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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第5章 ソウルブラザーズ
42/67

42: 羽目を外す

 慎也が呆れ顔で、海の手元を見ていた。

 ここは、先程のイザコザが起こった場所から、それ程離れていない深夜営業のカフェだ。

 その店のテーブルの上に、海が「戦利品」を広げ始めたからだ。

 札にカードに小銭、名刺の類を綺麗に分類し、分捕ったスマホを一つ一つ手に取っては、電源を入れ中身を点検している。

 慎也は海から、残りの腕時計やら貴金属アクセサリーの点検を言い付けられていたが、何を調べるのか見当も付かなかったし、やりたくもないようだった。


「眠い。もう一杯、コーヒーを注文してくれないか。」

「いいすけど、もう止めません。これ?」

 慎也には勿論分からないが、海が見つめるスマホ画面に流れていく情報は、煌紫が全て読み取って記憶していっている。

 カードの番号や名刺に書かれた内容も全てだ。

 ウエイトレスが二杯目のコーヒーを運んで来た時、海はほとんどの作業を終えていた。


「ねえ、君。ここらで、こういうヤバイのを引き取ってくれる店、知らないかな?」

 ウエイトレスは、目を白黒させている。

 最初に飲み物を運んできた時には、なんてハンサムな男達だろうと思っていたが、今見るとテーブルの上には盗品と思しき物品がズラリと並べられ、しかもそれを捌ける様な場所はないかと、この男達は自分に聞いて来るのだ。

 これがいかにも凶暴で怪しげな男達だったら、ウェイトレスは怯えながらも「知りません」の一言で話を片付けただろう。

 この街で、深夜営業のカフェに務めるのだ、それなりの芯はある。

 だがそれを聞いてきた青年は、そのずば抜けた美貌を緩めながら、輝くような笑顔を見せて、そう彼女に聞いたのだ。


「あっ、池沼通りにあるバー瑞樹ってお店の横に、細い路地があるんですけど、その奥になんでも買い取ってくれるってゆー、噂のアンティークショップがあるって、聞いたことがあります!」

「ありがとう。ホントに助かったよ。この店、又、来るよ。コーヒーも美味いし、君みたいな可愛い子もいるし。」

「あっ、ありがとう、御座います。」

 彼女はウェイトレスとしては、深すぎる礼をしてから、緊張の余りロボットみたいな歩き方で、店の奥に下がっていった。

 そんな彼女の後ろ姿から、海が視線をテーブルに戻すと、慎也が凄い目つきで海を睨んでいた。


「兄貴!いまのなんすか?」

「何で?なんだよ?俺、悪いことしたか?」

「兄貴はさ。ニヒルで陰があって、女なんかしらねぇ、そんでもって滅茶滅茶腕が立って、義理と人情に厚いって人じゃなかったんですか?さっきのあれ、只のチャラ男のやる事ですよ。」

