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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第6章 濱舞久市の闘い
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46: 丘の城の教授


「見えてきましたよ。ナビ通りなら、あの向こうに見えてる山肌に張り付いたヨーロッパの城みたいなのが、皇屋敷てやつだ。」

 慎也が運転するBMBが峠道を駆け上がっていく。

 時々、谷側山側に方向が切り替わると、夕焼けで黄金色に輝く濱舞久の町並みが眼下に見える。

 その向こうは太平洋だ。


「濱舞久市は面白いですね。下はあんなだけど、こういう由緒正しい別荘地ってか、お屋敷が集まるような高台もある。」

「濱舞久も国が難民受け入れで失敗しなければ、風光明媚な観光地のままで、いられたかも知れないな。難民の数をなんとか制限しようとして姑息にも受け入れ先を、わざわざ反対側の太平洋側にもって来たのが失敗だった。今じゃ、ここは治外法権特区みたいなもんだ。何処の国かも判らない。」

「へぇ、兄貴、ガクがあるんすね。」

「学?こんなの一般常識だろ。慎也はもっと勉強しろよ。頭は元から良いんだからさ。」

 へへへと慎也は愛嬌のある顔で、照れ笑いをしてみせた。


「しかし、見れば見る程、凄い屋敷だな。きっと大金持ちなんでしょうね。」

「出掛けにネットで調べてみたが、金回りの方は、それ程でもないようだな。あの城みたいなのを、管理維持するだけで精一杯のようだ。皇はその他、色々、負債も抱えているらしい。」

 海の言葉通り、遠くから見ると、さも豪華で重厚に見えた皇屋敷も、BMBを前庭の車止めに止める頃には、その荒れた素顔を露わにした。

 二人は落ち葉が吹き寄せられている屋敷の扉の前に立ち、大仰な玄関ドアに付いているインターホンを鳴らした。


「神領海と真行寺慎也です。お招きに預かってやってまいりました。」

「お待ちしておりました。施錠はしておりませんのでどうぞ、そのままお入りになって下さい。」

 そう言われて二人は、重い扉を押し開き、あちこちに大きな白布が被せられた調度品が目立つホールに足を踏み入れた。


「どうぞこちらへ!何しろ、私一人なものでろくなおもてなしもできませんが」

 そう言ってホール奥に姿を見せたのが皇琢磨だった。

 痩せて背が高く、目鼻立ちがクッキリしているから大学でもさぞかし女子大生達には人気があるだろうと思わせる男だ。

 白いワイシャツに、カーディガンを羽織っている。

 二人が招かれたのは、屋敷のダイニングルームのようだった。

 そこで皇は直前まで、二人を迎える為の準備をしていたのだろう。


「実を言いますと、つい先、大学から戻ったばかりなんですよ。色々とどうしても外せない出来事が起こってしまいましてね。」

 そう言いながら、皇が二人に座ってくれと、大きなテーブルの前の椅子を手で示す。

 これが、これから殺人を旨とする仮面ライダーゲーム参加への初会合の場とは、どうしても思えない雰囲気だった。


「驚かれたでしょう?この屋敷と主の落差に。」

 着座した皇が、テーブルの上に肘を置いて軽く両手の指を見合わせながら、爽やかなやわかい口調で続ける。

 テーブルの奥には、ワインとワイングラス、チーズやクラッカーなどの簡単な軽食が用意してあった。


「いえ、皇先生は文化財保護の立場で、このお屋敷を処分なさらなかったんだと聞いています。」

「国がなんとかしてくれれば良いんですがね。ここを買い取ろうという話は、全て儲け第一というものばかりでね。だがそう言って拘るわりには、この屋敷に住んでいるのは私一人でして、とてもメンテナンスまでは手が回らない。私の専門である都市情報学は結構、あちこちに飛び回りますからね。」

 海の隣で、慎也がじれているのが判った。

 世間話はそれくらいにして、早く本題に入れという事だ。


「そのフィールドワークのついでに、ゲームのプレイヤーをお捜しになるのですか?」

 海が、おそるおそる切り出す。

 海にしてみれば、未だに、この会合は何かの取り違えの結果で起こった事ではないかという気持ちが残っている。

 それに、相手の正体を判別してくれる筈の煌紫が未だに、海の意識に昇ってこないのだ。


「いいえ。時間のやり繰りがどうしても出来ない時は、そういう事もやりますが、大体は切り分けてやっていますよ。なにしろゲームの方は、人の生き死にが関わっていますからね。綿密にやらないと。」

