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異蟲界、倒錯の知的パラシートゥス  作者: Ann Noraaile
第3章 蠱毒の女王
23/67

23:  残された復讐の最後の相手


 極夜路は羽織っていたスプリングコートを脱ぐと、それを腕にかけた。

 そして職業的な目で、部屋中を観察する。

 海の部屋は普段は非常によく整理されていたが、残念ながら今は油絵道具がそこいらに散らかっていた。


「ソファにどうぞ、、テレピン油の匂いがきついだろうから、窓を開けますよ。」

「あっ、いいです。嫌いじゃないから、この匂い。それよりお話を、あまり時間をとらせてもなんですので」

 時間に、せいているのは、あなたの方だろうと思いながら、海は素直に従った。

 どうやら彼女のこの勢いから察するに、今の所、海は二つの事件の容疑者扱いはされていないようだった。

 その前の状態、あたりを付けに来たという所か?


 コートの下は、黒のハーフネックの薄いセーターに黒のパンツ、どうやら黒が好きなようだ。

 極夜路はそのスタイルでソファに姿勢良く座った。

 いつの間にか、膝の上に畳まれたスプリングコートと小さなショルダーバックが置かれている。

 まるで海の部屋の中には、自分の持ち物を一つも置きたくないという風情に見えたので、海は酷く居心地の悪い思いをした。

 清潔好きな海は、今まで他人からこういう反応を見せられた事がないのだ。


「神領さん。貴男、日本平悠木氏のことをご存じですか?」

「ぇっああ、ニュースで派手に報道されてましたからね。」

「貴男、日本平氏の死因についてどう思われます?」

「どうって、、。」

 海はここで、目の前の女性についての疑問が浮かんだ。

 この女は本当に刑事なのか?そう言えば警察手帳というやつの提示もなかったし、それに刑事の聞き込みって二人組でやるものじゃなかったのか?

 もしかして寄生虫?ハイエナかマンイーターの仲間か?

 だがそれなら煌紫が注意してくれる筈だ。


「ニュースではあの辺に出没してる野犬の集まりに噛み殺された可能性もあると言ってましたね。捨てられた大型犬が野生化したものが、近くの公園でうろうろしてたとか。」

「確かに事件現場の近くには公園があるけれど、都会のど真ん中。昼間は近隣のオフィスレディ達がお弁当を広げてる。それに犬がわざわざ地下道まで移動して、恣意的に人間を襲うのかしら?」

「逆に、夜は人気が絶えますよ。それに犬だって毎日、人間に痛めつけられる生活を送っていたら、狂暴化するかも知れない。もしくは日本平さんが、あの時、たまたま地下道で出くわした野犬グループに、何か刺激を与えてしまったのかも、、。」

「・・あの時、ですって?まるでその様子を見てたみたいな言い方。」

 海は、まるでこれは刑事ドラマの一場面みたいだと思った。

 犯人を問いつめる頭のいい刑事に、言い逃れに汲々とする犯人。

 だが少なくとも、日本平事件について海は目撃者にしか過ぎない。


「まあ、いいわ。日本平氏を襲った野犬グループは、警察が調べても判らないくらい吸血鬼みたいに昼間はどこかの洞窟で眠ってるって訳ね。でも貴方はどうして、あの辺りの公園が夜になると寂しくなるのをご存じなの?」

「別に、そんなのみんな知ってますよ。」

「あら、なぜ誤魔化すのかしら、貴男、あの周辺をよくジョギングされてたんじゃなかったかしら?素直にいつもあの公園の前を走ってますからと言えばいいのに、、。」

 極夜路の黒い瞳がきらきらと輝いている。

 やっぱり刑事だ。

 自分の事をかなり調査した上でカマをかけに来ている。


 しかしなぜこんな遠回りをする必要がある。

 俺がそんなに手強い相手だと思われているのか。

 確かに奇妙な寄生虫に寄生され、復讐の為に自分自身を自己改造した風変わりな人間だが、その社会的な位置づけは、今の所、只の美大生にしか過ぎない。


「貴女が、遠回りな聴き方をされるからですよ。だから、ついつい警戒した喋り方になる。こちらも痛くもない腹を探られたくないですからね。」

「そう、、、。直接的なのが、ご希望なんですね?このご自宅から事件現場までは、随分距離がある。何もあんな所まで遠征してジョギングなどしなくても、近くに手頃なジョギングコースは山ほどある。」

「まだ、遠回りですね。それにどのジョギングコースを選ぼうが、それは個人の好みの問題だ。」


「私たちは徹底した聞き込み調査を行いました。意外に人は見られているものです。夜中でもね。貴男は重要参考人候補の一人、、数日にわたり日本平氏をつけ回していたでしょう?それに他の署の人間達は、気が付いていないというか、事件そのものをわざと忘れたがっているんだけど、等々力寛治の事件でも、貴男の名前は挙がっている。」

 海に動揺が走る、警察は自分の動きを掴んでいた。

 いつでも捕まる覚悟は出来ている、と自分では思っていたが、心の底のどこかでは逃げおおせている自分に安心していた部分があることは否定できなかった。

 しかしこの女刑事の物言いは何処かおかしい。

 少なくとも今この時に、海をなんとか絡め取ろうとしているのではない気がした。


「貴女は二つの大きな事件に関わって来られたんですね。スーパーウーマンってわけだ。」

「等々力寛治の事件は、それこそ本庁、いや警察の総てを上げての総力戦だったわ。捜査に動員された刑事が何人いたと思います?私もその中にいた。事案に関する情報だって本件に限っては、縄張りや上下関係を超えて、参加した刑事達の隅々まで共有されていた。それだけの意気込みだったんですよ。でもその体制が急に変わった、それは信じられないくらいの早さ、、気が付いたら自殺で一件落着、、。今度の事件も、それに良く似ている。裏で得体の知れない力が動いている。信じられないわよね、、この国でそんな事があるなんて。」


 女刑事は一気に喋り出した。

 海に答える為にというより、普段、自分の中に溜め込んでいる、不満が抑えられずに思わず爆発したのだろう。

 あるいは事件の関与者としての海への当てつけなのか?

