」

『ああ、よくやった。』

 海は無茶苦茶に長ドスを振り回した。

 いやそう見えるように振り回したのだ。

 無茶苦茶に振った長ドスが、偶然の峰打ちで、相手を見事に昏倒させる事は、あり得ないのだ。

 海は、次に慎也の身体に馬乗りになって、慎也の首を締め上げている男の後頭部を長ドスの峰でぶっ叩いた。

 血が吹き出たが、死んではいない。

 これも加減をした。


 倒れ込む男の身体を、慎也から引きはがし、慎也に肩を貸しながら、海は逃げた。

 背後から二発目の弾が飛んできたが、今度はそれは当たらなかった。

 この闇では、少し離れてしまうと老人の視力では、近くのゴミ箱を狙っても真ん中に命中させるのは難しいだろう。


 海は慎也を担ぐようにして、全力でその場を後にした。

 今度の全力は演技ではなかった。

 ナイフの切り傷は別にして、さすがに腹部に打ち込まれた銃弾は、海のエネルギーを消耗させていたのだ。

 それでも超人である海は速かった。

 表通りに止めてあったBMBに、なおもぐったりしている慎也を助手席に座らせると、もぎ取るように自分と慎也の仮面を取って、素早く車を発進させた。




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