40: 旅の始まり
海のスマホに着信があった、慎也からだった。
誤解とは言え、自分を襲った相手なのに、慎也とは気がついたらメアドも交換していた。
慎也は、人に取り入るのが抜群に上手いのだ。
「兄貴。俺に何か、隠しちゃいませんか?」
「隠すって何をだ。」
「仮面ライダーゲームのアタリが付いたんでしょ。」
「、、、、。」
「例のインチキ探偵を締め上げたんですよ。そしたら、お前に教えてやった刑事が、もう色々な事をある女に話したって。ある女って、兄貴の所に入り浸ったてるあの女でしょ。兄貴は、あの女使って情報掴んだんだ。」
「なんでそんなに、断定的なんだ?それにお前、その言い方、おかしいぞ。」
「おかしいって何がおかしいんです?」
「お前の言い方、お前が黛真希に、嫉妬してるみたいに聞こえる。」
「、、そっ、そんな事ないっすよ。俺は只、兄貴があの時、いよいよとなったら連絡するから手出しすんなって言っておきながら、俺抜きで、あの女と何かやらかそうとしてるから苛立ってんですよ。」
「黛真希は、俺やお前と同じように、姉さん達を心配してるんだ。血が繋がってるんだよ、当たり前だろう。お前だけが、諸々一人で背負ってるような顔すんな。」
ちょっと誤魔化しが入っているなと思いながら海は言った。
おそらくもうこれ以上、慎也をのけ者には、出来ない。
行動を共にさせ、いよいよとなったら、寄生虫の事も含め洗いざらい話してやって、もうこれ以上、慎也を巻き込まないようにしよう。
色々とショックが大きいだろうが、仕方がない。
それでも慎也が香川杏子の事まで含めて、復讐を続けたいというのなら、代わりに自分が慎也の目の前で、香川杏子の中のマンイーターを殺すしかない。
それで自分もケリが付けられる。
そう、海は考えていた。
「、、、すまなかった。言い過ぎたよ。調べた事を言う。お前も手伝ってくれ。でもこの件が、姉さん達の失踪と関係がなかったら、お前は直ぐに手を引くんだぞ、いいな。」
「そんなに、やばいんすか、、。」
「何人かの刑事が内偵に入っていて、ゲームの内容を掴んだらしい。だが、さあこれからって時に、急に方針が変わったそうだ。」
「等々力のおっさんの死と、何か関係があるんすか。」
「さあ、そこまでは判らない。」
「相手は、地下政治結社、名前は神国だそうだ。」
「神国ねぇ、、右翼ですか、、。」
「ならいいが。それに主な舞台は、濱舞久市だ。」
「うひょー、濱舞久市かぁ、地下カジノじゃないすか。遊びに行くにはいいけど、今度の場合は、ちょっとやばいすね。」
「なんだか、嬉しそうだな?」
「だって兄貴と一緒でしょ。日帰りも無理だし、連泊すよ。俺、早速、段取り組みますよ。何かリクエスト有ります?」
「特にない。でもお前の長ドスは今度も俺が使うから、慎也が護身用に何か必要なら用意しとくといいな。拳銃はだめだぜ。」
「いや、今度ばかりは、アレ返して貰いますよ。返してくれないならもう一本、ボントウ用意します。結局同じことっしょ。」
慎也の口ぶりが、今までとうって変わって凄みを帯びていた。
「・・なんちってね。兎に角、準備が整い次第、連絡を入れます。俺、車で迎えにきますから、何時でも出発できるよう用意を済ませておいて下さい。じゃ。」
そう言って、慎也は電話を切った。
『海はサイレンサーを用意しておくといいな。』
今までのやり取りを聞いていたのか、煌紫が浮き上がってきてそう言った。
『街なかで、おいそれと拳銃を使う訳にはいかないだろうが、それでも使う必要が出てくるかも知れない。』
「おいおい、今度の件、やっぱり虫と関係があるって言いたいのか?例えあったとしても、共食いには繋がらないだろ?時期が違うよ。」
『我々、知的パラシートゥスの世界は広いようで狭いんだ。その時、繋がらなくても、後で繋がって来ることはママある。もちろん、私の考え過ぎであることを願っているよ。しかし、わざわざ等々力が、遊達の前でその話をしてみせたという点が、やはり引っかかる。というか警視という身分の等々力が、なぜそんな事件に関心を持ち、それどころか、陣頭指揮まがいの入れ込み方をしていたのかって事だよ。普通ならそんな事は、快楽主義者のキー種がやる事じゃない。しかもこの話は、香川の前でしてる。』
「警視としてじやなく、マンイーター族として、なにかの事情があって、この件を監視していたと言いたいのか?」
『分からない。あくまで可能性だ。ある程度、相手の状況が分かっていて、遊達を横取りされたくないという気持ちが働いたのかも知れない。彼らの人間社会への適応力はずば抜けているし、頭もまわるが、事、人食いになると、普段の成熟度が嘘のようになって子供じみた事をする。特に等々力は、その傾向が強かったようだ。』
「、、、、。」
マンイーター族が自分たちの獲物が、ハイエナ族に攫われないように予防線を張っていた?
