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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第5章 ソウルブラザーズ
41/67

41: 暴漢デビュー


 濱舞久市は高速を使えば、充分日帰りで行ける位置にあったが、じっくり腰を据えて物事を調べるとなると現地に宿を取るしかなかった。

 慎也が1週間分予約しておいたというホテルに着いて、海は驚いた。

 レンタカーでわざわざBMBを借りた慎也の事だから、ビジネスホテルは予約しないだろうとは思ってはいたが、、。

 そこは紛れもない超高級ホテルだったからである。

 都内のそれに比べれば、まだグレードは低いのだろうが、濱舞久市ではトップクラスのホテルだった。


「よくこんな場所を予約したな、、。俺達の格好を見てみろよ。」

 海は、脇に釣った拳銃を隠せるようにと黒のスプリングトレンチコートとジーンズの組み合わせだったし、慎也に至っては、レザーパンツにオートバイレース用のエレベーションスーツのパンツ部分を切り放ったような上着を着ていた。


「金スッか、心配しないで下さいよ。この旅行の分は全部、俺が待ちますんで。」

 海は慎也がどんな稼ぎをしているのか知らなかったが、地に足が付かない泡銭の様な金から、今回の費用を工面をしたのだろうと思っていたが、これ程、慎也の金銭覚が狂っているとは思っていなかった。

 海自身は、神領家から放逐のアリバイ作りとして与えられた月々のマンション賃貸料以外は質素な生活を送っている。

 海にとっての派手な出費は、高速ランニングで移動する為、直ぐに靴底が駄目になってしまうシューズ代と、擦り切れてしまうパンツ代くらいのものだった。


「金じゃないよ。場違いだって、言ってるんだ。見ろよ、みんな俺達の事見てる。」

「見てるのは俺達が格好良いからですよ。イケメンブラザーズ。それに仮面ライダーゲームに誘われるのは、セレブ連中なんでしょ。俺達がビジネスホテルに泊まってちゃ、どうしようもない。」