「、、、、。お前、、面白い奴だな。」

 海がにやりと笑ってテーブルの上の強奪品を、フードパーカー製の即席バッグに次々とほおり込んでいく。

「ぐずぐず言ってないで、次、行くぞ。」

「行くって、どこへ?」

「さっきの可愛い子ちゃんとの会話、聞いてなかったのか?何でも買い取ってくれるアンティークショップにだよ。」

 渋々、慎也がテーブルの上に残されたレシートを掴んで立ち上がる。


「あっ、言っとくけど、さっきの連中から巻き上げた金で、ここのは支払うなよ。」

「なんでですか?金には色は付いてませんよ。」

「色は付いてなくても、匂いは付いてるんだ。やつらのくさい匂いがな。俺達の身体に入ったモノの代金は、俺達の金で払う。いいな。」

 海は香川杏子から得た金に手を付けているが、それは、今言ったこの理屈に従って復讐の為だけに使っている。

 だが実際は、慎也が言ったように金には色がない。

 海の言っていることは単なる言い訳だが、その拘りがなくなる事を、海は恐れていた。

「ふーん。そんなもんですかね。俺にはそれって、鯨はくっちゃ駄目だけど、牛は良いみたいな理屈のように、、、、あっ!ちょっと待って下さいよ、兄貴。」

 慎也がなおも海に絡もうとした時、海の姿は既にカフェのドアの向こうに消えようとしていた。




「その財布の抜け殻やらは、いらん。お前らが、処理しろ。」

 件のアンティークショップの老主人が、古びたカウンターの向こう側から嗄れた声で言った。

 深夜の店に、この老人一人だ。

 押し込み強盗が簡単に出来そうだったが、この老人にはそれを跳ね返すような黒さがあった。

 М字に深く禿げた頭髪は真っ白で、鷲鼻の根元には鋭い眼光が光っている。


「それって邪魔くさいんだがな。あんなのでも、泥棒市なんかに流したら売れるんじゃないの?革製とかブランドのとか、宝石付きのもあったぜ。」

 海がいかにもヤサぐれた感じの口調で言う。

 それは、もう演技なのか、後天的に発露しだした海の性格なのか、その見分けが付かない。

 海自身にも判らないのだろう。

 ただ一つ言えることは、煌紫に寄生されるまでの海は、決してこんな男ではなかったという事だ。


「いらんと言ったら、いらん。儂はそんなしみったれた商売はせん。」

「他人のクレジットカードやら、スマホやらを買い取っておいて、偉そうだな。まあいいや。」

 海はカウンターの上に置かれた買い取られなかった物品を、また、即席バックに投げ込んだ。

「爺さんあんた、免許とか見て、誰の持ち物か判ってて買い取ったんだろう?この街の顔役ぽいもんな。しかし俺の見た感じじゃ、奴ら、ヤクザにじゃないにしても吹けば飛ぶようなチンピラでもなかったような気がするんだがな。後々、大丈夫なの?」

 この老人には「奴ら」と言う言い方だけで、全てが通じるだろうという気が海にはした。


「お前らみたいな流れ者に財布を取られるような間抜けは、恐るるに足りん。」

「言うねぇ、、、。だったら一つ頼まれてくれないか?」

「なんだ。それ相応の見返りがあるなら聞いてやる。」

「俺達、地下政治結社の神国ってのがやってる仮面ライダーゲームってのをしたくて、この街にやって来たんだ。」

 海はそう言ってから、暫く間を開けた。


「ふむ、知らんな、そんなもの。」

 表情が少し動いたが、何かを隠すというより、自分が知らない事がこの街にある事実が気にくわないといった感じだ。

 どうやら本当に、この街の顔役らしい、だがこの老人も仮面ライダーゲームの事は知らない。

「もし段取りがつけれられたら頼むわ。それなりの金は払うよ。今、俺達は濱舞久グランドホテルに泊まってる。ルームナンバーは606、神領海と真行寺慎也だ。じゃあな。」

 海が老人に背を向けると、慎也が愛嬌のある顔で「よろしく頼むよ」といった感じのウィンクを老人にして見せた。



 アンティークショップを後にして、二人は海浜都市の濱舞久市を二分する一級河川に掛けられた大橋までやって来た。

 海は橋の真ん中で立ち止まると、欄干の向こうに未だまばゆく輝く夜の街並みを暫く眺めていたかと思うと、やおら手に持っていた即席バックを河に向かって投げ捨てた。


「えーっ!」

 慎也が素っ頓狂な声を上げる。

「どうした?」

「いや、思い切りが良いってか、思慮が不足してるってか、普段の兄貴から想像できなかったもんで、ちょっと。」

「吃驚した?俺も自分で吃驚してる。さっ、今夜はこんくらいにしとこう。明日から時間はタップリあるしな。今夜みたいな調子で、隠れたゲーム野郎の目が覚めるまで、思い切りこの街で暴れてやるさ。」

 そう言い終わると、海は普段は滅多に見せない、太々しい表情で笑ってみせた。




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