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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第6章 濱舞久市の闘い
48/67

48: 理由


 その後、海と慎也の二人は、何もなかったかのように会話を交わし、ホテルに帰り着き、いつもの様に別々のベッドで眠った。

 海が目を瞑ると、煌紫が浮かび上がってきた。


「慎也の方は、あれで助かるのか?」

『勿論。今頃は慎也君の身体の中で、ユプシロン卵の解体作業が終わりかけている頃だろう。』

「そうか。それは良かった。俺の方は、どうなんだ?俺自身は何も異変を感じられなかったんだが。」

『勿論、君は大丈夫だ。それにあれを君の体内に入れたお陰で、随分、ユプシロン卵についての研究が出来た。結構、色々な事が判ったよ。』


「研究って、同じ寄生虫同士なのに、判らない事があるのか?」

『ユプシロンは、我々、知的パラシートゥスの枝元、原型と考えられているが、海は目の前の魚を見て、これは人間の祖先だ、と実感できるかね?それに前にも言ったが、我々は、共食いを避ける為に、随分長い間、他の種に対して不干渉主義を貫いてきた。昔知っていた他種への知識はずいぶん風化していて、今は半分使い物にならない。』

「ふーん、そんなものかね。で、何が判った?皇が俺達にアレを飲ませたのは何の為だ?普通に考えれば、俺達をあれでコントロールする為だって事だと思うんだが。でも皇はファイ種で、卵はユプシロン種だろ。ちょっとそこが判らない。」


『その疑問の通りだ。その話に入る前に、まずユプシロン種の子孫の残し方を説明しておいた方がいいな。ユプシロンは、沢山の卵を産む。いや生み続けると言って良いだろう。それを人へどう寄生させるかだが、君たちの概念で言えば、飛沫感染だな。一番簡単なのが、飲み水を経由する方法だ。ユプシロン卵は環境の変化に強い、熱にも寒さにもね。一時的に仮死状態にもなれる、その特質を最大限に利用する。例えば、二人でハイキングに出かけて、同時に川の水で喉を潤す。ユプシロンに寄生された人間が、川上に位置していればそれでOK。あるいは、夜、ユプシロン卵を入れたコーヒーを飲む、これもOKだ。それなりに知恵が回る人間なら、相手に疑われずに卵をばらまけるだろう。』


「、、って、そんなにユプシロンに寄生された人間が多いのか?」

『答えはノーでもありイエスでもある。ユプシロンは人間に寄生した後、暫くはその影響を残すが、やがて、宿主に飲み込まれて、綺麗さっぱり消滅してしまう。人間に取り込まれてしまうんだな。』

「取り込まれてしまう?、、なら一体、何の為に寄生するんだ?」

『よく判らないが、おそらく、一瞬でもいいから自意識というものを持つ為だろう。哲学的に言えば己が生まれてきた意味を確認する為なんだろうと思う。何か昆虫のカゲロウを思い出すな。マンイーターやハイエナのネーミングに準ずれば、ユプシロン種はカゲロウ族と呼ぶのがいいのかも知れない。』


 海は暫く考え込んだ。

 自意識を持つことが、生き物に取ってそんなに重要な事なのだろうかと。

 比較的、知能の高い動物ならいざ知らず、昆虫レベルの生命が、自分の命をかけてまで自我を必要とするとは思えない。

 ふと海は、ある事に気がついた。


「少し話は変わるけど、宿主を乗っ取った寄生虫って、一体、どうやって物を考えてるんだ?・・ってか、言い方が難しいな、、そもそも寄生虫の自意識ってなんなんだ?」

『何かと思えば、随分、本質的な話だな。人間は物を考える時、言葉で考えるだろう?言葉で概念を掴まなくては、物を考えられない。それと同じだよ。我々、知的パラシートゥス属は、寄生先の人間自体を、言葉の代わりに使うんだ。もっと分かり易く言おう。等々力寛治に寄生したキー種は、等々力寛治語で世界を認識し、自意識を持つ。今日会った皇に寄生しているファイ種は、皇語で物を考え、話してる。』


「っ、ちょっと、まってくれ。ならお前は、姉さんの心を土台にしてるのか?」

『違うよ。前にも言ったろう。我々はネットワーク的存在だ。確かに人間の意識を少しは借りてはいるが、我々の自意識は常に強大なプシー種そのものの一部であり、又、同時に別個のものであるんだ。我々は人間には依存しない。我々の言葉は、我々が造り上げた全体としての想念だ。それがプシー種の誇りなんだよ。』

「うーん、やっぱり判らないな。」


 海は、自分の香川杏子に対する復讐心の減退の理由は、彼女を寄生された人間ではなく、たとえそれが偽りだったとしても姉の遊を可愛がってくれた人物として認識し始めている部分があるからではないかと思っていた。

