表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第5章 ソウルブラザーズ
37/67

37: 煌紫の秘密

「貴方の専属のボディガードが、貴方ではなく、違う人物を助けに向かった事をどう思われます?」

「二人の人間が溺れかかっていて、二人同時に助けられないとしたら?明らかに一方の人間が泳ぎが上手くないのが判ったら?貴方はどちらを助けます?彼女は職務ではなく、それ以前の人として成すべき事を本能的にやったのだと思いますよ。だって私はあの時、あの化け物を撃退しつつあったんですから。いえいえ、今のは冗談です。こうやって私が居られるのは、この国の優秀な警察のお陰です。特にあのオオカミをやっつけて下さった狙撃チームの皆さんには感謝しています。」


「観客の何人かが、その場面を目撃しているようですが、その時の貴方のキックは大変素晴らしかったとか。」

「日頃、身体は鍛えていますからね。エステだけにお金をかけても、本当に美しくはなれません。クラヴマガのトレーニングを受けているんです。勿論、その目的は、化けものを倒すためでは、ありませんけれどね。」

 香川杏子がベッドの上でにこやかに笑った。


 どうせこれだって、やらせだろうと海は思った。

 全ては香川杏子の寛容さ、勇敢さに話は結びつけられていく。

 更に彼女はあの講演会で被害にあった観客にまで多額の見舞金を出している。

 もちろんゲストにしか過ぎない香川杏子に非はなく、そんな責務はない。

 香川杏子の厚意だ。

 その分、普通なら千載一遇のニュースネタとして、重箱の片隅まであらゆる事が取り上げられる筈のものが、香川杏子一色になっていた。

 大学講堂に入り込んだ大きな狼や、同じ偶然で会場にいたテロリストなど、突っ込み所が満載のこの事件なのにだ。


 事実隠蔽の手法としても超一級の仕上がりだった。

 もし香川杏子が、己の正体が露見するのを覚悟したなら、比留間と互角以上に戦えた筈だ。

 吸血鬼と狼男の闘いのようなものだ。

 なのに現実は「勇気を振り絞りオオカミを追い払った勇敢な香川杏子さんもやはり女性。入院先の病院から退院しても暫くは休養されるとの事、今後の彼女のご活躍を期待して、このニュースは、、、」だ。

 海はテレビのリモコンのスィッチを切った。



『済まなかった、海』

「何をだ?」

 突然、浮かび上がってきた煌紫に、海はぶっきらぼうに頭の中で答えた。


『私は会場に警察の狙撃チームがいた事を黙っていた。』

「恨んじゃいないよ。あれで俺は助かった。」


『海は、何もしなくても助かっていたよ。でも海は極夜路塔子を助けた。』

「香川杏子を見捨ててな。そこん所は、逆に煌紫。お前が俺を罵ってもいいのかも知れないぞ。極夜路塔子一人が死のうが生きようが体制には影響はないが、あそこで比留間が香川杏子を喰ってたら、凄い事になってかも知れない。俺はそれが判っていて、極夜路塔子を選んだんだ。お前らの共食いの影響が俺達、人間社会に出てくるのは、まだ先の事だと判断したんだ。俺は人間だ。虫を助ける為に、目の前の人間を見捨てるわけにはいかない、」


『それはいいよ。正直に言うと、あの時、私は一瞬、驚いた。海が極夜路塔子を助けるとは思っていなかったからね。だってあのまま放っておけば、君は比留間に香川杏子を奪われて、仇を討てなくなる。だから比留間を阻止する筈だとそう思っていた。その後、君は事態の大きさを正確に理解していないと一瞬だが、怒りを感じたのも事実だ。今、極夜路塔子を助けることで、後に他の大勢の人間達が大きな悲劇を被る、それを知っている筈なのに、愚かだと。』