ハイエナ族が、何でも喰らうのは判ってはいるが。
にわかには信じられない推理だったが、全くあり得ない事ではなかった。
人間社会にだって、新興勢力がのし上がって来て、古い既存勢力とパイの取り合いをするという事は、いくらでもある。
つまり虫たちは、常に「共食い」のカタストロフィの隣にいるという事だった。
「サイレンサーはどうやって手に入れる?」
『猪飼がいるじゃないか。黛真希の姿で連絡をとれば、前の銃にあうサイレンサーなど、直ぐに用意するだろう。その時は、予備の弾層もタップリ追加で頼んでくれたまえ。』
煌紫はそう事もなげに伝えると、又、海の前から消えた。
猪飼は拳銃の受け渡し場所にレストランを指定して来たが、真希はそれを拒否して都内のバーに変更させた。
昼間の遊園地でも良かったが、猪飼の風体が浮かずに周りにとけ込める場所は限られていた。
もちろん取引の品物が物騒なものでなければ、猪飼を遊園地にほり込んで困らせる事に、躊躇はなかったのだが。
相変わらず猪飼は、薄暗いバーの店内でも濃いサングラスをかけていた。
「ほう、黛ちゃん。女プリっが上がったね。」
上がるわけないだろう。
上がったのは化粧の腕だけだ。
これだから男はどうしようもないと、海は猪飼を前にして思った。
「津久見警備は、まだ香川のところを首になってないみたいね。警察に良い所を、全部持って行かれたのにね、」
「ああ警察は四六時中、香川様のわがままを聞いてられないし、それに我が社の勇敢な女性ボデーガードは、なんとあの騒動の中で、女性刑事をお守りしたんだよ。そんなに、捨てたものじゃないって事さ。」
「貴方、あの事件の事、どう思ってるの?」
「何が言いたいんだね?近所の動物園から狼が逃げ出して、偶々そいつが香川様を襲った暴漢のふらちな行為と重なったって言う凄い偶然の事か?それに男は拳銃を所持してて、君もあの刑事さんも危なかったんだろう?警察が射殺なんて、ど派手な事しても、それで守った相手が、妙齢の美女二人だと、あまり批判の声が上がんないんだよな。日本人はそういうの好きだから。奴らの相手が、ムサイ男の警備員だったら今ごろどうなってたかなー。」
猪飼は惚けまくっている。
どこまで真実を知っているのか、まったく判らない。
「そこまで分かていて、腹が立たなないの?警察のそれ仕組んだの、香川なのかも知れないよ。」
海は、それでも猪飼のペースに乗ってやった。
「関係ないね。こっちは金さえ頂ければいい。それに会社の信用の方も香川様が上手くカバーしてくれてるからね。知ってるかい。警備の方の依頼は、あれ以来、増えているんだぜ。我々の存在が、あの事件でクローズアップされたということさ。いい宣伝になった。実は、君を自分たちの警護に回して欲しいという依頼が沢山あるんだ。どうだね?またウチに再就職して見るか?」
黛真希は猪飼の顔を馬鹿にしたような顔で見た。
「いや。聞いてみただけさ。でも女性の警備員は、沢山増やしたのは事実だ。それも美人のね。」
猪飼に探りを入れれば、春風祭襲撃事件について、警察がどのような後処理をして行くのか、その裏事情が少しは解るかとカマをかけて見たのだが、彼も深くは知らないようだった。
検死に回された二つの死体からは、虫たちが発見されたのだろうか?
それもわからなかった。
短い会話の後、二人は予備の弾倉とサイレンサー、そして現金を交換して別れた。
猪飼はバーを出て行く黛真希の後ろ姿を、物欲しそうな目で見送っていた。




