表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第3章 蠱毒の女王
33/67

33: 背守り


 香川杏子が「自分の警護にあたる時は常にこれを着用するように」と、黛真希に与えた「制服」が、真っ赤なレザーの全身ボンデージだった。

 ゆくゆくは、香川杏子が率いるANNZUブランドの新カテゴリで使われる、新しいデザインコンセプトで制作されたものらしい。

 黛真希は否が応でも、四六時中、香川京子に張り付いていなければならないから、その姿は当然、周囲の人間達の注意を惹く。

 その中には、マスコミ関係者も多い、香川京子のしたたかな計算だった。


「隣の部屋に姿見があるから、そこで着替えて私にその姿を見せて頂戴。サイズはピッタリの筈よ。でも問題があったら言いなさい。」

 海は言いつけ通りに、香川邸の一室で着替えを始めた。

 海は姉・遊の人皮を着ているから、実際には着替えというより重ね着なのだが、人皮の融合度合いは、もうそんなレベルではない。

 素肌に直接、ボンデージを着込むのと同じだ。

 吸い付き具合も締め付け具合も申し分ない。


 黛真希のボディサイズの採寸など、香川杏子の観察能力を持ってすれば、ただ見るだけでMRI検査並の事が可能なのだろう。

 姿見を見る。

 確かにエロチックではあるが、素晴らしく洗練されていて下品な感じを受けないのは、そのデザイン力に負う部分が大きいのだろう。

 ひょっとしてあの時、遊の全身を拘束していた革ベルトのボディサックを作ったのは、香川杏子ではないかという気がしたが、同時にその正体がキー種の脱皮したものである事を思い出し、海はその思いを急いで振り払った。


 姿見で背中からの姿を確認した時、海は首筋の襟元に、革の打ち出しで羽根を広げた動物の線画が施されてあるのに気がついた。

 それは着用している時にも目には入っていたが、特にその部分が別の色で染め分けられているワケでもなかったので余り意識はしていなかったのである。

 海は着替えたその姿を、香川杏子の前で晒し終わった後、背中の図案について聞いてみた。


「それはね、背守りと言うのよ。モチーフはこうもりね。直線的な図案で洒落てるでしょ。背守りの事は遊に教えて貰ったの。遊は自分の母親から教えて貰ったと言っていたわ。」

 なんと香川杏子は昔を懐かしむような表情を顔に浮かべその図案について語り出した。


「その昔、背中は霊魂の守りの要で着物を着た時には、その背縫いによって身を守れると信じられていたんだそうよ。人の背中には目がなくて、体の前に比べて無防備だから、背後から魔物が入り込もうとするのを見つける目を、着物の(縫い目)と見立てたわけね。でも子供の着物は、生地が小さいから背縫い線がないでしょ。つまり縫い目による目がないって事ね。だから、わざわざその印を縫い込んだ、それが背守り。その目がないと、悪いものが子供を連れ去ってしまう可能性があったり、子供自身も命を狙う魔物に気が付かない可能性があると考えたわけ。万が一、子供が囲炉裏や井戸に落ちた時には、背守りの糸や布を持って神様が子供を引き上げて命を守ってくれるという話もあるそうよ。まあこれは遊から聞いた話、遊もこの話を自分の母親から聞いたらしいけど。だから母親は、遊の産着にも、もう一人の男の子の産着にも、この背守りを付けたらしいわよ。」


 だとすると姉は大人になって、その背守りを失い、お前という魔物に命を狙われた訳だと、海は皮肉に考えた。

 もちろん、口にでも、表情でもそんな素振りは見せない。

 海もこういったポーカーフェィスぶりには、随分慣れてきている。


「それにしてもコウモリって、ちょっと不気味な感じがする。」

 真希は香川には、殆どタメ口だ。

 それは、自分はいつもお前を狙っているというデモンストレーションでもある。


「コウモリは害虫を食べてくれるから、家に住みつくと福が来るとされていたみたいね。それにあえて不吉なイメージのある動物を身に着けることで悪魔に狙われないという魔除けの意味も込められているのよ。」

 あえて不吉なイメージのある動物で魔除けをするか、、、俺の場合だと煌紫か、、それにしても何故、姉はこんな女に、自分の過去に繋がる事を色々と打ち明けたのだろう?と海は思った。

「遊とたくさん話をしている内に、遊の母親が、遊に色々教え込んでいたのが良く判ったわ。遊も素晴らしい子だったけど、彼女の基礎は、彼女の母親が作ったのね。遊の母親は早くお亡くなりになったそうだけど、きっとご自分の命の長さがお判りになっていて、それまでに躾けておくべき事を、全て娘に与えていたんじゃないかしら。」



