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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第3章 蠱毒の女王
29/67

29: 兄弟を探す


 増萬寺から自宅へは戻れなかった。

 極夜路刑事が、あの時の海の顔をしっかり確認しているなら、今度こそ彼女は、海への関わりを強める可能性があったからだ。

 そして海は、逃亡先のビジネスホテルで、比留間があの時、闘争を諦め逃走した本当の理由を知った。


 増萬寺の暗闘は例によってマスコミに報道される事はなかったが、その代わりマスコミは香川のイベントに乗り込んだある右翼系団体について大きく取り扱っていた。

 いや正確には、その報道は増萬寺の正面に街宣車数台で乗り付けた右翼団体本体ではなく、そこからはみ出た離れ駒のようなグループが街宣車で起こした派手な事故についてだった。


 報道では詳しくは触れられなかったが、どうやらこの右翼団体と警察との間では暗黙の取り決めのようなものが成立していたようで、それを良しとしなかった右翼若手グループが、単独行動をこの日、突発的におこしたらしい。

 彼らがとった行動は、団体が警察に届けた増萬寺の正門コースを破棄し、増萬寺横の高級住宅が数多く点在するなだらかな丘陵地帯を派手なアジと騒音を撒き散らしながらゆっくり通過するというものだった。


 その行為だけでも現在の情勢では、充分ニュースになり得たが、実際に起こった出来事はもっと派手で、彼らの街宣車が増萬寺近くで突如横転し、火を吹き上げたというものだった。

 この一部始終を目撃していた人物の話が、海の関心を引いた。

 街宣車の前に、大きなリュックを背負った男が突然飛び出して来て、車は急ブレーキを踏んで停止したと言うのだ。


 血の気の多そうな若者が車から降りてきて、飛び出してきた人物とひとしきり言い合いになったが、それはやがて収まり、若者達が車に戻った途端に、なんの前触れもなく車が突然、横転した。

 横転というより転がされた感じだと、その目撃者は言うのだったが。

 横倒しになった車の中から、男達のわめき声が聞こえたかと思ったら次に灯油の匂いがしたと目撃者は付け加えた。

 きっと灯油のようなものを車にまかれたのだと。

 そして発火した。

 車のガソリンに引火したなら大惨事になっていた所だが、場所は既に大寺院である増萬寺にも近く、整備された環境の中で行われた迅速な消火活動が、効をそうしたということだった。


 このTVニュースは、何度も繰り返し流されていた。



『比留間の片割れだよ。増萬寺へ兄弟のバックアップに向かう途中で、その跳ねっ返りの右翼と衝突したんだろう。丁度、我々が命のやりとりを始めようとした頃だ、キー種達は連絡を取り合っていたんだ。警察に取り囲まれただろう?あの時点で片割れの応援が無理なのが判って、それで奴は一旦引く決心をしたんだ。今度は余りの多勢に無勢。それに肝心の香川からは、距離があまりにも離れて過ぎていたからね。』

「なんだか話を総合すると、街宣車事件の方は、日本平の時に俺を追いかけてきたハイエナ野郎のような気がするな。アイツなら、自分の任務を忘れて、途中で起こったトラブルに執着してしまいそうな気がする。」


『我々が脱出した時、増萬寺背後の山を遡上して反対側の谷間に出ただろう。あれを下にまっすぐ行けばニュースに登場した住宅地のある丘陵地帯に繋がる。』

「逆に言えば、それがハイエナ兄弟の増萬寺への侵入ルートになってたって事だな。侵入ルートBってヤツだ。海岸からアプローチした俺達がA、多分、沢下りの要領で降りてきたのがあの半魚人ハイエナのルートC。」


『日本平の時のやり口から見て、今度もファイ種は二手に分かれて得物を狩ろうとしたんだろう。撹乱に灯油を使うつもりだったんだろうな。ファイ種が運ぶんだ、相当、量があったに違いない。』

「一匹が境内に忍び込み、大量の灯油をまいて火を放つ。全体が大混乱を起こしている内に、川から上がってきた半魚人が香川を浚って、再び山の中へ。追っ手の追求が途切れた途端にがぶり、、か。後はどうとでもなれだもんな、、、始末に負えない、、。」


『おそらくね。もう一体のハイエナは、フラフラ歩いていて、危うく街宣車にぶつかりそうになったらしい、奴らは狩りの直前になるとハイになる。そこで口論をやったようだ。つまり、まだ、この時は人間の外見を止めてたってことだな。怒りにまかせて人間の姿を解かなかったのを見ると、まだこの時点では自分の任務を忘れてはいなかったんだろう。ところが奴の性格だ、途中で怒りがぶり返してきた。後はニュース通りの展開だろう。怪力を発揮して街宣車をひっくり返して、中の人間を蒸し焼きにするつもりで灯油をまいた。』

「、、それ随分、リアルな想像だな。」


『想像じゃない、あの時、あの二人はそういう会話をしていたんだ。あれほど接近すれば相手の存在だけではなく、遠方の相手と交信するファイ種の思念派はだだ漏れ状態で解る。もっとも今、話してみせたように整理できたのは、さっきのニュースのおかげだがね。』

「、、しかしスゲぇ派手な事になったな。香川に比留間の名前を教えた意味ってあったのかな?」


『あったさ。だから香川は自分の為に警備員をあれだけ配置してたじゃないか。キー種は自分の身体能力に絶対的な自信を持っている。香川も例外じゃない。普段、猪飼を身近に置いているのはファッションみたいなものなんだよ。』

「ふぅ、、、とにかくあの街宣車の事件がなかったら、半魚人野郎共は放火も含めて、もっと派手にとことんやっていたってことか、、」

『ああ、大勢の人死が出たことだろう、、』

「その中に俺もいた?」

『私は、あの時、海に行くなと止めた筈だぞ。』

 海はそれには答えずに、別の事を聞いた。

 いや、話をそらせたと言った方が正しい。

「あの時、警察に顔を見られちまったかな、、。」

『ほんの一瞬だったからな、ファイ種も海も反射神経と逃げ足にかけては天下一品だ。だが警官達の中には極夜路刑事もいた。彼女は過去に海の顔を一度見てる。』



 その極夜路刑事は、海逮捕に向けての動きを見せなかった。

 あの時、極夜路刑事は自分の顔を確認していなかったのか、あるいは見ていても今は動けない状況下にあると見切りを付けた海は、ある一つの行動に出た。

 それは比留間兄弟の動向を探る事だった。

 今まで海自身は、己の復讐以外で、知的パラシートゥス属に深く関わるつもりはなかったが、増萬寺で刑事の死を見てから考えが大きく変わった。


 事件が隠蔽されるのはともかく、一人の刑事の死さえ葬り去られるのだ。

 彼にも家族がいたに違いない。

 彼の家族には死が伝えられても、おそらくその死因は虚偽の塊の筈だ。

 姉の復讐への執念は未だに衰えないが、その炎の色は義憤の色に変わりつつあった。

 今まで煌紫との関係で、比留間と闘う事に躊躇はなかったが、それは積極的なものではなかった。

 煌紫の「この共食いはやがて人間に累を及ぼす」という言葉が、実感として捉え切れていなかった為だ。


 比留間達の住居は直ぐに割り出せたが、そこに彼らの姿はもうなかった。

 住居と引き払い、勤め先からも姿を消している。

 彼らも又、「本気」になっていたのである。






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