 そう言うと、慎也はフロントに向かって、どんどん進んでいった。

 その背中には、微かに縦の隆起が見える。


 背中に空気の流れを生み出すエレベーションスーツの空間に、長ドスを仕込んでいるのだ。

 この男、物を考えているのか、いないのか、さっぱり判らない。

 とは言うものの、サイレンサー付きの拳銃を隠すために、スプリングトレンチコートを着用している自分も、そう大差はないと海は考え直した。

 拳銃の入ったスーツケースはポーターが運んでいるが、これが飛行機の旅だったら、俺は一体どうしていたんだろうと一人、苦笑した。

 まるで思春期前の男の子が夢想するような世界、まさにそれが神領海の現実だった。



 終電間近の時刻に、二人は車でホテルを後にした。

 海は、普段のザンバラ髪に近いヘヤースタイルをオールバックに撫で付けている。

 慎也はそれを見て、ヒュウと口笛を吹いた。

 ここから濱舞久市の夜の顔が始まる。

 二人はその夜の街で、「仮面ライダーゲーム」という言葉をまき散らすつもりだった。

 そうやって相手の注意を引く。 

 情報が乏しいので、そういった方法しか思い浮かばなかったのだ。


 慎也は相変わらず長ドスを背中に隠していたが、海はそれを注意出来なかった。

 海も拳銃を持ち出していたからだ。

 どこかで虫と遭遇したら、慎也を守ってやらねばならない。

 慎也の身体が、ハイエナ族などに身体を乗っ取られるような事があれば、笑い話にもならない。


「慎也。お前に見せておきたいものがある。」

「なんすか?」

 慎也はBMBのレザー張りの運転席に身体を預けて、今にも鼻歌でも歌いそうな浮かれた調子で聞いてきた。

「これだよ。」

 海は助手席から少し身体を浮かせて脇から拳銃を引き抜き、上に持ち上げた。

 出された物を少し横目で眺めようとした慎也が、真顔で拳銃を見つめる。


「前を向いて運転しろ!」

「兄貴。一体、何者なんです?」

「只の美大生だよ。こんな物、金と伝手さえあれば誰でも手に入る。」

「嘘だ。兄貴の住んでるマンションだって、貧乏学生が住むような場所じゃない。」


「あれは実家からの仕送りで賄ってる。仕送りは、手切れ金がわりだ。大学生活が終わったら、もう実家には帰る場所はない。あとは勝手にやれって事だ。」

「ちっさい頃、神領家を追い出された自分達より、残された海君の方が可愛そうだって遊さんが言ってたのは、その事ですね。」

「、、それはないだろ、姉さんの方が俺よりずっと苦労をしてきた。まあ、そんな事はどうでもいい。俺がお前にこれを見せた意味だ。」


「言われなくても判ってますよ。だから俺も長ドスを背中にしょってる。、、、これ、実言うと背中に当たって痛いんすよ。」

「そうじゃない。どうしても時は、その長ドスを使うのはかまわないが、緊急以外の荒事は俺に任せろって言ってるんだ。」

「へぇーその拳銃を突きつけて、俺達の相手に手を挙げろとか言うんですか?」

「、、かもな。」

 二人がBMBの中で軽い言い合いをしている間に、道路の両脇が建物の光で昼間のように明るくなっていった。

 濱舞久市の中心にある不夜城の入り口に到達したのだ。


 別名、「石畳の街」と言われるだけあって、濱舞久市市街の歩道は広く、そこに夜道を煌々と照らす街灯が、夜にわき出す人間達を惹き付け、真昼のような往来を形成している。

 夜中の濱舞久を徘徊している多くは在日の不良外国人、残りは観光客と日本のならず者たちだ。

 早速、厄介事が人の形をして、前から3人、後ろから2人近づいてきた。

 海達の放つ雰囲気が際だっていたから、これはしごく当たり前だった。

 類は友を呼ぶだ。

 慎也もこういう気配には敏感らしく既に警戒態勢に入っている。

 だが流石に、後方から距離を詰めてくる別の2人の存在までは分からなかったようだ。


「う~ん、噂に違わぬ街ですねぇ。喰える相手と判定されたら直ぐに悪共が群がりよってくる。あそこの車の駐車料金、異様に高い意味がよーく、わかりましたよ。」

「確かに、街の立体駐車場にしては、要塞みたいだったな。ネットの旅行ガイドが、オススメするわけだ。」

 二人は平然とした風情で、真っ直ぐ男たちに向かって歩いていく。


「いいか慎也。この場は俺がやる。お前は手を出すな。お前、多分、俺が本当に強いのかどうか疑ってるんだろう?あの晩、自分がやられたのは、何かの偶然が重なっただけで、ホントはこの美大生、そう強くないのかもって思ってる。確かに俺の見かけは、強そうに見えないからな。だから、今から俺が本当に強いって事を証明してやるよ。それで納得したら、この先、俺の言うことを聞け。一々、事あるごとに、お前を説得するのが、邪魔くさいんだよ。」

 海がそう言い終わると、そのタイミングで相手のリーダー格らしい男が立ち止まって喋りかけてきた。


 海と慎也は、男達のグループと、歩道のド真ん中で睨み合うことになった。

「兄さん達、此処は初めてなんだろう?チョット、この土地について勉強して行かないか?」

 流暢な日本語を話す若い南米人だった。

 濱舞久市には、どの国の出身者が多いという在日の偏りがない。

 一時は難民受け入れでアジア系が多数だったが、現在は悪い意味で、国際都市化している。


「何を言ってるのか、全く意味が分からないんだが?」

 海が平然と答える。

 慎也の目が、キラキラ輝きだした。

「そうかい、例えば、危険回避の方法とかだ。飛行機に乗ったら色々アナウンスがあるだろう。アレだよ。」

「馬鹿の例え話は、わまりくどいな。下手に格好を付けるからうざったい。金目の物を置いて行けでいいんじゃないのか?」

「こいつ!舐めたクチを叩きやがって!」

 リーダー格の右隣にいた黒人の若者が吠える。

 場数を踏んでいるのか、声も裏返らないし、恫喝に迫力がある。

 しかもこのやり取りの間に、海達の後ろを付けていた男達によって、完全に退路を塞ぐ布陣が出来上がっていた。

 海は何気なく、慎也の肩に手を回すと、スルリと慎也の背中から長ドスを鞘ごと抜き出した。


 海は、長ドスをぶら下げて前に進みながら、幼い頃、祖父の神領宗一郎に「お前が悪くないなら虐めた相手を殺してこい」と言われて、棒きれを握った時の感覚を何故か思い出した。

 懐かしいのはいいが、同時に腹の奥がグンと冷えて固まる感覚が、生理的過ぎて不気味だった。


 海は今、慎也から取り上げた長ドスで練習していた、居合いモドキを試してみる募りになっていた。

 人間の体内に入り込んだ寄生虫を殺すためには、拳銃しかないと煌紫は言ったが、人の身体の部位を切り落としていき、寄生虫の逃げ道を塞ぐなり追い込むなりして、最後にとどめを刺すという方法が別にあると海は思った。