「愚かなのは、当たってる。」


『いいや、君はやはり遊の弟だよ。私はそんな海が好きだ。』

 煌紫が珍しく感情的な側面を見せた。

「、、ありがとうよ。俺も、あの時、ホントはお前に裏切られた気がしてたが、お前が狙撃チームの事を黙ってた事は許してやるよ。あれ、もしかしたら知っていただけじゃなく、例のお前のネットワークとやらを使って、細工をしたんだろう?お前が、俺が銃も持っていないのに、私に任せておけと言った時に、何かやってるんだろうって薄々は思ってた。」


『やっぱり怒っていたんだな。、、狙撃チームを置くあの作戦を考えていたのは私だけじゃない。実は香川杏子もそれを考えていたんだ。私がネットワークを使って警察に働きかけていなくても、ああいう布陣になっていた可能性は大いにある。』

「出来芝居で殺されたのは比留間。割をくったのは極夜路塔子、、でも警察はこの件で株を上げたな。そして津久見警備総合会社の黛真希は経緯はどうであれ女性警官の身を守った。増萬寺での警察の不首尾を考えると、今回の件で津久見とのバランスが合った。いわゆるWINWINって奴だ。良く考えてある。でもこの件で、一番得をしたのは香川杏子だ。したたかな奴だよ。いま思うと俺が等々力寛治をやれたのはビギナーズラックって奴だったんだな。、、、まあいい、それより今、気がかりなのは、何故、あのタイミングで会場の照明が落ちたかって事だ。」

『、、海も気がついていたか。』

「やっぱり比留間らに仲間というか、応援がいたって事なのかな?そいつらが共食いで繋がっているなら、共食いは予想外の速さで繋がってるって事になる、、。」

 二人の間にしばしの沈黙が訪れた。


「ふう、、この先どうなって行く事やら。、、ところで煌紫、前から気になっていたんだが、この際、一つ聞いていいか?」

『なんだね、改まって。遠慮するな、私達はもうそんな仲ではないだろう。綺麗な言葉ではないが、我々は君たちで言う、腐れ縁というやつだ。』


「お前は、最初に自分の事をネットワーク的な存在だと言ったな?確かに色々な情報を他の仲間から得てるみたいだ。今回の仕掛けにもそれを使ったんだろう?だったら何故、今回の共食い連鎖を、他の仲間に知らせて全面対応させないんだ?なんで、俺とお前のたった二人でやろうとする。」

『、、、。』


「俺には、煌紫がこの問題を一人で抱え込んでいるように見えるんだがな。」

『海は、遊が私と出会った最初の経緯を知っているんだろう?』

「ああ真希ちゃんから聞いた。サナダムシダイエットを処方する不思議な会員制のエステサロンみたいな場所でだろう?」

『そこで働いている人間達は、私の仲間だ。だが彼らは、他のプシー種とは違って、人間の身体を完全に支配している。』


「等々力や比留間と同じなのか!?話が違うだろ!プシー種は、人間を乗っ取らないと言ったじゃないか!?」

『乗っ取りはしないよ。寄生した宿主が、死亡した後、その身体を使い続けさせて貰っているだけだ。我々は、宿主の身体を大切にするが、それでも人間の寿命を遙かに超えてまで宿主を不老不死化するような事はしない。自然の摂理に反するからね。つまり宿主の自然死や、不可避の病による死には手を出さない。普通はそうなったら、我々は次の宿主を探す。しかし、それをしないで、その魂の抜け殻となった宿主の身体を操作して使い続ける事があるんだ。我々はそういう仲間を、守護者と呼んでいる。』


「話が見えないな、、その守護者とやらがエステサロンの人間だったて事なんだろうが、それがお前が仲間に助けを求めない事と、どういう関係がある?」

『すこし遠回りになるが、私の話を最後まで聞いてくれ。おそらくこの順番の方が、海には分かり易い筈だ。、、さっき言った守護者には種類がある。我々は人間の寿命に対して長寿だ。だから死ぬまでに何回か違う人間に寄生する。その回数を言ったら海の機嫌が又、悪くなろうだろうから、秘密にしておくよ。でも我々の中には、達観して人間に寄生し続ける事を、自ら止める者もいる。』


