47: 仮面 ライドオン
その地下倉庫の壁に設えられた戸棚には、百に近い西洋鎧の兜が並べてあった。
「ひょう、こいつはすげえ。」
慎也が食い入るように、戸棚の陳列物を眺めている。
「皇家がまだ没落していない時代の事なんですが、先々代の当主がこういう物を集めるのが趣味でしてね。実際には鎧本体の方も幾つかあった。本体の方をどうしたのか、もう残ってませんがね。幼い頃、それを見たような微かな記憶がありますよ。随分、怖い思いをしたような気がします。ところが、自分が大きくなってみると隔世遺伝という奴ですかね。私も、この兜というかヘルメットに魅入られるようになりました。中でも、こういう、実戦より装飾、装飾より象徴・威圧を目指した奇妙奇天烈な奴が好きになった。」
皇はそういうと戸棚から、蛇の頭部を旨くデザインしたヘルメットを取り出した。
「これは残念ながら本物ではないんですよ。私が作ったレプリカだ。しかし充分実用に耐える。」
皇が片手でヘルメットを差し上げて、もう一方の手の拳の先でヘルメットの表面をコンコンとやった。
金属音がして地下室の中に響き渡った。
「此処にある物は、本物・レプリカ、新旧取り混ぜて全部使える。お好きなのを選んでください。あなた方はそれを被ってプレイをする。」
「それで仮面ライダーゲームなのか?でもライダーって?」
そう聞きながら既にその気になっている慎也は、一つ一つのヘルメットを見比べ初めている。
確かに、殺人ゲームという背景を抜きにしても、それらには禍々しい造形上の魅力があった。
「私が最初に言ったのは騎士だったのです。鎧騎士の騎士、仮面を付けた騎士の正義のゲーム。だがプレイヤーの皆さんには仮面ライダーゲームが定着した。それも面白いなと思って、今では私もそっちの方を採用しています。」
『確かに奇妙な美しさがあるな。しかしこの皇は口ではそう言っても、これらのコレクションの価値には何も重きを置いていないようだ。』
煌紫が浮き上がってきた。
「って事は、今の彼は完全に乗っ取られて、皇の記憶だけが残っている?」
『そういう言い方でも正解だ。しかし勿体ない。これが我々、プシー種であれば、寄生するだけで氏の健康を守る。皇琢磨氏は充分それに値する人物だったのだが。』
煌紫は時々、自分の種の自慢をする。
プライドと言っても良い。
「・・それは、どうでもいいよ。で次はどうするんだ?」
『我々は、このゲームの誘いに乗るしかあるまい?』
「兄貴!」
「えっ?」
「なんだよ、ボッーとして。俺、これに決めたぜ。兄貴も早く決めろよ。」
慎也が手に持っているのは銀色の虎の頭だった。
他のヘルメットと比べてかなり小振りで、ひょっとするとオートバイ用のヘルメットより一回り小さいかも知れない。
「ああ、悪い。なんだかここのコレクションの迫力に圧倒されてな、、。」
そう言った海を、皇が満足そうにして見ている。
自分のコレクションを褒められて満足している知的なサイコ野郎を演じているのか?