 隣に座っている慎也の身体が、微かに震えたのが判った。

 だが、とうの皇は極めて自然な口調で何の変化もない。

 その時、煌紫が現れた。


『間違いない。彼はファイ種、つまりハイエナ族だ。比留間と同じだよ。』

「見えたのか?」

『ああ、さっきの君への答えで、彼は姿を露わにした。宿主の皇に、大学教授と地下政治結社神国代表の二重生活を送らせているから、そのクセが無意識にファイとしての生き方にも反映しているんだろう。誰もその存在を知らない人間社会の中で、ファイ種である自分の存在を日常的に隠しても仕方がないんだがね。お陰で、手こずらされた。』

「煌紫、お前の方はどうなんだ?相手にばれていないのか?」

『大丈夫だ。相手は第三位知見で、私は第一位知見だよ。相手に接触したくらいで私の存在が判るものではない。』


「早く、中身に入ってくんないかな?俺は兄貴みたいに学がないから、大学の先生との会話なんかに興味はないんだ。濱舞久くんだりまで遠征して来て、手ぶらじゃ帰れない。」

 ついに慎也が口を出した。


「口を慎め。失礼だぞ。」

「いやいや、結構。ごもっともだ。今更、あなた方と政治談義をしても何かが始まるとは思えませんしね。それにプレイヤーについては、いつも私の方から準備をして、声を掛けさせて貰うものですから。こういうのは慣れていなくてね。」

 皇のこの言葉で、普段、この男がゲームで勧誘している人間達は、自分たちのような人間とはまったく違うのだろうと海は改めて思った。

 皇が海達に連絡を取って来たのは、やはり海達の存在自身が皇のゲーム存続上のイレギュラーだったからだ。

 皇は海達を排除したいのか、利用したいのか、それももうすぐ判ると海は思った。


「それでは具体的な説明に入らせてもらいましょうか。このゲームの幕開きにワインで乾杯をと思っていたんだが、それは後にしましょう。私の後に、ついて来て下さい。これからゲームの際に使う仮面をごらんに入れます。」

 そういうと皇は椅子から立ち上がった。


「煌紫、なんだか、比留間達とは、ずいぶん様子が違うな。」

『君が比留間達と会った時には、彼らはもう既に、共食いの味を知って狂っていた。ここにいる皇はまだだからね。』

「、って事は、これは俺達の仕事の対象じゃないんだな?人殺し企画は、何としてでも阻止しなくちゃならないが、そういう事なら、他のやり方がある。確実な証拠を握ってから、それを警察に通報して、警察に闇でこいつらを葬らせるとか、」

『それなら良いが、このファイ種からは別の波動も伝わってくる。それが彼を調べるのに手間どったもう一つの理由だ。』

「別の波動?それは何だ?」

『今の所、私にも判らない。とにかく注意してやってくれ。これは雑に扱っては駄目な事案だ。』


「ところであなた方は、我々神国が企画するゲームについて、どこから情報を得られたのですかな?」

 海達を引き連れて屋敷の中を行く皇が、たった今、思いついたという口調で聞いてきた。

 もちろん、それは皇が一番知りたがっていた事だろう。


「もう死んじゃったけど、等々力っていう警察の偉いおっさんが、口を滑らしたんだよ。俺らは、それの又聞き。つまり、センセーが思ってる程、秘密は守られてないって事さ。」

 慎也が直球で答えた。

 慎也の目的は、あくまで自分の姉の失踪の謎を解明する事にあるのだから、この揺さぶりは正しいし、この答えで海達が、不利益を被る事は何もない。

 それに慎也は、真希や遊の生存を無意識の内に諦めているようだった。

 でなければ、ここまで直球の揺さぶりはしなかったかも知れない。


「ほう、、なる程。確かに、そう言えば、あるゲームの参加者の中に、少し引っかかる人物がいましたな。その方が秘密を漏らしたのかも知れない。それは大変、参考になりましたよ。そちらの方は、適切に処理します。ですから安心して、このゲームに参加して下さい。」

 皇は爽やかな口調で、物騒な事を淡々と言い放った。

 つまり秘密の漏洩者は処理をするし、そういうゲームに、これからお前達は参加するのだと念を押しているのだ。


「ああ、それからもう一つ、あなた方のゲーム参加への動機をお聞かせ願えますか?普通はこのゲーム、神国から勧誘するものなのでね。」

「一度、人間を殺して見たかったからですよ。しかしさすがに、縁もゆかりもない人間を殺すのには、抵抗があるし、それで警察に捕まるのは、割が合わない。これで問題は、ありますかね?」

 人間は、普段考えていない事は、咄嗟には口に出ないものだ。

 そう思って海は、慎也より先に答えた。


「いえいえ、問題ありませんよ。あなた方が殺すのは、社会の敵ですからね。ただし、これで又、人が殺したくなったら我々に連絡を下さい。勝手にやると、罪を犯すことになりますよ。」

 罪?お前は神のつもりか?と言いかけて、海は口をつむった。





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