「それって自殺みたいなものか?いや人間でいう即身仏か、、。」

『そうだな、考え方としては即身仏に近いかも知れないね。そういう仲間達は、人間の身体を使って、残された自分の命を、プシー種全体の育成や保全の為に捧げるんだ。例えば、仲間が宿主を乗り換える時に、人間にとっても我々にとっても出来るだけ安全にスムースに事が運ぶ段取りを組んだりとかね。非常に大切で崇高な仕事だ。だがこの守護者の中には、人間でいう犯罪者にあたる仲間もいる。彼らは、まだ何回かは寄生を続けたいのだが、その犯した罪によって、罰として死んだ人間の中に閉じこめられる。そして強制的に守護者の任に付かされるのだ。同じ守護者でも彼らの仕事は、我々が人間に寄生する事によって生じるトラブルの排除だ、、、まあ汚れ役だな。』

「、、、罪と罰って?まさか煌紫、お前。」


『そうだ。私は既に何度も罪を犯した。私がネットワークに、私がして来た事を全て報告していたら、私はその罪によって、罰せられ、とっくの昔に闇の側の守護者になっていただろう。』

「お前が何をしたっていうんだ?俺の知ってる煌紫は、、俺の知ってる煌紫は、、とても紳士的で命を大切にする礼儀正しい奴だぞ!」

 海は普段口に出来ない事を、思い切って言った。


『最初の罪は、遊を助ける為に、彼女を折りたたんで私の中に格納した事だ。我々は人間の不可避の死に関与してはならない。私はその戒めを破った。あれは不可避ではないと思ったからだ。だがネットワークはそう判断しないだろう。次の罪は、海、君にああいう形で寄生したこと。我々は人間に、我々の寄生を意識させてはいけないのだ。それが我々の文化文明価値の到達点だ。だが今も私は、君と会話を続けている。』

「そんな、、、それって全部、姉貴と俺を助けようとしてやった事じゃないか!?」


『君たちの考えなら、そうだ。だが我々の価値観では、そうはならない。そして私が犯した最大の罪は、等々力の死という共食いの発生原因を作った事だ。』

「それも俺の復讐のせいだろ!お前は止めていたんだ。お前のせいじゃない!」


『いや、私は不覚にも、ああなる事を予測出来ていなかった。第一、私は他種への不干渉という我々の属としての不文律を、海の復讐に協力する事で破っていた。だから私は本来、罰を受け入れるべきなのだ。だが、出来ない。全てを隠し通してでも、罰は受けたくない。だから共食いの件は、私一人で片付ける。』

「なんでなんだ?煌紫、おまえらしくないぞ。まだ何かあるんだろう?言えよ!」


『罰を受け入れれば、その時点で、君と私の二人三脚はもう終わりだ。闇の守護者が、我々の世界について知りすぎた君を殺す。我々の世界は、今の体勢を存続させる為に、海と私のような二重存在を許さないだろう。私は君の亡骸を使ったまま闇の守護者に墜とされる。そしてもっと最悪なのは、そうなれば遊は本当にもう終わりだという事だ。私は君と遊の死を、自分の中に抱え込むことには耐えられない。』

「馬鹿だよ、、お前は。それって全部、俺達の為じゃないか」


『そうではない。それは私の為だ。それに悲観する必要はない。今まで喋った事は、全て仲間には秘密にしてある。ネットワークには繋いでいない。おそらくそれでもネットワークの最高位部分は、この局所で起こっている異変を察知している筈だろうが、最高位がジャッジメントを下すのはもっと後の事だろう。だからそれまでに、共食いの連鎖は片づける。それはもとより、私の責任なのだからね。そして君との事は、最後まで黙り通す。』

「それで本当に良いのか?共食いの件が失敗すれば、お前達の属がすべて滅びるかも知れないんだろう?下手をすれば人間だって、いやこの星の全ての生命体に影響が出るんだろう?俺達の為に、そんな危ない橋を渡るのか?」


『、、それでも私は、遊と君を殺させるワケにはいかない。』





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