「真行寺君の選択は的確だと思いますよ。ゲームの際には、激しく身体を動かす。重くて大きな物は不向きだ。勿論、カメンライダーゲームを主催する私としては、それでも上手く行くステージは作りますがね。あなた方もゲームを大いに楽しむためには自由度の高い物を選ぶ方がいい。勿論、自分の顔を隠し、同時に相手に対して最大限の威圧と恐怖を与えるという本来の目的を忘れては行けませんがね。」
その台詞に海は、この場でこの寄生虫を殲滅したい気持ちになったが、辛うじてそれを抑えヘルメットを見て回った。
どれも選ぶつもりになれなかったが、慎也が選んだ虎のヘルメットから「竜虎」という言葉を思い出して、竜をモチーフにした小振りのヘルメットを手にした。
「いいですね。選択も正確だが、二人で竜虎のセットだ。その顔は死んでいく者の記憶に強く刻まれるでしょう。矛盾していますが、このゲームに目撃者がいれば、と強く願う瞬間ですね。」
「ああ、それ!センセー!このゲームって、こんなに派手なのに、何故、大きく噂になんないのかな?」
慎也が明るい声で言う。
「その事はおいおい。では戻ってワインで乾杯といきましょう。」
皇が慣れた手つきでワインを3人分のグラスに注いでいる。
『あれだ!あの中にユプシロン種の卵が入っている!』
滅多に物に動じない煌紫が興奮した声を上げた。
「ユプシロン?なんだそれ。とにかくどうする?飲まないようにするのか?それが無理ならこの場でコイツを殺ってしまうか。」
『いや、駄目だ。これから先のからくりをどうしても知りたい。ユプシロン卵は私が処置する。ワインは飲んでくれ。慎也君は飲まずに済ませられるんなら、そうしてやってくれ。でも無理なら慎也君も私が後でなんとかする。私を信じろ。』
「あっ、皇先生。こいつは車の運転があるんで。」
「馬鹿な事を言っちゃいけないよ。これから悪人とは言えど、人を殺す人間が飲酒運転を躊躇うのかね?それにこれはワインではない。血だ。これは我々の聖餐なんだよ。それを下らない理由で断るのかな?」
「いいじゃないすか、兄貴。おれ酒強いの知ってるでしょ。ワインなんか一本明けたって水と一緒、何も変わらないすよ。それにこの先生と初めて意見が一致したなー。俺達がこれからやること考えたら飲酒運転なんて吹けば飛ぶようなもんだ。もしポリに捕まったら、そいつぶっ飛ばしちゃいましょうよ。」
皇が慎也の言葉に我が意を得たりという顔で、ニヤニヤ笑いながらグラスを差し出す。
次に海に差し出し、最後に自分自身がグラスを手にとって掲げた。
「我々の仮面騎士ゲームの為に。乾杯。」
ワインが海の喉を滑り落ちていく。
特に違和感はない。
隣を見ると慎也は、本当に一気にワインを開けている。
皇はそれを見てワインを次ごうとしたが、慎也がワイングラスの口を自分の手の平で押さえてそれを拒んだ。
それは「今のは、お前の顔を立ててやっただけだ。二度目はない。」という慎也の意思表示のように見えた。
皇は薄笑いをして、その意思表示に従った。
「センセー、このゲームが何故、人の口にのらないかって、ワインを飲んだら教えてやるって言ってたよな?」
慎也が鋭い目つきでいった。
慎也は慎也で、未だに姉の失踪とこのゲームの関係を見いだそうと、いや関係のなさをはっきりさせようとしていたのだ。
「普通ならこんな話はしないのだが君達は例外だ。、、一つは殺される側の人間を厳選する、その人物が死んでも誰も騒がない。いやむしろ知っている者全てがその死を喜ぶといった人間を選ぶ。それが基本だね。二つめはボロを出さない殺人者を選ぶという事。逆説的だが犯罪が発覚するのは警察の能力というより犯人が愚かだからじゃないかね。特に、口の堅さ、秘密の堅持力がものを言う。私が選ぶのはみんなセレブだ。今回、例外が生まれたが、君たちもある意味、暴力のセレブのようだ。セレブは何より今の自分たちの立場を失うことを恐れる。その為にはなんだってするというくらいにね。情報漏れの等々力氏の件は、それに関係している。つまり私以外に、等々力氏に通じることで、なんとかなると考えた愚か者がいたという事だよ。それとこのゲームを組み立てる人間の能力だね。殺しの場面は私が設定する。後始末もね。プレイヤーが絶対満足するゲームなんだよ。それがこのゲームが秘密の内に行われて秘密の内に閉じられていく仕掛けだ。時にはこの秘密維持の為に、間接的にではあるが警察が協力してくれる事だってあるんだよ。」