 それは鋭利な刃物と、超人的な運動神経と筋肉、視力があれば可能な筈だ。

 今、それを海は人間相手に試してみようとしていた。

 戦闘の師である李が、もしこの思い付きを聞いたら、大いに賛成してくれるだろうとも思った。


「なんだよ、それ?素人さんが持つようなものじゃないな。そんなもん振りまわしてると怪我するぜ。それよかホラ、早くだしな。」

 己の剛気を見せつける為か、リーダー格の男が手の平を上にして、その腕を前に付きだした。


「そうかい、ご親切に。」

 海が手に持った長ドスを胸前あたりに静かに引き上げると、長ドスの鯉口が一瞬だけ光った。

 その途端、ヒィッという声がリーダー格の男の口から上がり、次に右腕を抱き込むようにしながら、その場にしゃがみ込んだ。


 右にいた男が、しゃがみこんだ男と海を交互に見比べ、何が起こったのか、ようやく気がついたように、ポケットからナイフを取り出して、男を庇うように前に出た。

 再び海の持つ長ドスの鯉口が光る。

 次にパスンと刃物を戻す音が聞こえた。

 今度は、ナイフを握り込む男の親指が、手から切り離され、ゆっくりズリ落ちていくのが見えた。

 次にナイフが地面に落ちる。


「おっと、暴れるなよ。そのまま、その指を持って病院に行け。綺麗に切り落としてやったから、今ならくっつくぜ。」

 海はナイフ男にそう言ったが、その視線は次の標的である正面の無傷な、もう一人の男に向けられていた。

 残った男は、もうやるしかないと判断したのか、腰にアクセサリーベルトの様に巻いていたチェーンをバラリと解き、その獰猛な顔を威嚇するように前に付きだして見せた。


 男が、何か呪詛の様な外国語の短い言葉を吐いたが意味は判らない。

 その言葉を合図に、海が地面の上を滑るように移動し、男の前に踏み込んだ途端、今度はその男の鼻の穴が綺麗に縦に裂けた。

 海の刀身を抜く手と、抜き身自体が、速すぎて見えないのだ。

 男は自分の顔面から吹き出してくる血を止めようと、チェーンを持った手で顔を押さえる。

 こうやって海は、3人の男への最小の痛打で、相手の戦意をそぐことに成功したように見えた。


 だが、事はそう簡単には済まなかった。

「くぅ、、、やっちまえ!ギタギタしろ。」

 最初に斬撃を加えたリーダー格の男が、立ち上がってそう吠えた。

 海が手加減をして、男の手や腕の側面の肉を削ぐだけにしておいたのがいけなかったのだ。

 それを合図に、指を落とされた男以外の全員が動いた。

 鼻を切られた男、海達の後ろで待機していた二人の男が、まずそれぞれの獲物を手にして本気で前に出た。

 リーダー格の男に至っては、左手で懐の中に押し込んで隠していたスナップノーズを抜き出しにかかっている。

 それからどうなったのか、側で様子を見ていた筈の慎也にも、起こった出来事が理解出来なかった。


 海の身体が、3人の男達が形成する間合いの中に入っていったかと思うと、流れるような光が数回閃き、うっすらと血の臭いがまし、それに加えて、さっきは聞こえなかった、激しく肉を叩く音が数回した。

 3人の男達が、海相手に踊っているようにも見えたが、勿論、そんな筈はない。

 数秒後には男達は全員、地面に沈んでいた。

 慎也がもっと驚いたのは、その海が、慎也に向かって突進してきた事だ。


「屈め!」

「へっ!?」と言いながら、慎也は訳も判らず、海の気迫に押されて、その場に屈み込んだ。

 途端に、慎也の右肩が、ドシンと強い衝撃を受けた。

 海が慎也の身体をステップボードにして、彼らの後方に迫ってきた男達に向かって、空中を飛んだのだ。

 こわごわ立ち上がりながら、後ろを振り返った慎也の目に映ったのは、これも地面に打ち倒された、背後からの男達だった。



「隠してたけど、俺、神領流の免許皆伝なんだよ。」

「神領流、、、。」

「居合いと空手の混じったのみたいだな、古武術だから余り有名じゃない。」

 口から出任せだった。

 神領染めはあるが、神領流など何処にもない。


「、、、すげぇっよ、兄貴。身が軽いだけのへなちょこ空手かって思ってたけど、、。」

「馬鹿野郎、、。やっぱり、そんな風に思ってたのか。」

 苦笑いしながら海は、側に倒れている男からフード付きパーカーを脱がせにかかった。

「ちょ、兄貴、何してんすか?」

「見て判らないか、追いはぎだよ。このパーカーを袋代わりにするから、こいつらの金目の物、全部集めてここに入れろ。スマホもだぞ。」

 海は器用にフードパーカーを括って袋状にして、パーカーを脱がした男のズボンから財布を抜き取り、そこにそれを放り込んでいる。

「ぐずぐずすんな。全員、峰打ちなんだ。こいつらが目を覚ましたら厄介だろうが。お前もやるんだよ。」





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