 つまり海には、香川杏子が知的パラシートゥスの操り人形ではなく、一人の人間の様に見え始めていたのだ。

 今の煌紫の説明だと、元の香川杏子と寄生された後の香川杏子を厳密に区分できる要素は、ただ寄生されたという事実しかないように思えた。

 コアが寄生虫であっても、その外側の大部分は、元の人間のままという事になる。


「まあいいや、それじゃどうやって、ユプシロンは子孫を残して行くんだ?寄生したしりからどんどん消滅していくんだろう?それに、その内、ユプシロンが消えてなくなるんなら、なんで俺をせかしたんだよ。俺は慎也にキスまでしたんだぞ。」

『人の体内に寄生しても、最後まで人間に飲み込まれない卵があるんだ。そいつは私達と同じように、しっかりした自我を持つ、そして宿主を乗っ取る。先の話では、その宿主を使って、ユプシロンは自意識を形成するわけだ。多くの蟻の中で、女王蟻が生まれるのと同じだよ。で、この女王ユプシロンが卵を産んで回り、沢山の子ども達が、儚い生を満喫し、その中のごくわずかな卵が又、女王になり、そして卵を産む。もちろん単一性だ。』


「寄生された人間が、女王ユプシロンになる確率は?」

『しごく低い、、だろうね。卵の状態、宿主の状態、相性、その他もろもろの条件が旨く行った時に、女王へ進むのだろう。専門で研究した訳ではないから判らないが、、、ただ可能性は常に0ではない。そのステージに進んでしまったら、私の作る分解酵素でも、対処出来ない。慎也君は、そこに行くギリギリの所だった。何かね、海?それなら慎也君に口移ししなければ良かった、とでも言いたいのかね?』

 珍しく煌紫が嫌みを言った。


「済まなかった、謝るよ。でも今の話と、皇が卵を利用する理由がまだ繋がらない。」

『、、、その部分を調べるのには、少し時間がかかった。卵は、いや、宿主の身体に侵入した幼いユプシロンは、しばらくの間だが活性化する。人間の意識を若干だが変えるんだ。つまり先の説明で言えば、人間自体を自分の言葉に変えていこうとするという行程だね。その場合、宿主の喜怒哀楽の起伏が激しくなるのが、常のようだ。一つの楽曲の音楽ソースを、イコライザーでいじるみたいな感じだな。全ての要素を標準レベルから、上に引き上げたり下げたりする。そうやってユプシロンは、宿主を言葉とする時の使い手を良くする。そこがミソなんだろう。単純に感情の振れ幅が大きくなるんじゃないんだよ。感情を幾つかのエレメントに分けて、その都度、部分部分をボリュームアップしたり下げたりしてるから、やりようによっては、怒りの感情だけを上げたり、服従・追従の感情だけを上げたりも出来る。』


「そのユプシロンの力を使って、皇はプレイヤー達を操作するのか?」

『皇がやっている事は、正確にはユプシロンを使っての遠隔操作じゃないと思う。皇の遠隔操作の本体は、人間がやる暗示、催眠術、洗脳に近いのだろうね。それにユプシロン寄生の特性を役立ていている。見たところ、皇はユプシロン卵なしでも、人を洗脳できる相当な実力を持っているようだ。だが普通、人が人を殺す場面では、無意識の内に強い制御がかかる。でも皇は、そう言った制御の掛からない特殊な人間を選んでるワケじゃない。むしろ後の事を考えて、セレブと呼ばれている人間ばかりを選んでいるんだ。彼らの精神は傲慢で脆弱だかが、異常ではない。殺しの最後の場面で、強い制御がかかる可能性が常にある。その時に、皇が組み上げてきたゲームが壊れる可能性が生まれるんだ。だが、殺しの為に、チューニングしたユプシロン寄生があれば、そのリスクは回避できる。とまあ、そこまでは判った。』


「そこまで?」

『そうだ。この話はここで終わりじゃないような気がするんだよ。話は元に戻るんだ。何故、ハイエナ族である皇が、人間同士の殺し合いを企画する?確かにファイ種は、人や動物を楽しみの為に食い殺す事が多いが、それはとても衝動的なものだし、抑制の効いたファイ種は、それを我慢する事も出来る。』


「確かに・・。それに皇は地下政治結社神国という組織を名乗ってはいるけど、今日の感触では、企画立案含めて全部自分でやってる感じがしたな。背後に大きな組織があるような気がまったくしなかった。多少はゲームに引き入れた人間達にもゲーム作りを手伝わせるんだろうけどな。でもこんなゲームに乗るゲスな奴らが、思想や運動で組織化出来るとは思えない。引き入れた奴らの事を、勝手に神国て呼んでるだけなんじゃないかな?」

『当たってると思うよ。等々力らキー種は、人間を自分の為に周りに侍らせるのが大好きだが、ファイ種はそう言う事が苦手なんだ。それにファイ種は、普通、数個体セットで行動するが、皇は単独で動いている。相手がまだ見つからないのか?何かの理由があって一人でいるのか?判らないがね。』

「何かの理由?」

『そう、一人だと、獲物の分前を用意しなくて良いだとか、、よ。』




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