 いやその様子は、復讐の相手を目の前にして、復讐に至った自分の動機を相手に語る人間の様でもあった。

 それなら、この女刑事が突如見せた激情の意味はわかる。

 自分もそうすると思ったからだ。


「でも同僚達はみんな、それを肌で感じ取ってるみたい。警官の職務だとか使命だとか正義感だとか、そういうものが軽々と吹き飛んでしまうような力が実際にあるんだって、、。」

 マンイーター族の隠蔽工作なのか、、、彼らが、そこまでこの国の権力中枢に食い込んでいる? 

「で貴女は、一人でも真実を追い求める孤高のスーパー女デカってわけですか。」

「日本平は私の叔父なの、小さい頃にはよく面倒を見て貰ったし、私のあこがれでもあった。最近は人が変わっちゃったけどね。」


 極夜路はソファから立ち上がると、海がさっきまで描いていた油絵の前に行く。

 しゃがみ込んで油絵に顔を近づけ暫く眺めたあと、海に振り向いて言った。

 海の位置からは、極夜路の顔が孔雀の模様の中心にあるように見える。

 孔雀の目と極夜路の顔、、綺麗なのか、それとも海を威嚇しているのか、、。

 そして「私の叔父なの」という言葉に対する海の心の小さな痛み、、、ハイエナに喰い殺された日本平は、極夜路の叔父どころか人間でさえすらなかったのだ。


「今日、ここに来たのは宣戦布告の為。どうせ貴男にもすぐに判る事だから、言っておくわ。等々力寛治が自殺で処理されたように、日本平の件も野犬に襲われたっていう嘘みたいな話でケリがつく。同僚達はみんなは疑ってるけど、その疑いは晴らされる事はないわ。だって真実に光を当てるべき組織自体が、この嘘を仕組んでいるんだから。そしてみんなは、すぐに忘れる、、私以外はね。この事を覚えて置いて。私は忘れてないから。」

 極夜路は、それだけを言い終わると立ち上がり、ソファに置いたコートとショルダーバックを取って海に背中を向けた。


「・・貴女は俺にプレッシャーを与えに来たつもりだろうけど、逆じゃないのかな?たとえ俺が犯人だとしても、今日の話、総合すると、警察は俺を追うつもりはないみたいだし、貴女も刑事としては動けないということなんでしょ?」

 海は、ほっそりとしているが歪みのない極夜路の背中に声をかける。

「確かに状況は貴男の言う通りね。でもそれが貴男に有利に働くっていうことには繋がらないと思うけど。・・・刑事じゃない、私の方が怖いってこともある。」

 極夜路が振り向いて、そう言った。




『まるで犯罪者と刑事の会話だったね。』

「聞いていたのか、、。」

 極夜路の残した香水の匂いが部屋の中に微かに残っていた。

 海はその匂いに気づいて少し興奮している自分を不思議に感じた。

 それに煌紫の指摘通り、自分が犯罪者の気分になっていた事にも気がついた。


『別に盗み聞きしようと思ったわけじゃない。海が私を無意識に呼びだしたんだよ。アドバイスをしろとね。ただし、そのあとすぐに君はそれを忘れてしまったようだが』

「呼び出した?・・ああ、俺が警察の隠蔽工作について考えた時だな。」

『君は、マンイーター族がどれぐらいこの国の中枢に食い込んでいるのか?と、無意識のうちに私に尋ねたんだ。』

「実際、どれくらい食い込んでいる?」


『その辺りは我々のネットワークでもよく判らない、と言うか、現在でも我々の間では、お互いの不干渉主義ルールは続いているのでね。私が直接側まで行かないと、誰がどうかとははっきりとは言えない。けれど海の推測は当たっていると思うよ。隠蔽工作をしているのは、等々力寛治らの正体を知っている存在であり、なおかつ、それが明るみに出ると困る存在だ。』

「はっきり、それがマンイーター族だとは言わないんだな、、」


『物事はいつも複雑だからな。・・しかしこれからどうする?彼女の言葉で、少なくとも君は、この国の警察からは解放された身であることが判ったわけだ。彼女はそうは思っていないだろうが、情況は暗にお前が騒がなければお前は放置しておいてやるといわんばかりだ。誰かが、そう仕向けているのかもしれないしね。つまり一連の事柄から完全に手を引けば、君は安全だってことだ。』

「何だ?今日は、私と一緒に寄生虫の間に共食いが広がるのを防ぐのが君の責任だとは言わないんだな?」


『私の中の論理ではそうなるが、それを君が理解するかどうかは別問題、、いつものことだ、、。それに今のように君の置かれている立場がはっきりした場合は特にそうだ。共食いを防ぐ為に、我々が動き回れば、いずれ今度の件を隠蔽した勢力とぶつかることになるだろう。逆に君が動くのを止めれば、君の安全度はどんどん高まる。宿主の身の安全を常に気遣う寄生虫としては、悩ましい所だよ。』

「・・・実に人間らしい嫌みだな。だがその答え、いずれ俺からも出すつもりだ。もう一人、カタを付けたらな。」

『もう一人って、香川杏子のことを言ってるのか、、。』

「そうだ。残された復讐の最後の相手であると同時に、おそらくはハイエナどもの次のターゲット。・・これは色々な意味で、ほってはおけない案件だろう?」



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