「センセイ、プレイに参加した人間の名前は判るのか?」
意外に慎也は冷静だった
「もちろん、私が主催者なんだからね。だが私は喋らないよ。決してね。今、血をのんだろう?あれは聖餐だといっただろう。私はユダではない。」
何を巫山戯た事を!この寄生虫野郎!と海は激怒しかけたが、我慢した。
今は慎也の「番」だ。
「そうだろね。まあ、それは判るよ。そうでなきゃプレイヤーもアンタを信頼できない。俺がセンセイに聞きたかったのは、もっとミーハーな事なんだよ。例えばプレイヤーに女はいるのかとかさ。」
「いたね。殺人の欲望には誰も勝てない。要は正当性だけの問題だけだ。男も女も関係ない。」
「、、、。」
流石に慎也の顔付きが厳しいものに変わった。
「もうそれくらいにしておけ慎也。で皇先生、次の段取りはどうすればいい?」
これ以上、皇を問い詰めても、遊や真行寺真希の名前はでないだろう。
「私の方にも準備がある。いつもなら準備が整ってからプレイヤーに声をかけるのだが、今回はそれが逆だからね。君たちは今日選んだヘルメットを持ってホテルで待機していてくれまえ。その時が来たら私の方から連絡する。ああ、プレイする時はそのヘルメットにマッチするような服装をして欲しいな。ヘルメットに対する礼儀だ。私の連絡を待つ間に、用意が出来るだろう?」
「より多く相手に威圧と恐怖を与える為に?」
「そう、その通り。しかし、それ程待たせはしないよ。実を言うと、いつかは使えるだろうと前から用意していたゲーム世界がこの都市にあるんだ。たぶんそれが使える。二・三日、、、いやもっと早いかも知れないね。その積もりで準備をしてくれたまえ。君たちの場合は、こちらが武器を用意しなくてもすむ所がいい。それに実力も充分ある。あのクラブの決闘の話は有名だよ。」
「お褒めにあずかり、光栄ですね。じゃ、今日はここまでという事で。」
海はそう言って、うっそりと椅子から立ちあがった。
「どうしたんだい兄貴?さっきから俺の顔ばっかみてるぜ」
二人は皇屋敷からの帰り、服飾店が多く集中した繁華街に立ち寄ってヘルメットに合いそうなスーツを購入した。
それが一段落した後、カジュアルレストランで夕食を取り終わったところだ。
野外テラスのテーブル席で、近くに川、遠くに湾が見えた。
「んいや、なんでもない。」
勿論、海は慎也の中に取り込まれたユプシロンの卵の事を気にしているのだ。
自分も同じものを取り込んでいるが、それは煌紫がなんとかすると言ったのだから、問題にしていなかった。
第一、煌紫がその措置を出来ないのなら誰にもどうしようもないのだ。
だが慎也の中には、煌紫はいない。
これで慎也が寄生虫に乗っ取られたら笑い話もならない。
「ここに辿り着くまで、長かったな。お前もよく頑張ったって思ってさ。」
「そうかな。俺、結構楽しかったけどな。でもこのゲーム、何処でやめれるのか見当が付かないんだけど、最後までやったら人殺しになっちまうし。皇の言いぐさだと相手は死んでも良い人間らしい。、、たしかに残念だけど、そういう奴っているよ。でも俺は、それだからって、人は殺したくない。」
「真希さんが、もし誰かに殺されてたらどうだ?そいつを殺したいって思うんだろ?」
「、、、、。でも関係ない奴は、そいつがいくら悪くても殺せない。兄貴だってそうだろ?」
慎也が目を伏せる。
長い睫が瞼の下に陰を作る。
『邪魔して悪いが、慎也君の体内に入り込んだユプシロンを消滅させる対抗液が出来た。今すぐ慎也君に注入してやれ。』
「注入するってどうやるんだ?」
『海の体内で組成したものだ。海のいずれかの体液で出せる。人間の常識で言えば唾液で出すのが一番妥当だろう。やり方は海にまかせる。ただ、急げ。やり方を迷って、ぐずぐずするな。時間はないぞ。』
「慎也。」
「えっ。」
海は顔を上げた慎也の頬を両手で挟んで固定し、慎也の唇を吸った。
慎也の唇の思わぬ柔らかさに衝撃を受けながら、海は自分の舌で慎也の口をこじ開け舌を差し込んだ。
当然、慎也からの激しい抵抗があると思ったが、意外なことにそれはなく、慎也は海を受け入れた。
海は口いっぱいにあふれ出てきた唾液を慎也の口の中に流し込む。
『頼むから、嫌がらずに飲み込んでくれ、、。』
そんな海の祈りが通じたのか、慎也は海の唾液をあっさりと飲み込んだ。
「、、、ごめん。びっくりしただろう。嫌な思いをしただろう。忘れてくれ。」
慎也の目にうっすら涙が浮かんでいた。