 海は一人になった時、この香川杏子との会話を思い出し、激しく動揺した。

「くそなんでだ。なんで、あんな奴を姉貴は慕ってたんだ!」

『何度も言っているだろう。我々の行為を、人間の倫理で判断するなと。香川杏子は遊を殺す直前まで、彼女を正真正銘可愛がっていた筈だ。』


『例えばだ。我々プシー種は寄生する相手を選ぶ。我々は、自分がリスペクト出来る人物に寄生するんだよ。キー種は、同様に力の中心に座る人間を選ぶ、ただそれはリスペクトではなく、その人間を利用するためだ。そしてその餌食も、自分たちが牙にかけるのに、ふさわしい相手を選ぶ。彼らは、特に高貴なもの、希少なもの、美しい物が壊れるのを見るのが好きなんだよ。だから香川は遊を愛した。』

 海はあの屋敷で真行寺真希が先に殺されて、遊がじっくり弄ばれていた現実を改めて思い出した。


「、、なぜ、そんな事をする。」

『キー種の習性だと思っていたが、私は最近その考えを改めつつある。、、思うのだが、キー種のマンイーターは共食いの代償行為なのではないかとね。』



    ・・・・・・・・・


 極夜路が初めて黛真希に引き合わされた時には、二重三重の驚きを感じた。

 まずはその姿だ。

 同性の自分でも赤面するようなボディラインがしっかり浮き出た真っ赤なレザーのボンデージスーツを真希は身にまとっていた。

 おまけにアクセサリーのコルセット裏側には、黒光りするトンファーをエックス字型に交差するように二本装着している。

 洒落として、アメコミヒロインのイメージも混ぜてあるのかも知れない。

 総て香川杏子のデザインらしくエロチックであるのは勿論の事だが、どこかその姿は垢抜けていてスマートだった。

 日常的には無理だが、女性の身としては、一度は袖を通してみたいと思わせるファッション性があった。

 二つ目は、黛真希のその顔だ。

 写真で何度も見た、トップモデルの遊にそっくりだった。

 それに遊の弟である海にも。


「随分、目立つボディガードですね?」

 極夜路が香川に挑むように言った。

「この娘以外に、私の側には目立たない優秀なボディガードも沢山いるわよ。おまけに臨時雇いの綺麗な女刑事さんまで。」

 香川が極夜路に応じて楽しそうに応えた。


「こういうお仕事だから、殿方のボディガードが付いてこれない男子禁制の場所が多い、、、って、貴女の場合は、警察の殿方が勝手に思いこんだみたいね。モデルの子たちも含めて、そんな柔な子はいないけど、そこは社会通念に従うのが、常識的判断ってことかしら。真希はね、側にいると私が気持ちがいいから置いてるの。」

 極夜路は、「あなた愛玩犬扱いされているわよ」という視線を黛に送ってみたが、黛は不思議な雰囲気を醸し出す無表情を貫いたままだ。

 第一、女性には女性の警護者という発想で、香川の元に送り込まれた極夜路も、黛の立場とそう代わりはしない。


「でも貴女、増萬寺に現れた怪物に勇敢に立ち向かったっていうじゃない。大したものだわ。」

「立ち向かったわけではありません。確保もしそこなっています。それに増萬寺の件は、警察そのものの失点です。お詫びします。」

「あなたが私の元に送り込まれたのは、お詫びの印ってわけね。」

「いいえ、そうではありません。警察は引き続き、貴方に付いては厳重な身辺警護の必要性を感じています。ですが貴方が、それをお断りになられた。我々があんな失態を演じた後ですから、無理もないことと思いますが、それでも最低限の事をさせていただく所存で、私が此処に派遣されたのです。必要性を感じたら、直ぐに増援要請をしろと厳命されています。」


「まあ警察に幻滅したのは確かね。これが一般市民なら、それでも警察に頼るんでしょうけど、私は一流の警備会社と契約してるの。条件を変更すれば、もっと分厚い警護が望める。彼らが一番ありがたいのは、こちらの仕事を優先させながら、柔軟に対処してくれるって事ね。あれをしろとか、これをするなとか命令されないのがいいわ。そう、命令するくせに、ヘマをする。これって最悪じゃないかしら?」

 きつい嫌味を、にこやかな顔で言うのが香川だった。


「でもしっかり頑張ってちょうだい。この後、幾つかのイベントが終わったら、私、暫く創作活動に専念するから、誰かに狙われる率も少なくなるし、、、まあ、私が狙われてるとしての話だけど。」

 そこまで言って香川は、そのまま控え室についていこうとする極夜路を制した。

 しかし黛は、香川と肩を並べてそのまま控え室に入って行く。

 極夜路は、この状況に肩を竦めるような真似もせず、閉じられた控え室のドアの横に直立して警護の体制に入った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